救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第60主:魔界

「い、今さらながらですが、魔界ってどうやっていくのですか?」

「どうやってって、この国を出ればそこは魔界ですよ」

「えっ? 外には他の国があるんじゃないですか?」

「それは随分と前の話ですよ」

「その情報をどこで?」

「自ら見に行きました」

「いつの間に……」

「シュウが眠っている時にな」

「そうですか……」

 疑問を直接聞いたが、その返答で何も言えなかった。もしかすると、自分が最初に転移した場所が魔界だった可能性がある。そうなるとシュウは完全にあの黄金スライムの縄張りを荒らしたことになる。殺されて当然だ。すると、どうしてビルルが魔界にいたかという疑問も湧いてくる。死なないとはいえ危険な場所だ。普通は誰かを連れて行くだろう。だが、シュウが初めて転移したところが魔界だとすると、彼女は一人で来たことになる。


 シュウたちは学校の敷地を出た。それだけで視界は霧がかかった場所に出る。霧のせいか少し肌寒い。シュウは制服姿なのでお腹が冷えてしまう。

(こういう時にこの制服は不便だな。普段からヘソ出しの服を着ている人とかいるけど、スゴイな。ホントに。ファッションに命をかけている)

 少しお腹をさすりながら、世のヘソ出しの服を着ている人を尊敬する。

 先へ進もうとするが、霧が濃くてなにも見えない。

「少し、霧が邪魔ですね。よろしければ払いましょうか?」

「そんなことができるのですか?」

「はい。まぁ、魔王としての権限が少しでも残っていたらですけどね」

「な、ならば頼みます。視界は開けている方が安全ですから」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

 ヒカミーヤは一歩前に出る。すると、右手をまっすぐ伸ばし、手首を少し捻らせて手のひらを開く。指先が空を指す。同時に赤い光がヒカミーヤを包む。正確には赤い光がヒカミーヤの下から現れて、強すぎる光のせいで彼女を包んでいるように見えているだけだ。

 ヒカミーヤの周りの霧が渦巻く。おかげで彼女の足下の光はなにが発しているかわかる。

 真ん中に大きな五芒星がある。その周りにも五芒星がある。しかも、空白を許さないとばかりに無数に。

『我、命ず』

 ヒカミーヤは紡ぐ。その瞬間に彼女の金色の髪が風に揺らされて、踊る。

『客人を惑わせる悪しき霧よ。客人を招き入れ給え。我が名はヒカミーヤ。魔を統べし者』

 ヒカミーヤが一言一言、確実に紡ぎ終えると霧がスッと消えた。まるで最初からそこになかったかのようだ。
 五芒星が消える。それも霧と同じようにその場に最初からなかったようにスッと消えた。

「ひ、ヒカミーヤさんって、力を抑えられているのじゃなかったのですか?」

「この力は残されているんだ。人間が魔物と対話するためにさ。だが、今まで一度も人間が魔物と対話したことない。ヒカミーヤがさっきの詠唱の一部を変えていたからな。だから、人間たちはそんな力はないと判断した」

「そ、そう聞くと人間って馬鹿ですね」

「いや、魔界が一枚上手だっただけだ。それに人間は対話なんて最初からするつもりがないことを牢屋から聞いていたから、ヒカミーヤなら対応は当然だろう」

「まぁ、たしかにそうですね」

 シュウとサルファが呑気に話しているとガサガサと音が聞こえてくる。シュウは慌てて、身構える。だが、ヒカミーヤとサルファの二人はジッとしている。どういうわけかわからない。だが、戦闘態勢を解くわけにはいかない。なにが起きるかわからないのだ。警戒するに越したことはない。

 人影がヒカミーヤの前へ行く。予想外に早い動きだったので、シュウの体は動かなかった。だが、目では捉えている。これは特訓の成果だ。ヒカミーヤが危ないと感じたので、動かせる限界の速度で彼女の前に向かう。

「ヒカミーヤ様! ようこそおかえりなさいました!」

「えっ?」

 ヒカミーヤの前で跪き、言葉を発する男性がいた。ヒカミーヤに被害を出す気は一切なさそうだ。そのこもを感じ取ったシュウは慌てて、急ブレーキをかける。だが、ズルズルと滑っていく。少しすると止まった。しかし、ヒカミーヤと男性の間で跪く形でだ。

「良い心がけだ人間」

 跪くつもりはなかったので、苦笑いしか浮かばない。しかし、男性は怪訝そうな表情でシュウを見る。そして、目を見開く。

「き、貴様は我が縄張りを荒らした人間!」

 男性の態度が急に変わる。だが、シュウには彼の縄張りを荒らしたつもりがない。

「ど、どういうことですか?」

「とぼけるつもりか! そうか。よっぽど殺されたいようだな!」

「ちょっ! 何を言って……っ!?」

 男性の姿が溶けて、すぐに大きな黄金のゲル状の姿になる。その姿を見たことがある。いや、忘れられない。この世界は死なないことだと身をもって教えてくれた黄金のスライムだ。

 スライムはシュウには襲いかかる。だが、死なないとわかっているので、ジッとして動かない。

「やめなさい!」

『どうしてお止めになりますのですか! まさか、その人間に懐柔されましたのですか!』

「ある意味、間違いない」

『ならば、この人間を!』

「落ち着け。我は彼の奴隷だ」

『なっ!?』

「だが、彼は我を人として扱ってくれる。お前は知っているだろう。我は人として扱われていなかったことを」

『要するにヒカミーヤ様はこの男にナメられているということですね』

「悪かった。先ほどのは我の言い方がなっていなかったな。我を生物として扱ってくれる」

『その言い草だと今まで生物として扱われていなかったのですか?』

「あぁ。人間からも魔族からも生物として扱われていなかった」

『何をおっしゃっていらっしゃるのですか! 我らはヒカミーヤ様を生物と』

「扱っていなかったよな。我を汝らは崇めていた」

『それは当然です! 王を崇めないで、何を崇めますか!』

「それは崇拝という。我のような魔の物にすることではない。つまり生物として扱っていなかった」

『それは……』

「さすがにそれは曲解すぎませんか?」

 ヒカミーヤの一人称と口調に違和感を抱きながらも、静かに話を聞いていたシュウが話に割り込んでしまう。そんな彼の言葉にヒカミーヤが首を傾げている。

「魔の物でも崇拝されるのはおかしくないと思います。まぁ、王は崇拝する対象というのはよくわかりませんが、崇める対象は個々の考え次第だと思います」

「た、たしかにそれも一理ありますね」

「人間がお二人を生物として扱っていなかったのは間違いないですけどね」

『やはり貴様も』
「それはおかしいです」

 魔物の言葉をシュウが遮る。

『なに?』

「魔物に個々の考えがあるのと同じで人間にも個々の考えがあります。色んな人が二人のことをかわいそうだと思っています。まぁ、あなたの縄張りを荒らした俺が言っても、説得力ないですけど」

「どういうことですか?」

『書いて字の通り、この人間が我の縄張りを無断で侵入してきたのですよ』

「まさしくその通りです。俺は無断で彼の縄張りに踏み込んだ」

「何の用でですか?」

「何も用がないです。ですから、彼は何も悪くない。悪いのは俺ですよ」

 シュウの言葉に疑わしげな表情を浮かべる。まっすぐ目を見られる。怖くなったので目をそらそうとしてしまうが、怪しまれると思い、まっすぐ見つめ返す。

「シュウさん。そんなジッと見ないでください」

「そうだな。さすがにこれはオレでもわかる」

「な、何がですか?」

「自己犠牲の念が出ているぞ」

 三人のことを少し眺めていたサルファが話に割り込み、言う。

「な、なんのことですか?」

「とぼけさせないぞ。それにヒカミーヤの念を読む力は確実。否定のしようがない。これで言い逃れはさせないからな」

 シュウは口をつぐむ。これ以上話すと墓穴を掘ると感じたからだ。無言は肯定。

「話してくれますか?」

 もう逃げようがない。ヒカミーヤの言葉にシュウは頷く。そして、この世界に来たばかりのことを話した。

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