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禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

恋敵

「ググ……ハハハッ!」
 怨神の甲高い哄笑が響きわたる。
「戯言を。人間ごときがなにを言っておる。わかっているぞ、貴様は口だけじゃ」

 そう言って、怨神は攻撃の対象をミノルに変えた。神の細い腕が、青緑の軌跡を引きながらミノルに向けられる。可視放射の前兆らしき紅蓮の光が、瞬く間に手のまわりに浮かびあがる。

 ミノルの表情は静かだった。なにも言わなかった。十八歳の若き剣士は、正面から怨神に歩み寄ると、突如怨神の手を掴みあげた。
「自分の先程の発言、お聞きになりましたか」
 言いながら、その腕を力づくで下方向へと捻る。
「私が殺されることに抵抗はありません。しかし、チヨコを――村のみんなまで巻き込むことは、絶対に許さん」
 あくまで静かな声音で言うミノルだが、その眼光だけは激情に揺れているようだった。腕をおさえつけながら、憤怒の眼つきで神を威嚇する。

「う……」
 退いたのは怨神だった。後方へと引き下がり、ミノルと距離を取る。自身の手をさすりながら、険しい表情でつぶやいた。
「信じられぬ。人間にもこのような者がいようとは……。小僧、名をなんと言う」
「ミノルと申します」
「ミノルか……ふん、気に入ったぞ」
 不気味な微笑を浮かべると、怨神は続けて驚きの発言をした。
「わらわとともに来い。さすれば村の者は生かしてやろう」

 どよめきが広がった。村中の全員が仰天の声をあげる。言われたミノル自身も、大きく目を見開き、どう反応すればいいのか困っているようすだ。
「あ、あの……怨神様。それはどういう意味ですかな」
 一番初めに問い掛けたのは長老だった。怨神は長老に目を向けると、先程までの無表情で言った。
「そのままの意味じゃ。わらわはミノルが気に入った。わらわの連れにしてやろうというのじゃ」
「つ、連れ……?」
「悪くない話じゃろう。それだけでお主ら全員が救われるのだ」

 ――ミノルが怨神のもとへ行く。
 その言葉を、私は脳裏で反芻した。

 駄目だ。いいわけがない。
 私とミノルはさっき誓ったばかりだ。ずっと二人で幸せになると。結婚すると。

 ミノルが怨神に取られる。その事実を突きつけられた途端、胸中に言いようのない感情が生じた。先程ミノルが人質を買ってでたときに感じた不安よりも、さらにどす黒く、攻撃性のある感情。
「だ、だめよ……」
 気づかぬうちにつぶいていた。傷のことなんかもう考えていられなかった。
「だめ。ミノルは、行かせない……」
 私のかすれ声は、沈黙の続いていた周囲に強く響いたらしい。ミノルや村民たちが、いっせいに私を見る。注目する。さっきまで嫌というほど私を静止した長老も、もはやなにも言ってこない。

「駄目、とはなんじゃ? 貴様はみずからの村を滅ぼしたいのか」
 怨神が顔だけをこちらへ向け、冷たい眼を向けてくる。
「だめ……行っちゃ、だめ……」
 頭がうまく回らない。片言でしか話せない。

 そんな私を見て、怨神は得心のいったような顔をした。古来からの神は、初めて、ぐにゃりと、汚い笑みを見せた。
「なるほどな。貴様ら二人、恋仲にあるということか」
「な、なに!?」
 長老が素っ頓狂な声をあげる。
「ほ、本当か、ミノル!」
「……はい、婚約いたしました」

 瞬間、さっきとは別種のどよめきが沸き起こった。祝福すべきか悲しむべきか、みんな判断しかねているようだ。

 怨神が不敵な笑みを浮かべた。
「婚約者が恋しいから行かせたくない……か。しかしな」
 怨神がゆっくりと、私のもとに歩み寄ってきた。私の眼前まで来ると、片腕を天に掲げる。
「貴様がわらわの機嫌を損ねれば、こんなちっぽけな村なぞ一瞬で吹き飛ぶ。わかっておろうな」

 突き出された手の平から、本日四度目の赤い光がともる。うんざりするほど見た光景だが、今回ばかりは光の密度と大きさが違う。凶悪な真紅の光が、球状となって膨張していく。もしかすると自分を殺すかもしれないその球体に、私は思わず見とれた。下手すると私の村よりも巨大なそれが、いとも簡単に私たちを焼き尽くすのは容易に想像できた。

「最低」
 意図せぬうちに本音が漏れた。死の恐怖のせいか、それとも憎い相手を前にしたからか、なくなりかけた意識が戻ってくる。
「なにが怨神よ。やってることは賊と変わんないじゃない」

 怨神の眉がぴくりと動く。
「勘違いするなよ小娘。神とはすなわち人格者ではない」
「笑えるね。神のくせに、わがままを聞いてもらえないからって怒るんだ」
「貴様……」

 怨神がぎょろりと私をにらんできた、そのとき。

「やめろチヨコ! 怨神様もお静まりください!」
 駆け寄ってきたミノルが、息せき切って仲裁に入ってきた。私と怨神の間に無理やり入ると、私に鋭い目を向ける。
「チヨコ、わかってくれ。僕さえいなくなれば全部丸くおさまるんだ!」
 感情が頂点に達した。
「なんで私にだけ言うの! おかしいでしょ! 他のみんなだってそう思って――」

 はっとした。
 長老をはじめとする村民に、同情の眼差しを向けてくれる者は誰一人としていなかった。憐憫と侮蔑。そんな言葉が浮かんだ。みんなすこしは私の気持ちを理解しているのかもしれない。だがそれ以上に、だだをこねる子どもに呆れるような、そんな表情をしている。

 無意識のうちに、私は叫んでいた。
「なによ。なんでなの。こんなのおかしいでしょ。みんなもそう思わないの!」
「……どうする小娘。わらわは優しい。貴様に選択権を与えてやろう」
 意地の悪い笑いを浮かべ、意地の悪い発言をする神。

「思い出してくれチヨコ。僕たちの使命はずっと、村を守ることだったはずだ!」

 村を守る。たしかにそうだ。
 村にすべてを捧げて父は死んだ。「先生」も、それ以前の先祖たちもそうだ。その遺志を、私が引き継いだはずだ。命を賭してでも村民を守る。そのために剣の修行も積んできた。ミノルと一緒に。ミノルと使命をまっとうするために。

 そのミノルが、私に牙を剥いている。私は彼のそばにいたいだけだ。たったそれだけなのだ。しかしミノルは拒否する。やめてくれと懇願する。
 なぜだ。意味がわからない。

 まわりを見渡す。私が守ろうと誓った村民たちが、呆れ顔を向けてくる。
 すべてが暗黒に見えた。
 長老の顔も、村民の顔も、怨神の顔も。そして、ミノルでさえも。みんな黒かった。どす黒く塗られていた。みんな私の敵だった。

 気づかぬうちに、私はぼそりと言っていた。
「わかった。……さようなら、ミノル」

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