高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第26話 荷が重い依頼内容(?)

――お金を貸してほしい……。
 親しい友人なら未だしもほぼ初対面の人に対して言うにはかなり抵抗のある言葉だった。しかしそんな相手に対して土下座をしてまで頼まなければならない状況に彼は陥っている事に私は同情の気持ちを隠せずにはいられなかった。

「ねえ頭金くん。あなたがとても困っているのは分かった。けれど、もう少し詳しく話してくれないかな? お金の問題になってくるとそんなに簡単には解決することなんて出来ないから、それなりの理由を教えてくれないと私達も協力出来ないよ。教えてくれる?」

「ううっ……、海野さん……。分かった……逐一話しましょう。どうしようもない空手バカの情けない話をね」

 そして頭金くんは涙で濡れた顔を拭い、赤裸々に私達に事情を話し始めた。

 ……どうでもいいけれど陰山くんの本名を呼んでしまった事に関して頭金くんは何も言ってこなかった。安心安心……さあ、話を聞こう。

「山田はどうかは知らないけれど、海野さんはご存知の事だとは思う。俺の所属している部活――四髙高校空手部は毎年全国大会に出場するほどの強豪です。俺はスポーツ推薦でこの高校に入学して、憧れの四高校の空手部に入部することが出来たんですよ」

「へぇ~、頭金くん凄いね。ここの空手部、スポーツ推薦や特待以外での入部は断ってるみたいだし、仮にスポーツ推薦で入学しようとしても相当倍率髙いらしいから、相当努力したんだね」

「へへっ、海野さんに褒められるなんて……歓喜を通り越して恐縮の至りだ」

「…………」

 私の後ろでは陰山くんは話を聞いているのかいないのか、さっきからずっと黙ったまま一言も喋らない。しかし頭金くんはお構いなしに話を続ける。恐らく彼は陰山くんにではなく私に話をしているのだろう。陰山くんのことをちょっと気の毒に思ってしまった。

「それまでは良かったんです。実は当時、入部してから解ったことなんだが、うちの空手部は毎月部費を払わなきゃならないんです。その部費が一高校生から見ればとんでもない額で……、今まで何とか部費を払うことは出来てたんだけど、今月分の部費が払えそうもないんです。しかも顧問は今月分を今月中に払うことが出来なかったら、三年と言えども退部してもらうと言ってきた。無茶言いますよ、この高校はアルバイトが禁止されてるから金を稼ぎたくても稼げないし」

「お母さんとかに相談してみたら?」

「それが出来たら苦労しませんよ。これは家庭の事情だからあまり人に話したくはないんですが、海野さん、あなたになら話してもいいかもしれない。実はうち、家計がかなり苦しくて、学費は払うだけで精一杯、その日暮しだって当たり前なんです。勿論部費のことは両親には話してないですし、今までの部費も今まで貯めてきた小遣い掻き集めて何とか払うことが出来きてたんです。俺の行きたいところに行けばいいと送り出してくれた両親にこれ以上苦労させるようなこと、させたくないんです……!」

「頭金くん……」

「俺は頭が悪いから! 空手しかないんですよ……! 辞めたくないんです……! だから、俺は恥を承知で中学時代の知人を何人か頼ってみたんですが、結果は皆同じ。そんな大金貸すことなんて出来ない、若しくは持ってないのどちらか一方でした。途方に暮れて町を散策していたところ、電柱に貼り紙がしてあって、藁にも縋る想いでした。そして、現れたのが海野さんと山田だったんですよ……」

「…………」

 私の想像以上だった。部費を払うことが出来ないだけで頭金くんの人生が脅かされようとしてるなんて、私の初仕事としては非常に荷が重すぎる。仕方のないことだけれど、私は彼の家庭の事情も知らないで生意気にも物言いをしてしまったし。
 委員長としても助手としても私は立つ瀬がない。

「だから……、海野さん、山田。この通りだ! 今月分の部費だけでいい! あと引退するまでの残りの部費は自分で何とかする! 借りた金もちゃんと返す! 利子だってつけていい! だから今だけ! お金を貸してくださいお願いします!」

 精一杯、誠心誠意、力のこもった土下座だった。思い切り額を地面に打ち付け、その額からは血が滲み出ていた。頭金君は私に対してお願いしたつもりだったのだろうけど、今の私にはその権限を持ち合わせていなかった。だから、私は後ろを振り向き、こう言った。

「鈴木君、何とか出来ないかな?」

 陰山くんに対してそう頼み込んだ。そして今までだんまりを決め込んでいた景浦君が漸く口を開き、やや皮肉めいてこう答えた。

「何を話すかと思えば、両親に? 迷惑を? かけたくないだと? 典型的な孝行息子と言ったところか。間怠っこい事を長々と話して……。
 要約すると金が欲しいのだろう? そんなもの、貸してくれなんてケチ臭いこと言うな。いくらでもくれてやる!」

「えっ 」「何ィィッ 」

 私と頭金くんは目を見開き、互いの顔を見合わせた。

「そ、そんな事は出来ない! 分かってるのか  まだ金額こそ提示していないが、その額はとんでもないぞ! 学生の身としてはな! その金をお前はくれると言うのか 」

「別に構わぬ。私は借りを作るのも作られるのも嫌いなのだ。だからくれてやる。何だったらこれから引退するまでの部費もくれてやってもいいくらいだ」

「ええぇぇ~~? マジで言ってんのか……、お前?」

 二年間分の部費まで払ってもいいだなんて太っ腹にも程がある。いや、それ以前に彼の蓄えにそれだけの金額があることにも驚きだ。仮に月に部費が一万円くらいだとしても確実に四、五万は払わなくてはならないことになる。私にそんな蓄えは勿論ない。

「お前、携帯は持っているか? 二日で工面しよう。纏まった金が手に入れば連絡を入れる」

「二日で  にわかには信じられないけど、お前の言う事を信じるしかない。頼んだぞ山田!」

 ん? 工面? 今彼は工面すると言った? え……、景浦君、今ここで渡さないの?

 そんな疑問を持っている内に二人で話は勝手に進められ、頭金君は去っていった。私は頭金くんが完全に去ったのを確認して恐る恐る彼に訊いてみた。

「あの……、陰山くん? 今ここでお金渡さないの? それに工面するって……」

「そのままの意味だ。時間が無い。さあ、行くぞ! 久しぶりに忙しくなってきた」

 と彼は言い、生き急ぐかのように走り出した。私も遅れを取らないように必死に彼の後に付いていく。そして私はまだ彼の言葉の意味が理解できていないので、息も切れ切れでこう尋ねた。

「陰山くん……! ハァ……ハァ……、一体何処へ行くの  何を企んでいるの 」

「下見だ。それと諸々の準備。喜べ、今から行くところにアンタに助手としての重要な任務を与える。良いから黙って今は付いてくるのだ」

 彼の走る速度は遅くなるどころかさらに早くなる。息も切らしていない。ランナーズハイにでも入っているのだろうか。私は言われるがまま彼の後を付いていくことしか出来なかった。そしてその途中で彼の姿を見失ったのは言うまでもない。
 

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