救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第64主:この世界は奇跡でできている

 シュウが目を開けるとヒカミーヤとサルファが覗いていた。そのことに心配をかけたと考え、慌てて起き上がる。

「ひ、ヒカミーヤさん。すみません。あまりマトモに戦うことができませんでした」

 起き上がり、早々に謝るシュウを見て、ヒカミーヤは慌てる。

「き、気にしないでください! それに死なないとはいえ元仲間が目の前で見ているのは辛かったです。そのためお礼を言われるのならわかりますけど、謝られる筋合いはありません」

「で、ですが」

「はいはい。そこまで。このままだとお互いに気を使い合うだけだ」

 二人の会話の先を危惧して、サルファが割り込む。

「とりあえず今は帰ろう。ヒカミーヤは帰り方わかるだろう」

「はい」

「よし、決まりだ。明日からは闘技戦。どこまでいけるかわからないけど、体を休めるに越したことはない」

 サルファの意見を聞き、納得ができる。だからこそ従い、帰ることにした。

 ヒカミーヤは先を歩く。その背中からは少しも迷いがない。ここは彼女の故郷だが、懐かしむ雰囲気もなかった。まるで業務的なことをしている感じだ。そんな彼女をシュウは心配そうに見る。

 会話もないまま歩き続けると魔界である森を抜けた。空を見ると、もう夜だ。闇が広がっている。地上を見てみた。光が煌めいている。

「ハハッ……。人類の発展が自然を消すのはこの世界も変わらないのか」

 シュウはボソッと呟く。ただ、シュウが元いた世界とは違い、森は残ったままだ。これは魔力の発展が絡んでいる。魔法で火を簡単に生み出せるから、木を伐採する意味がない。居住区が少なくなっても、爆発魔法で掘ればいいだけ。
 それに同じ世界の他国に占領されることはない。異世界という共通の敵がいるから。
 だから、自然を破壊せずに発展することができた。 

 街灯もそのまま光が晒されているわけではない。キチンと容器に覆われている。その容器は恐らく強化ガラスよりも強度が高いだろう。かなり傷ついているようだが、ヒビはどこにもない。自動洗浄でもついているのか、容器に黒ずみはない。

 ところどころロボットがいる。人型だが、明らかに人ではない機械的な姿。だというのにキチンと言葉は通じるし、最適な言葉を一瞬にして選ぶ。
 地面はコンクリートよりも頑丈な素材でできている。そのためどこにもヒビはない。汚れもない。

 遠くを見ると塔らしきものがある。その塔も鋼鉄より丈夫な素材でできている。それが見た目でわかってしまう。輝きが違った。

 全ては科学と魔力が上手いこと噛み合ったからだ。どちらかが欠けると、それだけでこの世界は成り立たない。それに不死の世界だからこそ、こんなことになっている。もし、不死の世界でないのなら、ここまで科学は発展しなかっただろう。

「どうした? シュウ。立ち止まって」

「いえ、この世界は奇跡でできているんだなと思いました」

「奇跡ねぇ。まぁ、その奇跡を起こした……いや、起こしてしまった原因がここに二人いるけどな」

「わかってます。ですが、感謝している人も探せばいると」
「いない。それはわかっていることだ。オレたちはこの世界の敵で恨みの対象。姿を変えないと街を歩くことすらできない」

 シュウの前向きな発言にサルファはすぐさま否定する。そんな彼女の反応を見て、申し訳なさそうな表情を浮かべたシュウ。

「そうですよね。変なことを言ってすみません。さて、そろそろ姿を変えたほうがいいですよ」

 告げると二人はスカートをはためかせながら、クルリと回る。それだけなのに姿が変わった。

 ヒカミーヤは羊のような丸いツノがなくなり、黒髪のボブヘア。瞳の色は赤紫から変わらないが、丸渕メガネをかけている。その奥には変わらないタレ目気味の目つきがあった。服装はクラウダー学園の制服になる。

 サルファは赤髪の腰まで届くほどのロングヘア。瞳の色は藍色になり、少しだけツリ目だった目つきがタレ目になる。服装はヒカミーヤと一緒でクラウダー学園の制服。しかし、なぜか黒色のとんがり帽子をかぶっている。そのせいで注目されてしまうだろう。

 三人は街道を進む。

 魔界に向かう時に認識操作をしたが、魔界に入った時に効果が切れている。魔界では認識を操作する必要ないからだ。

『そ、それにしてもよく考えれば二人は魔力がほとんど封印されているはずなのに、色んな魔法が使えますね』

 コツを掴んでいたようで、シュウは念話でサルファに話しかける。

『あぁー、そのことなんだけど……』

 念話で返答するサルファは何か言いにくそうだ。わけがわからなくて、シュウは首を傾げている。

『実は少しずつ魔力が戻ってきているんだ』

「…………はっ?」

 思わず声が出てしまう。彼女の言葉は通じているが理解できなかった。そんなシュウの反応に苦笑を浮かべるサルファ。

『どういうわけか魔力の封印が弱くなっているんだ。多分、ヒカミーヤもそうだと思う』

 サルファの言葉に念話に入ってきたヒカミーヤは、必死にコクコクと頷いている。

『そ、そもそも力を封印した人は誰なんですか?』

『この国の王だ』

『王ですか。そういえば俺は一度も会ったことないですね』

『基本は会えない』

『まぁ、そうですね』

 元いた世界の常識と変わらないようなので、苦笑を浮かべる。

『でしたら、どうしてお二人の魔力の封印が弱まっているのですか?』

『ある程度、予想はできるけどな』

『でしたら、教えてもらっていいですか?』

『シュウは言いふらさないと思うが、これは国家機密なんだ』

 [でしたら、結構です。お、俺のせいで情報が漏れるかもしれませんから』

『まぁ、異世界人は何するかわからないからな』

 サルファの発言にシュウは苦笑を浮かべた。

「あっ、二人とも何か買いますか?」

 大事な話が終わると同時、近くにちょっとした屋台を見つけた。その屋台からは醤油が焼ける芳ばしい匂いが漂ってくる。

 ーーこの世界にも醤油があるんだ。

 興味を持ったシュウは店へ行ってみる。二人の返事は聞かない。

 見ると肉々しい棒がある。

「た、食べてみますか?」

 シュウは二人に聞く。二人はコクリと頷く。それだけならよかったが、サルファは店を見て、なぜか必死に顔を隠そうとしている。不思議に思いながらも、シュウは買いに行くことにする。

「ヘイ、らっしゃい!」

 店番のおっちゃんが元気に挨拶をしてくる。人懐っこそうだ。

「これを三つください」

 肉々しい棒を指差す。

「ありがとうございます! おっ? もしかして、あんちゃんクラウダー学園の生徒か?」

「まぁ、一応は」

「なら、オレのことも知っているよな! なっ!」

「い、いや……あの……すみません。俺は一昨日に転入したばかりなので」

「そっか。大変だな。異世界人と同じ時期に転入して」

「えっ? 知っているのですか?」

 自分のことがバレているかもしれないと感じたシュウは頬をヒクつかせる。

「そりゃあ、入学早々に決闘を申し込まれたからな。まぁ、顔は知らないけど」

「そうですか……」

 どうやら、顔は知られていないようなのでホッと胸をなでおろした。

「ちなみにオレは悪名高きサルファという勇者と戦ったことがあるんだ。アイツは強かったな。だから、強さに溺れてあんなことをしたんだろう」

「なるほど……」

 シュウは納得した。サルファがどうして顔を必死に隠そうとしていたのかを。

「ホイ! お待ちどう」

 おっちゃんが差し出してくれる。それを受け取る前に機械に生徒手帳をかざして、支払いを済ませた。済ませるとすぐに商品を受け取る。

「そ、それでは」

 シュウは店から足早に離れ、待っているサルファとヒカミーヤの元へ向かった。

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