高校生である私が請け負うには重過ぎる
第62話 賭けの代償
「山田くん、いきなり被弾してしまうとは君も運が悪い。心中察するよ」
「察してもらわなくて結構だ。引鉄を引くことを選んだ私の失策だ」
陰山くんが負けた。日を見るよりも明らかに。
しかし腑に落ちない。陰山くんが引鉄を引く前に発したあの言葉が脳裏をよぎる。
あれは自分の番で被弾するのが分かってたかのような発言だった。どう考えても態と負けにいったようにしか感じなかった。
わざわざ不利な状況へと持っていくなんて完璧主義の陰山くんらしからぬ行動だ。
態とにしろそうでないにしろ、負けは負けだ。彼が何を考えているのか分からないけれど、この判定が覆る事は有り得ない。どう転んでも、彼の自業自得でしかない。
「さあ、私はどうしたらいい? 一体どのように貴様に命の一部を捧げたらよいのだ?」
そう求める陰山くんは死にに行く気満々のようだ。人の気も知らずに……。
「潔いいね。お望みならば早速用意しよう。頭金くん、例のものを山田くんに」
「はい」
嵌村さんの指示で、頭金くんはデスクの引き出しを開けて中から何か取り出した。
両手で大事そうに持ってきたのは彼の両手に収まる大きさの小皿、そして更にその上に乗っていたのは薬包紙で、中央に添えられていたのは粉末状の何かだった。茶色でほんのりと甘みのある香りを放つこの粉末は一体……?
「なるほど………『ナツメグ』の粉か」
「ナ、ナツメグ?」
「おお、やはり君に説明は不要のようだ。理解が早くて助かるよ」
ナツメグ──ニクヅクという木の実の種子を挽いて扱われる香辛料の一種だ。肉料理にオススメ。
どうやらこの粉末はそれを挽いたものらしいけれど、これが陰山くんが払う代償……とは関係があまりない気がする。もっと残酷な手段を想像していただけに何だか拍子抜けだ。
「嵌村さん、これを口にするだけでいいんすか? 言われるがまま用意しただけなんで自分、よく分かんないっす」
「いいのだよ。彼が代償を払う毎にこの粉末がジワジワと彼を追い詰めていくから」
物騒な発言をさぞ嬉しそうに言う嵌村さん。とてもそうは思えないけれど、ナツメグってそんなに危険な食べ物なのだろうか。料理に関してはてんで素人だから、分からないけれど。
「頭金、無知なお前にも分かりやすく説明してやろう。ナツメグは、一見して何の問題もない食べ物だが、実はな──こいつは使い方を誤ると大変な毒物へと変貌するのだよ」
「え?」
知っておいて損はないぞと陰山くんは言う。『毒物』という言葉を聞いて後ろで聞いている私も身体を強ばらせる。
陰山くんは続けて話しを始める。
「ナツメグは五グラム摂取するとまず、幻覚症状が起こり始める。それからその倍──十グラムで酒に酔うような陶酔感が襲い動悸も起こる。更に摂取すると──」
「わわわ分かったっす! それ以上はなんか聞いちゃ行けない気がするんでもう結構っす!」
「因みに、そこに盛られている量は残りの銃弾数のルールに則って六グラムだ。後九グラムも摂取すれば……後は皆さんお察しの通りだよ」
残り九グラム……即ち十五グラム。それこそがナツメグの──致死量。
恐るべき事だ。なんと陰山くんは幻覚症状が起こり始める量より一グラム多くナツメグを摂取しなくてはならないのだ。
窮地に立たされるのが早すぎではないだろうか。ナツメグがそんなに恐ろしい実態を隠し持った食べ物だったなんて。
「山田くん、こればかりは仕方がない。運が悪かったなんていう言葉だけでは取り繕えない程に僕も同情しているんだよ?」
「同情などいらぬ。そんなものはされるだけ惨めだ、止めてもらいたい」
そう言うと陰山くんは薬包紙を手に取り、それを目の前に持ってきて、
「それでも私は──突き進むだけだ」
薬包紙のナツメグの粉末六グラムを一気に煽った。
「山田くん! そんな一遍に口にいれたら……!」
「っ! ゴホゴホ……! う……ゴホォ!」
案の定、噎せた。それはもう見事な噎せっぷりだ。少量のナツメグが口から盛大に噴射されてハラハラと舞う程の勢いだ。
「ちょちょちょ! 山田くん! 一瞬でもカッコイイと思ってしまった僕の気持ちを返してもらえないかい?」
「ゴフ……! い、委員長……水を……」
「はいはい……もう、無茶するんだから」
天然水のペットボトル(安曇野産)を彼に渡すと、口の中にへばりついたナツメグをすすぐようにごくごくと飲み干し、「ぷはぁっ」と息を吐き一旦は落ち着いたようだ。
「はあ……、やはり粉物を口の水分だけで飲み込もうとするのは厳しいか」
「それが毒物なら尚更。死にたいの?」
「う、海野さん……目が怖いっす……」
そりゃ怖くもなる。心配だもの。
「大丈夫かい山田くん。今はまだ平気かもしれないけれど、摂取したナツメグは直にジワジワと君の身体を蝕んでいくだろう」
「フン……、貴様の有り金を根こそぎ戴くまで、私は潰えぬ。最期までな」
陰山くんは依然としてその強気な姿勢は衰えないけれど、実際そうも言っていられない程に追い詰められているのが現状だ。
陰山くんは、たった一回の敗北で致死量の三分の一以上のナツメグを食べさせられてしまった。陰山くんに残された猶予は残りの九グラム。単純に計算すれば一発目で被弾してしまった時点で一巻の終わりだ。
被弾した時の最低の残り弾数は、被弾した弾も含めるので二発。致死量である十五グラムの十分の一を乗算すれば三グラムとなり、最低とはいえ、幾つかの条件をクリアした上で陰山くんに許された負け回数は後──たったの三回。
つまり通算四回目の負けが確定してしまった時点で終わる。
このゲームも、そして陰山くんの命も。
最悪の場合次で決まるかもしれない。だから何だかんだ言った手前だけど実質、もう負けられない。
「仕切り直しだよ。第二ゲームと参ろうか」
「ああ、ゴフ……! さっさと行くぞ」
口の中にまだナツメグの粉が残っているのか、陰山くんは一つ咳払いをした。
この時はまだあまり気にかけて等いなかったけれど、今思えばこの咳払いが前兆だったのかもしれない。
陰山くんが徐々に、壊れ始めるサインだったのかもしれない……。
「察してもらわなくて結構だ。引鉄を引くことを選んだ私の失策だ」
陰山くんが負けた。日を見るよりも明らかに。
しかし腑に落ちない。陰山くんが引鉄を引く前に発したあの言葉が脳裏をよぎる。
あれは自分の番で被弾するのが分かってたかのような発言だった。どう考えても態と負けにいったようにしか感じなかった。
わざわざ不利な状況へと持っていくなんて完璧主義の陰山くんらしからぬ行動だ。
態とにしろそうでないにしろ、負けは負けだ。彼が何を考えているのか分からないけれど、この判定が覆る事は有り得ない。どう転んでも、彼の自業自得でしかない。
「さあ、私はどうしたらいい? 一体どのように貴様に命の一部を捧げたらよいのだ?」
そう求める陰山くんは死にに行く気満々のようだ。人の気も知らずに……。
「潔いいね。お望みならば早速用意しよう。頭金くん、例のものを山田くんに」
「はい」
嵌村さんの指示で、頭金くんはデスクの引き出しを開けて中から何か取り出した。
両手で大事そうに持ってきたのは彼の両手に収まる大きさの小皿、そして更にその上に乗っていたのは薬包紙で、中央に添えられていたのは粉末状の何かだった。茶色でほんのりと甘みのある香りを放つこの粉末は一体……?
「なるほど………『ナツメグ』の粉か」
「ナ、ナツメグ?」
「おお、やはり君に説明は不要のようだ。理解が早くて助かるよ」
ナツメグ──ニクヅクという木の実の種子を挽いて扱われる香辛料の一種だ。肉料理にオススメ。
どうやらこの粉末はそれを挽いたものらしいけれど、これが陰山くんが払う代償……とは関係があまりない気がする。もっと残酷な手段を想像していただけに何だか拍子抜けだ。
「嵌村さん、これを口にするだけでいいんすか? 言われるがまま用意しただけなんで自分、よく分かんないっす」
「いいのだよ。彼が代償を払う毎にこの粉末がジワジワと彼を追い詰めていくから」
物騒な発言をさぞ嬉しそうに言う嵌村さん。とてもそうは思えないけれど、ナツメグってそんなに危険な食べ物なのだろうか。料理に関してはてんで素人だから、分からないけれど。
「頭金、無知なお前にも分かりやすく説明してやろう。ナツメグは、一見して何の問題もない食べ物だが、実はな──こいつは使い方を誤ると大変な毒物へと変貌するのだよ」
「え?」
知っておいて損はないぞと陰山くんは言う。『毒物』という言葉を聞いて後ろで聞いている私も身体を強ばらせる。
陰山くんは続けて話しを始める。
「ナツメグは五グラム摂取するとまず、幻覚症状が起こり始める。それからその倍──十グラムで酒に酔うような陶酔感が襲い動悸も起こる。更に摂取すると──」
「わわわ分かったっす! それ以上はなんか聞いちゃ行けない気がするんでもう結構っす!」
「因みに、そこに盛られている量は残りの銃弾数のルールに則って六グラムだ。後九グラムも摂取すれば……後は皆さんお察しの通りだよ」
残り九グラム……即ち十五グラム。それこそがナツメグの──致死量。
恐るべき事だ。なんと陰山くんは幻覚症状が起こり始める量より一グラム多くナツメグを摂取しなくてはならないのだ。
窮地に立たされるのが早すぎではないだろうか。ナツメグがそんなに恐ろしい実態を隠し持った食べ物だったなんて。
「山田くん、こればかりは仕方がない。運が悪かったなんていう言葉だけでは取り繕えない程に僕も同情しているんだよ?」
「同情などいらぬ。そんなものはされるだけ惨めだ、止めてもらいたい」
そう言うと陰山くんは薬包紙を手に取り、それを目の前に持ってきて、
「それでも私は──突き進むだけだ」
薬包紙のナツメグの粉末六グラムを一気に煽った。
「山田くん! そんな一遍に口にいれたら……!」
「っ! ゴホゴホ……! う……ゴホォ!」
案の定、噎せた。それはもう見事な噎せっぷりだ。少量のナツメグが口から盛大に噴射されてハラハラと舞う程の勢いだ。
「ちょちょちょ! 山田くん! 一瞬でもカッコイイと思ってしまった僕の気持ちを返してもらえないかい?」
「ゴフ……! い、委員長……水を……」
「はいはい……もう、無茶するんだから」
天然水のペットボトル(安曇野産)を彼に渡すと、口の中にへばりついたナツメグをすすぐようにごくごくと飲み干し、「ぷはぁっ」と息を吐き一旦は落ち着いたようだ。
「はあ……、やはり粉物を口の水分だけで飲み込もうとするのは厳しいか」
「それが毒物なら尚更。死にたいの?」
「う、海野さん……目が怖いっす……」
そりゃ怖くもなる。心配だもの。
「大丈夫かい山田くん。今はまだ平気かもしれないけれど、摂取したナツメグは直にジワジワと君の身体を蝕んでいくだろう」
「フン……、貴様の有り金を根こそぎ戴くまで、私は潰えぬ。最期までな」
陰山くんは依然としてその強気な姿勢は衰えないけれど、実際そうも言っていられない程に追い詰められているのが現状だ。
陰山くんは、たった一回の敗北で致死量の三分の一以上のナツメグを食べさせられてしまった。陰山くんに残された猶予は残りの九グラム。単純に計算すれば一発目で被弾してしまった時点で一巻の終わりだ。
被弾した時の最低の残り弾数は、被弾した弾も含めるので二発。致死量である十五グラムの十分の一を乗算すれば三グラムとなり、最低とはいえ、幾つかの条件をクリアした上で陰山くんに許された負け回数は後──たったの三回。
つまり通算四回目の負けが確定してしまった時点で終わる。
このゲームも、そして陰山くんの命も。
最悪の場合次で決まるかもしれない。だから何だかんだ言った手前だけど実質、もう負けられない。
「仕切り直しだよ。第二ゲームと参ろうか」
「ああ、ゴフ……! さっさと行くぞ」
口の中にまだナツメグの粉が残っているのか、陰山くんは一つ咳払いをした。
この時はまだあまり気にかけて等いなかったけれど、今思えばこの咳払いが前兆だったのかもしれない。
陰山くんが徐々に、壊れ始めるサインだったのかもしれない……。
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