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禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

野生の恐怖

 出発は深夜の三時頃になった。
 旅の理由が村の禁忌事項に触れるだけあって、村民らが寝静まっている頃に出るのが得策だと長老が言ったからだ。私たちがどこへ向かうのか、なにをしにいくのか……それらはなるべく知られたくないという。私たちの不在に気づいた村民には、長老がうまいことごまかしてくれるそうだ。

 村のはずれの、人気ひとけのない夜の草原。見送ってくれるのは、もちろん長老だけである。
「……それではな。気を付けるのだぞ」
 長老は私とショウイチの肩を順にぽんと叩いた。皺だらけな手の体温から、激励の気持ちが強く伝わってきた。

 私は深く頭を下げた。
「長老も……村のみんなも、お元気で」
「うむ、怨神様のことは頼んだぞ。ショウイチ、おぬしもしっかりチヨコを守ってやれ」
「へいへい」
 眠そうに目をこすりながら、ショウイチは言った。事前に寝ていなかったらしい。
「おぬしが行くというからチヨコの旅を許可したのだ。その自覚をしっかり持ちなさい」
「わーってるよ。大丈夫だっての」
「うむ」

 私は首元にある勾玉の石を握りしめた。伝説の秘宝は、ありつけの紐を通し、装飾具のように首にかけている。もちろん貴重なものなので服の内側に隠しているが。

「では、行ってきます。村のことは……これから大変だと思いますが、どうか頑張って」
「なあに気にするな。こんな壊れた村を襲う賊なぞおらん。かえって安全になったくらいじゃ。だからおぬしたちは、心おきなく行ってこい」
「はい……では、またいつか」


    ★


 陽が出てきた。
 藪をひたすら掻き分けながら、私とショウイチは北へ向かっていた。
 私の村は「世界」の南に位置するらしい。だからとにかく北を目指せばいつかは清恨の森に辿り着けるはずだ。
 ただ、いまさらながら、「世界」というのがどんな形をしていて、どれほどの規模があるのか。それについては私もよくわかっていない。長老もまさかすべての地を歩き回ったわけもないだろうから、正確な地理は知り得ていないと思う。だから清恨の森まで一体どのくらい歩くのか……さすがに検討がつかない。

 鬱蒼と生い茂る草木。私たちを通すまいと、嫌がらせのごとく立ちはだかる無数の藪。獣道もなにもなく、変わることのない景色を、私たちはただただ進み続けた。

「んだよ、もうへばってんのか?」
 徒歩の速度が落ちてきたのを感づかれたらしい。後ろに続くショウイチがぽんと肩に手を乗せてきた。
「大丈夫よ。まだまだいける」
「ならいいけどよ、藪を分けるのがちょっと下手じゃねえか? 変わるよ、俺が前になる」
「下手って……そんなこと……」
「まあいいから見てろって」
 半ば強引にショウイチが前衛に入った。
「ほら、いくぞ」

 言うなり、ショウイチは迷うことなく慣れた手つきで藪を掻き分けはじめた。前進の邪魔になる藪はどれなのか、どう力を入れれば素直に道が開かれるのか、的確に見抜いている。たしかに私がやるより数倍は早い。
「……すごいね。こんな特技あったんだ」
「そんな大袈裟なもんじゃねえよ。旅に出て色々勉強しただけさ」
 そういえばそんなことを言っていた。まさか彼の修行とやらに感謝する日がこようとは。

 ――と。
 ふいに、ショウイチが立ち止まった。
 私も同じく歩みを止める。
「感じたか、チヨコ」
「うん。いるね、なにかが」

 鳥や小動物とは違う、どこか危険性を帯びた気配。それをショウイチは私とほぼ同時に感じ取ったようだ。
 自身の気配を静める。呼吸の音を殺す。
 周囲に目を配る。
 どこをどう見ても、緑、緑、緑。だが確実にいるはずだ。なにかが。

 先に気づいたのはショウイチだった。かすれ声で耳打ちしてくる。
「あれだ」
 彼の指差した方向を見ると、藪と藪の間にわずかだが見え隠れする茶色の動物。眼球とおぼしき二つの赤い球体が、こちらに向けられている。
「間違いねえ、熊だ。しかも超でけえぞ」
「熊……」

 なんてことだ。私たちの進行方向がまさに熊のいる位置だ。このままやり過ごすことはできない。

「早く行きたいけど……しょうがない。このまま待とう」
「……ああ」
 相手は恐ろしい獣だが、それは熊にとっても同じである。強力な武器を使う人間は、熊にしても驚異のはずだ。だからこうして戦う意思さえ見せなければ、熊のほうから撤退する。私の村では古くからそうしてきた。

 ――のだが。
「ちょっと待て。おかしいぞ」
 警戒心が高いはずの熊は、しかし、少しずつだが私たちに歩み寄ってくる。草を踏む音を立てながら。ひっそりと。着実に。
 ざわっと血の気が引けるのを感じる。
 おかしい。好戦的な熊に出会ってしまったか。ならば逃げるしか……

 相手から近寄ってきたことで、より鮮明に獣の姿が見えるようになった。だから熊の口からぶら下がっている物体を見たとき、それが人間の首だと気づくまでにそう時間はかからなかった。

「あんの野郎……!」
 ショウイチが歯軋りをしながら言う。
「あいつ、人間の肉の味を覚えたようだぜ!」
「そ、そうみたいだね……」
 私は悲鳴をこらえるのに必死だった。

 人間が果たして美味いのかどうかはわからない。だが一度人間を食った熊は、その後間違いなく集落を襲ってくる。故郷でも何度かあった。賊の次に怖い相手だった。

 嫌な予感がした。
 前方に目を凝らしてみると、さっきは気づかなかったが、人の死体らしきものがいくつか転がっている。遠いのでよくは見えないが……
 なぜこんなところで人が死んでいる? 熊の仕業か、それとも……。いや、考えるのは後だ。

「ショウイチ、逃げましょう! さすがに相手が悪――」
 言いかけてから、しまったと思った。
 死体に気を取られて気づかなかった。私たちを、さらに二匹の熊が囲んでいることに。

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