愛した人を殺しますか?――はい/いいえ

@yumetogi_birt

第43話 愛と恋 前編 *

 『13人と依授いじゅ』の宿屋で、ラムズとロゼリィは会話をしていた。
 何も食べていないのはさすがに不自然かと思い、二人は赤ワインを頼んでいた。それをゆっくりと飲みながら、話を続けている。


 ロゼリィは頬に手をあてて、小首を傾げた。

「それで……。わたしには愛について聞いくために?」
「ああ、そうだ。愛といえばあんたしか思いつかなかったからな」
「愛について語ればよろしくて?」
「まあとりあえずそれで頼む」

 ロゼリィはほうっと息を吐いて、物憂げな表情をする。彼女は椅子に座り直す。ロゼリィの絹のような金の髪の毛がさらさらと流れていく。
 はかない唇を動かして、玉の転がすような声でロゼリィは語り始めた。

「そうですね……わたくしの思う愛は、まずありのままをお互いが受け入れていること。そして一方通行ではないこと、これが大前提です」
「ありのままを、か」
「ええ、そうです。よく人間の恋人同士で、『俺を愛しているなら分かってくれるはずだ』とか、『私を愛しているならこうしてくれ』とか、そんな話を聞きます。ですがこれは愛ではないのです。そう言っている側も、そして言っている側が愛でない時点で、その相手側も」
「でも愛しているなら、相手のために頑張るんじゃないのか?」
「いいえ。愛ならば、お互い頑張る必要はないのです。ありのままで過ごすことができる関係、それが愛なのです。愛を理由にして相手を変えようとしたり、愛を理由に自分を変えるのは、わたくしの思う愛ではございません」
「なぜ愛を理由に変えてはならない?」
「愛は無償で受け入れるものだからです。愛に見返りはないのです……。誉めてくれたから、育ててくれたから、傍にいてくれるから、頼るとか、愛するとか、感謝するとか、それは違うのです。贈与の関係ではありません。一方的でありながら、両者が同じことを思っている、それが愛です」
「はあ……、なるほど。分かるような分からないような」

 ラムズはゆっくりと言葉を咀嚼そしゃくしたあと、自分の身の回りにある"愛"らしきものについて考えはじめた。
 彼が一番初めに思いついたのは、言わずもがな"宝石"だった。ラムズは、如何なることもできる。そして自分が、永遠に宝石を眺めるためにも。

 ラムズはロゼリィに尋ねる。

「俺の、宝石に対する愛はどうなんだ?」
「ラムズの宝石に対する思いは、愛ではありません」
「え? 俺はこんなに愛しているのに?」

 ロゼリィはゆっくりと頷いた。決して押し付けがましくない言い方で、静かに言う。

「貴方のそれは、ただの執着です。一方的ではありませんか。宝石は貴方に何も与えてはいませんし、貴方を受け入れているわけでもありません。そして貴方は、異常なほど宝石を求めている。宝石のために危険を犯すことや、宝石のために我を失うこと、それは愛とは呼べません」
「なんだと……これは愛ではないのか」
「ええ。少なくとも、わたくしの目指す愛ではありません」

 ラムズは顎を触って考える素振りをする。首をかしげて言った。

「そうすると、お前の"愛"に対する思いも愛じゃない?」
「はい。残念ながら、わたくしも愛を育むことはできませんわ。貴方と同じです。私は愛に執着しているだけ……。私は愛を求めている──ただ"愛"を見ていたい。本当に愛し合っている二人を見つけたい。そういう意味で、愛を求めています。
 そしてわたくしも、見つけた愛が壊れてしまった時、我がもののように悲しむでしょう。そんな姿は、愛ではないのです」
「悲しむのもダメなのか?」
「そうです。愛は受け入れることです。例えば恋人の男女がいて、女が死にそうになった時。もちろん男に助ける術があるならば、助けてもいいでしょう。ですが、身を危険に晒してまで助ける行為は愛ではないのです」

 ラムズはワインを手に取り、眉をひそめた。顔を険しくさせて、疑問を浮かべる。

「えっと……つまり、どういうことだ?」
「愛は、そこで『受け入れる』のです。彼女がもう死んでしまうことを。助けられないことを。自分を犠牲にするのは、愛ではありません。自分を変えているではありませんか。そして受け入れた彼を責めないことも、愛です。
 彼は『彼女の死』を受け入れ、『彼が自分の死を受け入れたこと』を彼女は受け入れる。こうやってお互いに受け入れることこそが愛なのです。
 男は自分の命を大切にする。男は彼女も大切にする、つまり彼女のことを受け入れる。だから仮に彼女が死んでも、男は立ち直り、彼女の死さえも受け入れていくのです。死もまた、その人を構成する一つの要素ですから。これが、愛です」

 ロゼリィの考える愛は、ほとんど起こりえない愛だと、ラムズは思った。そして、そもそも自分が求めている答えはこれなのかと、今更ながら疑問に思い始めた。

 ロゼリィはそのまま話し続けた。

「あとは、見返りを求めないこと。友情や家族愛でも同じです。見返りを求めている時点で、それはもはや愛ではありません。ですが、相手からの愛が無ければ、それは一方的なものになり、それもまた愛とは呼べない」
「見返りを求めはしないが、お互い愛していないとダメということか」
「そうです。自然であらねばならないのです。お互い見返りを求めずに、つまり何も意識せずにただ相手を受け入れている。それが両者で起こっている関係が、愛なのです」

 ラムズはとりあえず頷いた。机の上のワインをなんとなく見やる。

 ロゼリィの話を聞いていると、やはり自分が求めているのは愛ではないと分かった。少なくとも、"彼女"が自分のために身を捨てることができないならば、彼の思惑は達成しない。
 ラムズはそれについてロゼリィに説明した。自分が求めているのは愛ではないと。

 ──、"彼女"から自分へ恋をしてほしいだけだと。


 ロゼリィは表情を曇らせ、少し俯いた。

「はあ、貴方はそんなことを考えていたのですね。それをまさか、愛を求めるわたくしに話すなんて。心が引き千切れそうな思いですわ」
「すまない。だが少なくとも、俺は"彼女"を愛することなんてできない。俺が愛しているのは宝石だけだ」
「分かっていますわ……。そして貴方が求めるそれは、たしかに愛ではありませんね。ただの、『彼女からの執着と恋』でしょう。愛になりきれない、むしろ歪んだ愛のことです」
「歪んだ愛?」

 「はい」、とロゼリィは小さく言う。金色の瞳がぱちぱちと瞬く。ラムズの方をじっと見据えたまま言った。

「恋は、自分と相手を捻じ曲げます。自分の見たいように相手を見、自分の思うように相手との愛を想像する。そして自分なりに考えた『相手が望む理想像』に、自分を近付けようとする。"恋"はあくまで自分のため。もちろん"執着"も。
 自分を磨くことも相手の変化を求めることも、既に"ありのまま"ではなくなっています。私の思う愛は"ありのままである"こと。ですから、恋は愛ではないのです。歪んだ愛なのです。
 私は人を恋に落とす方法は知りませんわ。そんなもの、知りたくもありません」

 ロゼリィがツンとましてしまったので、ラムズは慌てて取りつくろった。そう考えた理由を事細かに説明する。ロゼリィは「それくらいは分かっております。それでも……」と言って少し涙ぐんでしまっていた。


 ロゼリィはつつつ、とワインを口に入れた。そして口直しをして、濡れた瞳を拭く。ロゼリィはにこやかに笑いかけて、ラムズに言った。

わたくしよりも、レオンに聞いた方がいいですわ。恋に関しては、人間の方がずっとよく知っていますから」
「そうか……。ロゼリィ、すまない。俺が無頓着に聞いたせいで」
「いえ、いいんですわ。愛と恋を混同してしまう人はたくさんいますから」

 ロゼリィがそう言うと、ラムズは席を立った。
 そしてラムズは怜苑れおんを呼びに行く。今まで怜苑と話していたメアリは、「まだ妖鬼オニのリューキと話していたいから」と言ったため、ラムズは怜苑一人をこの場に連れてきた。



 怜苑はラムズに呼ばれていぶかしげな顔をするが、ロゼリィも机にいるのを見て、笑みを作る。
 怜苑が椅子に座ったのを見て、ラムズが口を開いた。

「レオン、恋の落とし方を教えてくれ」
「は、はぁ?! なんだよ、いきなり……」

 恋とはかけ離れた存在に見えるラムズから、いきなりそんな言葉が出てきて、怜苑はかなり戸惑った。そもそもそんな言葉自体を知っていたのか、というくらいである。

 怜苑の恋愛経験は豊富な方ではなく、それなりにしたことはあるという程度だった。成功する時もあれば、失敗することもある──ごく普通の高校生くらいの恋愛経験だろう。
 ちなみに彼はキスまではこぎ着けていたが、その先はまだであった。転移した当時は彼女がいなかったが。


「なんでラムズは急に恋なんかを……」
「人間ならば恋について分かるだろ。落とし方も」
「いや……分かるって言ってもそんな。普通だよ。俺だってモテてた訳じゃないし」
「モテテタ?」
「色んな女の子に好かれるってことだ。うーん。そもそも誰を好きになったんだ?」
「誰も好きになっていないが」

 ラムズがそう即答したため、怜苑は再度目をまたたいた。「好きな人がいるから、その子に自分を好きになって欲しい」というわけじゃない……。

 怜苑はさらに、ラムズという男が分からなくなった。そもそもラムズは、女に好かれるように頑張る男にも見えないのだ。それなのに、好きでもない女をふり向かせようとしている──。
 そんな原動力を彼に与えるものがなんなのか、怜苑は検討もつかなかった。否、「宝石に関わることかも」とは一瞬思ったが、それと恋に落とすことがどう繋がるのか分からなかった。

「それってかなりえげつなくないか? 女の子が可哀想だぞ」
「ああ、ロゼリィにもそう言われた」
「ほらな! なんでそんなことするんだよ!」
「それは言えない」
「なら俺も言わないよ。そんなの協力したくないし」

 怜苑はある程度は男の性として割り切っている部分もあったが、さすがに意識的に「好きでもない女の子をわざと恋に落とす」なんてことはしたことがない。ちょっと女の子に可愛いと言ってからかうのとは訳が違う。ラムズの物言いからも、本気で恋に落とそうとしていることが感じられる。
 少しからかうことはあっても、相手を傷つけるのは違う。だから、怜苑にはラムズのその言い分が許せなかった。

「頼む」
「いや、そういうのは俺の意に反するっていうか」
「でもレオンには関係ない話だろ? 相手はお前じゃないし」
「そ、そりゃそうだろうけどさ。でもその子が……」

 ラムズは一旦俯いた。
 怜苑はラムズが少し苦手だった。以前に脅された時から、彼が怖いのだ。いつでも自分を殺すことが出来ると分かっているので、あまり長く拒否するのもなかなかやりづらかった。それで逆恨みをされるのが嫌だったからだ。

「あのな、お前の知る者じゃない。だから教えてくれないか」
「──俺の知り合いじゃないのか」

 少しだけ気持ちが揺らぐ。そもそも自分にこんな頼み事をしないで欲しいと思っていたくらいだ。早くここから解放されたいという思いもあった。

 ラムズが成功するか否かは置いておいて、ラムズに少しでも加担した自分は、やはり悪者なんじゃないか。それでもラムズは怖いし、言う事を聞いておいた方がいい気がする。そんな二つの思いが葛藤する。


 だが、もしそれが自分の全く知らない女の子なのであれば────。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品