救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第67主:あなたにとっての【死】というものはなんですか?(ビルルの場合)

 シュウは目を開けると、少し明るくなっている空が目に入る。起き上がり周囲を見回すと、少し離れたところにビルルを発見した。

「ビルルさん。俺はどれくらい気絶していましたか?」

「ん? 起きたの。そうだね。一分くらいしか経ってないよ」

「一分ですか? 案外短かったのですね」

「そんなこと言いながらも、復活までの時間はギリギリ許容範囲内というところよ」

「そうですよね」

 シュウは少し落ち込んだ表情を浮かべる。そんなシュウにどうしようかと思っているビルル。

「そ、それにしても……たった一日で、よくここまで成長できたね」

「ヒカミーヤのおかげですよ」

 ヒカミーヤの名前を言った瞬間にビルルは少し眉をしかめた。

「どうして?」

「ひ、ヒカミーヤに昨日、魔界に連れて行ってもらったのです。相手は俺を殺す気でした。そのため今は死ぬ気はないですので、本気の殺し合いしました。恐らくはそれが大きな理由だと」

「へぇー。わたしのおかげじゃないんだね」

「も、ももも、もちろん、ビルルさんのおかげでもありますよ!」

「嘘は言わなくていいよ。最初に出なかった時点で、そんなこと言われても説得力がないよ」

「べべべ、別に言わなくてもわかるかなぁと思いまして」

「ホントに?」

 怪しそうにジッとシュウを見るビルル。そんな視線から逃げるように首ごと横に向く。

「はい。ホントです」

「そんな嘘だとバレバレな反応をされると返しに困るのだけど……」

「うっ! すみません」

 ビルルの正論にシュウは何も言い返せない。それに言えないが、ビルルのおかげとは少ししか思っていない。彼女に戦う手段を教えてもらったのは事実。しかし、殺すことに対する躊躇を減らしてくれたのはヒカミーヤたち魔物だ。

 ビルルは成長できたことに驚いていた。だから、シュウはヒカミーヤのおかげと答えた。戦うための力をくれたのはビルル。しかし、ビルルが聞きたい成長したのは間違いなくヒカミーヤのおかげだ。

「まぁ、別にいいよ。シュウくんが強くなれるのなら、誰のおかげでも」

「そう言ってくれると助かります」

「何が助かるかわからないけどね」

 ビルルは苦笑を浮かべながら、シュウに返事した。自分がした発言が恥ずかしかったのだが、すぐさまお題を少し変えた。

「それにしても、久々に死というのを間近まで体験したよ。【死】って怖いものなんだと改めて実感した」

「ほ、褒められている気がして恥ずかしいです。今の言葉でふと思ったのですけど、ビルルさん」

 そこで一呼吸を入れる。

「あなたにとっての【死】というものはなんですか?」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「いえ、少し気になっただけです。先ほどに【死】が怖いものだと言っていたので」

「まぁ、先ほどまでは【死】はこの世界じゃ、よくあることと思っていたからね」

「それで答えてくれますか?」

「わかったよ。そうね……。わたしにとっての【死】は救いね。この世界には【死】が存在しない。でも、シュウくんが言っているのは、そんな【死】ではなく完全に終わることよね。だから、救いよ。恐らくはこの世界の人々はみんなそうだと思うよ。シュウくんにもわからないし、今のわたしにもわからないけど永遠に終わりが訪れないことはきっと辛いこと。だから、わたしの中での【死】は救い」

「な、なるほど……。そういう考え方もありますね。死後の世界は無ですから、救いになりますね」

「そうね。死後の世界を見たことないけど、何もない無なら、きっと楽ね。そういえばシュウくんにとっての【死】ってなんなの?」

「俺が異世界人で死がある世界から来たって知ってますよね」

「知らない」

「えっ? 嘘ですよね?」

「うん。嘘」

「紛らわしいことはやめてください」

「ごめんごめん。それでどうなの?」

「俺にとっての死は誰にも訪れる終着点です。ですが、この世界に来て、それが事実ではないということがわかったので、今はわかりません」

「そっかー。まぁ、そうだよね」

「それでは修行の続きをお願いします」

「わかったよ。でも、わたしも本気で行くから」

 言うと彼女は戦装束のチャイナ服になり、手には鉄扇を握っている。

 昨日、この姿のビルルと戦ったので、どれくらい強くなるかわかっている。だからこそ、シュウの眼差しも真剣さを増す。

 シュウが準備できたのを見て、ビルルも構える。

「それじゃあ……始め!」

 ビルルが言うと一瞬にしてシュウと肉薄してきた。この速さを知っているので、横に飛び回避する。すぐさま斬りかかるが、読まれていたのか回避された。詰められると考えたシュウは地面の草を掘り起こして、目くらましに使う。そんなものを意に介さず攻めてくるビルル。少し予想外だが、予想の範囲内なので冷静に回避する。

 シュウは追い詰められていく。草原の中にある木が背にぶつかる。

「終わりね」

 そう言いビルルはシュウを斬りつける。しゃがみこみ回避した。

「へぇー、やるねぇ」

 シュウの行動を見て、ニヤリと笑うビルルからは恐怖を感じる。しかし、それが罠だと感じて、シュウは冷静に対応する。

 すぐさま足を狙う。足を下げられて避けられる。それぐらい計算済み。足払いに移行する。しかし、ジャンプで避けられた。だが、これで距離を取る時間が生まれた。

 シュウは大きく後退する。彼女はそれを追う。それも圧倒的な速さで。だが、シュウはすぐさま地を蹴り、方向転換する。向かう先はビルル自身。さすがに向かってくるのは予想外だったのか、地から足が浮いているビルルはただ、進むことしかできない。

 このままだと倒されると知ったビルル。しかし、シュウはビルルに当たる寸前で左に避ける。予想外に次ぐ予想外だが、ビルルはすぐさま体をシュウがいる方は向けた。しかし、どういうわけかそこには誰もいない。


 辺りを見回す彼女だが、やはりいない。目だけでは役に立たないので気配を辿ることにする。しかし、そのためには目を閉じなければいけない。

 五感の一つを犠牲にしながらも、第六感を生み出す。あまり実際の戦闘では役に立たない。役立つ時は今のようにどこかに誰かが隠れている時。しかも、相手が一人の時だけという制約もある。人が溢れている街中ではまず役に立たない。それほど正確で精密な技だ。

 彼女は近くの木の後ろに気配を感じた。その気配は間違いなくシュウのもの。

『風よ。鋭利な刃となれ!』

 ビルルが言った瞬間に巨大な風の刃が生まれる。その刃がシュウが隠れているであろう木に、ものすごい速度で向かう。その速度はビルルの比ではない。もしかすると、刃の方が早いかもしれない。

 木が切れた。そのことを察したビルルは目を開けて、ゆっくりと近づく。木の場所に辿り着く。しかし、そこにはシュウの姿がなかった。

 ビルルは不思議そうに首を傾げる。とりあえず目を閉じて、第六感を使おうとした。しかし、しなかった。なぜなら倒れる木から走ってくるシュウを見つけた。その走りは逃げる走りではない。まっすぐ迷いなくビルルへ向かっている。ビルルは正面からシュウと相対する。だが、単純な行動なら簡単にビルルに対応される。


 シュウはそれくらいわかっているだろう。しかし、シュウの動きは変わらない。彼女は勝ちを確信しているのかニヤリと笑みを浮かべるのみ。

 シュウは短剣を一本、ビルルに投げつけた。正面衝突をできると少し喜んでいたため、ビルルは面を食らったのか、少し反応が遅れた。しかし、簡単に弾き落とされる。その間にシュウはビルルと肉薄した。シュウは短剣を振り下ろすが、ビルルの鉄扇で受け止められる。何度も攻撃を繰り出すが、全ていなされた。それでも攻撃を続ける。

 ビルルはあくびをしている。それほど退屈なのだろう。だが、シュウはやめない。ビルルはその場から一歩も動かない。シュウは全方位から攻撃をする。だが、武器がたった一本。どうすることもできない。

「せっかく二振りあったのにどうして一振り捨てたのかな?」

 純粋な疑問を聞く。だが、シュウは答えない。ただ、真剣に戦っているだけ。返答がないシュウにビルルは肩をすくめた。

「なら、もう殺すよ」

 告げるとビルルはシュウの首に向けて、鉄扇を振り下ろす。しかし、シュウはそれを一回転し、避けた。ゼロ距離だったので、避けられるとはビルルは思っていなかった。しかも、その回転に合わせながら、ビルルの足下に落ちていた短剣を引き抜き、勢いに任せて振るった。上には振り続けていた短剣がある。

 ビルルは予想外の攻撃を紙一重で避けたが、戦装束の胸の辺りが切れた。そのせいで谷間が先ほどよりも見えてしまう。同時に胸に軽く傷ができた。

「さすがに油断してしまっていたね。でも、シュウくん。スゴイね。たった二日でわたしに傷をつけたことは誇っていいよ。こう見えて、クラウダー学園では強さ的には三本の指に入るのに」

 そう言って、傷口から出ている血を舐めとる。

「でも、ここからがわたしの本気の片鱗よ」

 鉄扇を肩の上で構える。同時に姿勢を低くする。

 スッと目を細めた。何かマズいと感じ取ったシュウは短剣を構える。ビルルと同じように姿勢を低くする。

「鉄扇……機能解放。第一形態……」

 淡々と言葉を発する。シュウの頬を緊張による冷や汗が伝う。

「ウイングアルケミスト」

 言った瞬間に暴風がビルルを囲む。だというのに少し離れているだけのシュウのところまで風が届かない。わけがわからなくて眉をしかめる。だが、今はビルルの姿が彼女を囲む風で見えない。どういうタイミングで、どういう攻撃をしかけてくるか皆目見当もつかない。

 次の瞬間、風が止んだ。同時に現れたビルルの姿を見て、シュウを目を見開いた。

 今の彼女は先ほどまでのチャイナ服ではない。チャイナ服は着ているが、明らかに装甲らしきものが生まれていた。それも露出している部分、全部にだ。しかし、顔は目しか隠れていない。その目の部分にはまるでサングラスのような黒いレンズがあった。正確には黒いレンズしかなかった。

『風よ。我が身に纏え』

 言ったのと同時にビルルが風を纏う。ビルルの周囲の草花が激しく揺れるほどは強い。先ほどの暴風だと草花が踊り狂っていた。それと比べれば小さいのはわかる。だが、強風に違いない。

 ビルルはその状態のまま地を踏みしめて、思いっきり蹴った。避けれると思っていたが、次の瞬間にシュウは空を見上げていた。正確に言うとシュウの首だけが空に舞っていた。まるで初めてビルルと特訓をした時みたいだ。目ですら、追えなかった。

 ビルルが通ったであろう道が今になって、わかった。草花が人が通ったと認識するのが、遅れた。それほどの速度。だというのに一切、草花が散らない。ただ、風が吹くのみ。

 シュウの意識はそうして途絶えた。

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