高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第13話 裂帛

 山田光くん改め、陰山奇鬼くんが転校してきて、私が彼の助手になってから五日が経過した。

 と言っても、彼がちゃんと学校に登校してくるのは今日を合わせて二日目である。まだクラスメイトとは打ち解けていないし、学校のどこにどのような場所があるかすら分からないだろう。
 
 彼には改めてその事は話そうと思っていた。

 ああ、余談だけれど、彼が依頼で盗ってきたダイヤモンドは、「一億円を受け取るまでこいつをやる事は出来ない」と言って彼が預っておくことになった。

 ただ、返済をし終えたところで、そのような物を受け取る気など私にはさらさらないのだけれど。

 第一そんなものを持ち歩いていたら(持ち歩けないだろう、あんな大きな物……)まるで私がダイヤを盗んだ犯人だとアピールしているようなものだ。

 これ以上冤罪を被るのはゴメンだ。仮に返済できた暁には彼にはっきりと断っておこう。

 それにしても、もうすぐで予鈴が鳴るというのに、陰山くんはまだ登校してこない。
 昨日、明日はちゃんと登校すると言っていたので、来てくれると信じているのだけれど。

 クラスメイトたちは何人か席に着き始め、一時間目の授業の用意をしていた。

——その時、まだ席に着いておらず廊下でたむろしていた男子生徒たちが驚きの声を上げた。
 その声に私は反応して廊下を見たが、何が起こったのか何となく把握できた。

 彼が——陰山くんが来たのである。私の目にはもう慣れっこだが、その他の人たちにはまだ刺激が強いであろうあの黒ずくめの格好でやって来たのだ。

 確かに、あのような威圧感ある真っ黒な服を着た人が視界に入ってきたら、それは声をあげたくもなるだろう。

 慣れっこだと言ったものの、昨日見た帽子の陰から覗く視線。
 凍り付くような冷たさと、ナイフを目の前に突きつけられたような鋭さは今でも忘れられない。
 慣れるには時間が掛かりそうだ。

 彼は驚く男子たちなど意にも介さず教室へと入ってきて、席に着いた。
 と同時に予鈴が鳴った。先生が来るまでまだ少し時間がある、例の件を彼と話すことにしよう。

「おはよう。陰山く——」

 まで言おうとした時、私はハッとした。
 先程から彼のことを本名の方で説明していたので、つい口に出てしまったのだ。

 すんでのところで私は気付いてよかった。
 
——と、思っていた時期が私にもあったと思えた、というか思えたのかすら分からない。ほんの刹那も刹那の時間だったから。

「貴様ぁ ︎ その名で私を呼ぶなぁ ︎」

 私の挨拶をかき消すほどの大声を前触れもなく発したからである。落ち着いた印象のある彼の声を聞いているので尚更である。
 教室どころか廊下にまで響き渡ってそうなその声は、渡部先生もたまに大声を上げて生徒を指導する時があるけれど。
 例えるなら、渡部先生が蚊の羽音で、陰山くんの今の声は近くで雷が落ちた時の轟音のような感じだった。

 それを私は真正面から受け止めたのだ。
 不格好に仰け反ってしまったよ……。

「ビックリした……心臓に悪いよ……」
「うるせえな……朝っぱらから……」
「急に来たと思ったらこれかよ……」

 一瞬の静寂の後、一部の生徒たちが口々に彼を罵るような声が聞こえて来た。
 未だに驚きで開いた口が塞がらない人も何人かいたほどだ。

「ちょっと……! 陰——山田くん! あんな大声急に出す? みんなびっくりしてるじゃない」

「アンタが私の本名を呼ぼうとしたからだろう。こいつらに聞かれない為に咄嗟にとった方法だ。私とてこの判断は誤りだと思っている……」

 小声でそんなやり取りをしていると、クラスのみんなが怪しそうにこちらに注目してくる。
 思い込みかもしれないけれど、あんたが原因かと言わんばかりの睨みがきいている。
 そんな視線が無数の荊棘いばらの如く突き刺さる。
 痛い……いったい……、
 なぜ私がこんな目に遭うの……。

 やがて、血相を変えた先生が教室にドタドタと入ってくるのは、あと数秒後のことなのだけれど、本当の修羅場はここから始まることを、私はまだ知らなかった。


 

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