救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第57主:事情聴取

 エルリアードが薄い黄色の髪と赤いリボンを少し揺らしながら、シュウに近づく。

「さて、事情聴取をするよ」

「あ、はい」

「まずは何を見た?」

「と言いますと?」

「何者かの記憶を見ただろう」

「記憶? ど、動画のことですか? そ、それでしたら二人くらい見ました」

「ホントに二人?」

「は、はい。恐らくは。一緒ならそれはそれで怖いですけどね。見た記憶は男女一人ずつでしたから」

「そう」

「えぇ。そ、それとこの世界がスゴい恨まれてましたよ」

「仕方ないことよ」

「この世界のせいで自分たちがこんな目に合っていると思ってますよ」

「事実だからね」

 色々と言っていたが、事情聴取はそれで終わる。何かをエルリアードが考え始めたのだ。シュウはそんな彼女を困ったように見る。

「よく二人も見て、戻ってきたね」

「そんなにスゴいことですか?」

「うん。普通、二人の記憶なんて見たら、精神が食われて自分を保てないようになる」

「そうなのですか。でしたら、運が良かったですね」

「運が良かったで、済ませられる話じゃない」

 エルリアードが真剣な表情でシュウを見る。その視線が怖くて、軽く目をそらしていた彼はさらに完全に目をそらす。

「どうして保てた?」

「ど、どうしてと言われましても、わかりません。ただ、恨みがこの世界ではなく自分に向いただけだと思いますよ」

「どうしてだ?」

 エルリアードはさらに疑問を深める。その反応を見て、シュウは話していなかったことに気づく。気づいたからこそ、その疑問に答える。

「俺は実妹を殺しました。この手で首を絞めて。ですけど、俺は今ものうのうと生きています。自らの死を望んだのに死ねなかったのです。それどころか今の生活を楽しく思っているのです。これは実妹が……美佳が受けるものなのにです。そんな自分を恨まずに何を恨むのですか。俺は最低な人間です。だから、この世界への恨みが自分へすり替わった。ただ、それだけの話です」

 シュウは語った。己の罪を。己の感情を。自分と親しくしてくれた人しかいない場所で語った。彼は離れてくれると思っている。自分との関わりを絶ってくれると思っている。

「そうか。辛いことを思い出させてしまって悪い」

「えっ?」

 だが、謝罪された。シュウは本気でわからないという表情を浮かべる。

「シュウくん。ここにいるみんなはそんな簡単に関わりを絶たないよ。関わりが大切なことを誰よりも感じているから。まぁ、コウスターは別のことを考えているだろうけどね」

「そもそも関わりが薄かったわ」

「た、確かにそうですね」

 てっきり嫌いだから関係ないと言われると思っていたので、意表を突かれた。

「その……悪かった」

「気にしないでくださいよ。エルリアードさんは何も悪くないですから。まぁ、こういう理由での意識を一瞬しか飲み込まれなかったというだけですね」

「それでシュウ。一つ聞いていいか?」

「はい。お、俺が答えられる範囲なら」

 シュウの言葉を聞いて、エルリアードはそっと目を閉じる。恐らくはいくつかある質問を一つに絞っているのだろう。彼女のその様を見て、シュウは申し訳なく思う。

「い、いくつでもいいですよ」

「いや、そうはいかない。最初に一つと言ったんのだ。一つじゃないとダメ」

「スゴい男気ですね」

「男気は関係ない。それにワタシは女だ」

「知っていますよ」

「なら、いい。これは男気ではなく、言ったことを何度も訂正すれば信頼がなくなるからだ」

「た、確かに」

「よし! 聞くことは決まった」

 何を聞かれるかわからないが、シュウはコクリと頷く。何を聞かれてもいいという構えだ。

「この世界を裏切らないか?」

「えっ……?」

「もしかして裏切るのか?」

「いえいえ! 裏切ってどんな徳があるのですか?」

「この世界の住人を好きにできる」

「無理ですよ。俺は強くないですから、ボコボコです」

「ビルルのあの攻撃を避けて、よく言う」

「いや、アレは何度もやったからですよ」

「何度もやっても音速を超える攻撃を避けるのは無理だと思うぞ」

「う、運が良かっただけですよ」

「どれだけ自分の力を認めたくないんだ……」

「俺は一般人ですからね」

「異世界人なのに一般人と言えるか?」

「い、言えないですね」

「だろ?」

「そ、そういえば今更ですが、事情聴取なのですから、質問っていくつでもしていいのでは?」

「…………」

 まるで忘れていたと言わんばかりに無言になる。恐らくはホントに忘れていたのだろう。シュウはそう感じて、少し笑みが漏れる。

「な、なら事情聴取をする。黙秘権があるから、言いたくないことは言わなくていい」

「わ、わかりました」

 自分で言ったが、ホントにそんなことするとは思っていなかったので、少し動揺してしまう。だが、言ったからには仕方がないとシュウは諦めた。

「まずはどうして妹さんを殺した?」

「…‥…」

 即、答えにくいことを聞かれたため、度肝を抜かれて、声が出ない。そもそも自分でもどうして殺したかよくわかっていない。殺してくれと頼まれたから殺した。確かにそうなのだが、普通なら拒否するはず。だが、あの時は一瞬だけど拒否をしたが、すぐに諦めて殺した。そのため自分でもどうして殺したのかよくわかっていない。大事と言いながらも、自分はそれを望んでいたのかもしれない。ただ、自由になりたかったのかもしれない。自分でも答えられないことを誰かに言えるわけがない。

「すみません。即、黙秘権を使わせていただきます」

「いや、こちらこそ言いにくいことを聞いて申し訳ない」

「じ、事情聴取ですから仕方ないです」

「次はどうしてビルルと特訓している?」

 シュウは少し考える。これはすぐに答えが出てきた。

「闘技戦で少しでも勝ち進みたいですから。ただ、負けたくないだけです」

「ふむ。勝ってどうしたい?」

「どうもしたくないです。ただ、勝ちたいだけです」

「なら、勝てばワタシがなんでもしようか?」

「えっ? な、なんでも?」

「あぁ。なんでもはなんでもだ。ワタシだと不安かもしれないな。なら、協力してくれそうな人を探そうか。例えばビルルとかなら、協力してくれるだろう。彼女なら例え、どんなエッチなお願いでも聞いてくれるだろう。慣れているからな」

「えっ? 慣れている?」

 シュウはゴクリと唾を飲んでしまう。きっと何かを想像したのだろう。ただ、赤面はしていないので、そこまで恥ずかしいことではないのかもしれない。

「それにしてもシュウは他人の話題には食いつくな、やはり自分のことはどうでもいいのか」

「自分の話を話したい人がいると思いますか?」

「ナルシストとかなら、自分のことを話したいだろう」

「アレはまた別です」

「それに普通の人間なら、自慢くらいしたくなるだろう。君みたいに自分を卑下ばかりしていないのならな」

「俺は自分を卑下していますかね?」

「……えっ? 逆にしていないのか?」
  
 エルリアードの疑問にシュウは考える。そして、すぐに答えが出る。

「して……いますね……」

 搾り出したかのような小さな声で答える。まるで驚きだと言わんばかりだ。しかし、周りはそんな彼の反応に驚きを隠せない。自分を卑下していることに気づいていなかったのだ。なら、今までの自分を卑下するセリフがどういう意図で言ったのか気になり始める。

「何度か俺なんかと言っていたけどアレはどういう意味なの?」

「どうって、事実を言っているだけですよ」

「それを卑下しているって言うのだよ」

「な、ならば今までの俺ってかなりメンドくさい奴ですね。わかりました。卑下しないように注意します」

「言ったな」

「はい、言いました」

「よし、なら次は、この世界で何をしたいか聞かせて」

「何をしたいかですか……」

 シュウは考え込む。パッとは何も思い浮かばない。ただ、この世界でも永遠の死を求めている。しかし、一切あてはない。だから、今ものうのうと暮らしている。恐らく死ぬ方法を知れば、先に皆に死んでもらい、自分もあとで死ぬだろう。だというのに何か引っかかりを覚える。それが何かはわからない。だが、大事なこと。それだけはわかっている。誰かにとても大事なことを言われた。何もわからないのに、そういう事実があったということだけ覚えている。

「永遠の死を与えて、自分も永遠に死にたいです」

「永遠の死……か……」

 エルリアードが遠い目をする。それも仕方のない話。彼女は八百二十三年間生きているのだから。恐らくはそんな人生の大半を死に方探しに費やしていたのだろう。なのに見つけられなかった。だというのに目の前の男は永遠の死が欲しいと望んでいる。しかも、あの言い草だと、この世界の住人を皆殺しにしてから、自分も死ぬつもりだ。

 エルリアードは今まで孤独というものを味わったことがない。一人になることはあるが、孤独になったことはない。だというのにシュウは孤独を望んでいる。それがどれだけ恐ろしいことかもわからない。きっとシュウもわかっていないとエルリアードは推測する。

「孤独ってなにかわかっているの?」

「はい? 孤独って、味方が誰もいない状態で一人ぼっちのことですよね?」

「わかっているんだ……。わかっていて、孤独を望むんだ」

 エルリアードの言葉を聞いて、シュウはひたすらに疑問を浮かべている。

「お、俺は孤独を望むなんて言いました?」

「永遠の死を望むって……」

「あぁ、そういうことですか。自分が最後に死ねば確かに孤独を抱きますね。ただ、その孤独は仕方のないことです。それに死ねない方が孤独よりも辛いと思います。それをこの世界の人たちは味わってきたのですから、一度でも死ぬことができた俺よりも死を望んでいるはずです。そんな人を孤独にさせることは俺にはできません。ですから、俺が孤独を受けます」

 シュウの言葉を聞いて、エルリアードは黙る。彼の言葉からは覚悟がにじみ出ていた。その覚悟は絶対に揺るがない気がする。だからこそ、彼女はなにも言わない。言えない。

「あ…………」

 エルリアードはボソッと言葉を漏らすが、首を左右に振り、言葉をかき消す。彼女の声が聞こえていなかったシュウは何があったのか少し心配になる。

「事情聴取はここまでだ」

「えっ? はあ……。わかりました。ですが、事情聴取というよりは俺のことを詮索していましたね。まぁ、事情聴取自体が犯人の詮索みたいなものですから、仕方ないですね」

 シュウはエルリアードの表情が暗くなっているのを見た。何かわからないが、一つだけ予想を立てている。

 ーー学園長は優しいから、きっと申し訳なく思っているのだろう。

 予想が合っているかはわからないが、シュウは合っていると確信している。その自信がどこからかはわからない。

「さて、復旧の手伝いをするか」

 彼女がそう言う。シュウも自分に何かできるかわからない手伝うことにした。

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