救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第22主:君たち二人にはいくつか制限をかけさせてもらう

 まだ朝早いため廊下を歩いているのはここにいる四人だけだ。一切会話がないので足音しか聞こえない。

「あ、あの……」

「どうしたの? もしかしてトイレ?」

「違いますよ。た、ただ……」

「ただ?」

「ど、どこに向かっているのかなぁと」

「学園長室よ」

「ど、どうしてですか?」

「あのねぇ……制服を貰っただけで教科書は一切ないでしょ? だから、今から貰いに行くの」

「こ、こんな朝早くにですか? 睡眠の邪魔になりませんか?」

「ならないよ。あの人はいつ行っても起きているのよ。だから、問題ない」

 ーー恐らく授業中に寝ているんだろうな。

 シュウは人というのは三十分でもいいから熟睡できたら、イケると知っているためそう思った。

「そ、そういえばどうしていつものようにカギを使わないのですか?」

「あぁ、そういえば言ってなかったね。あのカギはクラウダー学園に入学すれば誰でも貰えるの。でも、当たり前だけどいくつか条件があるよ。
 一つ学園長室を含めての教員の部屋にそれで行ってはいけない。
 二つ遅刻ギリギリではない限りは使ってはいけない。
 あと他にもいくつかあるけど、大体守られているのはこの二つだけよ。この二つを破ると校則ではなく法律で罰せられるの。この学園は国立だからね。ちなみに特例があるよ。君を学園の敷地に連れてきた時も特例よ」

 ビルルの言葉を聞いて彼は正直安心した。自分のせいで罰を受けることになっていないからだ。普通なら先ほどイジメてきた相手が罰を受けなくて悔しがる。でも、シュウは彼女に感謝している。決してそういう性癖ではない。

 先ほどの極限の状態にさせられて、文字を覚えさせられたため書けないがなんとなく読めるようになった。

 日本でいう『あ』から『ん』までの五十音を見せてもらっただけだ。でも、この世界ではどうやら五十音を並べ替えているだけらしく字を普通に読める。

 廊下を歩いていると扉を通り過ぎるが、そこには決まって文字が書かれている。それを見て読めるようになったのを彼は理解しているのだ。


 少しの間だけ歩き続けると、ある場所で立ち止まった。上にあるプレートを見ると『がくえんちょうしつ』と書いてあった。文字を覚えるとまるで小学生みたいに感じるが、ビルルに教えてもらうまではその小学生レベルすら彼にはなかったのだ。

 少し複雑な書き方なのでまだ書ける気がしない。でも、今日はまだ書くのは日本語で問題ないだらう。

 ビルルは扉をコンコンとノックする。

「アサヤ・シュウくんだけ入りたまえ。ビギンス・R・ルセワルは入るな。日課に鍛錬でもしておけ。今日はしてないだろ?」

「かしこまりました。それではまたむか」
「迎えに来なくていい。彼には直接クラスに行ってもらうからな」

「……かしこまりました。それでは失礼します」

 ビルルは少し悲しそうにしながらも、学園長室を去った。彼はそれを少しかわいそうに思いながらも、見送るだけはした。

 彼女が完全にいなくなってから、念のため彼はまた学園長室をノックした。

「うむ。入りたまえ」

「失礼します」

 彼は幾度となく繰り返した面接の時のように正しい作法で学園長室に入った。

 すると、薄い黄色の長い髪を色んなところを赤い大きなリボンで結んでいる、ツリ目気味だけどクリクリとした赤い瞳を持っている少女が椅子に座っていた。学園長などのお偉い人が座る高価そうな椅子だ。
 彼女は黒縁メガネをかけながら、書類に目を通す仕事をしている。

「シュウ・アサヤです」

「見てわかる。でも、礼儀正しいのはいいことだ」

「お褒めに預かり光栄です」

 彼はキチンと告げる。そんな彼の姿をメガネをマジマジと見る。しかし、立ち上がり彼の周りを興味津々にクルクル回る。

 学園長のエルリアード・D・アストラーの背はホントに小学生並みで、ゴスロリを着ているので幼い顔つきも相まって、ホントの小学生にしか見えない。

 ーーこれで十七歳で成長が止まっているのか。

 少し哀れに思うが、実年齢が823歳というので、さらにかわいそうに思う。もちろん、顔には出さない。口には出せない。

「それでご用件というのはなんでしょうか?」

「その前に一ついいかしら?」

「はい。なんでしょうか?」

「一日でこんなに変わるもの? 色々あったのは知ってるけど、どうしてワタシとまともに話せているの? まぁ、目は合わせてくれないけど」

「二人っきりだと出来る限りはキチンと話すように矯正しているのですよ。まぁ、目は合わせられないですけど」

「ホントにそれだけ?」

「面接や仕事と割り切っているだけですよ」

「割り切ったら普通に話せるの?」

「そうですけど、世間話とかは苦手です」

 彼はなんとか今回は世間話でも、キチンと話せるようにした。何度か噛みそうになったが、噛まずに済んだ。

 コンコンとノックの音が響く。

「誰?」

「…………」

 返答はない。だからこそ、二人は警戒する。

「学園長。俺が扉を開けます。ですから、部屋の隅で構えていてください」

「わかった」

 小声で彼女に伝えると彼は死ぬ覚悟で扉を引いて、開けた。そこにいたのは制服姿のヒカミーヤとサルファだった。そのため返答をしなかった理由も扉をノックした理由も察した。

「ふ、二人とも……。少し待っていてください」

「はい。かしこまりました」

 彼は学園長に振り返る。もちろん、目は合わせない。

「俺の使用人二人がここに来たので入れても問題ないですか?」

「あぁ。構わない。彼女たちもここの生徒だからな」

「入っていいですよ。二人とも」

 もしかすると、エルリアードも同じように彼女たちに危害を加えるかもしれないから警戒をしている。

 二人は中に入った。そして、外にバレるとマズいので扉をそっと閉めた。

「ようこそ。勇者サルファ・K・アセリーンと魔王ヒカミーヤ・J・マルキサチ。大丈夫。ワタシは君たちに危害を加えるつもりはないよ」

「……えっ?」

 少し予想外だったので、声を漏らしてしまう。でも、小さかったため聞こえていなかったようだ。いや、もしかするとヒカミーヤとサルファには聞こえていたのかもしれない。でも、二人も同じ気持ちに違いない。

「ワタシは人を差別するのが大っ嫌いだ。でも、誰かにそのことを押し付けるつもりはない」

「やはり異端ですね」

「言うと思ってた。さて、本題に移ろうか」

 三人がコクリと頷いたのを確認した彼女は話を続けた。

「まずは君たちは三人は当たり前だが、同じクラスにする。次に教科書だが、アサヤ・シュウくん。君にだけ与える」

「ふ、二人には?」

「与えない。与えられない。お金はあるが、与えたとしてもすぐに使えなくなる。ならば、三人で使った方がいいだろう」

「す、すぐに使えなくなるのはお、俺だけに与えても変わらないと思いますよ」

「大丈夫だ。本人たちは気づいていないだろうが、それくらいの魔法なら今でも使える」

「う、嘘だろ!?」

「こんなところで嘘はつかない。つく必要がない」

 彼女の真剣な眼差しを見て、事実だと確信した。確信できた。

「それと申し訳ないけど、君たち二人にはいくつか制限をかけさせてもらう。仕方のないことなんだ。わかってくれ」

 エルリアードは頭を下げたので二人がアワアワとする。シュウは頭を下げたことに少し驚いているだけだ。

「き、気にしないでください。妾たちはもっと酷い扱いをよく受けてましたから、これくらい大丈夫ですか」

「まだ言ってないのだが……」

「こんなのはないだろう。飲食は三日で一食だけ。排泄物はそのまま垂れ流し。毎日首切り三昧。全裸で公衆の面前で晒される。そして、石を投げたらたり、火で炙られたりする」

 今のサルファの出した制限という名の拷問を聞いて、シュウは唇を噛み締めて、二人がより一層かわいそうに思えた。でも、それもほんの一部だと察したので、苛立ちが湧き出てくる。

「あぁ、そんなものはない。一つ。いつ、いかなる時も共に寄り添い共に生き抜く」

「け、けけ結婚の誓いの言葉みたいですね」

「そうだな」

 サルファのクールな反応にシュウは苦笑いを浮かべてしまう。そして、二人が愛し合っていることを隠す気ないのだとも感じ取った。

「ち、ちなみにいつ、いかなる時もはやめて欲しいです。トイレとかまで付いてこられたら流石に嫌ですから」

「まぁ、そうだろうね。異性にトイレに付いてこられたらワタシもイヤだし。なら、常識の範囲内で」

「それなら問題ないです」

「一つ。二人にはアサヤ・シュウくんにほぼ付き添ってもらうから自由はないと思っていて」

「さ、流石にそれは!」
「「元からそのつもりです」」
   
「…………」

 声を揃えて言われたので、彼は何も言い返せない。

「一つ。朝、昼、晩キチンとご飯を食べて」

「それは当たり前だと思いますよ」

「これは君もだ」

「えっ? 俺も?」

「ワタシのモットーはどんな人でも健康に卒業できるようにすることだ。そのためにどんな批判をされようとも受け入れる所存だ。まぁ、改善はしないけどね」

 彼女は言った瞬間にニコッと可愛く笑う。ホントに自分のモットーを突き通す気だとわかった。

「一つ。もし、イジメられたらすぐにワタシとアサヤ・シュウくんに報告して。ワタシは出来る限り対処させてもらうから」

「役に立たないでしょうけど、俺も対処しますから……」

「お二人とも……ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです。ほら、サルファも頭を下げて」

「あ、あぁ」

 ヒカミーヤがサルファに頭を下げさせる。普段の彼女からは想像できない。受け答えは全て彼女がしているのだ。サルファはただ傍観しているだけ。

「一つ。不便なことがあったら言って。色々と制限がかかっているから、出来る限りしかその不便を解消できないだろうけどね。もちろん、ワタシでも彼でも良いから」

「ホントに至れり尽くせりで助かります」

「気にしないで。ワタシの中では皆、平等だから。でも、さすがに王族に口出しされたらどうしようもないないけどね」

「お、王族の方は今、この学園にい……いらっしゃるのでしょうか?」

「ワタシが把握している範囲ではいないけど、身元を偽っている可能性があるから、なんとも言えないね」

「そう……ですか。き、気をつけないと行けないですね」

「そうだね。さて……制限は今のこれくらいかな。場合によっては増える場合もあるし、減る場合もある」

「最後の方は制限というよりも約束みたいになってましたけどね」

「初めてのことだから気にしないで。それじゃあ、アサヤ・シュウくん。これを。転移の鍵と授業に必要な小型機械よ。それ以外にも体操服と替えの制服があるけど、それは部屋に送っておいた」

「あ、ありがとうございます。ですが、小型機械ですか?」

「えぇ。君はどう思っているか知らないけど、科学もこの世界は発展してるから」

「そ、そうですよね。そ、それと一つ気になることが……」

「何かね?」

「せ、生徒手帳とかはないのですか?」

「その小型機械は生徒手帳の役割もあるし、電子マネーの役割もある。容量は無限大だから好きに使いたまえ。ただし、エッチな動画を観るなよ? アレは危険だからな」

「み、みみみ観ませんよっ!!」

「そうだよな。二人で性欲は満たされるもんな」

「そ、そそそそういう意味ではありませんっ!!」

 シュウはエルリアードの言葉で顔を真っ赤に染めている。それを見て彼女はウブだなと思った。あまりのウブさに密かに心配になるくらいだ。

「学園長一つ個人的なことを聞いてもよろしいでしょうか?」

「何かね?」

「あなたはホントに823歳ですか?」

「どういう意味かね?」

「決してあなたのことを疑っているわけではありません。ただ、なぜかそう思っただけです」

 彼の言葉に少し驚きながらも関心する。実際にエルリアード・D・アストラーという人間の中に一部分、抜けている記憶がある。それを差し引いても実年齢なので、彼が言ったことは間違えではない。
 彼女はその勘の鋭さに少し安心する。代わりに彼がどんな波乱を巻き起こすのかと一層気になり始めた。

「それはどうかね? 自分で考えてみたまえ」

「そうですよね。これは失礼しました。それではご用件は以上ですか?」

「まあまあ落ち着こうよ。今から、君たちのクラスの担任の教師がこの部屋に来る。その人と会わすのが本来の目的だ。そろそろ来る頃だろうと思うよ」

 彼女がそう言ったかと思うとコンコンとノックの音が学園長室に響いた。

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