高校生である私が請け負うには重過ぎる
第41話 強盗 その2
「おい! 委員長、そして臆助! 貴様ら二人揃って通信を切るとは一体どういう企みだ ︎ 宝石店にガスの煙が充満していないところを見るとまだ投げ込んではいないようだが……一体私に黙って二人で何をしていた!」
私と臆助くんがマイクの通信を入れて開口一番で聞こえてきた台詞がそれだった。怒鳴られるのは仕方がないとしてもう少しボリュームを下げて頂けないだろうか? いい加減鼓膜の耐久力も限界に近い……満身創痍だと言っても過言ではない。
「待ってくださいッス奇鬼さん! 別に俺っち達は何も企んじゃいないッス!」
「そうだよ! 別に私達何も企んじゃいないよ!」
しまった……、動揺して臆助くんの言葉をそのまま反復してしまった。
「どうだかな……! 臆助はともかく、そこにいる委員長は利に聡い……いや、利にあざといからな。何か良からぬ事を企んでいても不思議ではない。それで、実際どうなのだ?」
まぁた何か上手い事を……というか自分で言うのもなんだけれど別に私はあざとくないし、媚びないし。あとちょくちょくそういうのさっきから挟んでくるけれどそれは誰かに対してのメッセージ? 気になる……気にはなるけれども今はこの場を凌ぐ為の言い訳を考えなきゃ……!
「左手にしていた包帯が投げる動作をした勢いで解けちゃって……。一人ではどうにも出来ないから臆助くんに手伝ってもらってたんだよ」
「…………」
「ほら! マイク越しでモタモタしている音声を聞いているとさ! じれったくてイライラしてこない? 陰山くんにそんな音声をお届けするのは心苦しかったから、つい勝手に通信切っちゃったんだ! そうだよね? 臆助くん!」
「ええ! 全く海野さんって見かけによらずパワーがあって俺っちもびっくりしたッスよぉ! まさか使っていない反対の腕の包帯が解けるくらい振り被っていたなんてぇ!」
「…………」
うわぁ……この沈黙が怖い……! 咄嗟に考えた言い訳なので内容は仕方がないが嘘を吐き慣れていないのか臆助くんの台詞が棒読みだった……。勘のいい彼の事だ、これは流石にバレてしまっただろうか……?
すると陰山くんはお互いの沈黙を破るようにすうっと勢いよく息を吸い込み、吸い込んだ空気どころか肺に溜まった二酸化炭素全てを吐き出すような大きな溜息を吐いた。
「全く、お前ら一体私を何だと思っている。人を沸点の低い人間みたいに言いおって。お前らがマイクの向こうでもたついている音声聞いて私が怒るとでも思っていたのか?」
俺は少々お前らを見損なったぞ……、とまた溜息を吐いてそう言った。
更に問い詰められるどころか逆に呆れられてしまった。陰山くんの心証を悪くしてしまったのはこちらとしても誠に遺憾なのだけれど、この急場を辛うじて凌ぐ事が出来たのは幸いと言ってもいい……。
嘘を吐くことは嫌いだけれど、嘘も方便とはよく言ったものだ。
もう一つ心残りなのは彼が沸点の低い人間である自覚がない事である。この作戦を始める前から一体どれだけ彼に怒られ、厳しい言葉を投げ掛けられた事か。呆れたいのはこちらの方である。渡部先生でももう少し大目に見てくれるというのに。
「もう解ったから早くするのだ委員長。物陰から宝石店の様子を見ているのだが扉の前にいる店員がさっきからこちらを警戒するようにジロジロ見ているのだ……! 向こうが行動を起こす前に早くガス弾を給気設備に投げ入れるのだ」
と、彼が珍しく動揺しながらそう指示してきた。マイク越しでも声を聞けばその慌てぶりは伝わってきた。確かにこの屋上に上ってから既に十分は経過している……。
物陰で十分も店の様子を覗き込むように観察している全身黒ずくめでフードと帽子を被った不審人物がいたら誰だって怪しむに決まっている……私だって怪しむ!
私の場合最悪警察に通報してしまうかもしれない……。――だったら大変だ! 
「臆助くん。それじゃ、私が合図を出すからあなたは喋らないようにね」
「解ったッス……!」
もう通信を切るという手段は取れないので陰山くんに聞こえないようになるべく蚊が遠くで鳴くような小さな声で二人で作戦を立てた。ここまでしてバレる訳にはいかない。慎重に事を進めなければ。
「さあ委員長! そろそろ動き出してくれぬとあんたの自由なタイミングで投げさせる訳にはいかなくなってくる。冗談抜きで! 時間が無い! 早く乗せるのだ!」
「も……もうちょっと待ってくれない? まだ臆助くんの準備が……」
「海野さんッ 」
「は……ッ 」
言っているそばから何て事を口走ろうとしたのだ私は! 彼が急かすのでつい……。
「ああ? 臆助の準備が何だって? あんたが投げ入れない限り俺は勿論臆助も動けない筈だぞ。何故に臆助に今準備が必要なのだ?」
当然なのだが訊かれてしまっていた……私の馬鹿。
「ああ……時間が無いから臆助くんもそろそろ自分の準備した方がいいんじゃないかなぁと思って……その方が時間の短縮にもなるから効率良いと思ってぇ……」
「……ほう、成る程……そう言われれば確かにそうだ。差し迫った中でその冷静な判断、流石は我が助手と褒めてやりたいところだ……臆助、直ぐに行動出来るよう準備しておけ」
「は……! りょ、了解ッス 」
ふう……冷や汗をかいた……。心臓の動悸が先程から治まらない……苦しい位だ。
「ちょっと海野さん……! あなたらしくないミスッスよ。気を付けてくださいッス!」
「ご、ごめんなさい……!」
陰山くん自身も相当焦っているのか、先程から私の咄嗟に考えた適当で稚拙な言い訳も全て聞き入れてくれている。今ならどんな大胆な言い訳を言おうと聞き入れてくれそうだけれどもうそんなミスはしない。ボロが出てしまう前に早く作戦を進めよう。
「臆助君、準備はいい?」
そう彼に尋ねると、親指をグッと突き立てて合図をした。作戦通り彼はここからは無言で行動するようだ。 
「うん、解った。陰山くん! 投げるよ!」
「よし! 行け 」
陰山くんがそう号令すると、臆助くんは無言のままピンを抜き、ガス弾を給気設備に投げつけた。声を出せば力が入り遠く高く投げる事が出来ると聞いた事があるけれど、その準備が必要ない程ガス弾は空高く上がった。給気設備の高さなどゆうに超える高さまで。
そしてガス弾は見事、排気設備の上に乗っかったようで、勢いよく噴射していたガスがあまり広範囲には広がらずにまるで吸い込まれるように排気設備に流れていくのが解った。
「陰山くん! 乗ったよ!」
「よし! 負傷しながらも良く乗せた。さあ臆助、早くしろ! 催眠ガスの煙を警報が感知する前にハッキングして未然に防がねばならん!」
「お……おうッス! 遂に俺っちの出番ッスね!」
任せて下さいッス とガス弾を一発で乗せられた事に対する喜びもそこそこに、臆助くんはその場に胡座をかいて座り込み、陰山くんから私を経由して渡されたジュラルミンケースを自分の前に置き、側面についているダイヤルを何やら忙しなく回し始めた。
「臆助くん、ハッキングはいいとしてパソコンは何処にあるの? それがないとハッキングなんて――ってまさか 」
「そのまさかッス! 流石海野さん! せっかくのお楽しみも、あなたには何も言わずとも直ぐに解ってしまうんスね! それではお待ちかね これが俺の唯一の特技ッス 」
ダイヤルを回し終え、臆助くんがケースの蓋を両手で勢いよく全開に開けると、なんとその中からキーボードとパソコンのデスクトップ画面が現れたのだ! 彼が言っていたお楽しみとはコレの事だったのか……! それにしてもこのケースを開発したのは一体どこの未来人? 色んな物を収納出来たりパソコンになったりと万能すぎる……。
そして彼は指をウネウネと軟体生物のように軽く蠢かせ準備運動させ、両手をホームポジションに置いた瞬間、両指が残像になって何本にも見えるような速さでキーボードの入力を開始したのだ! ウィンドウが次々と矢継ぎ早に表示されて何やら暗号めいたものが臆助君のタイピングスピードに伴い入力されていきデスクトップ画面が大変な事になっていた!
「臆助、あとどれくらいで出来そうだ?」
「この店のセキュリティチョロいっすねぇ! これじゃ奇鬼さんみたいな強盗に這入って下さいって言ってるようなもんスよ! こんなのあと十秒――いや三秒あれば余裕ッス 」
「俺みたいなは余計だ馬鹿。褒めたって何も出ないぞ?」
今の褒めてたの
いやそれよりも何よりも臆助くんのこの特技を目の当たりにして驚きを隠せない。これは特技というよりも十分将来仕事として役立てる事が出来そうな技――いや業だ。
陰山くんとの会話でもその手は一切止まることなくキーボードを打ち続けていた。あれだけの打鍵数でよく腕が攣らないものだ。パソコン入力スピード認定試験ならば余裕で五段くらいは合格できてしまうレベルだろう。商業系の仕事に勤めている人達も涙目だろう。
そして臆助君は宣言通り、三秒経った後エンターキーを押し、ケースを閉じたのだった。「これで終了ッス! 奇鬼さん、店内の様子はどうッスか 」
「…………」
恐らく今頃、店内は催眠ガスの煙に包まれ、中にいる店員さん達は突然の睡魔に襲われ眠りに落ち、監視カメラが機能しなくなっていることだろう。後は臆助君のハッキングが上手くいっていれば、警報は鳴っていない筈……私達は静かに景浦君の返答を待った。
「ウム……! 催眠ガスが充満しているが警報は鳴っていない! 突入する 」
と彼が店内に侵入しても安全だと確認すると、ガラスの割れた音がイヤホンから聞こえてきた。恐らく硝子の扉を割って侵入したのだろう。余計な被害は増やさないで欲しい。
「臆助、警報はどれくらい止められそうだ?」
「さっきも言ったッスが、この店の警報器の型が結構古い物だったんでいつもより長い時間止められた気がするッス! 時間にして一分半くらいッスかね」
「それだけあれば十分だ。お前らは今すぐこの場から離れろ! アパートへ帰るんだ!」
「陰山くんは 」
「私の心配などしている暇があるのか サッサと逃げろ! 作戦会議でも話しただろう! 『石橋は叩き過ぎて壊す』ものだとな!」
その造語に関してはイマイチまだ理解しきれていない部分があるのだけど、言いたい事はとにかく伝わった。
「海野さん! 奇鬼さんなら大丈夫ッス! 俺っちたちの今出来る事は、捕まらないようにこの場から逃げ果せて、無事にアパートへ辿り着く事ッス! さあ行くッス!」
と、私達はイヤホンマイクとガスマスクを外しアタッシュケースの中に無理やり詰め込み、先に逃げろとは言われたものの、作戦で決まっていたとはいえ、それでも陰山くんが心配で後ろ髪を引かれる思いではあったけれど、臆助君に手を引かれる形で私達は、『石橋を叩き過ぎて壊す』程周りを警戒しながら、西之岬アパートへと帰ったのだった。
私と臆助くんがマイクの通信を入れて開口一番で聞こえてきた台詞がそれだった。怒鳴られるのは仕方がないとしてもう少しボリュームを下げて頂けないだろうか? いい加減鼓膜の耐久力も限界に近い……満身創痍だと言っても過言ではない。
「待ってくださいッス奇鬼さん! 別に俺っち達は何も企んじゃいないッス!」
「そうだよ! 別に私達何も企んじゃいないよ!」
しまった……、動揺して臆助くんの言葉をそのまま反復してしまった。
「どうだかな……! 臆助はともかく、そこにいる委員長は利に聡い……いや、利にあざといからな。何か良からぬ事を企んでいても不思議ではない。それで、実際どうなのだ?」
まぁた何か上手い事を……というか自分で言うのもなんだけれど別に私はあざとくないし、媚びないし。あとちょくちょくそういうのさっきから挟んでくるけれどそれは誰かに対してのメッセージ? 気になる……気にはなるけれども今はこの場を凌ぐ為の言い訳を考えなきゃ……!
「左手にしていた包帯が投げる動作をした勢いで解けちゃって……。一人ではどうにも出来ないから臆助くんに手伝ってもらってたんだよ」
「…………」
「ほら! マイク越しでモタモタしている音声を聞いているとさ! じれったくてイライラしてこない? 陰山くんにそんな音声をお届けするのは心苦しかったから、つい勝手に通信切っちゃったんだ! そうだよね? 臆助くん!」
「ええ! 全く海野さんって見かけによらずパワーがあって俺っちもびっくりしたッスよぉ! まさか使っていない反対の腕の包帯が解けるくらい振り被っていたなんてぇ!」
「…………」
うわぁ……この沈黙が怖い……! 咄嗟に考えた言い訳なので内容は仕方がないが嘘を吐き慣れていないのか臆助くんの台詞が棒読みだった……。勘のいい彼の事だ、これは流石にバレてしまっただろうか……?
すると陰山くんはお互いの沈黙を破るようにすうっと勢いよく息を吸い込み、吸い込んだ空気どころか肺に溜まった二酸化炭素全てを吐き出すような大きな溜息を吐いた。
「全く、お前ら一体私を何だと思っている。人を沸点の低い人間みたいに言いおって。お前らがマイクの向こうでもたついている音声聞いて私が怒るとでも思っていたのか?」
俺は少々お前らを見損なったぞ……、とまた溜息を吐いてそう言った。
更に問い詰められるどころか逆に呆れられてしまった。陰山くんの心証を悪くしてしまったのはこちらとしても誠に遺憾なのだけれど、この急場を辛うじて凌ぐ事が出来たのは幸いと言ってもいい……。
嘘を吐くことは嫌いだけれど、嘘も方便とはよく言ったものだ。
もう一つ心残りなのは彼が沸点の低い人間である自覚がない事である。この作戦を始める前から一体どれだけ彼に怒られ、厳しい言葉を投げ掛けられた事か。呆れたいのはこちらの方である。渡部先生でももう少し大目に見てくれるというのに。
「もう解ったから早くするのだ委員長。物陰から宝石店の様子を見ているのだが扉の前にいる店員がさっきからこちらを警戒するようにジロジロ見ているのだ……! 向こうが行動を起こす前に早くガス弾を給気設備に投げ入れるのだ」
と、彼が珍しく動揺しながらそう指示してきた。マイク越しでも声を聞けばその慌てぶりは伝わってきた。確かにこの屋上に上ってから既に十分は経過している……。
物陰で十分も店の様子を覗き込むように観察している全身黒ずくめでフードと帽子を被った不審人物がいたら誰だって怪しむに決まっている……私だって怪しむ!
私の場合最悪警察に通報してしまうかもしれない……。――だったら大変だ! 
「臆助くん。それじゃ、私が合図を出すからあなたは喋らないようにね」
「解ったッス……!」
もう通信を切るという手段は取れないので陰山くんに聞こえないようになるべく蚊が遠くで鳴くような小さな声で二人で作戦を立てた。ここまでしてバレる訳にはいかない。慎重に事を進めなければ。
「さあ委員長! そろそろ動き出してくれぬとあんたの自由なタイミングで投げさせる訳にはいかなくなってくる。冗談抜きで! 時間が無い! 早く乗せるのだ!」
「も……もうちょっと待ってくれない? まだ臆助くんの準備が……」
「海野さんッ 」
「は……ッ 」
言っているそばから何て事を口走ろうとしたのだ私は! 彼が急かすのでつい……。
「ああ? 臆助の準備が何だって? あんたが投げ入れない限り俺は勿論臆助も動けない筈だぞ。何故に臆助に今準備が必要なのだ?」
当然なのだが訊かれてしまっていた……私の馬鹿。
「ああ……時間が無いから臆助くんもそろそろ自分の準備した方がいいんじゃないかなぁと思って……その方が時間の短縮にもなるから効率良いと思ってぇ……」
「……ほう、成る程……そう言われれば確かにそうだ。差し迫った中でその冷静な判断、流石は我が助手と褒めてやりたいところだ……臆助、直ぐに行動出来るよう準備しておけ」
「は……! りょ、了解ッス 」
ふう……冷や汗をかいた……。心臓の動悸が先程から治まらない……苦しい位だ。
「ちょっと海野さん……! あなたらしくないミスッスよ。気を付けてくださいッス!」
「ご、ごめんなさい……!」
陰山くん自身も相当焦っているのか、先程から私の咄嗟に考えた適当で稚拙な言い訳も全て聞き入れてくれている。今ならどんな大胆な言い訳を言おうと聞き入れてくれそうだけれどもうそんなミスはしない。ボロが出てしまう前に早く作戦を進めよう。
「臆助君、準備はいい?」
そう彼に尋ねると、親指をグッと突き立てて合図をした。作戦通り彼はここからは無言で行動するようだ。 
「うん、解った。陰山くん! 投げるよ!」
「よし! 行け 」
陰山くんがそう号令すると、臆助くんは無言のままピンを抜き、ガス弾を給気設備に投げつけた。声を出せば力が入り遠く高く投げる事が出来ると聞いた事があるけれど、その準備が必要ない程ガス弾は空高く上がった。給気設備の高さなどゆうに超える高さまで。
そしてガス弾は見事、排気設備の上に乗っかったようで、勢いよく噴射していたガスがあまり広範囲には広がらずにまるで吸い込まれるように排気設備に流れていくのが解った。
「陰山くん! 乗ったよ!」
「よし! 負傷しながらも良く乗せた。さあ臆助、早くしろ! 催眠ガスの煙を警報が感知する前にハッキングして未然に防がねばならん!」
「お……おうッス! 遂に俺っちの出番ッスね!」
任せて下さいッス とガス弾を一発で乗せられた事に対する喜びもそこそこに、臆助くんはその場に胡座をかいて座り込み、陰山くんから私を経由して渡されたジュラルミンケースを自分の前に置き、側面についているダイヤルを何やら忙しなく回し始めた。
「臆助くん、ハッキングはいいとしてパソコンは何処にあるの? それがないとハッキングなんて――ってまさか 」
「そのまさかッス! 流石海野さん! せっかくのお楽しみも、あなたには何も言わずとも直ぐに解ってしまうんスね! それではお待ちかね これが俺の唯一の特技ッス 」
ダイヤルを回し終え、臆助くんがケースの蓋を両手で勢いよく全開に開けると、なんとその中からキーボードとパソコンのデスクトップ画面が現れたのだ! 彼が言っていたお楽しみとはコレの事だったのか……! それにしてもこのケースを開発したのは一体どこの未来人? 色んな物を収納出来たりパソコンになったりと万能すぎる……。
そして彼は指をウネウネと軟体生物のように軽く蠢かせ準備運動させ、両手をホームポジションに置いた瞬間、両指が残像になって何本にも見えるような速さでキーボードの入力を開始したのだ! ウィンドウが次々と矢継ぎ早に表示されて何やら暗号めいたものが臆助君のタイピングスピードに伴い入力されていきデスクトップ画面が大変な事になっていた!
「臆助、あとどれくらいで出来そうだ?」
「この店のセキュリティチョロいっすねぇ! これじゃ奇鬼さんみたいな強盗に這入って下さいって言ってるようなもんスよ! こんなのあと十秒――いや三秒あれば余裕ッス 」
「俺みたいなは余計だ馬鹿。褒めたって何も出ないぞ?」
今の褒めてたの
いやそれよりも何よりも臆助くんのこの特技を目の当たりにして驚きを隠せない。これは特技というよりも十分将来仕事として役立てる事が出来そうな技――いや業だ。
陰山くんとの会話でもその手は一切止まることなくキーボードを打ち続けていた。あれだけの打鍵数でよく腕が攣らないものだ。パソコン入力スピード認定試験ならば余裕で五段くらいは合格できてしまうレベルだろう。商業系の仕事に勤めている人達も涙目だろう。
そして臆助君は宣言通り、三秒経った後エンターキーを押し、ケースを閉じたのだった。「これで終了ッス! 奇鬼さん、店内の様子はどうッスか 」
「…………」
恐らく今頃、店内は催眠ガスの煙に包まれ、中にいる店員さん達は突然の睡魔に襲われ眠りに落ち、監視カメラが機能しなくなっていることだろう。後は臆助君のハッキングが上手くいっていれば、警報は鳴っていない筈……私達は静かに景浦君の返答を待った。
「ウム……! 催眠ガスが充満しているが警報は鳴っていない! 突入する 」
と彼が店内に侵入しても安全だと確認すると、ガラスの割れた音がイヤホンから聞こえてきた。恐らく硝子の扉を割って侵入したのだろう。余計な被害は増やさないで欲しい。
「臆助、警報はどれくらい止められそうだ?」
「さっきも言ったッスが、この店の警報器の型が結構古い物だったんでいつもより長い時間止められた気がするッス! 時間にして一分半くらいッスかね」
「それだけあれば十分だ。お前らは今すぐこの場から離れろ! アパートへ帰るんだ!」
「陰山くんは 」
「私の心配などしている暇があるのか サッサと逃げろ! 作戦会議でも話しただろう! 『石橋は叩き過ぎて壊す』ものだとな!」
その造語に関してはイマイチまだ理解しきれていない部分があるのだけど、言いたい事はとにかく伝わった。
「海野さん! 奇鬼さんなら大丈夫ッス! 俺っちたちの今出来る事は、捕まらないようにこの場から逃げ果せて、無事にアパートへ辿り着く事ッス! さあ行くッス!」
と、私達はイヤホンマイクとガスマスクを外しアタッシュケースの中に無理やり詰め込み、先に逃げろとは言われたものの、作戦で決まっていたとはいえ、それでも陰山くんが心配で後ろ髪を引かれる思いではあったけれど、臆助君に手を引かれる形で私達は、『石橋を叩き過ぎて壊す』程周りを警戒しながら、西之岬アパートへと帰ったのだった。
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