救世主になんてなりたくなかった……
第86主:ビルルの過去(3)
ビギンスは布団から起き上がった。外に目を向けると、まだ薄暗い。
いつものビギンスは、この時間だと大半はグッスリと眠っている。起きたとしても、寝ぼけ眼で頭がボーとしているのだ。だが、今日は違った。
勝手に目が覚めて、頭がスッキリとしている。
ベッドから降りると、近くのクローゼットを開けた。中には沢山の洋服が詰まっている。
ビギンスはその中からお気に入りの服を取り出す。
水色の生地に白色の水玉模様が描かれている長袖のワンピース。肩や首、それにスカート部分の裾の方にもフリルが付いている。
ビギンスは寝巻きを脱ぐ。少し手間取りながらも、ワンピースを着る。着替え終えると、腹部にコルセットを巻いた。
髪はまだ自分で、とくことができないので、少しボサボサの髪のままでいることにする。
ビギンスは赤いフカフカの絨毯を踏みながら、ベッド近くにある窓を押し開く。
少し冷たい空気が部屋に入ってきた。だが、ビギンスはそのまま扉の先にある、小さなお茶会ならできそうなほど広いバルコニーに出る。
家を囲う森から鳥のチュンチュンという鳴き声が聞こえてくる。
森の先から太陽が小さく顔を出していた。新たな一日の始まりを幼いながらも感じ取る。
「きょう、はじめてこのもりのそとにでるんだね」
ビギンスは呟く。ずっと、昨晩から楽しみに待っていた。そのせいで、今日は珍しく目が覚めたようだ。
「スー」
何を思ったのか、大きく息を吸う。冷たい空気と共に植物の優しい香りが入り込んで来る。
あまり感じたことのない空気にテンションがさらに高くなった。ビギンスは鼻歌を歌い始める。
大体一曲くらいの時間経つと、ノックの音が響く。扉から一番遠いバルコニーでも、音が聞こえるので、かなり音が大きい。
誰だろうと思いながら、バルコニーから部屋に戻り、窓を閉める。
「どうぞ!」
「失礼します」
扉の奥から、くぐもった声が聞こえてきた。そして、すぐに一人の少女が入ってくる。
いつものメイド服姿のアイシャだ。
「おはようございます」
「うん。おはよう。でも、こんなはやくにどうしたの?」
「お嬢様がバルコニーにて、鼻歌を歌っているのを見ましたので」
「えっ? み、みられていたの?」
「はい。下からですが、バッチリと」
アイシャの言葉を聞いた瞬間、ビギンスは恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
「別に恥ずかしがることじゃないですよ。とても美しかったですから」
「そ、それいじょういわないで!」
ビギンスは、アイシャがこれ以上、恥ずかしいことを言わないように止める。そんなビギンスの反応にアイシャは楽しそうに優しく微笑む。
「さぁ、お嬢様。お席にお座りください」
アイシャはビギンスに、部屋にある卓上鏡の前の椅子に座るよう促す。
ビギンスは大人しく従う。卓上鏡の下にある引き出しからヘアブラシを取り出す。
「失礼します」
一度断りを入れる。ビギンスはすぐ頷いた。すると、優しく髪を手に持ち、ゆっくりと髪を痛めないように髪をとかす。
「ねぇ、アイシャ」
「なんでしょうか?」
「わたしにいうことない?」
「と申しますと?」
突然のビギンスの言葉にアイシャは首を傾げてしまう。
「ヒント。わたしはいつもどれくらいのじかんにおきていたでしょう」
ビギンスからのヒントを受けて、アイシャは答えに思い至ったようだ。だからだろう。アイシャは優しそうに微笑んだ。
「こんな時間に起きれて、お嬢様は偉いですね」
「えへへ」
アイシャに褒められたビギンスは嬉しそうに笑った。そんなビギンスにアイシャは優しい眼差しを向ける。まるで、世話のかかる妹を見ているかのようだ。
「お嬢様。本日の髪型はいかがいたしましょうか?」
「いつもどおりでいいよ」
「かしこまりました」
また髪をゆっくりと、とかし始める。
「ねぇ、アイシャ」
「はい。どうしたしましたか?」
「アイシャはその格好で街に行くの?」
「はい。私はルセワル家のメイドですから。この服装は誇りであり、私の存在価値を示すものです」
「えぇー、アイシャもオシャレしようよ。メイドふくをぬげるのは、こういうときだけだよ」
「ですから、この服は私の存在価値と」
「わたしはそんなことないとおもうなぁ。だって、アイシャはめいどふくをきてなくてもアイシャだよ。パパとママとおなじくらい、アイシャはわたしにとってたいせつだから」
「お嬢様……」
ビギンスの言葉に感慨深げに呟いた。
「だから、アイシャにも、めいどふくいがいをきてほしいな! わたしも見たいから」
「かしこまりました。お嬢様が仰るのでしたら、メイド服以外を着させていただきますね」
「うん! たのしみ!」
アイシャの返事を聞き、ビギンスは満面の笑みを浮かべた。
カシャン!
そんな音が立つと、時間が過ぎた。
太陽が木の奥から、光を放っている。空は雲一つない晴天。目の前には様々な草花が咲いている。
「それじゃあ、いってくるね」
「えぇ、いってらっしゃい。アタシも行きたかったけど、今の時期は仕事が忙しくてね。ビギンス、アイシャ。気をつけるのよ」
「うん!」
「はい。奥様」
玄関でセイラがビギンスとアイシャを見送っている。
ここからは二人っきりだ。他の使用人も忙しくて、付いて行けない。
セイラはビギンスとアイシャの服が見えなくなるまで、ずっと玄関で立っていた。
二人は屋敷を囲っている森の中を進む。だが、道は獣道ではなく、舗装された道だ。そのため森の中を突っ切るとはいえ、危険は少ない方だ。だからこそ、アイシャはビギンスの歩幅に合わせて歩いている。
「ふくがちがうだけで、こんなにもイメージが変わるんだね」
「そうで、しょうか?」
アイシャは自分の服を見る。
上は白い無地の長袖のシャツ。見た目はワイシャツだが、生地は恐らく違うだろう。
下は若草色のロングスカート。
「いつもいじょうにおとなびてみえる」
「そう言っていただけると嬉しいです」
少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「いいなぁ。わたしもそれくらいになりたいなぁ」
ビギンスは言葉の通りに羨ましそうにアイシャのことを見ている。
「お嬢様なら、きっとすぐになれますよ」
「ホント?」
「えぇ。もちろん。お嬢様に嘘など吐きません」
「たしかに。アイシャはずっと、わたしに正直に話してくれているもんね」
「当然ですよ。お嬢様は自分の身よりも大切ですから」
アイシャの言葉を聞いた瞬間、ビギンスは嫌な顔を浮かべる。
「どうしたのですか?」
その変化を逃さない。
「ねぇ、そんなことをいうのやめてくれない?」
「と申しますと?」
本当にわからないと首を傾げる。
「どうして……」
「お、お嬢様……?」
ビギンスは服の裾をギュッと掴む。
「どうしてわからないのよ!」
ビギンスはキッ! とアイシャを下から睨む。
「っ!?」
ビギンスは涙を浮かべていた。
「わたしはアイシャもだいじなの! それなのにアイシャはじぶんのみよりも、わたしのみばかりあんじる! わたしがきずつかずにアイシャだけがきずついて、それでわたしがしあわせだとおもうの! わたしはアイシャのことをおねえちゃんみたいって、ずっとおもっているのよ! それなのにアイシャはわたしのこのをあるじとしかおもっていない! だから、そんなことをへいぜんといえるのよ!」
ビギンスは泣き叫んだ。逃げずに、その場でアイシャに自分の思いを伝えた。だからこそ、彼女の心に響いたのだろう。アイシャも涙を流す。そして、その状態でビギンスを抱きしめた。
「申し訳ありません! お嬢様をそんなにも傷つけていたなんて、思いも至りませんでした。ですが、これだけは言わせてください。赤子の頃から見てきた、あなたのことを私も妹のように思っています。だからこそ、守りたい。己が身を犠牲にしてでも」
「っ!」
何もわかっていない。そう叫びそうになるが、続くアイシャの言葉に何も言えなくなった。
「ずっと、私はそう思っていました。己が身を犠牲にすれば、ビギンス様のことを守れる。ですが、今のビギンス様の訴えで、実感いたしました。私の身を犠牲にすれば、ビギンス様の身は守れるのでしょう。ですが、心までは守れない。体の傷よりも心の傷の方が治りにくい。そんな傷を作らせるわけにはいきませんね」
アイシャは静かに穏やかに告げた。ビギンスは固まっている。
「いま、なまえ……」
「ふふ。そこですか」
アイシャの思わぬ反応に、つい笑みが漏れてしまう。
いつものビギンスは、この時間だと大半はグッスリと眠っている。起きたとしても、寝ぼけ眼で頭がボーとしているのだ。だが、今日は違った。
勝手に目が覚めて、頭がスッキリとしている。
ベッドから降りると、近くのクローゼットを開けた。中には沢山の洋服が詰まっている。
ビギンスはその中からお気に入りの服を取り出す。
水色の生地に白色の水玉模様が描かれている長袖のワンピース。肩や首、それにスカート部分の裾の方にもフリルが付いている。
ビギンスは寝巻きを脱ぐ。少し手間取りながらも、ワンピースを着る。着替え終えると、腹部にコルセットを巻いた。
髪はまだ自分で、とくことができないので、少しボサボサの髪のままでいることにする。
ビギンスは赤いフカフカの絨毯を踏みながら、ベッド近くにある窓を押し開く。
少し冷たい空気が部屋に入ってきた。だが、ビギンスはそのまま扉の先にある、小さなお茶会ならできそうなほど広いバルコニーに出る。
家を囲う森から鳥のチュンチュンという鳴き声が聞こえてくる。
森の先から太陽が小さく顔を出していた。新たな一日の始まりを幼いながらも感じ取る。
「きょう、はじめてこのもりのそとにでるんだね」
ビギンスは呟く。ずっと、昨晩から楽しみに待っていた。そのせいで、今日は珍しく目が覚めたようだ。
「スー」
何を思ったのか、大きく息を吸う。冷たい空気と共に植物の優しい香りが入り込んで来る。
あまり感じたことのない空気にテンションがさらに高くなった。ビギンスは鼻歌を歌い始める。
大体一曲くらいの時間経つと、ノックの音が響く。扉から一番遠いバルコニーでも、音が聞こえるので、かなり音が大きい。
誰だろうと思いながら、バルコニーから部屋に戻り、窓を閉める。
「どうぞ!」
「失礼します」
扉の奥から、くぐもった声が聞こえてきた。そして、すぐに一人の少女が入ってくる。
いつものメイド服姿のアイシャだ。
「おはようございます」
「うん。おはよう。でも、こんなはやくにどうしたの?」
「お嬢様がバルコニーにて、鼻歌を歌っているのを見ましたので」
「えっ? み、みられていたの?」
「はい。下からですが、バッチリと」
アイシャの言葉を聞いた瞬間、ビギンスは恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
「別に恥ずかしがることじゃないですよ。とても美しかったですから」
「そ、それいじょういわないで!」
ビギンスは、アイシャがこれ以上、恥ずかしいことを言わないように止める。そんなビギンスの反応にアイシャは楽しそうに優しく微笑む。
「さぁ、お嬢様。お席にお座りください」
アイシャはビギンスに、部屋にある卓上鏡の前の椅子に座るよう促す。
ビギンスは大人しく従う。卓上鏡の下にある引き出しからヘアブラシを取り出す。
「失礼します」
一度断りを入れる。ビギンスはすぐ頷いた。すると、優しく髪を手に持ち、ゆっくりと髪を痛めないように髪をとかす。
「ねぇ、アイシャ」
「なんでしょうか?」
「わたしにいうことない?」
「と申しますと?」
突然のビギンスの言葉にアイシャは首を傾げてしまう。
「ヒント。わたしはいつもどれくらいのじかんにおきていたでしょう」
ビギンスからのヒントを受けて、アイシャは答えに思い至ったようだ。だからだろう。アイシャは優しそうに微笑んだ。
「こんな時間に起きれて、お嬢様は偉いですね」
「えへへ」
アイシャに褒められたビギンスは嬉しそうに笑った。そんなビギンスにアイシャは優しい眼差しを向ける。まるで、世話のかかる妹を見ているかのようだ。
「お嬢様。本日の髪型はいかがいたしましょうか?」
「いつもどおりでいいよ」
「かしこまりました」
また髪をゆっくりと、とかし始める。
「ねぇ、アイシャ」
「はい。どうしたしましたか?」
「アイシャはその格好で街に行くの?」
「はい。私はルセワル家のメイドですから。この服装は誇りであり、私の存在価値を示すものです」
「えぇー、アイシャもオシャレしようよ。メイドふくをぬげるのは、こういうときだけだよ」
「ですから、この服は私の存在価値と」
「わたしはそんなことないとおもうなぁ。だって、アイシャはめいどふくをきてなくてもアイシャだよ。パパとママとおなじくらい、アイシャはわたしにとってたいせつだから」
「お嬢様……」
ビギンスの言葉に感慨深げに呟いた。
「だから、アイシャにも、めいどふくいがいをきてほしいな! わたしも見たいから」
「かしこまりました。お嬢様が仰るのでしたら、メイド服以外を着させていただきますね」
「うん! たのしみ!」
アイシャの返事を聞き、ビギンスは満面の笑みを浮かべた。
カシャン!
そんな音が立つと、時間が過ぎた。
太陽が木の奥から、光を放っている。空は雲一つない晴天。目の前には様々な草花が咲いている。
「それじゃあ、いってくるね」
「えぇ、いってらっしゃい。アタシも行きたかったけど、今の時期は仕事が忙しくてね。ビギンス、アイシャ。気をつけるのよ」
「うん!」
「はい。奥様」
玄関でセイラがビギンスとアイシャを見送っている。
ここからは二人っきりだ。他の使用人も忙しくて、付いて行けない。
セイラはビギンスとアイシャの服が見えなくなるまで、ずっと玄関で立っていた。
二人は屋敷を囲っている森の中を進む。だが、道は獣道ではなく、舗装された道だ。そのため森の中を突っ切るとはいえ、危険は少ない方だ。だからこそ、アイシャはビギンスの歩幅に合わせて歩いている。
「ふくがちがうだけで、こんなにもイメージが変わるんだね」
「そうで、しょうか?」
アイシャは自分の服を見る。
上は白い無地の長袖のシャツ。見た目はワイシャツだが、生地は恐らく違うだろう。
下は若草色のロングスカート。
「いつもいじょうにおとなびてみえる」
「そう言っていただけると嬉しいです」
少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「いいなぁ。わたしもそれくらいになりたいなぁ」
ビギンスは言葉の通りに羨ましそうにアイシャのことを見ている。
「お嬢様なら、きっとすぐになれますよ」
「ホント?」
「えぇ。もちろん。お嬢様に嘘など吐きません」
「たしかに。アイシャはずっと、わたしに正直に話してくれているもんね」
「当然ですよ。お嬢様は自分の身よりも大切ですから」
アイシャの言葉を聞いた瞬間、ビギンスは嫌な顔を浮かべる。
「どうしたのですか?」
その変化を逃さない。
「ねぇ、そんなことをいうのやめてくれない?」
「と申しますと?」
本当にわからないと首を傾げる。
「どうして……」
「お、お嬢様……?」
ビギンスは服の裾をギュッと掴む。
「どうしてわからないのよ!」
ビギンスはキッ! とアイシャを下から睨む。
「っ!?」
ビギンスは涙を浮かべていた。
「わたしはアイシャもだいじなの! それなのにアイシャはじぶんのみよりも、わたしのみばかりあんじる! わたしがきずつかずにアイシャだけがきずついて、それでわたしがしあわせだとおもうの! わたしはアイシャのことをおねえちゃんみたいって、ずっとおもっているのよ! それなのにアイシャはわたしのこのをあるじとしかおもっていない! だから、そんなことをへいぜんといえるのよ!」
ビギンスは泣き叫んだ。逃げずに、その場でアイシャに自分の思いを伝えた。だからこそ、彼女の心に響いたのだろう。アイシャも涙を流す。そして、その状態でビギンスを抱きしめた。
「申し訳ありません! お嬢様をそんなにも傷つけていたなんて、思いも至りませんでした。ですが、これだけは言わせてください。赤子の頃から見てきた、あなたのことを私も妹のように思っています。だからこそ、守りたい。己が身を犠牲にしてでも」
「っ!」
何もわかっていない。そう叫びそうになるが、続くアイシャの言葉に何も言えなくなった。
「ずっと、私はそう思っていました。己が身を犠牲にすれば、ビギンス様のことを守れる。ですが、今のビギンス様の訴えで、実感いたしました。私の身を犠牲にすれば、ビギンス様の身は守れるのでしょう。ですが、心までは守れない。体の傷よりも心の傷の方が治りにくい。そんな傷を作らせるわけにはいきませんね」
アイシャは静かに穏やかに告げた。ビギンスは固まっている。
「いま、なまえ……」
「ふふ。そこですか」
アイシャの思わぬ反応に、つい笑みが漏れてしまう。
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