高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第28話 敵情視察

 用意が周到過ぎる。
 私が彼の姿を見失ってから衣料品店で合流するまでの空白の二十分間で彼は私がこの宝石店に下見をする為に空いた時間を利用して準備していたのだ。

 ここは色々なお店が大型スーパー並みに充実している。だから二十分という短い時間でも彼はこれだけの準備することが可能だったのだ。色々なお店を回っている内にここの宝石店も見つけたのだろう。
 それが彼のいう嬉しい誤算となりあまり急ぐ必要もなくなったという事だ。
 色々な謎が解けてきて私は今更ながら酷く後悔をしていた。私はずっと彼の言いう通り、言われるがまま行動していた。その行為が、犯罪の行う上での手助けをしていたなんて。これを罪悪と言わず何と言う。

 まだお店には這入っていない。今ならまだ間に合う、私は彼を説得する為にお店の裏手にまた戻ろうとした。

「おい、何を勝手に戻ろうとしている? その眼鏡に仕掛けられたカメラからあんたがどういう動きをしているか全て見えているぞ。勝手な行動はするなと言った筈だ。さっさと店に這入るのだ」

 イヤホンマイクからそんな落ち着きつつも怒りを帯びた声が聞こえてきた。
 なるほど、そういうことか……。彼は私がこういう行動を起こすのを予測してお店に入る前からカメラを起動させたのか。完全に逃げ場を失くす為に。
 結局私は彼の言う通りにするしかないのだろう。

 私は再度お店の前まで戻ってきて、覚悟を決めるように深く深呼吸をし、ガラス張りの扉に手を掛け中に這入――ろうとしたらお店の中にいた店員さんらしき人が扉を開けてくれた。
 私はこういうお店には行ったことがなかったのでまさかこんな事をして頂けるなんて思っていなかったので気恥ずかしかった。

 その店員さんに「いらっしゃいませお客様」と言われ私は軽く会釈して返す。
 店内はさほど広くなく店員もさっきの人と合わせて二人しかいなかった。店内にはショーケースに入れられた高価そうな貴金属や綺麗な宝石が陳列されていた。
 学生の身分である私にはとても手が出せない物ばかりである。

「よし、店に這入ったな。それではウインドウショッピングしに来た客を装いつつアンタには探してもらいたい物がある。
 探してもらいたい物は三つ。監視カメラ、排気口、そして警報機だ。それらしき物を見つけたら眼鏡の反対側のヒンジに付いているボタンでシャッターを切れ。ズームの仕方は反対側のボタンはダイヤル式になっているからそれで行え。アップは手前に、アウトは奥に回せ」

「カメラの映像なんだけど、私には見えないのだけれどどうしたらいいの?」

「それも俺が指示を出す。それだと思われる物を見つめ続けろ。……あとあんたは極力声を発するな。独り言をしている可哀想で危ない客だと思われてはそれはそれで敵わん」

 一言余計だったような気がするけれど確かにそう思われるのは別の意味でややこしい。
 私はお店にある宝石類を見物しながら彼に言われた探し物を探し始めた。彼の指定した探し物は全て天井にありそうな物ばかりなので私は必然的に天井を見上げなければならない。宝石店にきて天井を見上げる客程怪しい人はいないのでそれこそ慎重に行動した。

 天井と陳列された宝石を交互に出来るだけ眼球だけを動かし見合わせ漸く監視カメラらしき物を見つけ、彼に言われた通り見つめ続ける。

「まだちょっと判りにくい。もう少しズームアップしてくれ」

 そう言われてヒンジにあるボタンのダイヤルを手前に少しずつ回す。ダイヤルが小さくて少し回しにくかったが何とかズームアップに成功したようだ。

「よし、そこだ。これは間違いなくカメラだ。ズームアウトしてどこに設置してあるか解るようにシャッターを切れ」

 ダイヤルを奥に回してからボタンを押しシャッターを切る。音が出ないのでちゃんと撮れたかどうかは解らないが、彼は「ウム、良く撮れてる」と褒めてくれた。犯罪の手助けをしていなければ素直に喜ぶことが出来るのだけれど。

「さっきズームアウトした時画面の左端に排気口の蓋が見えた気がする。そこに視線を移してみてくれ」

 視線を移すと彼の言った通り排気口があった。また彼の指示通りにカメラのズームを巧みに操り排気口の蓋とその位置を把握できる写真を撮った。すると彼はこんな指示をしてきた。

「よし、最後の警報器を探すのは一旦止めて、店員にこの店で一番高価な物が何処に置いてあるか訊け」

「………?」

「ほう、何故だと言いたそうだな。だが今は私の指示通りにしろ、この忠犬海公が」

 人を死んだ飼い主の帰りを東京の渋谷駅の前で九年間待ち続けた秋田犬みたいに呼ばないでほしい。
 私は人間だ。普通の女子高生だ。何でこんな事をしなくてはいけないのだろう……。

 まあ、先ほどから天井ばかり見つめて怪しまれそうになっているので丁度良かった。彼が何を企んでいるかはさて置きカウンターにいる店員さんに訊いてみよう。

「あの、済みません。お尋ねしたいのですが、このお店で一番高価な物はどちらでしょうか?」

「はい、こちらのカウンター近くのショーケースに陳列させていただいております。いかがですか? こちらのペンダントの宝石は透明度が高く純度も最高。他にも十八金、プラチナ、こちらに並べてある物は全て最高級品です」

「へ……へえ~へへへへへ……、そうですかぁ、ありがとうございます。では、引き続きちょっと他の品も拝見させて頂きますので失礼します……」

「はい、ごゆっくりどうぞ。しかし付かぬ事をお聞きしますが、何かお困りですか? 先ほどから戸惑われているようですが……」

「は、はい! このようなお店に来るのは初めてでして……お気遣いなく……!」

「そうですか。ですがお困りの際は気軽にお尋ねください。出来る限り対応させていただきますので」

「あ……ありがとう……ございま……す……。ハハハ…」

 もう笑うしかなかった。カウンター前にあった宝石の値段を一瞥した時思わず身震いがするほどの値段だった。あそこのカウンターにある物だけで私の抱えている借金返済出来るのではないだろうか? それよりも店員さんにやはり不審がられていた。早くやることやってここを後にした方がよさそうだ。

「全く……言葉がしどろもどろだったではないか。あの言動だけでも十分警戒されてしまう。さっさと警報機見つけて戻って来るのだ雌犬」

 彼も私が喋れないのを良いことに言いたい放題だし、早く見つけないと。
 しかし天井を観察してみてもそれらしき物は全く見つからない。監視カメラが三台と通気口が四つ(途中で彼の指示で残りのそれらも撮るように促された)あるだけでそれ以外であるものは店内を照らす蛍光灯くらいだ。

 天井は一通り調べつくしたので私は所在無く辺りを見回してみた。すると景浦君が何かに気付いたようでこう指示を出した。

「おいアンタ、関係者以外立ち入り禁止と注意書きされている扉の近くの壁に機械的な何かがあった。そこを見つめ続けろ」

 言われた通りにその扉を見つけその近くの壁にあるという機械的な何かを探す。するとそこには、如何にも音が出そうなスピーカーらしき物が壁に付いていた。ダイヤルを回しそのスピーカーにカメラを近づける。

「フム……、どうやら……これで全て見つかったようだな……。よし、引き揚げろ」

 そう言われ私は漸くほっと安堵する。何度店員さんに不審な一瞥を投げられたことか。宝石店に這入ってきた時と同じように扉の前にいる店員さんに扉を開いてもらい、私は宝石店を後にしたのだった。

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