高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第11話 提携

「………………」

 私の言葉からおよそ一分くらい経っただろうか。 彼は未だに沈黙を続けている。

 何か考え事をしているのか、彼に背を向けている状態なのでそれは分からない。未だ緊張の糸を切らすことはできない。

 と、考えていたその時。突然として、後頭部からの重圧がふっと消えた。彼が拳銃を下ろしたのだ。

「そうだな。アンタもまだ高校生だ。死ぬには時期が尚早だ」

——え……? 助かったの?

 そう思った瞬間に緊張が解け、全身の力が抜けて私はその場に座り込んでしまった。

「私は借りを作るのが嫌いなのだ。金が払えぬ者、もしくはあてのない者に期待するだけ無駄だからな。だからこうして殺そうとしたのだが、一つ確認だ。
 アンタ、何でもすると言ったが、その言葉には嘘偽りはないな?」

「それは信じて欲しい。この命見逃してもらえるなら、何だってします」

 話の流れで口にしてしまったとはいえ、嘘だと言える状況でもない。いや、決して嘘を言った訳ではないのだけれど。

「そうか。さっき考えていたのだが、交換条件を提示することにした。私はもちろん、アンタにもメリットのある話だ」

 交換条件……か。いったいどのような対価を要求してくるのだろう。
 割引するとか言いながら一億円を請求してきた人の提示する条件なんてあまり受け入れたくはないのだけれど。

 そして彼の言う交換条件は、次の通りだった。

「アンタには、俺に一億円を返済してもらうために、私の仕事の手助けをしてもらおう。但し、アンタが学校を卒業するまでの一年間——それまでを期限とする。
 それまでに返せなければ、アンタに死んでもらう」

 交換条件の落差がすごい。
 とどのつまり、彼が言うには、お前は執行猶予が与えられた囚人も同然というわけだ。とんだ冤罪である。

「それは、大丈夫なのかな? 私には「アンタには共犯者になってもらう」って言われているような気がするのだけれど」

「人聞きの悪いことを言うな。私が今回みたいな大事を毎回すると思っているのか? 確かに私は依頼遂行のために手段を選ばぬが、それはクライアントの依頼内容次第だ。 それに何でもすると申した筈、アンタに拒否権など皆無よ」

 大事になっているという彼の開き直った発言は一旦触れないで、ここで話を整理してみよう。

 彼はお金が払えなかった私を一度殺そうとしたけれど、交換条件をのむならばということで一命を取り留めた。

 その条件とは、彼の助手となり借金を返済することだった。
 つまりそれは、彼の犯罪に手助けをするということでもあり、共犯者になるという事だ。

 犯罪だとよく検討もせず勝手に決めつけるのは良くないかもしれないけれど、概ねその通りだと考えておいていいかもしれない。
 たけど、それを断る権利は私にはない。仮に断ったとしても、どちらにせよ私は殺されてしまうのだから。
 
 彼の条件を、のむしかないのだろうか。

「一つ質問を。その収入は依頼で受け取ることになるんだよね? ということは、依頼が来ない限りは収入を得ることはできないの?」

「当然。依頼が来なければ金は入ってこない。下手をすれば一ヶ月……、もしかしたらアンタからの依頼が最初で最後になってしまうかもしれないな」

やはり完全歩合制。収入が入るか入らないかはあの貼り紙を見た人の行動次第ということになる。
 しかもバイトの時給のように決まった金額ではなく、彼がその過程での苦労度で依頼料を決めるらしい。

 でも考えてみれば、彼の元にいれば、割と簡単に一億円は貯まってしまうかもしれない。
 ここからは完全に推測の話になるけれど、彼は今回だけでなく、犯罪紛い(というか犯罪)のことをするに決まっている。

 金銭的な犯罪を犯す場合、必ずと言っていいほど大金なることが多い。
 そしてその見返りとして請求する金額もかなりの量を請求するはずだ。
 依頼者が払えるか払えないかはそこは考えないものとして、一回の依頼で入ってくるお金の金額は計り知れないだろう。

 決めた——彼の条件をのむことにした。
 というか、最初から選択肢などないのだが。

「分かったわ。あなたのお仕事、私に出来ることがあるなら、何でも手助けするよ」

「うむ、交渉成立だな。だが、念のため誓約書を書いてもらおう。死ぬのが怖くなって逃げ出されては困るからな」

 そう言うと彼はジュラルミンケースから白い紙を取り出し、手書きで誓約書を作成しだした。
 そんなに私のことが信用ならないのか? 少々心外である。

 そして渡された誓約書の内容が、

『誓約書 私、海野蒼衣は山田光氏に対して一億円もの借金を負ってしまい、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本来殺されてもおかしくないところを、彼の慈悲深い心で彼の仕事の手助けをすることを条件に助けていただきました。
 私はそんな彼の恩に報いるべく、一億円の借金を全身全霊をもって責任を取り、全額返済することを誓います』
 
人権などどこかへ置いてきたような内容の誓約書であったけれど、とにかく私はサインをして彼に渡した。

「うむ、確かに頂いた。これで私とアンタは一連托生というわけだ」

「縁起でもないこと言わないで。絶対にあなたに一億円返済してみせるんだから」

 と強く反発はしたけれど、改めて思うと一億という数字、金額はとてつもなく多く重たいものである。
 少なからず、軽く口に出してよい額ではない。

 誓約書をケースに入れ、ロックしたことを確認した彼は、おもむろにこう言ってきた。

「そうだな、一つテストをしよう。我々の関係は今より絶対に秘密だ。アンタがその秘密を守れるかどうかだ」

「テスト? 秘密? あなたが仮病であることは誰にも言わないってば」

「それは言わずもがな。それよりももっと厳守してもらいたいことをアンタに教えよう」

 もともと彼の素性がほとんど謎だらけなので、何が本当で何が嘘なのかまだ何も分かっていない状態で秘密も何もない気がするけれど。
 ただ、最初から彼が全て本当のことを語っているとは思ってない。それだけだ。私が彼に感じているのは。

 けれど、これから彼が語る秘密——即ちそれは真実。
 これは紛れもなく信用してもいいことだ。

 互いが互いに信用を得るための第一関門だ。

 そして彼の口から、その内容が告げられた。

「私の名前を教えよう。私の本当の名前を、な」

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