愛した人を殺しますか?――はい/いいえ

@yumetogi_birt

第53話 ‎シルクハットな少女 #R

 昨夜メアリたちと話して、その次の日の夜。
 俺はアゴールのよく行く通りは大体覚えた。だから一人で街に出かけて、今はその帰り道だ。時間は18時くらいだろうか。

 街灯が少ないせいで、地球よりもずっと暗い。俺が歩いている通りは、かなり人通りも寂しくなっていた。たまに街灯の下を通ると自分の影がゆっくり伸びて、そして消えていく。
 そんな様子をなんとなく見ながら、俺は足を早めた。男を襲うやつなんていないとは思うけどさ。

 魔法の方は、宿でもけっこう練習している。時の属性を使えそうな気配はないけど、他の属性の人間がよく使う魔法は大体出来るようになった。
 でも魔法の何が難しいって、結局はその時の判断力なんだよな。どんな魔法を使えば一番効率よく倒せるか、っていうか。だからやっぱ、魔物と戦ったり人と戦ったりしないとダメだよなー。冒険者ギルドと海賊ギルドには、両方とも登録を済ませた。だからいつか、ギルドのクエストとかやってみたいな。
 本当の戦いはしていないけど、アイロスの爺さんとは練習がてらに戦ったことがある。爺さんは強くて、俺の魔法をほぼ相殺するような感じで戦っていた。あの時は勉強になったな。


 次の通りを曲がれば宿が見えてくるはずだ。その時、目の前にふっと女の人が現れた。

「ヤアヤア、こんばんは」
「え? お、おう。こんばんは」
「君、なかなかいい匂いしてるネ。美味しそう」
「は? いや、どういうこと?」
「チョットいただくことにするネ。ダイジョーブ、痛くない痛くない……」

 その女の人が手をかざすと、俺は意識が朦朧もうろうとし始めた。彼女の笑みがとびきり可愛く見える。でもその前に、瞼が酷く重くなって────。

「あれ~。なんで~」



 ◆◆◆



 頬に違和感を感じて、俺はゆっくりと瞼を開けた。知らない天井だ。ここ、どこだ?
 そういえばなんだかかわいい女の人に声をかけられて、それで眠くなって倒れたんだっけ……。

「起きた~? ゴメンゴメン。君、全然魔法の耐性がないんだネェ」

 俺の顔を覗き込むのは、かなり不思議な雰囲気の女の子だ。
 髪の毛は薄い緑色で、毛先に従って徐々に銀色に染まっている。髪の毛は長く、カールはしてないけどふわっとした感じだ。腰まである。斜めに流れる前髪が、左目だけ隠している。顔はかなり色白。
 ちょっとおっとりした顔で、少しだけタレ目がち? 赤い瞳は大きいけど半開き。眠そうだ。

「えっと……君は……?」
「ハハッ。普段なら自己紹介なんてしないんだケドネ~。まァいっか。僕はミティリイル。ヴァンピールだヨ~。さっき君の血、チョット拝借させてもらったネ?」

 俺はぎょっとして身体を起こした。そしてもう一度、彼女をまじまじと見た。
 ミティリイルは、身長はおそらく160くらい。シルクハットみたいな薄紫色の帽子を被っている。そこに大きなピンク色のリボンがついていて、その上もレースやら何やらで装飾がついている。まるで不思議の国のアリスとかに出てきそうな感じ。
 服は少しゴスロリっぽい雰囲気もあるけど、「ゴス」ってより「不思議系ロリ」? 胸の真ん中に、これまた薄緑色のリボンがあって、そこからぱっくりと割れたようなデザインのワンピースを着ている。

 そして驚いたことに、彼女はお尻から白い猫みたいな尻尾が生えていて、耳にも大きな白い猫耳が付いている。
 ──つまり何が言いたいかというと、彼女は絶対ヴァンピールじゃない。ヴァンピールがこんな眠そうなはずがない。もっとセクシーなお姉さんじゃねえの?!

「その……嘘か?」
「嘘? 本当だヨ~。信じてくれないノ? じゃあお腹空いているし、またいただこうかなァ」

 ミティリイルはそう言うと、俺の寝ているベッドに足をかけた。そして俺をぽんと押してまた寝かせる。ニコリと笑う。といっても眠そうな顔でできる精一杯の笑み。彼女はゆっくりと口を開ける。真っ赤な口の中で、ギラリと牙が光った。

「それジャア、いただきマース」

 ミティリイルはそう言うと、そのまま俺に覆い被さってくる。
 ──そして、俺は首を噛まれた。


 もちろん抵抗することも出来た。でも女の子に押し倒されるなんて経験……、そうそうできないだろ……?
 そりゃロゼリィのことも好きだけど! でも彼女は最近俺のことを避けているみたいだし、たぶん彼女も恋愛はしないのかもしれない……。
 俺は徐々に、諦めモードに入っていた。ぶっちゃけ最初から無理だとは思ってた。だって高嶺の花だぜ、ロゼリィ。

 頭の隅でそんなことを考えてもいたけど、実際は今、心臓がバクバクだった。だって俺の胸にミティリイルの柔らかい胸が当たっているし、息遣いは真横で聞こえるし、しかもこれ、気持ちいい……。
 俺はさらに抵抗する気が失せてしまって、そのまま彼女に身を委ねた。

「んッ……はァ。これくらいで、いいカナァ……。んんッ……」

 頼むからやめてくれ。ちょっと俺の下半身が……。その……。まさかミティリイルに気付かれてないよな。俺は密かに腰を動かした。
 ミティリイルはまだ吸っている。吸われても、全く痛くはない。それよりもなんていうか、全身が痺れてきてぼーっとしてくる。それで宙に浮いた感じでフワフワして、吸われているところは敏感になっているのかかなり気持ちいい。本当に。


「ッはァ! おしまいネ。美味しかった~。アリガト。これで本当にヴァンピールって分かった~?」

 彼女はあろうことか、俺の腰の上に座ったままそう言った。早くどけよ!──とは言わなかった。
 喋っている口をよく見ると、その中で尖った牙が見え隠れしている。赤黒い瞳も、たしかにヴァンピールらしいといえばらしい。
 俺の中のヴァンピールの女の子ってこんなイメージじゃなかった……。こんなんじゃなかったけど、これはこれで、かわいい。

「おう……。信じなくてごめん。ちょっと見た目の雰囲気が違すぎてさ」
「ソウ~?」
「そもそも、なんで猫耳を付けているんだ?」
「あァこれネ。僕ケットシーの獣人ジューマに憧れているんだ~。かわいいジャン。だからそれの真似だヨ」

 獣人はたしか、魔物で依授いじゅされた者のことだ。たしかにケットシーの獣人はかわいいよな。このミティリイルも十分かわいいと思うけど。


 ミティリイルは俺の上に座ったまま、コテっと首を傾げた。

「えっとォ~。君の名前は?」
「俺は怜苑れおん川戸かわどだ。人間だ」
「うんうん、分かるヨ~。ダッテ人間じゃなかったら血を飲まないからネ~」
「たしかにそれもそうか。いや待って、そうだよ。なんでいきなり襲われたんだ?! 俺」
「違うんだヨ~。いつもなら、その場でちょっと魅惑魔法をかけて、パパっと飲んで、そのままバイバイってするノ。でも君が倒れちゃうからさァ」
「そういえば俺に魔法耐性がどうとか言ってたな……」

 俺は下から彼女のことを見上げた。重くはないけど、さ……。なんだかイケナイことをしているような気分になる。
 彼女の服はさほどセクシーなわけじゃないが、例のど真ん中のリボンの上から覗けば、たぶんアレが見える。そう、谷間。でも今は上に乗っているせいで見えない。その代わりというかなんというか、下が際どい感じだ。タイツだしワンピースだし……。
 もうちょい、もうちょい──って俺何してんの?!

 胸はけっこうデカい。ロゼリィさんほどじゃないから、うーん、Dくらいかな。ヴァニラくらい。
 可哀想にメアリよりは大きいな。人魚ってほぼ裸同然なのに、割かし小さめのメアリって、ちょっと同情するわ。こんなこと口が裂けても言えねえけど。


 ミティリイルは眠そうな瞳をパチパチ瞬きながら言う。

「ん~とネ。魔法耐性がないっていうのは、魅惑魔法や状態異常にほとんどかかったことがないってことだヨ」
「言われてみれば、俺そういうのかけられたことないや」
「じゃあ僕が君の処女を奪っちゃったんだネ。ハハハ~」

 処女……ね。女の子からそういう言葉を言われると、ちょっとドキっとしてしまう。
 ミティリイルは頭のシルクハットをきゅっと押し込んだ。さっき血を飲んでいる時にズレてしまっていたらしい。そしてミティリイルは、ようやく俺からどいた。ベッドからぴょんと飛び降りる。

 俺も身体を起こして、辺りを見渡した。どうやらここはどこかの宿屋みたいだ。彼女の家の部屋にしては物が少なすぎる気がする。
 俺が今泊まっている宿屋と同じく、木の机と椅子、小さな窓がついている。床に彼女の荷物が散乱している。
 あれは──槍?


「レオンだっけ? どこから来たノ?」
「あー」

 海賊って言っちゃっていいのかな。一般人にはどう思われてるんだろう。ヴァンピールは人間じゃないし、セーフ?

「海賊船で、ちょっと……」
「海賊船? レオンは海賊なんだァ。なかなかイカしてるネ」

 よかった、一応好感触みたいだ。
 ミティリイルは、ふんふんと頷きながら俺のことを見ている。イカしてると言っているわりには、顔はずっと眠そうなままだ。そして、腰に刺さったカトラスの方に視線を向けた。

「あぁ、これ? 俺はまだ新米だから、全然カトラスは出来ないんだよ」
「そっかァ~。いつか戦っているところとか見たいナ。ちなみに僕はソロの冒険者なんだ」
「一人なのか? 誰かとやらないの?」
「ウーン。パーティは組みたかったけど、ヴァンピールだとなかなかネ」
「ヴァンピールって人間に嫌われているのか?」
「ン~。微妙なところかなァ~。好きな人も多いんだけど、好きな人が苦手なんだヨ、僕。眷属にしてーって言ってくるからサァ」
「そういえばヴァンピールの血を飲むと眷属になるんだっけ?」
「ウンウン。その話してもいいけど、帰らなくていいノ~?」
「あ! そうだった。ごめん。また会えるかな」

 そう言いながら、俺はベッドから立ち上がった。ミティリイルは部屋を歩いて扉の方へ向かう。

「会ってもいいよォ。あんな魅惑魔法で倒れちゃう人間なんて、久しぶりだしチョット面白かったからネ」

 ミティリイルは部屋の扉を開けた。そのまま廊下へ出る。俺を外まで送ってくれるみたいだ。
 今更だけど、ミティリイルはどうやって俺のことを運んだんだろう。全然力は強そうに見えないし、ヴァンピールってそんな能力もないよな……? 魔法かな。なんか想像するとかなりシュールだ。



 ミティリイルは、俺が彼女に襲われた辺りまで送ってくれた。靴は薄緑色で、先がくるんと丸まってる。どこかの妖精みたいな靴だな。見た目はほんと、不思議な感じだ。

「じゃあ、またネ~。まだまだ宿にはいるから、いつでも来ていいヨォ。血の提供、待ってる~」
「お、おう」

 俺はちょっと笑って、彼女の方へ手を挙げた。ミティリイルはゆっくり小さな手を振っている。そのあと、タタタッと駆けて道の角に消えていった。
 彼女の宿の場所は覚えた。明日か明後日にでも、また訪ねてみよう。

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