救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第12主:壁なんだから

「できました」

「えっ……? あっ! ありがとうございます!」

 食堂のお姉さんに声をかけられたので、慌てて振り返ると彼女の手にはよくわからないものがあった。

「こ、これは?」

「エイジルのスパイシーカレーです」

「え、エイジル?」

「この世界にいる魔物の名前です。そのものからはいいダシが取れます。そのダシに色々なお野菜を漬けてカレーにトッピングするのが伝統なのですよ」

「へっ……へぇぇー」

 ヒカミーヤの方をチラリと見る。案の定、少し悲しそうな顔をしていた。

 魔物ということは彼女の仲間になる。その仲間が恐らくは茹でられて、ダシを取られたのだ。しかも、この世界は死なない世界なので生きたままお湯に放り込まれたのだ。長時間茹でられる。それがどんな魔物かはわからないが、辛いのには変わりない。

 シュウは少し引きつった笑顔を浮かべて「あ、ありがとうございます」とお礼を言い、エイジルのスパイシーカレーが乗っているお盆を受け取った。

「そ、そういえばエイジルはどうしたのです……か?」

「もちろん、ダシを取り終えれば外に放置しました。今頃はどこかで元気に暮らしていると思います。人間と魔物は共存関係になりますから、冷蔵庫に放置なんてしませんよ。それだと品質も落ちますし」

 彼女は先ほどのことがあり、シュウには目を合わせないが、優しい微笑で語ってくれた。でも、この世界に慣れていない彼はそれだけで少し気分が悪くなる。それにここには元だが魔王であるヒカミーヤもいるので、申し訳なさでいっぱいだ。

 トボトボと歩きながら椅子に座っているビルルの方へと向かう。それにはヒカミーヤの横を通らなければいけない。さすがに戸惑ってしまうが、逃げるわけにはいかない。

 彼はいつも通り歩く。ヒカミーヤの隣を通る時に何も声をかけないのは、さすがに自分自信が辛いので、シュウは小声で「ごめんなさい」と謝罪の言葉を述べる。

 決して彼が悪いわけではない。でも、彼自身が自分が悪いと思い込んでいる。……いや、彼は厚かましいと思いながらも人間を代表して伝えたのだ。伝わったかわからないが、一ミクロンだけ罪悪感が晴れた。

 彼は重い足がほんの少しだけ軽く感じたので、彼女へ近づくと椅子に座った。もちろん、目の前や真横なんてことはしない。そんなことをすると、恐怖と恥ずかしさで死んでしまう。

 自分のことが一番よくわかっている。同じ長机の一部だが、彼は彼女が座っている席から一番遠い席に座った。

「いただきます」

 彼は食前の挨拶をして、エイジルのスパイシーカレーをスプーンでご飯とルーを大雑把にだが、均等ですくい口の中にスプーンを放り込んだ。その瞬間に彼はスプーンを落として、机に突っ伏した。

 突然、そんな状態になったので、毒でも仕込んだのかと思いビルルは立ち上がり、食堂のお姉さんの方へと向かおうとした。でも、念のため様子を確認するために彼に近寄る。

「か」
「か?」
「か……!」
「か?」
「かあえ!!」

 あまりの辛さに舌が回っていない。だから、何を言っているのかわからない。

「えっ? 辛い? 少し食べさせてもらうね」

 そう言うとビルルはスプーンでシュウと同じように均等にすくい口の中に放り込んだ。そして、何度か咀嚼する。

「そう? こんなものだよ」

 平然と答えるとスプーンを置く。一人で食べ切れというアピールなのだろう。でも、食べられるはずがない。それほど辛い。

「うーん。少し甘いかな?」

「あ、あらろ!?」

「水を」

 さすがにキツそうなシュウにヒカミーヤが水を渡す。それを貰うと一気飲みした。だけど、舌の痺れが治らない。

「らべてみるか?」

「えっ?」

「ららいぞー」

 相変わらず目を合わせない。でも、キチンと舌が回らないからこそ喋ることはできている。彼はスプーンですくいヒカミーヤに突きつける。

 ーーこんなにも辛いカレーを食わせるんだ。嫌がらせとして成立するだろうな。

 彼はそう考えていた。でも、それが甘かった。

「PLO-03GW頼んだよ」

「かしこまりました。ビギンズ様」

「っ!?」

「すみませんが動かないでください。腕を折りますよ」

 ニコニコと笑いながら言う。

「ぐ、グウェイさん! ど、どうして?」

 時間が経ち、麻痺が治ったので、流暢に言う。

「ビギンズ様がボクのご主人様ですから」

「…………」

 彼は何も言い返せなかった。グウェイが言った事実の存在を忘れていた。

「ほら。食べなさい! そこのもう一枚の肉壁も!」

 ビルルはカレーを床に落とす。それを食べろとヒカミーヤとサルファの二人に言ったのだ。もちろん、逆らうことはできる。しかし、彼女たちにしてみれば、今はシュウが人質にされている。逆らうことにメリットが一切ない。

 だから、二人は素直にまるで動物のように床に落とされたカレーを食している。その光景をビルルはニヤリと笑いながら、ゴミでも見るかのような目を向けている。さすがのシュウでも、それには我慢ができない。

「放せ! 放せよ!」

「シュウくん。どうしたの? ただをあげているだけじゃない?」

「エサ……?」

「そう。エサ。だって、当たり前でしょ? 壁なんだから」

「ビルルさん……。アンタって人は!!」

 グウェイが放さない。なら、あることを行動に移すだけだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 シュウは叫ぶ。二人にやめさせるために自らの腕を折って、二人に近づいたのだ。痛みで吠えたくなるのも無理ない。

「二人ともやめるんだ! お前たちは俺とは違いちゃんとした人間だ! 二人の代わりに異世界人の俺が受ける。それなら問題ないだろ?」

「やっぱり……」

「えっ?」

「やっぱり、わたしを騙していたのね? それも全てこれらのせい。これらがシュウくんをたぶらかしたのね。待っていてシュウくん。今から助けるから」

 ビルルが悪魔なような笑みを浮かべながら言ったので、シュウは思わず「やめっ!」と叫びそうになる。

 でも、遅かった。

 二人の首が宙に舞い、シュウのところへコロコロと転がってきた。

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