救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第7主:全世界の全ての生物が死ななくて済んだ

 目隠しをされているので、ここがどこだかわからない。でも、ビルルが安全に連れて行ってくれているので、怖さはない。そんな時にガタガタガタと扉であろうものが開く音が聞こえる。

 少しすると、ガタン! と一際大きな音が鳴ったので、銀行などにある金庫のような扉を開けたんだなとシュウはなんとなく感じ取った。

 空気がひんやりとし出したので、扉をくぐったことが感覚でわかる。そして、また同じような音が聞こえたので、扉が閉まったことがわかった。そして、彼らが今、入ったところは遠くから水が落ちる音が微かに聞こえたので、洞窟か地下であろうと彼は理解した。しばらく歩くと目隠しが外された。

 何の前触れもなく外されたが暗さが、さほど変わらないので問題ない。少し安心している間に背中を何者かに押されると、ガチャン! という音が聞こえた。ここに入る時とは比べものにならないほどの脆いだろうとわかる音だった。

 今までの条件から、ある予測ができた。しかし、今までの彼女たちの行動が理解できないと思ってしまう。そして、目隠しを取られたので体ごと背後を見ると、案の定、鉄でできた柵があった。

 つまり、ここが牢屋だということを理解してしまった。だからと言って、彼は怒りはしない。この世界の住人にこんな扱いを受けても、怒る資格は自分たち異世界人にはありはしない。彼はそう考えているからだ。そんな時に柵の外のビルルと目があった。

「シュウくん。こちらではなく背後を見て」

 言われた通りに背後を少しだけ体を捻り、見てみた。しっかりと姿が見えた。だからこそ、ビルルの方を見た。

「い、いたのは、お、女の子二人ですよ! 俺を守れるわけないじゃないですか!」

「問題ないよ。体を張って守ってくれるから」

「っ!?」

 言い返そうとしたが、ビルルの目に今までないほどの怒り、憎悪、嫌悪感などを含んだ目だったので、恐怖で何も言い返せなくなる。

「それじゃあ、用が済んだら、そこの柵を叩いて」

 そうとだけ言い残し、ビルルはきびすを返した。

 少ししてから、なんとなく背後を見ると、女性二人が、こちら訝しげに見ていた。

 ーーえっ? ツノ? ツノか。まぁ、異世界だし何でもありか。片方はただの女性にしか見えないな。てかっ、ツノがある方の女性どこかで見たことがあるんだけどな。誰だっけ?

 そう思いながらも、彼女の容姿を見る。

 髪は腰まで届くほど長くて輝いている金色。目つきはたれ目気味で瞳の色が赤紫。胸は大きくも小さくもない中途半端。服装は真っ白で病衣に似ているが、紐で結ぶところがない。だから、パッと見だとワンピースに見えたが、ワンピースと比べたら丈が膝までなので長い。
 そして、何よりも頭にツノが生えている。そのツノは鹿みたいなスッと伸びたものではなく、羊みたいな丸いツノだ。肌は色白なので、ツノも相まって、ただの悪魔にしか見えない。

 もう片方の女性は茶色の髪が肩まであり、目つきは少しだけつり目気味で瞳の色は焦げ茶色。服装は金髪の女性と同じだ。しかし、彼女の場合はこれでもかというくらい、胸の自己主張が激しくて、病衣もどきが、金髪の女性と同じ大きさなのか、太ももをギリギリ隠しているようにしか見えないので、かなり短い。肌はシュウと同じ黄色人種らしい色だ。

 そして、二人とも身長はシュウよりは低い。だけど、階段での二人の戦いを見て、魔法が使えるだろうから、彼が敵うはずがない。

 マジマジと見ていたせいか、二人して頬を少し紅潮させながら、両手で自らの体を隠す。

 これ以上は見ないという意思表示のためか、シュウも頬を紅潮させながら、首と手を振っている。そして、目も閉じている。彼は目を閉じながらも、首と手を振るのをやめて、視線をあさっての方向に向ける。もちろん、手は下ろしている。そのことで二人は安心したのか、自分の体を隠すのをやめた。

             ︎

『………………』

 先ほどの出来事から、かなりの時間が経ったが、三人のうち誰一人として話そうとしないため、今は三人の呼吸音しか聞こえない。

 たまに三人がいる牢屋の外から獣の声が聞こえる以外は、ホントに静かだ。

 この静かな状況に我慢できなくなったのか、ツノが生えている女性が「あ、あの!」と声をかけた。

「な、なんでしょうか?」

「あ、あなた何者ですか。いえ! 決して不気味に思っているわけではないですよ! い、いえ。正直言って不気味です」

「あ、そ、そうですか……」

「は、はい。そうです……」

 そうとだけ話すとまた黙り込んだ。そんな二人を見かねてか、茶色の女性が「あぁ! もう!」と頭をかきむしり、苛立ちを表しながら、キッ! とシュウを見た。

「っ!?」

 あまりの表情に彼が息を飲んでしまう。

「単刀直入に言う。お前は何者だ? どうしてここに入れられた? どうしてオレたちに何もしない?」

 ーーこの女性はボクっ娘ならぬオレっ娘なのか。でも、違和感があるな……。女性らしい仕草が一切ないからかな? 全然女性に見えない。まぁ、気のせいかもしれないけどな。

「おい! 何か答えろよ! アァン!!」

 ヤンキーかよというツッコミを心の中で入れながらも、彼女の方を見る。すると、ホントにヤンキーのような座り方をしていた。それを見て、彼は相手は男だと見た方がいいと結論づけた。

「お、俺の名前はシュウ・アサヤ……です。異世界人です。ですから、あなたたちが何者かもわかりませんし、自分がどうしてここに入れられたのかもわかっていません。ただ、守ってくれる人がいるとは聞きました……」

「ふぅん。異世界人ねぇ。まぁ、いいや。そんじゃあ、こちらの自己紹介をするぞ」

「お、お願いします」

 彼は頭を下げた。もちろん、視線を合わさないためだ。だけど、耳だけは傾けた。

「まずはオレからだ。名前はサルファ・K・アセリーンだ。千年ほど前の勇者だ。今はこんな身なりだが、オレは男だからな。六百年ほど前に性転換の薬を無理矢理、飲まされ、こんな姿になっている。どうやら拷問紛いの尋問の幅が増えるからだそうだ。確かにこの世界は女性の方が反乱を起こす可能性が高いから、尋問の種類が女性の方が多い」

「えっ……と……」

 突然の情報量に頭がパンクしそうになるが、なんとか聞きたいことを一つに整理する。そして、それを聞くことにする。

「どうして勇者が拷問紛いの尋問をされているのですか?」

「あぁ。簡単な話さ。でも、その前にまずはこいつの紹介をしないとな」

 突然、話を振られたツノが生えた女性は驚いた顔をしている。シュウの中では彼女のことはなんとなくわかる。しかし、ホントにそれが正しいのかわからないため、素直に話を聞くことにした。

「わ、わらわの名はヒカミーヤ・J・マルキサチ……です。せ、千年ほど前にま、魔王をしていました。種族は最上悪魔コイチルチーです。れ、れっきとした女……です」

「こ、最上悪魔コイチルチー?」

「あ、悪魔の一番偉い種族です。れ、歴代の魔王……の種族です」

「は、はぁ……」

「見ての通り、ヒカミーヤはオレたちとは違い亜人種だ。だから、オレは千年ほど前にこいつを討伐しに行った」

「そ、そうですか……」

「ここで尋問される理由だ」

「えっ? ここで?」

「あぁ。お互いに牢屋に入れられている千年もの長い間に話し合って、わかったが二人して死を覚悟していた。しかも、二人揃って死ぬのが自分の責務であると思っていた。
 だけど、本当に死が近くにやってくると二人して死にたくないと願ってしまった。でも、生物としては当たり前のことだ。そして、相打ちになりそうになった時も同じように願った。
 すると、その願いが叶ったのか、オレたちだけではなく、全世界の全ての生物が死ななくて済んだのだ。当時は全世界の全て生物が喜んだ。しかし、それもつかの間だった」

 そこでサルファは一度、切った。しかし、すぐに話し始めた。

「つかの間といっても百年くらいあった。百年後に一人の男性が崖から落ちた。けど、死ななかった。しかし、痛みはあったらしい。しかも、死ぬほどの痛みだ。そこで不満が溜まったが、まだ問題ない程度だった。
 そのすぐ後に異世界の宙に浮く軍艦がこの世界を訪れた。言葉が通じないので、驚いた軍艦から降りてきた人はこの世界の住人を射殺した。
 でも、死ななかった。それを目の当たりにした、異世界の多くの軍人はこの世界の人を拉致していった。
 少しすると、不死だけではなく、ある一定の年齢で身体年齢が止まる不老に気づいた軍人たちは、この世界の多くの人を拉致していった。そして、奴隷にした」

 彼女はそこでまた言葉を区切る。サルファとヒカミーヤは辛そうな表情をしているが、話を聞かないといけない気がしたシュウは無言で続きを待つ。言いたくないであろうが、これは通らなくてはいけない道だ。そんなシュウを見てか、辛そうな表情のまま続きを話し始めた。

「それでこの世界の人たちは死なないことが救いではなく、呪いだと気がついた。そして、その原因を作ったのがオレたちと判断して、今までオレたちを祀り上げていたが、手のひらを返された。
 呪いが起きる前にお年寄りになっていた一人の人物に話しがあると騙されて、この牢屋に入れられた。そこですぐにオレたちが動かないように拘束された。眠らされていたので抵抗なんて、できやしない。
 それから数百年が経つと、さすがにオレたちを拘束していたものが劣化してきたのか、オレでも壊せるくらいになった。しかし、そのことに気づいた看守が慌てて誰かに報告しに行った。そして、やっと抜けられるという安堵からか、眠気が襲ってきたのでそれに従った。そして、起きるとオレは体が女性にされていた。
 それからはずっと、オレたちの力を弱まる術が組み込まれている拘束具に変わり、今からほんの数日前に力が一般人以下になったので、オレたちの拘束を解かれて、今というわけだ」

 サルファは強がって、淡々と話しているように見せかけていたが、今は顔を見ているシュウにしたらバレバレだった。

 なぜなら、二人揃って涙を流していたからだ。しかも、見るからに大粒の涙だ。そんな二人を見て、とてつもないほど申し訳ない気持ちになったシュウは頭を下げた。しかし、謝罪は言わない。これはシュウにとっても必要なことだったからだ。彼が頭を下げたからといって涙は止まることはない。

 ーー彼女たちは心に傷を負っている。信じていたものに裏切られるほど辛いことはない。俺でも経験済みだ。彼女たちを傷つけたくない。なら、俺の身代わりにしたらダメだ。異世界人は異世界人らしく、自分の身を犠牲にしよう。俺のいた世界ではないが、この世界から見ると異世界には変わりない。なら、彼女たちの分も俺自身が受け取るしかない。これが俺の責務だから。

 彼は意を決した。用が済んだので、柵を叩こうとした瞬間に背後から抱きつかれた。

 そして、涙声で微かにだが「やめてください」という声が聞こえた。その正体はわかっている。だからこそ、ホントに力を吸い取られたんだなと理解した。なぜなら彼女──ヒカミーヤ・J・マルキサチの抱きつく力が、まるで赤ちゃんか老人に抱きつかれているのかと錯覚するほど、力を感じられない。

 彼女が恐れているのはきっと誰かがここに来ることだ。彼はそう思っていたが、実際は違った。

「自己犠牲なんてやめてください!」

 涙声だが、先ほどとは違いハッキリと聞こえる声で言われた。そのことに彼は口に出していたのかと焦ってしまう。まるで、そんな彼の焦りを消すためにサルファが口を開いた。

「ヒカミーヤはそのツノで自己犠牲をしようとしている人のことがわかるらしい」

 そのことに驚きはしたものの安堵したけど、会ってすぐの自分に自己犠牲をするなと言う思考が理解できなかった。

「あなたは妾たちのために、自己犠牲しようと思っていましたよね!」

 どうしてそこまでわかるのかと不思議でならないが、すぐにその不思議を解決するための思考を遮られた。

「オレたちのために自己犠牲をするとはどういうことだ?」

「…………」

 シュウは目を伏せて、言う気はないことを表す。しかし、なぜかさらに言葉を続かせる。

「言えよ! 自己犠牲なんてオレたちだけで充分なんだよ!」

「俺は……俺はっ! お前たちを助けるために自己犠牲をする方法しかないんだよ! お前たちは充分、傷を負ってきた! なら、傷を負っていない俺の出番だろ! 邪魔をするな!」

「「っ!?」」

 二人はシュウの突然の口調の変化と視線を合わせてきたことに息を飲む。そして、すぐにハッとして、気まずそうに目を伏せる。今回ばかりは、さすがの彼でも謝罪しなかった。

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