救世主になんてなりたくなかった……
第45主:この世界で死ぬことは許されませんから
ヒカミーヤは奈落の底にたどり着いた。だというのにシュウの姿は見当たらない。辺りを捜索してみても、あるのは人が潰れたかのようなシミのみ。
奈落の底はどこまでも果てしなく続いているようだ。クラウダー学園のある国とは違う国まで続いている。いや、この世界全てに張り巡らされている可能性が高い。
「一体どこに……」
変に歩いても迷うのみ。ヘタすると行き違いになる可能性がある。だから、彼女はその場で座って、待つことにする。もちろん、シミは避けている。
死なないので、腹が減っても問題ない。ただ、飢えに苦しむだけ。時間は無数にある。そう思っていると視界いっぱいに光が広がる。ヒカミーヤはそれにより視界を奪われた。もちろん、真っ暗闇にいた彼女はしばらくの間、視界がない。
この状態だと些細なことで過剰に反応してしまう。でも、感覚を制御することなんてできない。
「ひゃっ!?」
だから、首筋に落ちた水滴に反応してしまい、慌てて飛びのく。
でも、結局何かに引っかかり、転ぶ。ようやく視界が元に戻る。青みがかった黒い瞳と目が合う。その瞳を知っている。知っているからこそ、動けなくなってしまう。
「な、ななな何しているんですか!?」
「何って……あなたを助けにきたのです」
「そんなのいらない。俺は肉親殺しの重罪人だ。ここで死ねばいいんだ」
「ダメです。妾が許しません。よく考えてみてください。あなたがいなければ妾たちはこの世界にいることを許されません。ですから、妾たちのためにいてください。それにこの世界では死ぬことは許されませんから」
許されない。彼女はそう言ったが、死ねないのだ。まるで呪いのようだ。いや、実際に呪いなのだろう。
「そんなこと言われると死ねないじゃないか」
彼は苦笑いを浮かべる。
ずっと、死なないといけないと思っていた。肉親殺しに誰かと一緒にいる資格はないと思っていた。
そんなシュウにヒカミーヤは自分たちのために生きろと言ったのだ。さすがのシュウでも、そう言われると生きるしかない。どうせ死ぬなら精一杯生きるしかない。それが彼女たちの助けになるなら、なおさらだ。
だけど、生きるためには目の前のことを、どうにかしないといけない。
シュウではどうしようもないことくらい彼自身が一番わかっている。
「どうやって上に行くんだ?」
質問に対して、ヒカミーヤは自慢げにコウモリのような翼をピクピクと動かしている。彼女の子供らしい一面が珍しく、少し笑みを浮かべる。
「俺を担いだままで飛べるのか?」
「それくらい余裕です。これは吸血鬼としての翼ですから、そこらにある翼とは格が違いますよ」
「すごい自信だな」
「当たり前ですよ。最上悪魔ですから」
「でも、力を封印されているんじゃなかったのか?」
「うっ! そ、それはー」
シュウの言葉にヒカミーヤは視線をそらす。彼女の反応を見て、察した。
恐らく封印のことを忘れていたのだろう。封印されてから、人を担いだことはないのだろう。
「大丈夫です! 信じてください」
「信じるよ」
「そ、即答ですね」
「まあな」
「あれ? 今更ですけど、敬語をお使いにならないのですか?」
「んあ? まぁ……その……あれだ。ようやく慣れてきたといえ感じかな。べ、別に嫌なら敬語に戻すけど……」
「いえいえ! 全然全く嫌じゃないです! ただ、違和感が凄まじいので……」
「そ、そうか。なら、敬語に戻すか」
「そのままでお願いします!」
「えっ? おっ……おおう……。ヒカミーヤも敬語をやめてくれると助かる」
「それは無理です」
「あっ、即答。まぁ、いいや」
「それにしても、目は相変わらず合わせてくれませんね」
「目は勘弁してくれ……」
「視線恐怖症ですか?」
「違う」
「なら、何なのでしょうか?」
「人の目を見ると、まるで自分が見透かされているように感じる。それに目に光がないんだよ。何を考えているか分からない。そんなのを見て何がいいんだ」
「それが視線恐怖症ですね」
「違う」
「無限ループしそうなのでやめておきましょう。今はここから出ることの方が先決です。早くしないとビギンス様に怒られますよ」
「そっか……。そうだよな。今日からビルルさんに修行してもらうんだったもんな」
「学校も始まりますよ」
「学校か……。何も目的がないのに学校行って、何が楽しいんだよ」
「たしかに学校はつまらないですね。強制的に時間を拘束されますから。ですが、行かなかったら行かなかったで、何もすることがなく暇ですよ。この世界は娯楽というものが少ないですから」
「まるで別の世界に行ったことがあるような口ぶりだな」
「実際に小さい頃に行ったことがありますから。でも、妾はやっぱりこの世界が好きですね」
「ふっ。魔王らしからぬセリフだな」
「そうですね。たしかに魔王らしくないですね。さて、それでは上へ出ましょう」
「そうだな。ずっと、この体勢なのも恥ずかしいし」
言われて、ようやくヒカミーヤは顔を真っ赤に染める。今の彼らの体勢はヒカミーヤがシュウを押し倒したような状態になっているのだ。でも、まるで拘束されているかのように身動きが取れない。
彼女の様子に違和感を覚える。
「……ァ…………ァァ…………」
ヒカミーヤが発した声で、ある可能性が頭に浮かぶ。浮かんだ可能性が違えば恥ずかしいが、シュウは彼女を抱きしめた。
「…………ぁ…………」
小さく声を漏らす。先ほどのような苦しみを耐えるような声ではなく。驚きで思わず出てしまった声。彼女は彼の優しさに甘えて「すみません」と言いシュウの首筋に噛み付いた。
「っ!」
痛みを感じた。でも、すぐになくなる。痛みがなくなっただけで、血は吸われ続ける。ただそれは麻薬のように脳に染み渡り、快楽を与えてくれる。彼女が妙に愛おしく見え始めたので、先ほどよりも強い力でぎゅっと抱きしめる。それ以上のことはしない。する勇気を彼は持ち合わせていない。
血を吸い続ける。どれくらい吸われるかわからない。でも、この世界は死ねないのだ。好きなだけ吸えばいい。
「んっ……んんっ!」
彼女はなんとも悩ましい声を上げる。あくまで血を吸っているだけ。ただし、この状態を誰かに見られたら勘違いされるに違いない。
だって、今はヒカミーヤはシュウの上に乗って、お互いに抱きしめ合っている。ヒカミーヤは悩ましい声を出しながら、服が少しはだけている。二人して頬を朱に染めているからだ。
奈落の底とはいえ、かなりマズイ状況。
「ねぇ、シュウくん。キス……して?」
彼女の言葉になぜか従ってしまい、唇に唇を近づけていく。
触れるまであと数ミリというところで、シュウは慌てて離れる。我に返ったようだ。
「ひ、ヒカミーヤ。しっかりしろ!」
「シュウくん。もっとちょうだい! あげるから少し落ち着けっ!」
「うん……はっ!? シュ、シュウ様ッ!? わ、妾は一体!?」
慌ててシュウの上から降りる。
「よかった。正気に戻った。それでもう、血を吸わなくていいのか?」
「はい。おかげさまで。とても美味しかったです」
「そ、そうか」
血が美味しかったと言われても素直に喜べない。そもそも喜んでいいのかすらわからない。
「もう、飛べそうか?」
「は、はい! ですから、妾にしがみついてください」
「わかった」
素直に了承の意を示したかのように見えて、逆ならよかったのにと少し不服そうだ。でも、彼には飛べる術がないので、こればかりはどうしようもない。
このまま、こうしておくわけにもいかないので、渋々しがみついた。
奈落の底はどこまでも果てしなく続いているようだ。クラウダー学園のある国とは違う国まで続いている。いや、この世界全てに張り巡らされている可能性が高い。
「一体どこに……」
変に歩いても迷うのみ。ヘタすると行き違いになる可能性がある。だから、彼女はその場で座って、待つことにする。もちろん、シミは避けている。
死なないので、腹が減っても問題ない。ただ、飢えに苦しむだけ。時間は無数にある。そう思っていると視界いっぱいに光が広がる。ヒカミーヤはそれにより視界を奪われた。もちろん、真っ暗闇にいた彼女はしばらくの間、視界がない。
この状態だと些細なことで過剰に反応してしまう。でも、感覚を制御することなんてできない。
「ひゃっ!?」
だから、首筋に落ちた水滴に反応してしまい、慌てて飛びのく。
でも、結局何かに引っかかり、転ぶ。ようやく視界が元に戻る。青みがかった黒い瞳と目が合う。その瞳を知っている。知っているからこそ、動けなくなってしまう。
「な、ななな何しているんですか!?」
「何って……あなたを助けにきたのです」
「そんなのいらない。俺は肉親殺しの重罪人だ。ここで死ねばいいんだ」
「ダメです。妾が許しません。よく考えてみてください。あなたがいなければ妾たちはこの世界にいることを許されません。ですから、妾たちのためにいてください。それにこの世界では死ぬことは許されませんから」
許されない。彼女はそう言ったが、死ねないのだ。まるで呪いのようだ。いや、実際に呪いなのだろう。
「そんなこと言われると死ねないじゃないか」
彼は苦笑いを浮かべる。
ずっと、死なないといけないと思っていた。肉親殺しに誰かと一緒にいる資格はないと思っていた。
そんなシュウにヒカミーヤは自分たちのために生きろと言ったのだ。さすがのシュウでも、そう言われると生きるしかない。どうせ死ぬなら精一杯生きるしかない。それが彼女たちの助けになるなら、なおさらだ。
だけど、生きるためには目の前のことを、どうにかしないといけない。
シュウではどうしようもないことくらい彼自身が一番わかっている。
「どうやって上に行くんだ?」
質問に対して、ヒカミーヤは自慢げにコウモリのような翼をピクピクと動かしている。彼女の子供らしい一面が珍しく、少し笑みを浮かべる。
「俺を担いだままで飛べるのか?」
「それくらい余裕です。これは吸血鬼としての翼ですから、そこらにある翼とは格が違いますよ」
「すごい自信だな」
「当たり前ですよ。最上悪魔ですから」
「でも、力を封印されているんじゃなかったのか?」
「うっ! そ、それはー」
シュウの言葉にヒカミーヤは視線をそらす。彼女の反応を見て、察した。
恐らく封印のことを忘れていたのだろう。封印されてから、人を担いだことはないのだろう。
「大丈夫です! 信じてください」
「信じるよ」
「そ、即答ですね」
「まあな」
「あれ? 今更ですけど、敬語をお使いにならないのですか?」
「んあ? まぁ……その……あれだ。ようやく慣れてきたといえ感じかな。べ、別に嫌なら敬語に戻すけど……」
「いえいえ! 全然全く嫌じゃないです! ただ、違和感が凄まじいので……」
「そ、そうか。なら、敬語に戻すか」
「そのままでお願いします!」
「えっ? おっ……おおう……。ヒカミーヤも敬語をやめてくれると助かる」
「それは無理です」
「あっ、即答。まぁ、いいや」
「それにしても、目は相変わらず合わせてくれませんね」
「目は勘弁してくれ……」
「視線恐怖症ですか?」
「違う」
「なら、何なのでしょうか?」
「人の目を見ると、まるで自分が見透かされているように感じる。それに目に光がないんだよ。何を考えているか分からない。そんなのを見て何がいいんだ」
「それが視線恐怖症ですね」
「違う」
「無限ループしそうなのでやめておきましょう。今はここから出ることの方が先決です。早くしないとビギンス様に怒られますよ」
「そっか……。そうだよな。今日からビルルさんに修行してもらうんだったもんな」
「学校も始まりますよ」
「学校か……。何も目的がないのに学校行って、何が楽しいんだよ」
「たしかに学校はつまらないですね。強制的に時間を拘束されますから。ですが、行かなかったら行かなかったで、何もすることがなく暇ですよ。この世界は娯楽というものが少ないですから」
「まるで別の世界に行ったことがあるような口ぶりだな」
「実際に小さい頃に行ったことがありますから。でも、妾はやっぱりこの世界が好きですね」
「ふっ。魔王らしからぬセリフだな」
「そうですね。たしかに魔王らしくないですね。さて、それでは上へ出ましょう」
「そうだな。ずっと、この体勢なのも恥ずかしいし」
言われて、ようやくヒカミーヤは顔を真っ赤に染める。今の彼らの体勢はヒカミーヤがシュウを押し倒したような状態になっているのだ。でも、まるで拘束されているかのように身動きが取れない。
彼女の様子に違和感を覚える。
「……ァ…………ァァ…………」
ヒカミーヤが発した声で、ある可能性が頭に浮かぶ。浮かんだ可能性が違えば恥ずかしいが、シュウは彼女を抱きしめた。
「…………ぁ…………」
小さく声を漏らす。先ほどのような苦しみを耐えるような声ではなく。驚きで思わず出てしまった声。彼女は彼の優しさに甘えて「すみません」と言いシュウの首筋に噛み付いた。
「っ!」
痛みを感じた。でも、すぐになくなる。痛みがなくなっただけで、血は吸われ続ける。ただそれは麻薬のように脳に染み渡り、快楽を与えてくれる。彼女が妙に愛おしく見え始めたので、先ほどよりも強い力でぎゅっと抱きしめる。それ以上のことはしない。する勇気を彼は持ち合わせていない。
血を吸い続ける。どれくらい吸われるかわからない。でも、この世界は死ねないのだ。好きなだけ吸えばいい。
「んっ……んんっ!」
彼女はなんとも悩ましい声を上げる。あくまで血を吸っているだけ。ただし、この状態を誰かに見られたら勘違いされるに違いない。
だって、今はヒカミーヤはシュウの上に乗って、お互いに抱きしめ合っている。ヒカミーヤは悩ましい声を出しながら、服が少しはだけている。二人して頬を朱に染めているからだ。
奈落の底とはいえ、かなりマズイ状況。
「ねぇ、シュウくん。キス……して?」
彼女の言葉になぜか従ってしまい、唇に唇を近づけていく。
触れるまであと数ミリというところで、シュウは慌てて離れる。我に返ったようだ。
「ひ、ヒカミーヤ。しっかりしろ!」
「シュウくん。もっとちょうだい! あげるから少し落ち着けっ!」
「うん……はっ!? シュ、シュウ様ッ!? わ、妾は一体!?」
慌ててシュウの上から降りる。
「よかった。正気に戻った。それでもう、血を吸わなくていいのか?」
「はい。おかげさまで。とても美味しかったです」
「そ、そうか」
血が美味しかったと言われても素直に喜べない。そもそも喜んでいいのかすらわからない。
「もう、飛べそうか?」
「は、はい! ですから、妾にしがみついてください」
「わかった」
素直に了承の意を示したかのように見えて、逆ならよかったのにと少し不服そうだ。でも、彼には飛べる術がないので、こればかりはどうしようもない。
このまま、こうしておくわけにもいかないので、渋々しがみついた。
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