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高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第61話 一ゲーム

「ではこれより、嵌村式ロシアンルーレット第一ゲームを開始します」

 デスクを挟んで陰山くんと嵌村さん、そしてその間にディーラーである頭金くんがゲームの開始を宣言した。

「それでは早速、こちらが今回使う拳銃と弾薬です。皆さんご注目を」

 頭金くんの左手にはリボルバー式の拳銃、右手には六発の銃弾を握り、私たち全員に見えるように差し出した。
 六発のうち五発は薬莢のみで弾頭が無い。これは、これから装填していく弾には一つしか実弾を入れないという事を端的に表していた。

 何故そんなことをするのか。それは回転式拳銃の構造に関係している。
 この拳銃は構造上、弾倉から何発弾丸が装填されているのかが丸わかりなのだ。
 それではゲームにならない。そこでダミーである弾丸が入っていない薬莢だけを装填し、何処に実弾があるのかを分からなくするのだ。

「皆さん、確認して頂けたでしょうか。それでは、装填していきます」

 弾倉を本体から外し、一発ずつ丁寧に弾を装填していく。その手際は両手がほぼ塞がっている事を感じさせないくらいスムーズだ。様になっているという言い方はおかしいだろうか。頭金くんは幾度かこのような事をさせられているのかもしれない……。

「弾の装填完了しました。最後に、シリンダーを回転させます」

 頭金くんは、弾倉に親指を強く擦り付けるように押すと、弾倉が残像を残すほどに素早く回転を始めた。
 いや、もう分からない。完全に見失った。何処に弾があるのかなんて見分けがつかない。
 やがて弾倉の回転が遅くなり、完全にその動きを停止させた。

「これで全ての準備が完了しました。それでは先攻──山田さんから始めて下さい」

「待ち侘びたぞ。どれどれ……」

 机の上に置かれた拳銃を手に取りまじまじと眺める陰山くん。
 一体何を見ているのだろう。あんなに速く回転していた弾倉を目で追える訳もないし、何か見分ける方法でもあるのだろうか?

「どうしますか?」

「決めた。ここに弾は入っていない」

 そう言うと陰山くんは銃口をこめかみに宛てがい、躊躇うこと無く引鉄を引いた!

──ガチンッ!

 室内に響いたのは撃鉄が何も詰められていない薬莢を叩いた音だった。
 驚く暇さえも与えられない程の即断であっという間に陰山くんのターンが終了した。

「これは凄い。いくら玩具とはいえ、初見の人は皆引鉄に指を置く事すら躊躇うものなのだけど」

「仰々しいな。たかが六分の一であろう。ハズレを引く方が難しい」

 いや陰山くん、それは確率の問題なのでもしかしたら一発目で被弾していたかもしれないのでそれは躊躇う躊躇わないは関係ないかと。

「ほら、貴様の番だ。時間ならいくら掛けても私は構わぬ」

 手番が終わった陰山くんは拳銃をデスクに滑らせるように嵌村さんに渡した。
 それを受け取った嵌村さんなのだけど、

「いやいや、君が立派な英断をしたというのにその礼に応えないのは失礼だろう。という訳で──」

「何……?」

──ガチンッ!

 彼もまた、躊躇なく撃鉄と引鉄を引いたのだ。その速さたるや陰山くんから渡された拳銃を手に持ってこめかみに宛てがい、引鉄を引くまでおよそ──三秒。

 私はもちろんの事、陰山くんでさえも目を丸くして驚いていた。
 陰山くんはじっくりと観察をしていたとは言ってもそこそこ速かった。
  想像で、しかもなんの参考にもならない話をして申し訳ないけれど、私だったら何時間単位で掛かるであろうところを陰山くんは数十秒で引鉄を引く事を選んだのだ。

 この事からも、如何に嵌村さんが即決即断で引鉄を引いたかが理解できるだろう。
 拳銃を全く調べる事なく、まるで前菜のスープが運ばれて来たのを口に運び込むように引き金を引くその様は変な話、美しいとさえ感じてしまった。

「さあ、山田くん。次はどうする? 引くかい? パスするかい?」

 安堵出来ていた時間は一瞬だった。そして陰山くんの番が──二連続で不発だったこの段階、ここで折り返せるかどうかの三発目が一分も経たないうちに回ってきてしまったのだ。

「貴様……決断が速いなんてものではない。弾丸の位置を把握していない限りそのような行動を起こすなど出来ぬ。もし勘で行っているようなら、常軌を逸している」

「何だね。それはつまり僕がイカサマをしているとでも言いたいのかな?」

 そう思うのが当然だろう。そうでもしない限りあんなにサラッと行けるなんて正気の沙汰ではない。いくら玩具とはいえ、命知らずにも程がある。

「なら君たちはこう言うつもりか? 一応僕サイドの人間である頭金くんが何か細工でもしたんじゃないかと」

「ま、そう思うのが必然であろう」

 責任転嫁も甚だしいけれど、嵌村さんが拳銃に触れたのはついさっき。細工などする暇もないだろう。
 その前は陰山くん、そしてディーラーである頭金くん。触れている時間的に考えても最も怪しい人物になってしまうけれど。

「それは無いっすね。だって皆さんが見てる前で弾の装填から弾倉の回転までの流れを見せた時、何もおかしな事なんてしてないっすからね!」

 と、頭金くんは自信満々に反論するけれども、さっきの事があってから私自身疑心暗鬼に陥ってしまっているのだ。本当に信じていいものか。

「フン、まあいいだろう。貴様の悪運が強かったと思って今回は見逃してやろう。だが、次に同じような事をすれば、今度は考えさせてもらう」

「その言い方だと、僕がイカサマをした事は前提になってしまっているんだね。そう思われて悲しいよ僕は」

 と、嵌村さんは言葉と表情が矛盾しながら余裕綽々といった感じだ。
 とはいえ、不正があったかなかったかを抜きにして嵌村さんは被弾することなく自分のターンを乗り切ったのだ。
 イカサマがあった云々言うのは、この難局を乗り切ってからでも遅くはないだろう。

「さて、どうしたものか。ここからは安易に引く事は出来ぬからな」

 流石に陰山くんもここは迷いどころのようだ。何より自身の命が掛かってしまっている。尚更慎重に考えなければ文字通り、彼は命を落としてしまうだろう。

「山田くん、気楽に行こうではないか。たかがまだ四分の一なのだから」

「呑気なものだ。必ずや貴様の番まで回してやるから首を長くして待っておれ」

 しかしながら、嵌村さんは言わずもがな、陰山くんも強気の姿勢を崩さない。お互いに自分たちの人生を掛けていると言っても過言ではない勝負に挑んでいるとは思えない姿勢だ。
 その雰囲気は間違いなく本物ではあるけれど、心はそう簡単には動かないのだろう。

 陰山くんは、拳銃を手にしたままのにらめっこ状態がしばらく続いていたのだ。特に引鉄を引くまでに制限時間は設けられていないようなのでそこの心配はないけれど、先程の迅速な判断が嘘のように慎重になりすぎてしまっているのだ。
 固唾を呑んで勝負の行く末を見守る事しか出来ない自分が歯痒い。

「時に訊くが嵌村、私は貴様の命をどのようにして捧げるのか?」

「急に何だい? 海野さんに負ける事を計画に入れるなとか言ってた張本人様がそんな事を訊いてくるなんて」

「いや、少々興味が湧いてきただけだ。貴様がどのようにして私を追い詰めてくれるのかをな」

 陰山くんの意味深な発言で場が一瞬凍りつく。その不穏な予感をその場にいる全員が察知したとほぼ同時だったと思う。
 陰山くんは徐にこめかみに銃口を当てて、撃鉄と引鉄を引いた。

──パァン!

 静寂に包まれた室内に銃声が鳴り響いたのだ。
 紙テープと紙吹雪が陰山くんの肩やら頭やらに舞い落ちる。しかしそれは、祝福と言うにはとても不適切且つ失礼だ。
 色々と展開が早すぎて何が起こったのかを理解するのに時間が掛かった。出来る事なら理解などしたくなかった。

 けれどこれは現実──その銃声と同時に飛び出した紙テープと紙吹雪で祝福されたのは紛れもなく、

「頭金くん。何をぼうっとしてるんだね? 早く仕切るんだよ」

「は、はい! ええ……っと、山田光さん、三手目で被弾。よってこのゲームの勝者は嵌村虜さんです!」

「ありがとう頭金くん。そして山田くん、君の不運を同情するよ…………フフフフ」

「………………」

 所要時間実に四分と二十七秒。そんな僅かな時間で運命の第一回戦は、陰山くんの敗北という形で幕を閉じたのだった。
 

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