禁断の愛情 怨念の神
スケベなもの?
長老が話の続きを語ろうとした、その瞬間。
私は思わず立ち上がった。
激しい地鳴り。
家屋が悲鳴をあげながら揺れる。壁にかけられていた鹿の頭部がガタンと落ちる。
「地震……のようですね」
「うむ……泣いておる、世界が」
「これもあいつの仕業なのでしょうか」
「こりゃ。あいつとはなんじゃ。怨神様と呼べ」
返事をしないまま、私は腰を落とす。あの性悪女が神? 冗談じゃない。
そんな私の思考を見透かしてか、長老はため息をついて言った。
「怨神様の力は強大じゃ。いつか我々人間を……いや、世界そのものを滅ぼしてしまうかもわからん」
「世界を滅ぼす? 神のくせにですか?」
「よさんかチヨコ。おぬしの気持ちはわからんでもないが、我々が現在繁栄していられるのも怨神様のおかげなのだ」
「…………」
ひゅう、とショウイチは口笛を吹いた。
「女同士の争いか。怖いね」
「おぬしも黙っとれ」
ぎろっと長老はショウイチを睨みつける。ショウイチはハイハイといったふうに頬杖をついた。
「まあよくわかんねえけどよ、この状況をどうにかするには怨神をどうにかしねーとなんだろ?」
「いかにも。一刻も早く怨神様に会わねばならん」
「でもよ、怨神って普段どこにいるんだ? 言い伝えは耳タコで聞かされてるけどよ、居場所は知らねえや」
そうだ。私も怨神の伝承は何百回と語られた。しかし奴の住み処はついぞ聞いたことがない。
長老は私とショウイチを交互に見ると、「うむ」と頷いて言った。
「それをいまから話すところじゃ。しかも各地方の村の長しか知らぬ極秘の話。絶対に一般人に言い触らすなよ」
「わーってるさ。早く言ってくれよ」
じれったそうに言うショウイチ。長老は、本当に話すなよ、と強く念を入れてから、重たそうに口を開いた。
「怨神様はな、この世界の中心の、『清恨の森』におわす。とても大きな森じゃ。植物も動物も、通常考えられんほどに逞しく成長しておる」
「清恨の森……?」
思わず私はつぶやいた。
おかしいのだ。
世界の中心に森はない。ただただ巨大な、底の見えない穴があるのみのはず。実際に見たわけではないが、父や村民からそう聞いた。
私のその気持ちを、ショウイチが代弁した。
「テキトーなことぬかすなよ。世界の真ん中にはでっけー穴があるだけだ。森なんかねえ」
「その通り。一般の者の目には、それは穴にしか見えん。落ちたら最後、二度と戻ってはこれん」
いわく、人間のみだらな欲望はその穴に飛んでいく。そしてそれを清めているのが怨神と『清恨の森』らしい。
「じ、じゃあ……私たちがなんとか会おうとしても、無理だってことですか……?」
「しかり。おぬしらは怨神様どころか、『清恨の森』さえ確認することはできん」
「じゃあどうすんだよ。まさかその穴にヒュウって落ちろってか」
「そうは言っておらんじゃろうに」
よっこらしょ。長老はおもむろに立ち上がると、
「ちょっと待っておれ」
と言って私たちに背を向けた。腰がやはり痛むらしい。ふらつく足取りで部屋の奥の扉へ向かう。どうやら長老室に用があるらしい。
「あ、あの」
腰をさすりながら歩く老人に、私はいてもたってもいられなくなった。
「どうなされたんですか。よろしければ私が代わりますが」
しかし長老は、私に顔を向けることなく答えるのみだった。
「よい。部屋に入られては困るのだ。しばし待っておれ」
「は、はあ……」
言われて腰を落とす私。
「きっとスケベなもんがいっぱいあんだよ」
下世話にもそう耳打ちしてくるショウイチを、私は思いっきり無視した。
私は思わず立ち上がった。
激しい地鳴り。
家屋が悲鳴をあげながら揺れる。壁にかけられていた鹿の頭部がガタンと落ちる。
「地震……のようですね」
「うむ……泣いておる、世界が」
「これもあいつの仕業なのでしょうか」
「こりゃ。あいつとはなんじゃ。怨神様と呼べ」
返事をしないまま、私は腰を落とす。あの性悪女が神? 冗談じゃない。
そんな私の思考を見透かしてか、長老はため息をついて言った。
「怨神様の力は強大じゃ。いつか我々人間を……いや、世界そのものを滅ぼしてしまうかもわからん」
「世界を滅ぼす? 神のくせにですか?」
「よさんかチヨコ。おぬしの気持ちはわからんでもないが、我々が現在繁栄していられるのも怨神様のおかげなのだ」
「…………」
ひゅう、とショウイチは口笛を吹いた。
「女同士の争いか。怖いね」
「おぬしも黙っとれ」
ぎろっと長老はショウイチを睨みつける。ショウイチはハイハイといったふうに頬杖をついた。
「まあよくわかんねえけどよ、この状況をどうにかするには怨神をどうにかしねーとなんだろ?」
「いかにも。一刻も早く怨神様に会わねばならん」
「でもよ、怨神って普段どこにいるんだ? 言い伝えは耳タコで聞かされてるけどよ、居場所は知らねえや」
そうだ。私も怨神の伝承は何百回と語られた。しかし奴の住み処はついぞ聞いたことがない。
長老は私とショウイチを交互に見ると、「うむ」と頷いて言った。
「それをいまから話すところじゃ。しかも各地方の村の長しか知らぬ極秘の話。絶対に一般人に言い触らすなよ」
「わーってるさ。早く言ってくれよ」
じれったそうに言うショウイチ。長老は、本当に話すなよ、と強く念を入れてから、重たそうに口を開いた。
「怨神様はな、この世界の中心の、『清恨の森』におわす。とても大きな森じゃ。植物も動物も、通常考えられんほどに逞しく成長しておる」
「清恨の森……?」
思わず私はつぶやいた。
おかしいのだ。
世界の中心に森はない。ただただ巨大な、底の見えない穴があるのみのはず。実際に見たわけではないが、父や村民からそう聞いた。
私のその気持ちを、ショウイチが代弁した。
「テキトーなことぬかすなよ。世界の真ん中にはでっけー穴があるだけだ。森なんかねえ」
「その通り。一般の者の目には、それは穴にしか見えん。落ちたら最後、二度と戻ってはこれん」
いわく、人間のみだらな欲望はその穴に飛んでいく。そしてそれを清めているのが怨神と『清恨の森』らしい。
「じ、じゃあ……私たちがなんとか会おうとしても、無理だってことですか……?」
「しかり。おぬしらは怨神様どころか、『清恨の森』さえ確認することはできん」
「じゃあどうすんだよ。まさかその穴にヒュウって落ちろってか」
「そうは言っておらんじゃろうに」
よっこらしょ。長老はおもむろに立ち上がると、
「ちょっと待っておれ」
と言って私たちに背を向けた。腰がやはり痛むらしい。ふらつく足取りで部屋の奥の扉へ向かう。どうやら長老室に用があるらしい。
「あ、あの」
腰をさすりながら歩く老人に、私はいてもたってもいられなくなった。
「どうなされたんですか。よろしければ私が代わりますが」
しかし長老は、私に顔を向けることなく答えるのみだった。
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