天空の妖界

水乃谷 アゲハ

影弥真のゲーム攻略(3)

「ちょっ……待て待て待て待て!」
 パストワールドの初めの街『ハジマリ』から少し外れたところにある『白狐の森』と呼ばれる森の中、少し開けた場所に転がり出た俺は呼吸を少し整えつつ思わず独り言のようにつぶやく。
 ハツレンからの提案だった鬼ごっこをしているのだが、その鬼が厄介なのだ。
「何が狐弓だ……こんなもんクソゲーにしかならないぞ……」
 ルールはこれだ。白狐の森の中で、俺は制限時間の間鬼から逃げ続けるルール。鬼というのは、ハツレンが紙から作った弓矢。つまり、ハジマリから弓を構えたハツレンの攻撃を避けるゲームなのだが、その狐弓と呼ばれる弓は撃った矢が狐に変身して獲物を追い続けるというルールなのだ。
 だから、彼女が弓矢を打てば打つほど森の中に鬼が増えていくルール。……現在は四匹だ。
 ────ヒョウッ
 弓が風を切る音を俺の耳が捕らえ、すぐに木の根元から離れる。わずか三秒後に俺のいた場所へ矢が刺さる。
「弓矢の妖怪でもないのになんであんなに狙いがうまいんだ」
 音に気付かなかったらを考えるとぞっとする。
 根本に刺さった矢は、ゆっくりと姿を変える。五分ほど時間がかかる事はゲーム開始の時に聞かされているので、五分以内にここから離れなければいけない。
「狐が五匹になった……まだまだ増えるのか……」
 制限時間は日が落ちるまでなのだが、太陽を見る限りあと一時間は残っている。単純に五分で一匹と考えても、最後の五分は十六匹+弓から逃げる設定になる。
 ────カサリ
 狐は獲物である俺を捕らえるために気配を殺して近づいてくる。小さな草木の音が聞こえたらすぐに逃げないと捕まってしまう。
「こんな風になっ!」
 すぐに立っていた場所から近場の木の裏に回る。俺のいた場所に襲い掛かってきた狐がすぐさま方向を変えて走ってくる。慌てて俺も木へと登り、枝を伝って移動する。
 ずっと木に登ってればいいのではないかと思ったが、この狐は跳躍力が高く、地面から跳んで俺を触ろうとしてくる。また、じっとしていればハツレンの弓矢の的にさえなる。
「これをやってあいつの何の得になるんだよ……」
 ハツレンにとっても弓矢を打つ手間が増えるだけにしか思えないんだが?
 若干疲れを覚え、周りが見やすい開けた場所へ辿り着いて、そのど真ん中分かりやすく置かれた木へと登る。……周りが見やすいからな。
 ────ヒョウッ
 微かな風切音を耳に捕らえ、木から飛び降り、近くの茂みに転がり込む。
「六匹……」
 忘れないように数をつぶやき、茂みの中を駆け抜けながらも周りに注意を払う。
 少し走ると、また開けた場所に出てきた。思わず足を止める。
「……同じ場所では……ないよな」
 周りが木ばかりの場所を走り回っていると、正直分からなくなる。木へと近づき根本を見るが、先ほどの矢が刺さった痕が無いので、おそらく違う場所なのだろう。
 ────ヒョウッ
「また……!!」
 矢の音に鋭く反応して、すぐに茂みに隠れようとして足を滑らした俺は、思わず横に転がる。
「……ん?」
 しかし、矢は俺の所へと飛ばず、先ほど調べていた木へとまっすぐ飛んで行った。……最初から俺じゃなくて木が狙いなのか?
 とりあえず茂みへと隠れた俺は、呼吸を整えるために木に登り気配を消す。周りの音へと気を配りながらそのまま木を登り、一番上まで登る。
「……はぁん」
 先ほどの開けた場所から少し離れたところに開けた場所がずっと続いていて、全部を見ると首が前へと戻る。つまり、開けた場所が円のように配置されているらしい。
「……行ってみるか」
 円のように配置されているなら、何かが真ん中にあるのかもしれないと思った俺は、木から降りて急いで茂みの中を走る。
 ────ガサガサ
 後ろから全力で追いかけてくる足音を耳に捕らえ、何度も木と木の間を走り、相手を混乱させてから、近くの太い木の後ろへ回り込む。急いでその木へと登り、枝を掴んで上へと上がる。
「さっき木に刺さったやつがもう変身したのか」
 だとしたらすでに七匹が森にいることになる。もし俺の予想が当たっているなら、開けた場所の木へと矢が刺さらない限り狐が増えることはないはずだ。……俺を狙わずに打てば関係ないじゃねぇか。
 落ちないように枝から枝へ移動しながら、そんな当たり前の結論を思いついてしまった。
「……ここら辺か?」
 木の上を、出来るだけ音を立てずに移動したからか、狐からバレることなく目的の所周辺へと辿り着いた俺は、その気配を感じた。
「……なんでいる?」
 思わずその気配の主に近づきながらつぶやく。
「なんで? とはご挨拶じゃのう……」
 木々の間を抜けて、一段と開けた場所に出た俺は、声の主である千宮司先輩の姿を捕らえて身構える。
「……鬼ですか?」
「阿呆。お主がここにたどり着くのを待っていただけじゃ」
「ここ?」
 ただただ広い空間が広がっているだけで、さっきみたいに木も何もない。
「ここはなんです? 何もないように見えますが?」
「ここ、という言い方をしている時点で何かあるとは思っておるのじゃろう?」
「そりゃあ、丸い配置があったらその中心を怪しく思うのは普通の事かと……」
 千宮司先輩の言葉に返した時、その声は聞こえた。
「……ママ」
「ママ?」
「……あ?」
 思わず声に反応して、千宮司先輩を見た俺は、すごい睨まれた。
「今、声が聞こえませんでしたか?」
「あぁ、お主が突然妾に喧嘩売ってバカみたいなことを言った声が確かに聞こえたが? 妾にはそんな趣味なない」
「いや、子供の声……」
「……は?」
 千宮司先輩は聞こえなかったらしい。俺の気のせいなのか?
「いいえ、気のせいではありませんよ。確かに私の子供の声が聞こえました」
 いつの間に来たのか、背後からハツレンが首を傾げた俺へと声をかける。
「聞こえたんですね? ……私の子供の声が」
 先ほどの店での彼女とは思えない冷たい雰囲気を纏った声に、俺も千宮司先輩も身を引きながら振り返る。姿がない!
「お主!」
 いち早く彼女の気配を捕らえた千宮司先輩は俺を突き飛ばした。既に頭を起こした時には、彼女の姿は消えていた。
「上じゃ!」
 今度は反応し、彼女の攻撃をかわして手を伸ばす。勿論攻撃するためじゃない。
「待ってくれ」
 彼女の顔の前へと手を出して彼女の動きを制止する。意外にも彼女は動きを止める。
「何が狙いだ? 何で攻撃に殺気を込めない……」
 俺も殺気を込めた攻撃なら気配を感じることができるが、彼女の攻撃にはそれが無かった。だからこそ、気になった。
「……うぅ……」
「……ちょっ!?」
 そのまま彼女の言葉を待っていると、突然涙を流し始める。
「女性を泣かせるのは良くないじゃろうと言いたいところではあるが……今のは仕方ないのぅ。なんじゃハツレン、妾達で良ければ相談乗るぞ?」
 腰に当てた手を下ろし、千宮司先輩も近くへと寄ってきた。そして俺の近くで腰を下ろし、俺は目の前が真っ暗になった。
「……あ?」

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