天空の妖界

水乃谷 アゲハ

わずかな手がかりと雪女

「いいえ違うわ。彼女の選別一回目、それが彼の消えた日なのよ」
「……え?」
 文車妖妃が言った言葉に反応したのは、俺でも千宮司先輩でもなく、なんと雪撫だった。
「おい、何で雪撫が分かっていないんだ?」
「さっきも言ったでしょう。選別執行人の選別に抗うと記憶を失うのよ。彼女は抗った程度が少なかったから、散る直前の記憶がないだけなの。私の力では、亡くなった記憶というものはノイズが入って状態でしか見えないから読めないけど、妖界で結構有名な話だから、ほとんどの妖が知っているわ」
「私の日が……凪君の日?」
 少しショックを受けた顔をした雪撫の肩をポンポンと千宮司先輩が叩く。
「まぁ少なくとも、お主より先にその凪という者が落ちてきていると分かっただけ良かろうよ」
「はい……」
「又聞きになるから、詳しい話はできないけど彼は普段、選別執行人の気配がしたら夢に逃げていて捕まらなかったのだけど、雪撫さんが落とされる日に、突然姿を現して雪撫さんを庇ったって聞いたわ」
「落とされるってのはつまり、穴にでも落ちたのか?」
「あ、そこからね。選別は、妖界にある選別穴せんべつけつと言われる穴から人間界に行くことを言うのよ。選別執行人はその穴へ落とすのが仕事なんだけど、雪撫さんの時は凪君が雪撫さんを突き飛ばして代わりに彼が落ちたと聞いたわ。ずっと逃げ回っていた凪君を落とすのを手伝ったという解釈をされた雪撫は選別を延期されたのよ」
 なるほど……。ということは雪撫の延期の期間が分かれば凪君というやつのいるところも分かりそうだな……。
「ごめんなさい、延期期間は分からないわ」
 頭の中を読んだかのように文車妖妃が言う。ま、そんなもんか。
「とりあえず、凪君というやつが雪撫より先に落ちたということが分かっただけ良しとしよう」
「そう……だね」
「のぅ、雪撫とやら。別にお主が凪という男を落としたわけじゃなし、凪がいるのも分かった。これだけで十分じゃろ。そんな悲しい顔を浮かべなくてもいいじゃろ」
「……はい」
 返事は聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。いつもの元気な雪撫はそこにはない。それほど好きだたということだろうな。
「で、一番の問題なんだけど……」
 少し不思議な顔を俺に向けて文車妖妃は続ける。
「雪撫の記憶にノイズがかかるのは分かるわ。でも、なぜあなたにもノイズがかかるのかしら? 影弥 真君」
 ……ん? 今この女なんて言った? 俺の記憶にノイズがかかる?
「あなた、もしかして記憶がないの?」
 図書室の時間が止まったかのように思えた。でもまぁ……雪撫も知ってるしな。
「あぁ、生まれてからこの学校へ来るようになるまでの記憶がほとんど無いな。ところどころはあるんだぞ? ただ、親の顔とかは知らないなぁ」
 もちろん雪撫は驚かず、他二人だけが驚いていた。そこで不意にウインドゥが俺たちの前に現れる。
『残り三十秒でポイントの移動が無効になります』
「ん?」
 思わずウインドゥを見つめなおす。
「なんじゃ、知らんのか? 強制バトルは、はじめる時に互いがポイントを決めておらんと、戦った後で勝者が決めることになっておるのじゃ。そのまま放置しておけばポイントの移動はないから無視してよいぞ。……それよりも、記憶がない、というのは本当か?」
 別に隠しても自分に特はないので普通に頷く。
「そうか……」
 こちらを見ている千宮司先輩の、その憐れんだ眼から逃げるようにここから出ようとすると、文車妖妃に腕をつかまれる。
「あなた、ここから出るのはいいけど頭の中にないみたいだから言っておくわよ? この後食堂に行かなきゃいけないからね?」
「というか、ここからは妾が出さねば出られんぞ。それより……頭になかった? ほぉ?」
 やっべ、完全に忘れてた。しかもすげぇ怒ってる。
「妾は恩返しなんて望んでおらんって言ったのに、あえてしたいしたいというから妥協案を考えたというのに、頭にない? ほぉ?」
「……すみませんでした……」
 さっきの戦いが印象強すぎて忘れてしまっていた……。
「……まぁ良い。ところどころ抜けてる変わり者がお主じゃったな」
 褒められては……ないんだろうな。
「さて、それじゃあ聞きたいことやりたいことも終わったことじゃ。妾の所へ二人で来るとよい。が、その前に妾から聞きたいことがある。『パストワールド』と呼ばれるゲームで知っていることはないか?」
「『パスト……ワールド』?」
「大丈夫じゃ、雪撫は分からなくて当然じゃからの。文車妖妃はどうじゃ? 何か知らぬか?」
「……ごめんなさい、名前だけ耳にしたことある程度だわ」
 千宮司先輩は申し訳ない顔で頭を下げる文車妖妃の肩をたたき、頭をなでる。
「大丈夫じゃ。知っていたら嬉しい、程度の期待でした質問じゃからの」
「真君は何か知らないの? パストワールドについて」
 雪撫が期待した目で俺を向き、千宮司先輩も顔を上げる。
「……バーチャルリアリティーゲーム『パストワールド』。この学園に五十しかないゲームの名前だから覚えてる。ゲームの内容は単純で、決められた条件の敵を倒すこと、または攻略すること。確か五個同じクリア条件のゲームがあって、全部で十種類あるんだよ」
「……お主、そんな情報をどこで手に入れたのじゃ? あれはポイントがなければ手が出せないどころか名前を聞くことも無いじゃろう? コミュニケーションかや?」
「……違います。一人いるんですよ。俺になんかいろんな情報くれる女が」
「あ、もしかして……あのぉ、あの人……暗くて変わってる人!」
 頭を抱えて考えて出した結論がただの悪口ってひどすぎるだろ。
「御社 好さんね。そういえば彼女は見た目、性格からは信じられないほどの実力者だったわね」
「なんじゃそんな奴がおるのか。それは戦ってみたいのぅ……」
 ……これがさっきの実力を持てる理由なんだろうなぁ。強者とすぐ戦いたくなる性格。
「あと知ってることと言えば……ゲームは銃弾のようなものを頭に打ち込んで始めることと、意識だけがゲームに入るから、生身は現実に残っている事、その動かない生身に強制バトルが申し込まれたら、体をオート操作されて、最善の手段で敵を倒すとか、実は十種類の中で、二種類のゲームがつながっている事と、つなげないとクリアできない事ぐらいだな」
「待てお主。今何と言った?」
「え? あぁ、最善の手段で敵を倒すって言っても、ポイントの増減はありません」
 説明の付け足しをしたが一瞬で距離を詰められ、胸倉をつかまれる。
「違う! 最後じゃ!」
 ……近い近い近い! 鼻と鼻がぶつかる距離まで引っ張られる。
「違う種類のゲーム二つを繋げないとクリアできないってところ?」
「それじゃ! 繋げるとはなんじゃ! どうすれば良いのじゃ!?」
 どこか切羽詰まったような言い方に、思わず不審に思ってしまう。なんでこんなに真剣なのだろうか。
「妾は半年間、ずっとそのゲームに閉じ込められて出られなくなっておるのじゃ。だから……無理はしなくて良いが、もしよければ、妾を助けてほしい……」

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