愛した人を殺しますか?――はい/いいえ

@yumetogi_birt

第39話 貴族な海賊

 船がアゴールの港に着岸した。ガクンと船が揺れる。

 船尾楼甲板にラムズは立っている。彼も一応服を着替えたみたい。かなり高級そうな見た目だ。なんていうか、貴族ですって言っても絶対疑われないと思う。あれが海賊だなんて世も末ね。
 ラムズは見ていたわたしに気付き、颯爽さっそうと歩いてきた。そしてわたしの胸元へ手を伸ばす。

「これじゃあ魔石が見えるか」

 ラムズは、胸にかかっていたユニコーンの魔石をてのひらに載せた。わたしの首に手を回すと、そのネックレスを取る。
 そういえば普段着ている服の時は、ネックレスが服の下に隠れていたわね。今は胸元が空いているから見えるようになったみたい。ユニコーンの魔石は高価だから、目立つとまずい。

「今持っているものじゃ直せないから、あとで何とかしてやる。直るまでは俺のそばから離れるな」

 彼はそう言って、ネックレスを自分のポケットに入れる。
 わたしが人魚だってこと、けっこう広まっているのかな。ここはトルティガーじゃないし大丈夫だとは思うんだけど。

 ラムズはわたしの身体を、上から下までさっと確認した。

「あんたのその服、何とかならないのか?」
「何とかって?」
「どこかの平民の少女みたいだぞ」
「それだといけないの?」
「もう少しマシな格好をしろよ。金がないのか?」 

 つまり、ラムズみたいに貴族のような格好をしろってこと? むしろラムズは派手すぎると思うんだけど。

 白いブラウスのボタンを4つは開けて、サファイアのネックレスをかけている。長いコートは、内側だけワインレッド、外は紺色だ。襟や袖だけ折られていて、そこには金色の細かい刺繍がされている。
 コートには肩章けんしょうが付き、三角帽子も大きな羽根が付いたものに変わっている。あとは黒いズボンと、先が尖った短ブーツ。
 腰のベルトにはガーネットとダイアモンドの宝石があしらわれている。それぞれ五つと三つ耳にピアスがついていて、コートの袖からは数本のブレスレットが見え隠れしている
(この辺の装飾品はいつも通りよ……。驚いたことにね)。


「まあいい。とにかく離れるなよ。宿屋は俺が案内する」

 わたしを守るという約束、ラムズは律儀に守ってくれるみたいだ。ラムズは魔法が得意だし、たしかにそばにいてもらうと助かるかな。

「そういえばさっき、どうしてアゴールの兵士はガーネット号に気付かなかったの? ガーネット号の見た目を変えたわけじゃないわよね?」
「ああ。カモフラージュになる魔法をかけたんだ。意識して注意深く見ればガーネット号だと分かる。だが遠くから見る分には普通の船だと受け入れられるんだ」
「そんな魔法があるのね……」
「ノアたちも知らなかったようだったな」

 ノアも知らないような魔法を知っているなんて。ラムズって相当魔法が得意みたいね。体力がないみたいだし、魔法の訓練ばっかりしていたのかも。


 ラムズはわたしから離れると、船内に向かって声をかけた。

「次は1週間後の正午に、ガーネット号に集まれ」

 それを聞き終わると、船員が順番に下船していった。レオンとアイロスさんは二人で降りていく。あ、ロゼリィも一緒だ。レオンは、ロゼリィとけっこう仲良くなれたみたいね。


 全員が降りたあとも、ジウはラムズの近くにいて、ヴァニラ、ロミューもまだ船内に残っている。

 ヴァニラはかなり可愛いらしい格好をしている。なんだか誘拐されちゃいそうね。
 赤が基調になった肩出しのワンピース。腰がきゅっと締まっていて、胸元が見える。
 長袖の袖口が大きく広がっていて、そこから小さなてのひらが覗く。袖は金色で、赤いリボンが所々付いている。裾には金と白のフリルつきだ。
 白い靴下は金と赤の装飾があって、膝上までの長さ。くるんと先の曲がったヒールを履いている。

 ジウは物珍しそうに、ヴァニラの服を見ている。ヴァニラがきっと睨むと、ジウは慌てて顔を背けた
(この二人はいつも喧嘩してるのよ。ラムズに何回も怒られていたわね)。


 ジウはラムズのコートの裾を掴んで、声をかけた。

「ボクはロミューと一緒に泊まるよ。ラムズはどうする?」
「俺は当てがあるからいい。お前らで泊まれ。ヴァニラはどうするんだ?」
「ヴァニどうしよっかのー」
「んー。ボクと一緒に来る? たしかそこ、酒が上手いって有名だったよ」
「じゃあ行くのー! ラムズバイバイなの!」

 ヴァニラは小さな手を振ると、ジウの腕を掴んだ。もう片方の手は大きな酒瓶を持っていて、それをゴロゴロと甲板に転がして歩いていく。ジウは前にいる彼女に引っ張られ、腰を曲げたままついていった。
 あんな小さいヴァニラの、どこにそんな力があるんだか……。こちらを振り向いたジウも呆れ顔だ。


 ロミューがやってきて、ラムズに小さな羊皮紙を渡した。

「俺たちはここにいるから、何かあったら来てくれ。無理はするなよ」
「ああ」

 ロミューも二人の後を追いかけ下船していった。なんだか子供が二人に増えたって感じ。ロミューって苦労性ね。


 ラムズはわたしの方へ振り向くと、面倒臭そうな声で話しかけた。

「おい。やっぱり俺と歩くならその格好を何とかしろ」
「分かったわよ……。お金足りるかな」

 わたしはお金を大して持っていない。管理が面倒だから、収益を貰わないことが多いのだ
(船にいる時はお金なんて使わないし、陸に上がった時は必要最低限の物しか買わない。案外お金ってそんなに必要ないと思うの。海にはお金なんてないわ。そもそも店がないしね)。

「そんなにないのか?」
「あるけど、ラムズと同じような格好をしようと思ったら全然足りないわよ」
「なるほど、確かにそうだな」

 ラムズは手を横に振って、早く降りろと合図をする。わたしは駆けて、船から飛び降りた。とんと足をついて、砂浜の上に降り立つ。ラムズもあとに続いて降りた。


 彼はコートのポケットから、小さな瓶を取り出した。てのひらに収まるくらいのものだ。
 その瓶の蓋
(蓋は魔石だわ。しかもそこそこ価値の高そうな。
 価値が高いかどうかは見た目で分かる。Dランク以下の魔物の魔石は、色が汚いし形もゴツゴツしているの。ラムズが持っているのは透き通る青色で、綺麗な楕円形の魔石。きっとBランクは下らない)
を取ると、それを船体に押し当てた。

 そして、船が消えた。

 ──いや、消えたって?! 
 2年も海賊をやっていたけど、こんな魔道具があるとは知らなかった。でも他の人は使っていなかったしな……。ラムズがおかしいのかな、やっぱり。

「それ魔道具よね? 初めて見たんだけど……」
「ああ、俺が作った。船首像の魔石と対応しているんだ。移動させただけだ、ほら」

 コロンと瓶の中から音が鳴る。小さくなったガーネット号が入っている。船をテレポートして、その瓶に閉じ込めたのね。
 瓶の中は異空間になっていて、入る物の大きさは関係ないんだと思う。だから船は小さくなってはいない気がする。ただそう見えるだけで。

 使ってるのは闇属性かな。空間魔法だから、時の属性も関わっていそうだな。もしかして物を動かすってことで、地属性も?

「その……よくそんな魔道具を思いつくわね。それにすごく高価そう」
「船を壊されたらたまらないからな。トルティガーでは平気だが」

(海賊島トルティガーでは船を壊されることはほとんどないわ。船って海賊の命みたいなものだから。お互い攻撃しないのと同じで、トルティガーで船を壊さないのも暗黙の了解なのよ)

「その魔道具、他の人も使えばいいのにね」
「魔力が足りなくて無理だろうな」
「そんなに使うの?!」

(特殊な魔道具だと、使用する際に大量の魔力を流し込まないと作動しない。これはそういう物みたい。逆に他の魔道具は、微量の魔力で作動する。魔力が使われたことにも気付かないくらい。双眼鏡やペンなんかがそうね)

「あんたがこれを使ったら、魔力切れを起こすだろうな」

 ラムズはそう返事をすると、街の入口に歩いていく。わたしも遅れないように、彼の後ろをついていった。



 ◆◆◆



 入国審査では、冒険者のギルド証
(例の触るだけで文字が浮かび上がるやつよ。わたしの名前は「メアリ・シレーン」だし、使族しぞくは人間になっているわ)
を見せるとすんなり入れる。こういうのって、意外と簡単に誤魔化せるのよね。ラムズのことも特に気にしていないみたいだった。


 街門から街に入り、そのまま大通りを真っ直ぐに進んだ。大通りは行き交う人が多く、様々な身なりの人がいる。冒険者、私達のような海賊(じゃなくて今は船乗りだったわ)、商人、職人──。
 わたしはアゴールで過ごしたことはないけど、たぶん他の街と街の構造は変わらないだろう

(ふつう、街の真ん中には中央広場と呼ばれる大きな空間がある。そこにその街の領主様のお城がある。その周りには低い城壁も。中央広場やその周辺は、わたしたちのような身分の者はあまり行かないわね。
 中央広場からは、放射状に街路が伸びているわ。大きな道がぶつかる所は、それぞれ小広場が作られている。だから小広場は街にたくさんある。
 外側──街外れに行けば行くほど、また入り組んだ小道や暗い袋小路に入ると、治安が悪くなる。貧民街だったり、娼館が立ち並ぶようになるの)。


 大通りを進んでいると、小広場にぶつかった。露店や井戸などがあって、人がたくさんいる。
 ラムズは広場を横切って、右側の通りに曲がった。この辺の道は、裕福な商人や市民が行き交っている。わたしは普段、もっと治安の悪いところにいる。この通り沿いの店は、どこも高級そうな店ばかりね。
 どこかで小道に入るのかしら。小道に入れば、もう少し利用しやすそうな店も増えてくると思う。

 ラムズはもう一度道を曲がったけど、立ち並ぶ店の雰囲気は大して変わっていない。同じく貴族なんかが利用しそうな通りだ。
 でも、ここで彼は一つの店に入った。看板は立派な額縁付きで、店の周りが掃除してあるところからも、やっぱり高級店だと思う。
 わたしは頭を傾げて店の前で止まった。ラムズが「早く入れ」と不機嫌そうな声を出すので、仕方なく後を追う。
 

 カランと音が鳴って、ドアが閉まる。やって来たのは若い青年だ。見習いなのか、少しおどおどした感じでこちらに近付いてくる。

「いらっしゃいませ。えっと、本日は何用で……」
「ラムズ・ジルヴェリア・シャークだ。メルケルを呼んでくれ。名前を言えば分かる」
「っは、はい! 申し訳ありません! かしこまりました!」

 メルケルという名前を聞いて、青年は焦ったように奥へ引っ込んだ。目を白黒させていたわ。しかも何故か謝っているし。何もしていないのにね?
 それに、ラムズの名前がなんだか長くない? ジル──なんだっけ。忘れちゃった。


 しばらくすると、ゆったりとした足取りで男が出てきた。20後半くらいの歳かな。金色のパーマがかかった髪が目を引く。どうやらここの店長みたいだ
(さっきの青年よりも、ずっといい服を着ていたのよ。白いシャツはしわ一つないし、腰のベルトは美しく磨かれている。髪は整えられてあって、出来る男って一発で分かるような見た目だったの)。
 赤色のベストはいい生地を使っているみたいで、光に当たると少し色が変わって見えるのがお洒落だ。

「お待たせ致しました。先程の店員が粗相そそうを致しまして、申し訳ありません」
「ああ。別にいい」
「シャーク様、お久しぶりですね。今回はどうしました?」
「こいつに服を見繕みつくろってやってくれ。似合っていれば何でもいい」
「かしこまりました」

 シャーク様ってなんだか笑っちゃうんだけど
(やっぱり? 笑いたくなるわよね)。
 丁寧に頭を下げてから、メルケルという男は何やら紙に書き込み始めた。灰色の瞳がせわしなく動いている。
 商人ってもう少し胡散うさん臭いようなイメージがあったんだけど、彼はそうじゃないみたい。対応している時の笑顔はとても自然だ。

 と、いうか。わたしのための服? こんな店で買ったらお金が払えないわ。そう言おうと思ったけど、なんだか横で口出ししてもいい雰囲気じゃない。場違いってこういうことかな。


 メルケルさんは顔を上げて、ラムズに話しかける。

「そういえば、海の渦の話はお聞きになりましたか?」
「ああ。だからこの街に来たんだ。なぜあんなことになっている?」
「まだ正確な話ではないのですが、どうやら誰かがクラーケンを討伐したようなのです。あの渦はそのせいだという説が濃厚です」
「なんだと? どこにそんな馬鹿がいたんだ」

 ──やっぱり、そうだったんだ。

 クラーケンはこの世に一体しかいない。人魚のわたしが言うんだもの、間違いないわ。そのクラーケンが死んだんだから、つまりクラーケンという使族は絶滅した……
(少し落ち込んでいるかも。クラーケンと会話は出来ないんだけど、海の中で何度か見かけたことがある。その時はあんな風に襲ってこないし、触手に触らせてもらえたこともあるのよ。
 嵐に乗じて船を襲う時は、やっぱり我を失っているんだと思う。同じ水の神の使族だし、死んでしまうと少し悲しいな)。


 メルケルさんがラムズに返事をする。

「まだ討伐した者は分かっておりません。情報が入りましたら、すぐにお伝えします」
「ああ、頼む」
「それでは、お嬢様。わたくしはシャリフィ商会のメルケル・タゲールと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「メアリ・シレーンよ」
「早速ですが、シレーン様。こちらで採寸をしてもらってもよろしいでしょうか?」

 待って、シレーン様っていうのも笑っちゃうんだけど。違和感を感じるからせめてメアリさんとかに変えてくれない?
 わたしが困惑しているのを他所よそに、メルケルさんは奥の小部屋を指差した。

 ──やっぱり聞いた方がいいよね? あとでお金を払えって言われたら大変だもの。

「あのー……、ラムズ? わたしオーダーメイドの服なんて高くて買えないわよ?」
「知っている」
「だから……」
「シャーク様がプレゼントして下さるようですよ? ささ、こちらへどうぞ」

 くれるってこと? お金が有り余っているのね。
 商人のメルケルさんは、ラムズとけっこう長い付き合いがあるのかな。彼のことをよく分かっているみたい。ラムズは、その言葉に何も異を唱えていないしね。


 商人のメルケルさんに連れられるまま、わたしは小部屋の方へ行く。彼が小さく手を叩くと、奥から二人の女の店員がやってきた。黒い服に白のエプロンを着ている。普通の店員とは違うのかな。

 わたしが小部屋へ入ると、二人の女店員も一緒に入ってくる。「失礼します」と何度も言いながら、わたしは至る所を測られた。なんとなく恥ずかしい。こんなの、陸に来て初めての経験だわ。



 全て終わって、わたしは小部屋から出る。
 メルケルさんは優しい笑みを浮かべながら、ラムズに羊皮紙の紙を渡している。

「それではうけたまわりました」
「悪いが一週間後にここを発つ。なるべく早めに頼む」
「かしこまりました。シャーク様ですから、明日の夕方には用意しておきましょう」
「助かる」

 シャーク様ですから、だって! よく分からないけど、ラムズはここの常連みたいね。海賊のラムズをここまで丁寧にもてなすなんて、なんだか変な感じ。


 ──そうだ。メルケルさんは色々知っていそうだし、あの事聞いておこうかな。

「えっとー、少し聞いてもいいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
「サフィアという名前の男を知らない?」
「サフィア、ですか……。知りませんね。調べておいた方がいいでしょうか?」
「いい。余計な手間をかけさせるな」

 ラムズがそう返事をするから、わたしはちょっとムッとする。
 でもたしかに、ラムズがご贔屓にしているお店だものね。今日買ったのもラムズだし。ここは彼の言うとおり引いておいた方がいいかな。

「大丈夫よ。ありがとう」
「いえいえ。それではまた、明日の夕方に」

 ラムズは先に扉を開く。わたしは小さく会釈をしてから、店を出た。

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