救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第19主:自己犠牲の念

「でっ、シュウくん」

「は、はい!! な、なんでしょうか?」

「わたしに質問したいことってなに?」

「あ……あぁ、はい。ど、どうして俺の部屋に来たのですか?」

 シュウの質問にビルルは何かを思い出したかのような質問をしている。

「この世界で殺されても死なないことは知っているよね?」

「は、はい。何度も身をもって経験していますから」

「そうね。なら、例え話をするよ。
 もし、わたしが今ここで君の心臓を刺したとするよね。それで死なないのはこの世界としては当たり前だけど、大体は殺した原因が体に残っている場合は痛覚も残るし、意識もあるの。だから、剣で刺されたとすると引き抜かれて、一秒経ったら意識も消えるの。そして、三秒から一分の間で目を開けるの。
 でも、君は違う。わたしが知っている限りだと、引き抜かれてそれ以上の時間が経ってから、目を開けるのよ」

「へぇー。そうなのですね。で、でもそれとこの部屋に来たのにはどんな関係があるのですか?」

「大アリよ。目覚めなかったら心配になるじゃない」

「でも、明らかに寝巻きで来るのはおかしいと思いますよ」

「そういうシュウくんこそ半裸でいる時点でおかしいと思うな」

「……る、ループしそうですね」

 苦笑を浮かべながら言う。一度止めてからまた言葉を続ける。

「俺の状態をか、確認しにきたのでしたら、もうよろしいのでは?」

「いつわたしがそう言ったのかな? 君には別の要件があって尋ねてきたのだけどね」

「その要件とは?」

「うーん。シュウくんはその格好だし、少し狭いけどここでやろうかな?」

「な、何をさせる気ですか?」

「少しハードなこと」

 わけのわからないことを言うと駆け出してきた。少し危険に感じた彼は半裸でありながらも構える。今はどちらも何も持っていない。ただの肉弾戦なら自分にも勝ち目がある。シュウはそう考えている。

「シィッ!」

 でも、そんな考えは一瞬にして消えた。彼女が声を出したかと思うと、一本の大きな剣が両手で握られている。

 彼は気づいていないだろうが、胸の谷間に短剣が隠されている。つまり、彼は避けるしかないのだ。でも、バスタオルを腰に巻いているだけなので脱げる可能性が出てくる。バスタオルを押さえながら動くのだから、避けるのすら一苦労。

 普通なら余裕を持って回避できる斬撃まで、今では紙一重となっている。もし、普通でもギリギリ避けれるかわからない速度の斬撃を来るとそのまま斬り殺される。

 死ぬのには少し慣れたが、簡単には死にたくない。これはプライドだ。捨てればいいが、捨ててはだめなプライド。

 何度も繰り出される斬撃を右往左往しながら避ける。

 大きく後退すると乾いた笑いを漏らしながら、流れてきた汗を拭う。何かを警戒しているのかすぐには駆けて来ない。でも、シュウの方も何かをされる可能性があると警戒している。すると、何を思ったのか自分の胸の谷間をまさぐり、何かを見せた。

 剣のつかみたいなものが視線に入った。彼はそれがこの状況を突破する方法だと感じ取り、恐らく短剣だと察した。だからと言って、自らは近づかない。明らかな罠だと感じているから。

 お互いに見合うことになる。


 数分経っても二人の距離は変わらない。お互いにお互いが何かをしようとしていると感じているから。でも、ジッとしているわけではなく、左右に動いたりしている。それでも近づこうとは思わない。

 サルファとヒカミーヤはその光景を息を呑みながら見守る。気をつけないと呼吸すら忘れる緊張感。

「釣られないか……」

 ビルルは軽く苦笑いを浮かべながら呟く。次の瞬間に目の前に現れた彼女を見て、構えていた彼は慌てて顔を隠すように前で交差させる。もちろん、すぐに腕を肘の部分から斬り落とされたので結局は無意味に終わった。

「あ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 痛みのあまりに泣き叫ぶ。この部屋は防音なので、ここにいる人物たち以外には届かない。例え届いたとしても、異世界人である彼は無視されるだけ。

 床に座り込んでしまう。腕がズキズキと痛むがどうしようもない。ただ赤い絨毯に赤を足すだけ。彼は涙を流すが、声を出さない。

 腕は一切回復する見込みはない。

「ちなみに治癒魔法を使える人を呼ぶか、死なない限りその腕は治らないよ。でも、出血死ということは起きないから」

 真剣な表情で言っているので、恐らくは事実なんだろう。彼女はネグリジェが返り血で濡れているが一切気にしていない。

「あっ! ちょっと待っててね」

 彼女はそう言うと彼に近づく。そして、無理矢理口を開けさせて、彼の舌を持つ。次の瞬間に引っ張った。

 ミシミシと肉が引きちぎれるかのような音がして聞こえてくる。当たり前だが痛みで彼は足をバタバタさせる。

「大人しくしてよ」

 ビルルが言うとシュウの足に足を絡めて抑える。そのまま舌を引っ張る。そして、数十秒後に完全に引きちぎった。

「っ!?」

 舌を引き抜かれると喋れなくなった。それに血も大量に出てきて、喉に詰まる。

「あぁ、そっか。詰まるよね」

 ビルルは平然とした表情で彼の首を下に向かせて、血を絨毯の上に出させる。

 彼女の両手は彼のヨダレでベトベトだ。なのに血は腕を切った時の返り血しか付いていない。

「あぁー。そこの二つ。この血を舐め取っていて。わたしは今からシュウくんに字の勉強をさせるから」

 ビルルはシュウを連れて行く。言葉も出さなくても手もない彼は素直について行くしかない。反抗なんてできやしない。そんなシュウのことなんて一切配慮せずにビルルはニコニコと微笑みながら、机へ連れて行く。

 ベットから様子を見ていた二人はビルルの指示通りに動くために血が吐き出されている床に近づく。

 ヒカミーヤはどういうことか近づくにつれて口を押さえて行く。そして、辿り着いた時には自分の人差し指を噛んでいた。そんな彼女の口元を見ると、先ほどまでなかったのにとても鋭い歯が出現していた。

「ヒカミーヤ。無理しなくていいんだぞ。これはオレが舐め取っておくから」

 ヒカミーヤの歯を横目で見ながらサルファは心配で言う。だが、ヒカミーヤは首を横に振る。

「そうはいきません。吸血鬼の血が少しだけ流れていて、こうなっているだけですから。妾の責務は妾が全うします」

「でもな、きっとシュウも知ればやめろというはずだぞ」

「それでもです。シュウ様ばかり辛い目に合わせるわけにはいきませんから」

「いや、もしかすると本人は喜んでいるかも知れないぞ」

「それはないです」

「どうして断言できる?」

「自己犠牲の念が出てますから」

「あの状況でもか!?」

「はい。恐らく本人はそのつもりはないでしょうけど」

 彼女はそう言うと床に伏せて、血を舐めた。

「っ!?」

 一瞬にして胸が焼けたように感じる。でも、安心してしまう。今まであまり感じることのなかった屈辱という感情を抱いたからだ。

 ヒカミーヤはシュウを横目で見る。屈辱という感情を抱かせてくれた嬉しさからだ。決して恋という意味ではないが、熱い視線を送った。

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