救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第24主:戦いの始まりの合図

 四人はトコトコと廊下を歩いている。どういうわけか誰ともすれ違わない。朝が早いからかもしれないと考えたシュウは、トーラに時間を聞く。

「もうそろそろ、8時35分だよ。朝のショートホームルームが始まる時間帯だよ。ちなみにすれ違わない理由はみんな鍵を使っているからだよ。校則違反になるけど、実際に自分の目で見ないと指導はできないんだ。それと廊下が静かなのは防音設備が整っているからだよ」

 納得できたのでコクコクと首を縦に振る。

「さて、ここが君たちの編入する教室だよ」

 トーラがそう言って止まったので、シュウはプレートに書かれている文字に目を凝らす。しかし、年と組しか読めない。恐らく数字か英語が書かれているのだろうと察するが、まだシュウには読めない。

「こ、これは……なんと読むのですか?」

「W年W組だよ」

「は、はぁ……」

 トーラは教室に入った。扉が微かに開いているため、中の声は聞こえる。

「はーい。席についてね。今日は知っていると思うけど、編入生が三人いるよ。さぁ、入ってきて」

「し、しし失礼します」

 シュウが言うと三人で中に入る。

 中は大学のように前に黒板と教壇きょうだんあるだけで、生徒たちの席は扇状に広がっている。そのため教壇に立ち、前を見ると全員の視線を感じる。

「お…………」

 話そうとした。自己紹介をしようとした。だというのに自分に向いている視線全てに恐怖を抱き、声が出なくなる。横を見るとヒカミーヤがガタガタと体を震わせている。でも、シュウ自身も恐怖で声が出なくなっているため、彼女を安心させられない。

 彼ら二人にすれば人の目線は何よりも怖い。一つでも危うい二人に三十を超える目線を向けられると、こうなるのも必然だった。でも、そんなことを知らない人たちは、さらに敵意や殺意に満ちた目線を向ける。当たり前だが、より一層、萎縮してしまう。そして、また同じ繰り返しだ。この負の連鎖を断ち切るのは二人にすれば至難の技だ。

「オレはサルファ・K・アセリーンです。以後お見知り置きを」

 サルファはまるで手本を見せるかのように大きな胸を張って、キチンと自己紹介した。でも、知っているとでも言いたげに一部の人しか拍手をしない。その光景を見た二人はまた自己紹介のための声が出なかった。

 数分が経過した。
 全員がイライラとした表情をしている。そんな時に誰かが思いっきり机を蹴った。鳴った音にビクついた二人は少し飛び跳ねる。

「オイオイ早くしろよ。コッチはお前らのために待ってんだよ。このクソつまんねぇ、時間を過ごしたんだよ。お前はどうやって責任を取るんだ? アアッ!!」

 見るからに人相が悪くて、何人か殺してそうな男性が言う。その状況を見て、生徒も教師トーラも引きつっているが、クスクスと笑っている。ついついシュウはそんな連中を冷めた目で見てしまう。

 しかし、幸い誰も気づいていない。

「オイ! なんか言ったらどうだ? アアッ!!

「…………」

 何も言わないのを見て、男性が音が聞こえるように「チッ!」と舌打ちをする。もちろん聞こえたが、聞こえないフリだ。もし、何か反抗すると面倒くさいことになるとシュウは知っているからだ。

いかづちの精よ。我、グリートエクスト・Kカイル・ナタルファが命ずる。我が生命力を使い、あの男をき殺せ』

 男性が紋章を描きながら何かを唱えている。それは恐らく呪文だ。
 魔法という自然の力を使うための誓約みたいなもの。それが呪文だ。描き終わり指をパチンと鳴らすと男性の手から鋭い光がほとばしった。次の瞬間にシュウの体全身に穴が空いていた。
 もちろん、即死レベルの威力だ。そして、シュウは即死した。

『ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 クラス一同が笑った。いや、違う一部を除いての一同だ。生徒の中で数人笑っていない人もいて、トーラなんて言葉を失っている。

「もう一発いっとくか?」

 男性が笑いながら言うと、ほとんどの生徒が「いけぇー!」と言った。その瞬間に死から復活したシュウの前に赤い長い馬の尾が現れた。

「もう、やめてよね」

「アアッ?」

 赤い長い馬の尾のビルルが両手を広げて、庇うように教壇にいる彼の前で立っている。男性もビルルも瞳から優しさを一切感じない。ただ、相手を憎んでいるかのような目をしている。

「これ以上やると彼がかわいそうだよ」

「ハッ! かわいそう? 残念。これは教育だ。このクラスで生きていくための教育だ」

「教育? ふざけないで。こんなのが教育なわけないでしょ!」

 ビルルの言葉を聞いて男性は驚いた表情をしている。

「ふざけないで……だって? ふざけているのはどっちだろうな! お前が……お前ごときが調子に乗って俺様に逆らえるのか? この奴隷一家のビギンスさんよ!」

「えっ?」

「俺様より強くなれたからって図に乗るのも大概にしろよ。俺様の一家とお前の一家は雲泥の差だ! お前の一家を潰すのなんて容易いんだよ! まぁ、ここで今すぐに俺様に謝るのなら許してやってもいいがな。もちろん、土下座だ。惨めに床に頭を擦り付けろよな!」

「くっ!」

 ビルルは悔しそうな表情をしながらも教壇から下りて、床に膝をつく。

「おっと。武器は取れないよな? この学園の序列に入っているんだから、異世界人が攻めてきたなどの緊急時以外は魔法も使ったらダメだもんな。校則に違反するもんな。これ以上校則に違反したら、お前の一家はおしまいだもんな」

 男性の言葉を聞いた瞬間に彼女は床に額を文字通り擦り付ける。

「申し訳……ありませんでした。…………許して…………ください…………」

「えっ? なんだって? もっと大きな声で!」

「もう」

「もっとだ!!」

「申し訳ありませんでした!! お許しください!!」

 ビルルの謝罪の言葉を聞いた。だからか男性はビルルのもとへと向かう。そして、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「今ので許すと思うか?」

 そう言うと男性は彼女の前髪を鷲掴みにして首を無理矢理、持ち上げさせると大きな胸を鷲掴みにする。

「ヒッ!」

「今から楽しませてもらわないとな」

 彼女は怯えた声を聞き、表情を見て男性は愉快そうな表情をしていた。その中には待ちに待ったとでも言いたげな雰囲気も含まれている。
 ビルルは立ち上がった。

「先生。今からこいつと保健室に行ってきます。授業は先に始めてくださいね」

「あ、あぁ」

 男性の言葉にトーラは素直に認める。

 男性はビルルの肩を抱き寄せながら歩いていく。シュウの前を通る時に彼女から涙が流れていることがわかった。それは嬉しさから来る涙ではなく、悲しみから来る涙。

 つまり、展開に置いてけぼりで、二人がしゃがみ込んでいた時の話が聞こえてなくても、今から二人の間に何が起きるのか理解した。

 それは一番許せなくて、止めなくてはいけないもの。止めたくても止められなかったもの。美佳の精神を壊したもの。そして、女性の尊厳を無視して、本人や家族にも傷を残すもの。

 シュウは男性へ駆けた。殺気的なものを感じたのか、男性は慌てて振り返り、呪文を唱え始めようとする。しかし、始めさせない。男性の頭を思いっきり回し蹴りしたのだ。予想外に力があったのか、男性は吹き飛ばされて、机に衝突する。

「ビルルさんに手を出させやしない」

「ペッ! 俺様を蹴り飛ばしたな。覚悟はできているんだな?」

「覚悟? なんの?」

「死ぬ覚悟だ!!」

「それはこちらのセリフだ!」

「億に一つ……いや、兆に一つ俺様に勝ったとする。でも、俺様の力で退学するぞ」

「俺様の力? ……ハッ! 親の力だろ! 自分一人じゃ何もできないお坊ちゃんだもんな」

「貴様っ!」
「黙れよ。喋るな。言葉を発するな。口を開くな。お前は自分一人じゃ何もできない。お前のお友達だって、どうせお前の家の権威にビビってるだけだ。お前に何かされて感謝している奴は何人いるんだろうな?」

「俺様の気も知らないでよく言う!」

「だから、それはこっちのセリフだ。お前に俺の気持ちの何がわかる?」

「異世界人の気持ち? どうせ自分の世界でも奴隷がいたし、この世界でも奴隷ができたからラッキーだろ」

「残念。ハズレ。俺には奴隷もいなかったし、いない。ここにいるサルファとヒカミーヤは友達だ」

「世迷言を!! ……ふっ! 俺様に時間を与えたことを後悔させてやる」

「それはこっちのセリフだ!!」

 シュウが密かにビルルから受け取った短剣を投げたのが、この教室での戦いの始まりの合図となった。

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