救世主になんてなりたくなかった……
第10主:男のヘソ出しって誰得だよ
「あの……その……ごめんなさい。こ、この部屋に椅子はないので、床にすわ……座ってもらいます」
「構いませんよ」
目を合わせないシュウにも、PLO-03GWはにこやかな笑みを浮かべて答えると座った。正座のようだ。
「あの……失礼ですが、性別をお伺いしてもよ、よろしいでしょうか?」
「性別ですか? 設定上はボクの性別は男です」
PLO-03GWがそう答えるとシュウの背後から、バンッ! と机を叩く音が聞こえたので、シュウとPLO-03GWは体をビクつかせる。だけど、背後が気になるので、恐る恐る振り返った。
「ぐへ……ぐへ……ぐへ……ぐへへ」
ヒカミーヤが近づいては来ないが頬を紅潮させながら、手を開けたり閉めたりしている。
彼女の姿に恐怖を感じた。ただでさえ白い頬を紅潮させているだけでも怖いのに、不気味な笑い方をしながら、ヨダレを垂らしているのだ。
まるで腹を空かした獣が餌を見つけたかのようだ。
「男と男の娘。いつ過ちが起きるのか楽しみだなぁ……。じゅるり」
PLO-03GWとサルファはヒカミーヤの姿を見て引いている。シュウはさらなる恐怖を覚えた。
「あ、あのっ! 君の名前長いし、普通の名前を付けない?」
「名前……ですか?」
話を逸らすとPLO-03GWが乗ってくれたので、シュウの狙い通りだ。でも、サルファとヒカミーヤは未だに警戒しているのか、話に入って来ない。
ーーあんな反応していた割には、まだ警戒しているのかよ。まあ、仕方ないだろうな。長い間、いたぶられ、尊厳を踏みにじられ、文字通り何度も殺されたんだからな。警戒は緩めないだろうな。あれ? なら、どうして俺を警戒していないのか? もしかすると、俺が気づいていないだけで、警戒されているのかもしれないな。
「何か案はあるのでしょうか?」
「あ、案?」
悪い思考ばかりが浮かびそうになったところで、PLO-03GWが彼を元の世界に戻した。
「た、単純だけどプロ……とか」
「それは嫌です」
「即答かよっ! あっ、すみません」
突然の大声に驚いた顔をされたので、申し訳なく思い、すぐさま素直に謝る。しかし、先ほどの相手の反応でシュウが驚いてしまう。
「ホントに人形ですか? 自分の意思もしっかりしていますし、人形という感じはしないのですが……」
「そうですか……。そうですよね。失敗作ですからね」
「そ、そんなことないと思いますよ! 意思がある方が成功だと俺は思いますよ」
「優しいのですね。ですが、慰めなんて無用です」
「慰めなんかじゃ」
「意思があればあるほど、魔力人形は失敗だ。恐らくそいつは普通の人並みに意思があると思う」
警戒が少し弱まったのかサルファが話に入ってきてくれた。
「そんなの無茶苦茶ですよ。意思がある方がいいに決まってる」
「シュウ一つ質問だ。もし、勝たなくてはいけない戦いで、お前自身が複数の兵の指揮を執るとする。その戦いでの自分の策は絶対に正しいと思っている。そんな時に自分の兵に意思が必要か不必要かどっちだ?」
「俺は必要だと思う。もしかすると、自分よりもいい策を思い付く兵がいるかもしれない。だから、意思が必要だと思う」
「綺麗事だな。でも、お前はそれでいてくれ。大きな間違いをすることのないままで」
サルファに言われるとピクリと反応する。そして、珍しく目をきちんと合わせる。でも、その目はどこか虚ろだ。
「ははっ! 俺は既に大きな間違いをしている」
「オレたちを使用人にしたことか?」
「それも間違いだけど、些細なことだ」
彼の頭の中に記憶が浮かんでしまう。その記憶は鮮明に思い出せる。この世界に来て色々あっても、永遠に忘れないだろう。
あの時の自分の気持ちを。感触を。
相手の表情を。意思を。心を。
彼は永遠に忘れない。忘れられるはずがない。
「この世界だと人を殺すのは日常茶飯事かもしれない。どうだ? ヒカミーヤ」
「えっ? わ、妾?」
「いいから早く答えろ」
「は、はい! 日常茶飯事です。毎日、妾たちは殺されていました!」
「その相手はお前たちの知り合いか?」
「い、いえ! 全くの赤の他人です! 妾たちを殺して、相手を殺すということに慣れるためらしいです」
「ふふっ! ……ははっ! なら、俺はこの死なない世界の人間よりも狂ってるな!」
彼は笑っている。でも、笑っていない。
明らかに今のシュウはおかしい。そこにいる誰もがそう感じる。
「俺は血の繋がりがあり、肉親でもある妹をこの手で殺したのだからな。しかも、相手は抵抗もできない状態。あの時の感触は今も残ってるさ。あの動いていた脈がどんどん弱まっていく感触、人の弱点を絞める感触がな!
そして俺はこの死なない世界に来た。これを大きな間違いと言わずなんと呼ぶ? お前らにわかるか? 肉親を殺す気持ちがさっ!」
彼は言い切った。誰も何も言わない。でも、後悔はしない。後悔しても無意味だと知っているから。
そこで彼は正気に戻った。都合よく先ほどの記憶が消えるということはない。だからといって、発した言葉は消せない。
「あぁ、すみません。話が逸れました。名前ですが、オサグウェイなんてどうでしょうか?」
「オサグウェイですか? その意味は?」
「意味はないです。ただ、PLO-03GWから03GWを抜き取って『0』を『オ』に『3』を『サ』に。そして『G』を『グ』にし『W』を『ウェイ』に変えただけです」
「そうですか。オサはいらないと思うので個体識別番号だけを抜いて、グウェイにします。あなた方の前だと今日からボクをグウェイとお呼びください。お願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。それで、一体どのようなご用事でここに来たのですか?」
「あぁ! そうでした! すっかり忘れてました! 明日から、お三方は学校に通うということですので、制服をお持ちしました」
「わ、忘れていたのですか?」
「はいっ! これをどうぞ」
PLO-03GW改めグウェイが、何もない虚空に手を差し込むようにすると、その場所だけ空間がねじ曲がる。すぐに目的のものを見つけたのか、シュウに差し出す。
素直に彼が受け取ると、その上にさらに二つ乗せられた。今、彼は三つの大きめの箱を持っている。
一応は鍛えられているので、軽々と持つ。しっかりとした足取りで、サルファとヒカミーヤに近づく。
「一番上が魔王ので、真ん中が勇者のですよ」
「だそうです」
目も合わせずに言うと、ヒカミーヤが先に箱を受け取り、すぐにサルファが受け取った。
「そ、それでは俺はトイレで着替えてきます」
「わかった」「わかりました」「承知しました」
彼の言葉を聞くと、三人が頷きながらも同時にそれぞれの口調で許可を出した。
普通に真っ直ぐトイレへと向かう。先ほど場所を確認したばかりなので、忘れはしない。
トイレの扉が開けっぱなしだった。だから、彼は自分が中に入ると鍵ごと閉めた。
ーーホントに真っ白だよな。トイレが清潔感あるのはいいことだし、問題ない。だけど、トイレに鏡って必要か? 確かにデパートなどに行ったら化粧室と呼ばれているトイレに鏡があるけどさ。でも、個室なのに全身が映るのはいらないだろ。顔が映るくらいなら、あっても問題ないけど、全身は問題だらけだな。まぁ、異世界だし、そんなことを気にしていても意味ないか。
鏡に対して違和感を覚えながらも、彼は着替える。
数分後に着替え終えたので鏡を見る。
上着は緑色のブレザーで赤いネクタイがあり、ワイシャツ。だというのに、ヘソの部分だけが露出している。
下は灰色の長ズボンだが、どういう仕組みなのか、かなり涼しい。
ネクタイとズボンには白い線が等間隔で描かれている。
「てかっ、男のヘソ出しって誰得だよ。まぁ、お互いに露出しているし平等といえば平等だな」
制服に文句を言いながらも、仕方ないかと思う。
すると、突然ドンドンッ!! と扉を叩かれた。
三人のうちの誰かが漏れそうなのだろうと考えた彼は鍵を開けた。そして、出ようとした瞬間に何者かが入ってくると慌てて鍵を閉めた。
次の瞬間にガチャッ! ガチャッ! ドンドンッ!! と扉がいじめられている音が聞こえる。その光景を見て、ホラー映画の中に入った気分になった。おかげで、ホラー映画の登場人物たちはどうしてこういう状況に恐怖を抱くのか理解した。
ーー確かにこれは怖い。相手が見えないのに音だけが聞こえる。これだけで既に怖い。しかも、かなり強い力なのでいつ破られるかわかりっこない。これは無理だ。
「シュウッ!」
「は、はいっ!」
大きな声で入ってきた人物──サルファに名前を呼ばれたので、シュウは慌てて返事をした。これだと、どちらが使用人かわからない。でも、シュウ自身は主従関係があるよりも、こういう感じの方がいいと思っている。
「ブラジャーって、どうやって着けるんだ?」
「外の二人に聞け!」
サルファの方を見ずに強気で言う。名前を呼ばれた時も返事はしたが、扉を警戒している。だから、今もそのままの状態でいる。とても大きな音を立てている扉に背を向けるほど、彼は命知らずではない。でも、声は聞こえずとも向こう側には誰が、どういう状況でいるかわかる。
そんな状態なのにサルファに強気で言えたのは相手が見えないからこそだ。相手を視界に捉えてないからこそだ。つまり、扉とは真逆に位置する小窓の方を向いている。
「嫌だっ!! だってあいつら目が怖いんだっ!」
「目が怖い?」
「あぁ! オレは何もしてないぞ?」
彼女の言葉を聞いて不思議に思ったが、三人のことを思い浮かべると理解したため「あ……うん」と返す。
「わかったのか? オレが悪いのか?」
「あぁー。悪いといえば悪いけど、悪くないといえば悪くない」
「どっちだよ」
ーー相手が元男だとはいえ、胸が原因と言ったらマズイだろう。制服に着替えている最中なんだし、胸くらい見られるだろう。ブラジャーの着け方がわからないと言っていたんだし、生の胸……を。いや。ちょっと待て。ということはサルファは今、下着つけていないということか!? しかも、トイレという個室で密室に二人っきり。
「それにしても、このトイレは贅沢だな。強力な魔力で完全防音されている。でも、襲撃とか来たとすると危険だな。逃げ道が扉を入ると、上にある小窓しかない」
オイッ! コラッ! マジか!? 完全防音で男女二人っきりの密室で、片方は下着を着けていない……。事案発生じゃねえか!!
さすがに異世界に来て、事案発生で逮捕はシャレにならないと考えた彼は扉に手を触れようとしたが、留まった。
ーーそうだ。見つからなければどうということはない。自ら罪を告白しない方がいいに決まっている。そうだ……そうだよ! ブラジャーを着けさえすれば事案発生したとは思われない。……これは勝ったな。
その思考自体が犯罪者思考だと知らずに彼は彼女のブラジャーを着けることにした。
「サルファ。俺は今からそっちに向く。だから、扉の方を向いてくれ」
「あぁ、わかった。……向いたぞ」
「了解」
シュウは振り返る。指示通りにサルファは扉の方に向いていた。
「次は肩にブラジャーの紐をかけて、前屈みになりながら、胸の下にワイヤー当ててくれ」
また指示通りにサルファが動く。
指示したことが完了したのを確認してから、シュウがホックを止める。
「最後に胸の下の肉を抑えながら、布内にキチンと押し込めてくれ」
指示通りに押し込めた。完成したので「お疲れ」と言うとサルファは起き上がる。そして、シュウの方を見た。赤い花柄のブラジャーが目に入ったせいで、顔を真っ赤にしながら、シュウは小窓の方を向く。
「ありがとう。助かった。これからもよろしくな」
「へっ?」
聞き間違いかと思うようなことを言われたので、変な声が出てしまう。彼女はそんなことを気にしていない素振りだ。色々と言いたいが、こういう時に言えないのがシュウという人間だ。
すると、どういうわけかサルファの方から衣擦れの音が聞こえてきた。すぐに「どうだ?」と聞いてきた。
一瞬何がと思い軽くだが、軽く首を回しサルファの姿を視界に捉える。おかげでわかった。サルファは先ほどまで下着姿だったのにいつの間にか制服を着ていたのだ。
早くね? がシュウの内心だが「いいと思います」と伝えると「そっか」と返ってきた。
その返事で、なぜかサルファのテンションが少し上がったように感じた。彼女は扉を開けて、トイレの外に出た。
「えっ? サルファさん? 制服? っ!? ということはもしかして、ノーブラっ!?」
「違うぞ。ホラッ!」
「ほ、本当ですっ!? 一体どうやって着けたのですか?」
「シュウに着けてもらった」
「えっ?」
扉が開いたままなので、ヒカミーヤと目があった。
「へ、変態」
その言葉は小さかったが、シュウの耳にはキチンと届いた。だからこそ、反論をすることになった。
「違うからっ! ただ、慣れているだけだからっ!」
伝えながらも慌てて扉の方に体を向ける。
「や、やはりへ」
「だから、違う! 妹の世話を俺がしていたから、できるようになっただけだからっ!」
「い、妹さんの世話? も、もしかして性的な?」
「なわけねぇだろっ!」
「それでしたらシュウ様はシス」
「シスコンじゃねぇから」
シスコンを巡って、似たような会話を女神とした記憶が彼にはある。
女神と魔王が同じ思考してるってスゴイなと素直に彼は感心する。でも、相変わらず女神の顔と声は思い出せない。
記憶と言っても女神との会話は文字としてしか残っていない。でも、その理由を知りたいという気持ちにはならない。ただ、懐かしさを覚えるだけだ。
「構いませんよ」
目を合わせないシュウにも、PLO-03GWはにこやかな笑みを浮かべて答えると座った。正座のようだ。
「あの……失礼ですが、性別をお伺いしてもよ、よろしいでしょうか?」
「性別ですか? 設定上はボクの性別は男です」
PLO-03GWがそう答えるとシュウの背後から、バンッ! と机を叩く音が聞こえたので、シュウとPLO-03GWは体をビクつかせる。だけど、背後が気になるので、恐る恐る振り返った。
「ぐへ……ぐへ……ぐへ……ぐへへ」
ヒカミーヤが近づいては来ないが頬を紅潮させながら、手を開けたり閉めたりしている。
彼女の姿に恐怖を感じた。ただでさえ白い頬を紅潮させているだけでも怖いのに、不気味な笑い方をしながら、ヨダレを垂らしているのだ。
まるで腹を空かした獣が餌を見つけたかのようだ。
「男と男の娘。いつ過ちが起きるのか楽しみだなぁ……。じゅるり」
PLO-03GWとサルファはヒカミーヤの姿を見て引いている。シュウはさらなる恐怖を覚えた。
「あ、あのっ! 君の名前長いし、普通の名前を付けない?」
「名前……ですか?」
話を逸らすとPLO-03GWが乗ってくれたので、シュウの狙い通りだ。でも、サルファとヒカミーヤは未だに警戒しているのか、話に入って来ない。
ーーあんな反応していた割には、まだ警戒しているのかよ。まあ、仕方ないだろうな。長い間、いたぶられ、尊厳を踏みにじられ、文字通り何度も殺されたんだからな。警戒は緩めないだろうな。あれ? なら、どうして俺を警戒していないのか? もしかすると、俺が気づいていないだけで、警戒されているのかもしれないな。
「何か案はあるのでしょうか?」
「あ、案?」
悪い思考ばかりが浮かびそうになったところで、PLO-03GWが彼を元の世界に戻した。
「た、単純だけどプロ……とか」
「それは嫌です」
「即答かよっ! あっ、すみません」
突然の大声に驚いた顔をされたので、申し訳なく思い、すぐさま素直に謝る。しかし、先ほどの相手の反応でシュウが驚いてしまう。
「ホントに人形ですか? 自分の意思もしっかりしていますし、人形という感じはしないのですが……」
「そうですか……。そうですよね。失敗作ですからね」
「そ、そんなことないと思いますよ! 意思がある方が成功だと俺は思いますよ」
「優しいのですね。ですが、慰めなんて無用です」
「慰めなんかじゃ」
「意思があればあるほど、魔力人形は失敗だ。恐らくそいつは普通の人並みに意思があると思う」
警戒が少し弱まったのかサルファが話に入ってきてくれた。
「そんなの無茶苦茶ですよ。意思がある方がいいに決まってる」
「シュウ一つ質問だ。もし、勝たなくてはいけない戦いで、お前自身が複数の兵の指揮を執るとする。その戦いでの自分の策は絶対に正しいと思っている。そんな時に自分の兵に意思が必要か不必要かどっちだ?」
「俺は必要だと思う。もしかすると、自分よりもいい策を思い付く兵がいるかもしれない。だから、意思が必要だと思う」
「綺麗事だな。でも、お前はそれでいてくれ。大きな間違いをすることのないままで」
サルファに言われるとピクリと反応する。そして、珍しく目をきちんと合わせる。でも、その目はどこか虚ろだ。
「ははっ! 俺は既に大きな間違いをしている」
「オレたちを使用人にしたことか?」
「それも間違いだけど、些細なことだ」
彼の頭の中に記憶が浮かんでしまう。その記憶は鮮明に思い出せる。この世界に来て色々あっても、永遠に忘れないだろう。
あの時の自分の気持ちを。感触を。
相手の表情を。意思を。心を。
彼は永遠に忘れない。忘れられるはずがない。
「この世界だと人を殺すのは日常茶飯事かもしれない。どうだ? ヒカミーヤ」
「えっ? わ、妾?」
「いいから早く答えろ」
「は、はい! 日常茶飯事です。毎日、妾たちは殺されていました!」
「その相手はお前たちの知り合いか?」
「い、いえ! 全くの赤の他人です! 妾たちを殺して、相手を殺すということに慣れるためらしいです」
「ふふっ! ……ははっ! なら、俺はこの死なない世界の人間よりも狂ってるな!」
彼は笑っている。でも、笑っていない。
明らかに今のシュウはおかしい。そこにいる誰もがそう感じる。
「俺は血の繋がりがあり、肉親でもある妹をこの手で殺したのだからな。しかも、相手は抵抗もできない状態。あの時の感触は今も残ってるさ。あの動いていた脈がどんどん弱まっていく感触、人の弱点を絞める感触がな!
そして俺はこの死なない世界に来た。これを大きな間違いと言わずなんと呼ぶ? お前らにわかるか? 肉親を殺す気持ちがさっ!」
彼は言い切った。誰も何も言わない。でも、後悔はしない。後悔しても無意味だと知っているから。
そこで彼は正気に戻った。都合よく先ほどの記憶が消えるということはない。だからといって、発した言葉は消せない。
「あぁ、すみません。話が逸れました。名前ですが、オサグウェイなんてどうでしょうか?」
「オサグウェイですか? その意味は?」
「意味はないです。ただ、PLO-03GWから03GWを抜き取って『0』を『オ』に『3』を『サ』に。そして『G』を『グ』にし『W』を『ウェイ』に変えただけです」
「そうですか。オサはいらないと思うので個体識別番号だけを抜いて、グウェイにします。あなた方の前だと今日からボクをグウェイとお呼びください。お願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。それで、一体どのようなご用事でここに来たのですか?」
「あぁ! そうでした! すっかり忘れてました! 明日から、お三方は学校に通うということですので、制服をお持ちしました」
「わ、忘れていたのですか?」
「はいっ! これをどうぞ」
PLO-03GW改めグウェイが、何もない虚空に手を差し込むようにすると、その場所だけ空間がねじ曲がる。すぐに目的のものを見つけたのか、シュウに差し出す。
素直に彼が受け取ると、その上にさらに二つ乗せられた。今、彼は三つの大きめの箱を持っている。
一応は鍛えられているので、軽々と持つ。しっかりとした足取りで、サルファとヒカミーヤに近づく。
「一番上が魔王ので、真ん中が勇者のですよ」
「だそうです」
目も合わせずに言うと、ヒカミーヤが先に箱を受け取り、すぐにサルファが受け取った。
「そ、それでは俺はトイレで着替えてきます」
「わかった」「わかりました」「承知しました」
彼の言葉を聞くと、三人が頷きながらも同時にそれぞれの口調で許可を出した。
普通に真っ直ぐトイレへと向かう。先ほど場所を確認したばかりなので、忘れはしない。
トイレの扉が開けっぱなしだった。だから、彼は自分が中に入ると鍵ごと閉めた。
ーーホントに真っ白だよな。トイレが清潔感あるのはいいことだし、問題ない。だけど、トイレに鏡って必要か? 確かにデパートなどに行ったら化粧室と呼ばれているトイレに鏡があるけどさ。でも、個室なのに全身が映るのはいらないだろ。顔が映るくらいなら、あっても問題ないけど、全身は問題だらけだな。まぁ、異世界だし、そんなことを気にしていても意味ないか。
鏡に対して違和感を覚えながらも、彼は着替える。
数分後に着替え終えたので鏡を見る。
上着は緑色のブレザーで赤いネクタイがあり、ワイシャツ。だというのに、ヘソの部分だけが露出している。
下は灰色の長ズボンだが、どういう仕組みなのか、かなり涼しい。
ネクタイとズボンには白い線が等間隔で描かれている。
「てかっ、男のヘソ出しって誰得だよ。まぁ、お互いに露出しているし平等といえば平等だな」
制服に文句を言いながらも、仕方ないかと思う。
すると、突然ドンドンッ!! と扉を叩かれた。
三人のうちの誰かが漏れそうなのだろうと考えた彼は鍵を開けた。そして、出ようとした瞬間に何者かが入ってくると慌てて鍵を閉めた。
次の瞬間にガチャッ! ガチャッ! ドンドンッ!! と扉がいじめられている音が聞こえる。その光景を見て、ホラー映画の中に入った気分になった。おかげで、ホラー映画の登場人物たちはどうしてこういう状況に恐怖を抱くのか理解した。
ーー確かにこれは怖い。相手が見えないのに音だけが聞こえる。これだけで既に怖い。しかも、かなり強い力なのでいつ破られるかわかりっこない。これは無理だ。
「シュウッ!」
「は、はいっ!」
大きな声で入ってきた人物──サルファに名前を呼ばれたので、シュウは慌てて返事をした。これだと、どちらが使用人かわからない。でも、シュウ自身は主従関係があるよりも、こういう感じの方がいいと思っている。
「ブラジャーって、どうやって着けるんだ?」
「外の二人に聞け!」
サルファの方を見ずに強気で言う。名前を呼ばれた時も返事はしたが、扉を警戒している。だから、今もそのままの状態でいる。とても大きな音を立てている扉に背を向けるほど、彼は命知らずではない。でも、声は聞こえずとも向こう側には誰が、どういう状況でいるかわかる。
そんな状態なのにサルファに強気で言えたのは相手が見えないからこそだ。相手を視界に捉えてないからこそだ。つまり、扉とは真逆に位置する小窓の方を向いている。
「嫌だっ!! だってあいつら目が怖いんだっ!」
「目が怖い?」
「あぁ! オレは何もしてないぞ?」
彼女の言葉を聞いて不思議に思ったが、三人のことを思い浮かべると理解したため「あ……うん」と返す。
「わかったのか? オレが悪いのか?」
「あぁー。悪いといえば悪いけど、悪くないといえば悪くない」
「どっちだよ」
ーー相手が元男だとはいえ、胸が原因と言ったらマズイだろう。制服に着替えている最中なんだし、胸くらい見られるだろう。ブラジャーの着け方がわからないと言っていたんだし、生の胸……を。いや。ちょっと待て。ということはサルファは今、下着つけていないということか!? しかも、トイレという個室で密室に二人っきり。
「それにしても、このトイレは贅沢だな。強力な魔力で完全防音されている。でも、襲撃とか来たとすると危険だな。逃げ道が扉を入ると、上にある小窓しかない」
オイッ! コラッ! マジか!? 完全防音で男女二人っきりの密室で、片方は下着を着けていない……。事案発生じゃねえか!!
さすがに異世界に来て、事案発生で逮捕はシャレにならないと考えた彼は扉に手を触れようとしたが、留まった。
ーーそうだ。見つからなければどうということはない。自ら罪を告白しない方がいいに決まっている。そうだ……そうだよ! ブラジャーを着けさえすれば事案発生したとは思われない。……これは勝ったな。
その思考自体が犯罪者思考だと知らずに彼は彼女のブラジャーを着けることにした。
「サルファ。俺は今からそっちに向く。だから、扉の方を向いてくれ」
「あぁ、わかった。……向いたぞ」
「了解」
シュウは振り返る。指示通りにサルファは扉の方に向いていた。
「次は肩にブラジャーの紐をかけて、前屈みになりながら、胸の下にワイヤー当ててくれ」
また指示通りにサルファが動く。
指示したことが完了したのを確認してから、シュウがホックを止める。
「最後に胸の下の肉を抑えながら、布内にキチンと押し込めてくれ」
指示通りに押し込めた。完成したので「お疲れ」と言うとサルファは起き上がる。そして、シュウの方を見た。赤い花柄のブラジャーが目に入ったせいで、顔を真っ赤にしながら、シュウは小窓の方を向く。
「ありがとう。助かった。これからもよろしくな」
「へっ?」
聞き間違いかと思うようなことを言われたので、変な声が出てしまう。彼女はそんなことを気にしていない素振りだ。色々と言いたいが、こういう時に言えないのがシュウという人間だ。
すると、どういうわけかサルファの方から衣擦れの音が聞こえてきた。すぐに「どうだ?」と聞いてきた。
一瞬何がと思い軽くだが、軽く首を回しサルファの姿を視界に捉える。おかげでわかった。サルファは先ほどまで下着姿だったのにいつの間にか制服を着ていたのだ。
早くね? がシュウの内心だが「いいと思います」と伝えると「そっか」と返ってきた。
その返事で、なぜかサルファのテンションが少し上がったように感じた。彼女は扉を開けて、トイレの外に出た。
「えっ? サルファさん? 制服? っ!? ということはもしかして、ノーブラっ!?」
「違うぞ。ホラッ!」
「ほ、本当ですっ!? 一体どうやって着けたのですか?」
「シュウに着けてもらった」
「えっ?」
扉が開いたままなので、ヒカミーヤと目があった。
「へ、変態」
その言葉は小さかったが、シュウの耳にはキチンと届いた。だからこそ、反論をすることになった。
「違うからっ! ただ、慣れているだけだからっ!」
伝えながらも慌てて扉の方に体を向ける。
「や、やはりへ」
「だから、違う! 妹の世話を俺がしていたから、できるようになっただけだからっ!」
「い、妹さんの世話? も、もしかして性的な?」
「なわけねぇだろっ!」
「それでしたらシュウ様はシス」
「シスコンじゃねぇから」
シスコンを巡って、似たような会話を女神とした記憶が彼にはある。
女神と魔王が同じ思考してるってスゴイなと素直に彼は感心する。でも、相変わらず女神の顔と声は思い出せない。
記憶と言っても女神との会話は文字としてしか残っていない。でも、その理由を知りたいという気持ちにはならない。ただ、懐かしさを覚えるだけだ。
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