救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第46主:特訓へ

「飛びますよ!」

 しがみついたシュウにヒカミーヤは言うと、返事を待たずに翼をはためかせた。

「うわっ!?」

 想像を優に越す速度に思わず声を上げてしまう。そんな彼の反応を見て、彼女は微笑む。ようやく彼が年相応の反応を示したのだ。仕方のないことだ。

「どうします?」

「何が?」

「このまま飛び続けると、すぐにあなたの部屋に降りるか」

「後者で頼む」

「かしこまりました」

 もう少しだけ、空での会話をしたかったが主人が命令したこと。従うしかない。それにもう少しで夜が明ける。彼女は吸血鬼ヴァンパイアだから、太陽は苦手だ。
 太陽が出ているときは、少し力が弱まる。今の彼女は力が弱まったら、一般人よりも少し強い程度だ。空を飛ぶことなんて到底できない。


 奈落の底は数分で抜けた。抜けることができた。シュウの部屋のバルコニーにたどり着く。

「ありがとう。助かった」

「どういたしましてです。お役に立ててよかっ……た」

「えっ? ちょっ!? オイ!」

 ヒカミーヤが突然、全体重をかけてきたのでシュウは慌てる。

「すー……すー……」

「寝た……のか……?」

 寝息を聞いて、念のため聞き返すが返事はない。シュウはヒカミーヤは寝たと判断して、自分のベッドに横たわらせて、上から布団をかける。

 起きないことを確認すると、背筋を伸ばす。空を見ると少し明るくなっていた。まだ時間があると判断した彼はクラウダー学園の制服と昨日アンティークショップで買ったバスタオル、他にも下着を用意して風呂場へ向かった。


「おはよう。シュウくん。迎えに来たよ」

「び、びびびビルルさんっ!?」

「いかにもビルルだけど……どうしたの?」

「す、すすすすすみませんっ! まさか予定の時刻を過ぎているとは!」

「過ぎてない過ぎてない。それに時間も集合場所も言ってなかったしね」

「あれ? そうでしたっけ?」

 ビルルはコクリと頷く。
 彼女は長い赤髪を一つにまとめている。しかも、シュウが昨日プレゼントした蝶をかたどった髪留めをだ。

「つ、使ってくれているのですね」

「そりゃあそうよ。せっかく貰ったんだし、使わないともったいないでしょ!」

「そ、そうですか。まぁ、俺としては使っていただける方が嬉しいですから、特に問題はないですけど……」

「あっ、シュウくん。制服の予備を持って行った方がいいよ」

「どうしてですか?」

「ズタボロになる可能性が高いから」

「で、ですが……」

「まぁ、持って行かなくてもいいよ」

「どっちですかっ!?」

「いやぁ……服の修復をできる魔法があるにはあるのだけど、苦手だからね。上手く修復できるかわからないんだ」

「そうですか……。ですが、俺はあなたを信じます」

「そう言われるとやるしかないよねぇ。まぁ、いっか。わたしの修行はこれということで」

「修行というよりは特訓ですけどね」

「そだねー」

 会話は終わった。あとは特訓場に行くだけだ。

「あっ、シュウくん。シュウくん」

「はい? どうしましたか?」

「いくら罪人でしかも、肉壁だからって部屋に異性を連れ込んじゃダメだぞ」

「ち、ちがっ! こ、これはっ!」

「まぁ、思春期の男の子だもんね」

「だから、違うっ! これには別のワケがあって!」

 奈落の底とヒカミーヤのことを言えないため何とか言い訳しようとしているが、あからさまに怪しい。

「うそうそっ!」

「……へっ?」

「恐らくあちら側から勝手に来たんだもんね。わかっているよ。だって、バルコニーの扉が開いていたしね」

「……あっ」

 閉めることを忘れていた。それが何も悪くないヒカミーヤを悪いと証明してしまっている。

「まぁ、今はそんなことよりも特訓に行こ。特訓に」

「ふ、二人は待たなくていいのですか?」

「場所を教えているから」

「そうですか。わかりました。行きましょう」

 ビルルに腕を引かれて、部屋を出る。ちょうど目の前に水色が通る。

「あっ、おはよう二人とも・・・・

「おは……えっ?」
「おはようございます」

「早いわね」

「これからビルルさんに特訓してもらいますから」

「ふぅーん。興味ないわ」

「はは……」

 挨拶をされたのでコウスターと少し打ち解けられたかと思ったが、相変わらずの反応に苦笑いを浮かべてしまう。そんな彼を冷めた目で見ながら、去っていく。

「しゅ、シュウくん。いつの間にコウスターと仲良くなったの?」

「仲良く?」

「も、もしかして籠絡ろうらくした? 一体どんな手段で? もしかして、金? それとも人質?」

「お、俺はどんなイメージがあるんですか……。まぁ、俺は何もしてませんけど」

「何もしていない? ということはコウスターからの一方的な恋?」

「今、聞き捨てならないことが聞こえてきたけど、わたくしが好きなのはセインド様だけだわ!」

「うん。知ってる」

「……えっ?」

「やはりそうなのですね。なんとなく察してました」

「ええっ!? ど、どうして!?」

「「バレバレ」」

「わ、私はそんなにもわかりやすいのかしら」

 コウスターは二人の言葉に驚き、呟くとトボトボと歩きながら、ブツブツとずっと何かを言っている。

「まぁ、それは叶わない恋なのだけどね」

「そうですね。彼は学園長が好きですからね」

「やっぱり恋って残酷ね」

「ははは」

「さて、わたしたちは特訓に行こう!」

「はい!」

 元気よく返事をすると、ビルルはポケットから鍵を取り出して、宙にぶっ刺す。すると、いつぞやのものと同じで鉄扉てっぴが開いた状態のものが現れる。

 もう驚きはしない。この世界はなんでもありだと知ったから。それに今回の鉄扉は見たことがあるので、特に問題がない。

 二人は鉄扉の中へ足を踏み入れた。

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