救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第28主:現代のヨーロッパのような光景

 それぞれの部屋に戻った。もちろん、シュウの部屋にはサルファとヒカミーヤもいる。二人を見て彼はあることを思い出した。

「お、お二人って、出かける用の服はありますか?」

 彼の質問に対して、同時に首を左右に振る。

「なら、俺も制服でいいかな?」

 ボソッと呟いた。

「それはダメです」

 ヒカミーヤの耳に届いたようで、即座に否定された。その横でサルファが「うんうん」と口に出しながらも、頷いている。

「だって、シュウとビギンズ様のデートですから。恐らくあの方はオシャレな服を着て来ます。ですので、制服はダメです。そこは私服でないと」

「そうは言いますけど」

 二人もいるではないですかと言おうと思ったが、その言葉を飲み込んだ。

 サルファとヒカミーヤ、愛し合うもの同士の二人っきりの時間も必要だと思ったからだ。

 ーーそっか。そういえば二人にしたら俺は邪魔者だもんな。

「と言ってもパーカーしかないのですけど……」

「それでもです!」

 彼はこの世界に来た時に着ていた私服に着替えた。ヒカミーヤはまだわかるが、どうしてかサルファも顔を赤くした。そんな彼女にシュウは脱衣所に行くように言われて、そこで着替えた。

 そっと扉を開けて、部屋の中を覗き込む。また二人はベットの上にいた。正確には布団が盛り上がっていたので、恐らく布団の中にいる。やはり服は脱ぎ捨てられている。

 彼は思春期だから、見たい衝動に駆られた。でも、なんとか押さえ込む。音を立てないように細心の注意を払いながら、彼は脱衣所を出る。

 忍び足でベットの横を通る。普通に「はぁはぁ」という声が聞こえてきた。彼は苦笑を浮かべながら、部屋の出口に進む。

 ーー身体的には女性同士なのによくやるな。まぁ、それほど愛に飢えているのだろうな。

 そんなことを思いながらも、出口にたどり着いたので無音で部屋を出た。

「はあああ……。妙に疲れた」

 今は授業中なので誰もこないと判断した彼は壁にもたれかかる。恐らくはこの世界に来てから、今までずっと気を張っていた。そんな彼がようやく気を抜いた。でも、彼の頭に浮かぶのは謝罪と後悔のみ。その中でも別の気持ちが浮かぶ。

「美佳……。会いたいよ……。謝りたい。今まで不幸にしていてゴメンなと。伝えたい。俺のことを忘れて幸せに暮らしてくれと。でも、俺にはそんな権利もない。できれば、あの時に戻り、お前を救いたい。そんなことできないことくらいは知っている」

 天井を見上げる。シャンデリアが目に入る。

「俺にはこんな豪邸は相応しくない。豪邸が相応しいのは美佳だ。俺なんかではない」

「天井なんか見上げてどうしたの?」

「っ!? び、ビルルさん」

 横から声をかけられたので、慌ててそちらに振り向くといた。でも、服装が少し疑問に思う。

「ど、どうして着物を?」

「残念。浴衣よ」

「そ、そうですか。でも、どうしてですか?」

「ワンピースとかあったのだけど、よく考えれば今日はお祭りの日なのよ」

「……えっ? お祭り?」

「そうよ。今日は勇者と魔王を捕まえることができた記念日」

 その言葉を聞いて。ビルルの服装を見て少し恥ずかしがっていたシュウの表情がスッと真顔になる。

「記念日ですか?」

 彼の声音には怒りが含まれていた。

「そう。記念日よ。この国にとってはね」

「あなたにとってはどうなのですか?」

「どうだろうね? 当ててみて」

「わかりませんよ。あなたは特に」

「そう。なら、わたしにとっては最悪な日ととだけ言っておくわ」

「最悪な日……?」

「はい。この話はおしまい!」

 彼女は手をパンパンと叩き、話を強制的に終わらせた。それと同時にサルファとヒカミーヤが出てきた。

「ねぇ。シュウくん。一体あなたはわたしが着替えている間になにをしたの?」

「はい?」

「だって、二人の髪はボサボサで制服が乱れている。そして、何より目が少し虚ろで惚けている気がするんだけど」

「お、俺はなにもしてないからなっ!!」

「ふーん。まぁ、信じることにするよ。それで」

 ビルルは首を傾げる。一体どういうことか彼にはわからない。

「それで?」

「もーう! この唐変木! わたしの服はどうかと聞いているの!」

 言われたので改めて彼女の服装を見る。柄は花鳥風月が書かれていて、生地の色が彼女の髪色と全く一緒の暗い赤。髪型はいつもはポニーテールが横に向いているが、今はストレートなポニーテールだ。そのためか、いつもより髪が長く感じる。

「似合ってますよ」

「それは遠回しでこの貧乳がとでも言っているのかな?」

「どこがだよ! むしろ、モデルみたいなスタイルじゃねぇーか! 驚くほどグラマラスだよっ! はっ!」

 口走ってしまったことが通じないように願った。でも、どうやら通じてしまったらしい。ビルルがニヤリと笑っていたからだ。

「グラマラスということはわたしを性的に見ているの? んー?」

 肩を組みながらも胸を顔に押さえつけられた。なんとかして肩組みから抜け出す。

「そ、それじゃあ! 出かけましょう!」

「あっ。逃げた。まぁ、いいけど」

 そう言うと彼女は服の中から鍵を取り出した。

「あっ! ヒカミーヤ少しいいかな?」

「? どうしましたか?」

「そのツノ隠せるかな? 今日は先ほども言った通りにお祭りだよ。なのにツノを晒しながら出るのは危険だと思うの」

「申し訳ありませんが、それはできません。そもそも妾にはその程度の魔力すら残っておりません。残っているのはあの力だけです」

「そう。なら、これでも被っておいて」

 ビルルが言ったかと思うと、手を縦に振るう。それだけのはずなのに彼女の手には黒色のベールがあった。それをヒカミーヤの頭に被せた。驚くべきことに羊のようなツノは消えて、肌が生者ではあり得ないほど白かったのに普通の白人並みになる。

「このベールさえ完全に脱がなければ、本来の姿を晒すことはないよ」

「ありがとうございます。助かります」

 ヒカミーヤは丁寧にお辞儀をしながら、言う。今のヒカミーヤは誰が見てもとても美しい。少しだけ恐怖を感じていたシュウですら、見惚れてしまっている。

「どう……ですか? シュウ様」

「とても美しいです」

「あうぅぅ…………。その……ありがとうございます」

 ホントにヒカミーヤは顔を真っ赤にして照れている。そんな彼女の姿にシュウですら、ドキリとしてしまう。

「ぶぅぅ。わたしの時と全然違う。まぁ、いいけど」

 少し不服そうに頬を膨らませながら、ビルルは鍵を何もない空間に差し込む。いつものように虚空から扉が現れたかと思うと、開かれる。そして、その扉をくぐった。

 先にはシュウがいた現代のヨーロッパのような光景が広がっていた。全体的に白色なので、とても純粋に見える。まるで神や天使などが舞い降りるかのような場所だ。

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