高校生である私が請け負うには重過ぎる
第50話 団円
現時刻十八時三十四分。陽が落ちて、遠くの方で民家の灯りがぽつぽつと灯り始めていたそんな時間の事……、金の亡者と化した頭金くんの奇行を止める為、突如として現れた陰山くんが彼の元へと向かいそして戻ってきたのだが、とんでもない爪跡を残してきたのだ。
「おい奇鬼、勘弁してちょうだいよ! 一体俺は今日何人の怪我人を手当てしなきゃならないんだ 」
「ひゃ~……! ここここここの人、生きてんスかぁ…… 俺っちよりも凄いケガッスよぉ……?」
「陰山くん、何がどうしてこうなったのか説明してちょうだい! そもそも頭金君生きてるの?」
「お前ら落ち着け。虫の息ではあるが生きてる。あと、こいつがこうなったのには理由がある。委員長……アンタも十分解っている筈だ。だから私は分からず屋であるこいつに少し教育してやったのだ」
いやいやいや! 一体どんな技を繰り出せばこれ程までに満身創痍になるのだ ノーロープ有刺鉄線デスマッチ後の選手でもここまで酷い有様にはならない。頭金くんも少しは抵抗したのだろうけど見たところ陰山くんには傷一つ付いていいない訳だし。
ああ! 明日どうやって先生に話したらいいんだろう!
でも、陰山くんも頭金くんの急な心変わりを赦す事が出来なかったのだ。私に出来なかった事を彼が代わりとなり果たしてくれたのだ。むしろ私は咎めるよりお礼を言う立場だろう。
まあ、このやり方で頭金くんの心がまた真面に戻るのかどうかはまた別だけれど。
「ぐ、むう…… 」
「あ、陰山くん! 頭金くんが……!」
「何 おい、漸く気が付いたかこの下衆め!」
と、ボコボコにされながらも意識を取り戻した頭金くんに対して、片手に持っていたボストンバッグを離す事無く、片手で彼の胸倉に掴み彼をそのまま持ち上げたのだ! 体重差的にも頭金くんの方が重いはずなのだが、彼は軽々と持ち上げた。重力の概念は一体何処へ。
「うううぐぅ……! 頼ム……。お、オ……オれが悪がっダ……! 許じでぐでぇ~……!」
「今更命乞いしても無駄だ。お前はとんでもない違反を犯したんだからな」
違反? まあ違反と言えば違反か。陰山くんは頭金くんが部活を続けられる為に犯罪を犯してまで(未だに釈然としないけど)お金を工面したのに、その部活を辞めて自分の好きなように使うと言い出したのだから、それは彼もこれだけの剣幕で怒るだろう。
「さあ、今からでもまだ猶予はあるぞ! さっさと依頼料を払うのだ!」
「…………は……?」
「何がこの金は全部使わせてもらうだと? どうせお前には依頼料を払えるだけの蓄えなど家にないのだろう? だったら私が工面してきたその金の中から払え!」
い、依頼料……? 陰山くんは頭金くんに部活を続けるよう説得しに行ったんじゃなくて、依頼料を払わなかったことに対して怒っていた?
「わ、ワがりまジダ……。は……払いバず……! だがらボう、やめて下ザい……」
「フン! 最初から素直にそう言っていれば、かすり傷だけで済んだものを」
馬鹿め! と吐き捨てるように言うと彼は片手をパッと離し頭金くんを解放した。
というか素直でいても、それでも傷は負う事になるんだ、彼の事だからかすり傷でも危なっかしい。いや、そんな事よりも陰山くんに色々訊きたい事が!
「陰山くん。あなた一体どうしてこの場所が解ったの?」
「こんな事もあろうかと、あのボストンバッグにGPSと盗聴器を仕込んでおいたのだ。だからお前らの居る場所は勿論、会話まで全て筒抜けだ」
そうか、だから彼は臆助くんが怪我をしている事が解り、白臣さんを連れてきて(元々エイミーさんが呼んだのでこれは偶然だ)治療をさせ、頭金くんの急変も直ちに察知出来た訳だ。だが、察知出来ていただけに問題なのだ。それについても言及してみよう。
「だったら尚更だよ。だって陰山くん私達の会話の一部始終聞いてたんでしょ?」
「ああ。何だったらあの遣り取りを今から私が演じ切ってやろうか? 一人三役でな」
「その必要はないしあなたの演技力に今は興味ないです。さて、じゃあ本題に入ろうかな。あなたは私達の会話を聞いていたと。じゃあ陰山くん、あなたに質問です。あなたは、頭金くんに部活を続けてもらう為に、説得しに行ったのですか?」
「いいえ全く?」
凄く憎たらしい口調、口元をしながら言われた。むぅ、憎々しい。
「じゃあもう一つ質問。あなたは頭金くんが依頼料を払おうとしなかっただけでなく、自分の好きなように使おうとしたから彼に暴力をふるったのですか?」
「前者は合っているが後者は間違いだ。というか、アンタはさっきから何が言いたいのだ?」
「え、だって陰山くん、頭金くんが部活を続けられるようにお金を工面したんでしょ? なのに彼はその部活を辞めて自分の好きなように使おうとしたんだよ? それに関してはどう思う?」
「い~や? 別に何とも思ってないが?」
「え……」
「あのな、まだ理解してないようだからよく聞け委員長。こいつが金を欲しがった理由は何だ? 確か『部活を続けたかったから』だよな?」
「ええ……」
「だが、それはただの金が必要である事の『理由』に過ぎないだろ? 部活を続けるにはこいつには金が必要だった訳だ。それしか解決策がなかったからだ。
だがいざ金を渡したらどうだ、態度を急変させ部活を辞めると言い出し、自分の為に使うと言い出した。だがそれがどうした? それも結局は、金が欲しかった『理由』になるだろ? とどのつまり、こいつの『目的』は金が欲しかったんだ! 『理由』なんてどうでもいい。そんなのそいつの自由だろ? 部活を続けたければこの手に入れた大金で部費を払えばいいし、その部活を辞めて自分の好きなように使えばいいんだ。そいつのその後の事なんて知ったことではない。金が欲しいという『目的』がある以上、それを叶えてやるのが私はの仕事だ! 金が欲しい訳——『理由』なんて幾らでも言い換えられるではないか」
「…………」
そして彼は、私の元へ近付き、顔を目いっぱい私の額に帽子の鍔が当たるくらい近付け、
「いいか? 部活を辞める辞めないはこいつの問題であって、アンタの問題ではないだろう? だから私にとって、こいつが金を手に入れた事によってその後どう行動しようがなんにも問題にならないのだ……。問題なのは、こいつが依頼料を払わずにこの場を去ろうとしたことだ。他人の事情に干渉しようとしてるんじゃない。この偽善者め……!」
「!」
以上だ。と締め括ると、彼は顔を離し頭金くんの方へ向き直った。
「さあ頭金! これから依頼料の交渉をするとしようか? ゆっくりと時間を掛けてな!」
何故だろう、凄いモヤモヤする……。お金お金、依頼料依頼料。
なぁんだ、結局は彼も、お金が欲しいだけなんだ。
みんな考える事は一緒なんだな。
白臣さんも然り、頭金君も然り、臆助君はそうでないと信じたいけれど、そしてもしかしたら私自身もお金が欲しかったから、彼の依頼の手伝いをしていたに過ぎないのかも知れないなぁ。
あ~あ、そう考えたら、人間って、悲しい生き物だね、陰山くん。
「仕方ないよ眼鏡っ子ちゃん。君の気持ちも解るけど、奇鬼はああいう男だ。結局あいつ自身も金が欲しいから、依頼を遂行しているだけに過ぎないんだ」
「それを知っているからこそ、俺っちも今まであの方に付いていけていく事が出来ているッス。実を言うと、俺っちも少し納得いかないッスが、怒らせると怖いッスからねぇ……」
私よりも付き合いの長い彼らがそう言っているのだ。どうやら彼の依頼を熟す上での目的は、お金が手に入るか入らないか、それが全てらしい。
それで良いのだろうか。ううん、良い訳ない……、良い訳、ないじゃない……。
けど、何も言い返せない。彼の言い分は正論だからだ。
言い返せないと言うか言う返すまでも無く、私の負けなのだ。偽善者と罵られても仕方がない。
確かによくよく考えてみればそうではないか。家庭が裕福で無く学費を払うだけで精一杯、そのせいで部活を続けられないのは、頭金くんの問題だ。私達はそれに少しばかりの力添えをしたに過ぎない。言い方は気に入らないけれど、全くの無関係なのだ。
仕方のない事だけど、この話はもう既に、私が陰山くんと知り合う以前から、正当化されてしまっていたのだ。認めざるを得ないだろう。彼の意見を、私の敗北を。
「ええ? ぞ……ぞんダに? が……勘弁じでくデよ~! 俺の金だぞ……!」
「男のくせにうじうじ言うんじゃない! 臆助を傷付けた分も勘定に入っているのだ!」
「ぢくじょぉ~……! お、俺の……金がぁ……!」
「あとお前、明日は学校ある訳だが、今日の事は絶対にチクるなよ? チクったら……」
「びえぇ~! 解りまジダ! 言いまゼんがら! もういダいのは嫌だぁぁぁ!」
などと考え込んでいる間に、あちらの方でも話し合いが終わったようだ。歩道の上で泣き崩れる頭金くんを置いて陰山くんがボストンバッグを片手にこちらに戻ってきた。
「話は済んだぞ。ええっと……? 確か私が盗んだ宝石を全部売っ払って得た金額の合計が確か、端数を切って計算すると占めて五千万円だったから、俺達の取り分は四千万円だ」
「ご、五千万……?」
バッグに入っていたお金の具体的な数字を今初めて知った。五千万円だって?
私が背負っている借金の二分の一のお金があのバッグの中に詰まっていたというのか……!
それだけの金額にもなればあれだけ重くなる筈だ。全く持ち上げられなかったからね!
「というかなんか分け方に差があり過ぎじゃない? 頭金くんこ取り分がたったの五分の一だなんて…」
「何を言っているのだアンタは? あいつは依頼料を素直に払わなかっただけじゃなく臆助にまでケガをさせたんだ。これが妥当であろう? 素直にしておけば二千万が手に入ったのに」
それでもあなたの依頼料の方が上なんだ。全く割に合わない。しかもこれは恐らく割引した値段……本当だったら根こそぎ取られていたかもしれない。
「んじゃ、塔。後の事は頼んだぞ。ほらよ、そんでもってこいつは余ったんで返すぞ」
そう言い彼が懐から取り出したのは、依頼の時に使用し余ってしまった催眠ガス弾だった。それをまるで彼はただの手玉のように扱いそれを白臣さんに放り投げた。
「おいおい! 何やってんだお前! ピンが弾みで抜けたらどうするんだ!」
とか言いつつもしっかりと両手で受け止める白臣さん。背が高いのもあってか腰の辺りでキャッチをして受け取りにくそうで、何が何でも落とすまいというようなあの戦慄するような強張った表情が何とも言えず滑稽だった。
「はぁ……全く、面倒事はいっつも最後に俺に押し付けやがって……。ま、医者としてケガ人を放っておく訳にもいかないし、今回は命令されてやるよ。ほら君、立てるか?」
「ず、済びバぜん……。と、ところで……あナだは……?」
「俺は白臣塔。こう見えても医者をやらせてもらっている。ま、闇医者だけどね。君のケガを完全に治すのは難しいかもしれないけれど、最善を尽くすつもりだから、よろしく」
「は、はぁ……。お、お願いじまズ……」
今更だけれど、頭金くんの呂律が上手く回っていない。口の中が切れて上手く喋る事が出来ない感じだ。そう言えば顔も酷く腫れていた。どれだけ強い力で何度も殴ったのだ。
「ところで奇鬼、俺の取り分は? ガス弾を提供してやったんだし、まさかタダ働きって事はないよね?」
「あ? 何だ、まさかお前、ガス弾を作った程度のことで金をせしめようというのか? がめついな」
どっちが…。
「ほらよ。お前の活躍だったらこれくらいが妥当だろう?」
「え、たった五百万? 四千万もあんのにさ……。ホントお前の山分けの仕方自分勝手な!」
「文句言うんなら手取り零でも良いんだぞ?」
「ありがたく頂戴しよう」
納得しちゃった。いや、五百万円が少ないという訳じゃないけれど、彼の分配の仕方には確かに白臣さんの言う通り仕事の歩合に合わないところがある。
彼のガス弾が無ければ作戦が失敗していたというのに。白臣さん、心の中では涙目だろう。
「ノッポ君、君も俺についてくるんだ」
「ええ! 何でッスか? 俺っちならもう大丈……って痛たたたた!」
「所詮は有り合わせの物で行った応急処置だし、もっと詳しく検査する必要がある。医者の言う事は聞いた方がいいよ?」
「うう、解ったッスよ……。もう少し奇鬼さん達と一緒に居たかったッスが、しょうがないッス」
「待て臆助! お前の取り分をまだ渡していない。ほら、お前の取り分だ」
といい彼は大き目のレジ袋に大量の札束を入れて臆助君に渡した。恐らくこの道に来る途中にあるコンビニで貰ったものだろう。途中でお札の重みで破れないか心配だ。
「お前の取り分は頭金からの慰謝料も含めて——一千万だ! お前の好きに使うがいい」
「おお! これでまた新しいパソコンが買えるッスよ これで五十二台目ッス!」
買い過ぎ!それは買い過ぎ! そんなにいらない! ゼッタイ!
「それじゃあ海野さん、奇鬼さん! この二日間大変だったッスけど、楽しかったッス!また会う機会があれば、今度はもっとあなた達の役に立てるよう、努力するッスよ!」
「じゃあなお二人さん。特に眼鏡っ娘ちゃん、短い間だったけど、世話になったよ。依頼もいいけど学業もしっかりと熟せよ? でないと俺みたいになるよ?」
「臆助君! ありがとう! 私もあなたと会えて、一緒に過ごせて楽しかった! 白臣さん! あなたの事も私応援してます! あなたももっと勉強して、正式な医者になって下さいね!」
「………」
隣で陰山くんは何も言わなかったが、指を二本突き立てそれを額….ではなく帽子の鍔の先に当て、直ぐにそれを離す動作を行った。これが俗に言う、サヨナラのサインだろう。
そして、頭金くんを背負った白臣さんと、再診を受ける為に彼に付いていった臆助君は、街灯が殆どない夜の道の奥へと消えていった。
「おい奇鬼、勘弁してちょうだいよ! 一体俺は今日何人の怪我人を手当てしなきゃならないんだ 」
「ひゃ~……! ここここここの人、生きてんスかぁ…… 俺っちよりも凄いケガッスよぉ……?」
「陰山くん、何がどうしてこうなったのか説明してちょうだい! そもそも頭金君生きてるの?」
「お前ら落ち着け。虫の息ではあるが生きてる。あと、こいつがこうなったのには理由がある。委員長……アンタも十分解っている筈だ。だから私は分からず屋であるこいつに少し教育してやったのだ」
いやいやいや! 一体どんな技を繰り出せばこれ程までに満身創痍になるのだ ノーロープ有刺鉄線デスマッチ後の選手でもここまで酷い有様にはならない。頭金くんも少しは抵抗したのだろうけど見たところ陰山くんには傷一つ付いていいない訳だし。
ああ! 明日どうやって先生に話したらいいんだろう!
でも、陰山くんも頭金くんの急な心変わりを赦す事が出来なかったのだ。私に出来なかった事を彼が代わりとなり果たしてくれたのだ。むしろ私は咎めるよりお礼を言う立場だろう。
まあ、このやり方で頭金くんの心がまた真面に戻るのかどうかはまた別だけれど。
「ぐ、むう…… 」
「あ、陰山くん! 頭金くんが……!」
「何 おい、漸く気が付いたかこの下衆め!」
と、ボコボコにされながらも意識を取り戻した頭金くんに対して、片手に持っていたボストンバッグを離す事無く、片手で彼の胸倉に掴み彼をそのまま持ち上げたのだ! 体重差的にも頭金くんの方が重いはずなのだが、彼は軽々と持ち上げた。重力の概念は一体何処へ。
「うううぐぅ……! 頼ム……。お、オ……オれが悪がっダ……! 許じでぐでぇ~……!」
「今更命乞いしても無駄だ。お前はとんでもない違反を犯したんだからな」
違反? まあ違反と言えば違反か。陰山くんは頭金くんが部活を続けられる為に犯罪を犯してまで(未だに釈然としないけど)お金を工面したのに、その部活を辞めて自分の好きなように使うと言い出したのだから、それは彼もこれだけの剣幕で怒るだろう。
「さあ、今からでもまだ猶予はあるぞ! さっさと依頼料を払うのだ!」
「…………は……?」
「何がこの金は全部使わせてもらうだと? どうせお前には依頼料を払えるだけの蓄えなど家にないのだろう? だったら私が工面してきたその金の中から払え!」
い、依頼料……? 陰山くんは頭金くんに部活を続けるよう説得しに行ったんじゃなくて、依頼料を払わなかったことに対して怒っていた?
「わ、ワがりまジダ……。は……払いバず……! だがらボう、やめて下ザい……」
「フン! 最初から素直にそう言っていれば、かすり傷だけで済んだものを」
馬鹿め! と吐き捨てるように言うと彼は片手をパッと離し頭金くんを解放した。
というか素直でいても、それでも傷は負う事になるんだ、彼の事だからかすり傷でも危なっかしい。いや、そんな事よりも陰山くんに色々訊きたい事が!
「陰山くん。あなた一体どうしてこの場所が解ったの?」
「こんな事もあろうかと、あのボストンバッグにGPSと盗聴器を仕込んでおいたのだ。だからお前らの居る場所は勿論、会話まで全て筒抜けだ」
そうか、だから彼は臆助くんが怪我をしている事が解り、白臣さんを連れてきて(元々エイミーさんが呼んだのでこれは偶然だ)治療をさせ、頭金くんの急変も直ちに察知出来た訳だ。だが、察知出来ていただけに問題なのだ。それについても言及してみよう。
「だったら尚更だよ。だって陰山くん私達の会話の一部始終聞いてたんでしょ?」
「ああ。何だったらあの遣り取りを今から私が演じ切ってやろうか? 一人三役でな」
「その必要はないしあなたの演技力に今は興味ないです。さて、じゃあ本題に入ろうかな。あなたは私達の会話を聞いていたと。じゃあ陰山くん、あなたに質問です。あなたは、頭金くんに部活を続けてもらう為に、説得しに行ったのですか?」
「いいえ全く?」
凄く憎たらしい口調、口元をしながら言われた。むぅ、憎々しい。
「じゃあもう一つ質問。あなたは頭金くんが依頼料を払おうとしなかっただけでなく、自分の好きなように使おうとしたから彼に暴力をふるったのですか?」
「前者は合っているが後者は間違いだ。というか、アンタはさっきから何が言いたいのだ?」
「え、だって陰山くん、頭金くんが部活を続けられるようにお金を工面したんでしょ? なのに彼はその部活を辞めて自分の好きなように使おうとしたんだよ? それに関してはどう思う?」
「い~や? 別に何とも思ってないが?」
「え……」
「あのな、まだ理解してないようだからよく聞け委員長。こいつが金を欲しがった理由は何だ? 確か『部活を続けたかったから』だよな?」
「ええ……」
「だが、それはただの金が必要である事の『理由』に過ぎないだろ? 部活を続けるにはこいつには金が必要だった訳だ。それしか解決策がなかったからだ。
だがいざ金を渡したらどうだ、態度を急変させ部活を辞めると言い出し、自分の為に使うと言い出した。だがそれがどうした? それも結局は、金が欲しかった『理由』になるだろ? とどのつまり、こいつの『目的』は金が欲しかったんだ! 『理由』なんてどうでもいい。そんなのそいつの自由だろ? 部活を続けたければこの手に入れた大金で部費を払えばいいし、その部活を辞めて自分の好きなように使えばいいんだ。そいつのその後の事なんて知ったことではない。金が欲しいという『目的』がある以上、それを叶えてやるのが私はの仕事だ! 金が欲しい訳——『理由』なんて幾らでも言い換えられるではないか」
「…………」
そして彼は、私の元へ近付き、顔を目いっぱい私の額に帽子の鍔が当たるくらい近付け、
「いいか? 部活を辞める辞めないはこいつの問題であって、アンタの問題ではないだろう? だから私にとって、こいつが金を手に入れた事によってその後どう行動しようがなんにも問題にならないのだ……。問題なのは、こいつが依頼料を払わずにこの場を去ろうとしたことだ。他人の事情に干渉しようとしてるんじゃない。この偽善者め……!」
「!」
以上だ。と締め括ると、彼は顔を離し頭金くんの方へ向き直った。
「さあ頭金! これから依頼料の交渉をするとしようか? ゆっくりと時間を掛けてな!」
何故だろう、凄いモヤモヤする……。お金お金、依頼料依頼料。
なぁんだ、結局は彼も、お金が欲しいだけなんだ。
みんな考える事は一緒なんだな。
白臣さんも然り、頭金君も然り、臆助君はそうでないと信じたいけれど、そしてもしかしたら私自身もお金が欲しかったから、彼の依頼の手伝いをしていたに過ぎないのかも知れないなぁ。
あ~あ、そう考えたら、人間って、悲しい生き物だね、陰山くん。
「仕方ないよ眼鏡っ子ちゃん。君の気持ちも解るけど、奇鬼はああいう男だ。結局あいつ自身も金が欲しいから、依頼を遂行しているだけに過ぎないんだ」
「それを知っているからこそ、俺っちも今まであの方に付いていけていく事が出来ているッス。実を言うと、俺っちも少し納得いかないッスが、怒らせると怖いッスからねぇ……」
私よりも付き合いの長い彼らがそう言っているのだ。どうやら彼の依頼を熟す上での目的は、お金が手に入るか入らないか、それが全てらしい。
それで良いのだろうか。ううん、良い訳ない……、良い訳、ないじゃない……。
けど、何も言い返せない。彼の言い分は正論だからだ。
言い返せないと言うか言う返すまでも無く、私の負けなのだ。偽善者と罵られても仕方がない。
確かによくよく考えてみればそうではないか。家庭が裕福で無く学費を払うだけで精一杯、そのせいで部活を続けられないのは、頭金くんの問題だ。私達はそれに少しばかりの力添えをしたに過ぎない。言い方は気に入らないけれど、全くの無関係なのだ。
仕方のない事だけど、この話はもう既に、私が陰山くんと知り合う以前から、正当化されてしまっていたのだ。認めざるを得ないだろう。彼の意見を、私の敗北を。
「ええ? ぞ……ぞんダに? が……勘弁じでくデよ~! 俺の金だぞ……!」
「男のくせにうじうじ言うんじゃない! 臆助を傷付けた分も勘定に入っているのだ!」
「ぢくじょぉ~……! お、俺の……金がぁ……!」
「あとお前、明日は学校ある訳だが、今日の事は絶対にチクるなよ? チクったら……」
「びえぇ~! 解りまジダ! 言いまゼんがら! もういダいのは嫌だぁぁぁ!」
などと考え込んでいる間に、あちらの方でも話し合いが終わったようだ。歩道の上で泣き崩れる頭金くんを置いて陰山くんがボストンバッグを片手にこちらに戻ってきた。
「話は済んだぞ。ええっと……? 確か私が盗んだ宝石を全部売っ払って得た金額の合計が確か、端数を切って計算すると占めて五千万円だったから、俺達の取り分は四千万円だ」
「ご、五千万……?」
バッグに入っていたお金の具体的な数字を今初めて知った。五千万円だって?
私が背負っている借金の二分の一のお金があのバッグの中に詰まっていたというのか……!
それだけの金額にもなればあれだけ重くなる筈だ。全く持ち上げられなかったからね!
「というかなんか分け方に差があり過ぎじゃない? 頭金くんこ取り分がたったの五分の一だなんて…」
「何を言っているのだアンタは? あいつは依頼料を素直に払わなかっただけじゃなく臆助にまでケガをさせたんだ。これが妥当であろう? 素直にしておけば二千万が手に入ったのに」
それでもあなたの依頼料の方が上なんだ。全く割に合わない。しかもこれは恐らく割引した値段……本当だったら根こそぎ取られていたかもしれない。
「んじゃ、塔。後の事は頼んだぞ。ほらよ、そんでもってこいつは余ったんで返すぞ」
そう言い彼が懐から取り出したのは、依頼の時に使用し余ってしまった催眠ガス弾だった。それをまるで彼はただの手玉のように扱いそれを白臣さんに放り投げた。
「おいおい! 何やってんだお前! ピンが弾みで抜けたらどうするんだ!」
とか言いつつもしっかりと両手で受け止める白臣さん。背が高いのもあってか腰の辺りでキャッチをして受け取りにくそうで、何が何でも落とすまいというようなあの戦慄するような強張った表情が何とも言えず滑稽だった。
「はぁ……全く、面倒事はいっつも最後に俺に押し付けやがって……。ま、医者としてケガ人を放っておく訳にもいかないし、今回は命令されてやるよ。ほら君、立てるか?」
「ず、済びバぜん……。と、ところで……あナだは……?」
「俺は白臣塔。こう見えても医者をやらせてもらっている。ま、闇医者だけどね。君のケガを完全に治すのは難しいかもしれないけれど、最善を尽くすつもりだから、よろしく」
「は、はぁ……。お、お願いじまズ……」
今更だけれど、頭金くんの呂律が上手く回っていない。口の中が切れて上手く喋る事が出来ない感じだ。そう言えば顔も酷く腫れていた。どれだけ強い力で何度も殴ったのだ。
「ところで奇鬼、俺の取り分は? ガス弾を提供してやったんだし、まさかタダ働きって事はないよね?」
「あ? 何だ、まさかお前、ガス弾を作った程度のことで金をせしめようというのか? がめついな」
どっちが…。
「ほらよ。お前の活躍だったらこれくらいが妥当だろう?」
「え、たった五百万? 四千万もあんのにさ……。ホントお前の山分けの仕方自分勝手な!」
「文句言うんなら手取り零でも良いんだぞ?」
「ありがたく頂戴しよう」
納得しちゃった。いや、五百万円が少ないという訳じゃないけれど、彼の分配の仕方には確かに白臣さんの言う通り仕事の歩合に合わないところがある。
彼のガス弾が無ければ作戦が失敗していたというのに。白臣さん、心の中では涙目だろう。
「ノッポ君、君も俺についてくるんだ」
「ええ! 何でッスか? 俺っちならもう大丈……って痛たたたた!」
「所詮は有り合わせの物で行った応急処置だし、もっと詳しく検査する必要がある。医者の言う事は聞いた方がいいよ?」
「うう、解ったッスよ……。もう少し奇鬼さん達と一緒に居たかったッスが、しょうがないッス」
「待て臆助! お前の取り分をまだ渡していない。ほら、お前の取り分だ」
といい彼は大き目のレジ袋に大量の札束を入れて臆助君に渡した。恐らくこの道に来る途中にあるコンビニで貰ったものだろう。途中でお札の重みで破れないか心配だ。
「お前の取り分は頭金からの慰謝料も含めて——一千万だ! お前の好きに使うがいい」
「おお! これでまた新しいパソコンが買えるッスよ これで五十二台目ッス!」
買い過ぎ!それは買い過ぎ! そんなにいらない! ゼッタイ!
「それじゃあ海野さん、奇鬼さん! この二日間大変だったッスけど、楽しかったッス!また会う機会があれば、今度はもっとあなた達の役に立てるよう、努力するッスよ!」
「じゃあなお二人さん。特に眼鏡っ娘ちゃん、短い間だったけど、世話になったよ。依頼もいいけど学業もしっかりと熟せよ? でないと俺みたいになるよ?」
「臆助君! ありがとう! 私もあなたと会えて、一緒に過ごせて楽しかった! 白臣さん! あなたの事も私応援してます! あなたももっと勉強して、正式な医者になって下さいね!」
「………」
隣で陰山くんは何も言わなかったが、指を二本突き立てそれを額….ではなく帽子の鍔の先に当て、直ぐにそれを離す動作を行った。これが俗に言う、サヨナラのサインだろう。
そして、頭金くんを背負った白臣さんと、再診を受ける為に彼に付いていった臆助君は、街灯が殆どない夜の道の奥へと消えていった。
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