禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

期待の星

 死者十二名、負傷者二十一名、八割以上の家屋が全壊。

 それが、怨神襲来による被害総数だ。村の人口が全体で六十人未満、そのほとんどが老人で構成されている私の村にとって、この害は打撃的なものといえる。
 村民はみな復興に徹している。老いた身体にムチを打ち、一日でも早い平和に向けて動いている。
 すごい。素直にそう思う。あれだけのことがあったのに、みんな前を向いている。希望に向けて前進している。

 私は――こんななのに。

 寝ござの上で膝を抱き寄せながら、私は自虐的に思った。髪のかゆみが激しい。そういえばもう何日も洗髪していない。
 鍛錬場の小屋は村から離れている。それが幸いした。まったく無傷のこの小屋で、人の目を気にせずに寝ていられる。永遠に。いつまでも。

 怨神の襲来から一週間。
 ミノルが村から去ったいま、ただでさえ少なかった若者がさらに減ってしまった。しかも貴重な男手だ。
 その状況で、私はいったいなにをしているのか。いま一番働くべき人間なのに。老人たちでさえ汗水垂らして働いているのに。

 わかってはいる。理屈では理解している。
 だが心が言うことを聞かない。

 脳裏にミノルの冷ややかな眼光が浮かび上がる。ひそかに思いを寄せていた男性が、私を侮蔑している。
 瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる感触がした。意図せずに顔がしかめられるのがわかる。

 苦しみは乗り越えられると思っていた。毎日剣の修行をしている自分なら、どんな困難に出くわそうとも、必ず突破できると思っていた。
 だが――
 私という女は、あまりにもちっぽけで、弱い生き物だった。
 こんな女が村を守る? 馬鹿馬鹿しい。私には過ぎた使命だ。
 視界がぼやける。哀惜の雫が、しとしとと滴り落ちる。
 ここ最近ずっと涙が涸れない。私が復興作業に向かえない理由はここにもある。いつ、どんなときに悲しみが押し寄せるかわからない。制御もできない。こんな弱い自分を、みんなに見せたくない。……でも、これだって結局はわがままかな。

 ――トントン。
 ふいに扉を叩かれる音がして、私は我に返った。涙を拭きながら答える。
「はい」
「俺だ。入っていいか」
 ずいぶん久しい声だった。村に残された三人目の若者、ショウイチである。
「ごめんなさい。いまはちょっと……」
「届け物があるんだ。ちょっと入るぜ」
「え……ちょっ」

 ならば最初の質問をする意味がないではないか。
 バン! という音がしたかと思うと、扉が勢いよく開かれた。共同施設の小屋にまさか蹴りでも入れたのか、片足の裏側をこちらに向けて立っているショウイチがそこにいた。

 貴族の家が羨ましい。そう思った瞬間である。彼らの家には閂というものがあるらしい。それを使えば外から扉は開けられない。昔、長老からそう聞いたことがある。

 ショウイチは両手に風呂敷を抱えていた。それを無遠慮に床に落とすと、自身もその隣に胡座をかいて座った。
「いやー、やっと返ったぜ。チヨコ」
「…………」

 場違いなほどの明るさで言うショウイチに、私はもはやなにも言えなかった。
 ショウイチ。村では最年少の十五歳。だが体格は、私はもちろんミノルさえも大きく上回っている。たしか身長もミノルより上だ。武力においても彼の右に出る者はいない。生前の先生も、ショウイチを期待の星として称賛していた。私も彼の実力は認める。

 だが――
 数週間ほど前、ショウイチは急に「旅に出たい」などと言い出した。ひとりでも若者が欠ければ、賊の襲来に対処しづらくなる。そう言って長老は反対したのだが、ショウイチは聞く耳を持たなかった。これも修行の一環などと適当なことを言い、ひとり、どこかへと去ってしまったのである。

 結果――賊よりもタチの悪い奴が襲ってきた。ショウイチがいれば、もうすこし状況が変わっていたかもしれないものを。
 とはいえ、復興を手伝っていない私が、とやかく言えることではないのだが。

「いやーチヨコ。大変だったぜ。熊に囲まれたこともあってよ」
「そう」
「でも、この拳で危機一発助かったんだよなー。俺、また強くなったかもしんねえよ」
「そう」

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