天空の妖界

水乃谷 アゲハ

気になっていた雪女

 私、雪撫が、目の前の長めの髪型をした彼、真君に出会ってから、人間界では驚くことばかりでした。例えばゴム。人間と妖怪で物の貸し借りはできるんですね。ほかにもお店とか。しかし、今真君が今言った一言に一番驚きました。先ほどとは言ってることがぜんぜん違いますし、何より意図が読めなかったからです。
 なぜかと問われ、真君は慌てた様に顔の前でぶんぶん手を振りました。
「い、いや、変な意味があるわけじゃないんだ。ただ、雪撫はここに来てから俺以外に話せる人がいなかったからさ」
 変な意味……一応分かっていましたが、改めて言われると実はそうだったのかもと思ってしまうから不思議です。まぁ、もしそうなら逃げれば良いんですが……。
「あ~……なるほど~? いいですよ~?」
 頭痛も引いたのか、いつもののんびりした口調になり、キララちゃんは承諾してくれました。
「それじゃ~、申請を送っていただければいいので~」
 そう言って今度こそキララちゃんは扉に手をかけました。
「あぁ、ありがとうな。後で送っておくよ。朝野ペルラさんだよな」
「はい~。ではでは~。雪撫ちゃんもまたね~」
 そういってキララちゃんは部屋を後にしました。
「良かったな雪撫。話相手が出来て」
「うん! ありがとう真君」
「気にすんな」
 と、そんな優しい真君に、実は前から気になっていることがあります。
「真君。ついでにひとつ質問しても良い?」
「お? 別にいいけど」
「真君ってさ、髪長いじゃん?」
 そう、真君は男子にしては珍しく、肩手前程まで髪を伸ばしているのです。
「目を隠す為」
「え?」
「目を隠す為」
 少し硬い表情になりましたが、すぐに笑顔で真君は繰り返しました。
「目を……隠す為?」
「いや~……俺さ? 右目がなんでか緑色をしているんだよ。周りから怖いって言われたり、格好付けって言われたりしていたんだ。それがいやだったから髪を伸ばしたんだよ。見てみるかい?」
 確かに右目は見えないようになっていますが、左目は隠れていませんでした。
「見ていいなら……」
 いつものように明るく話してくれていますが、一瞬見せる悲しそうな顔をしたのを見逃しませんでした。
 真君が長い髪を軽くどけると、左目の茶色と黒い目とはまったく違う、吸い込まれそうな深い緑の目がありました。見る限り虹彩はなさそうです。
「ふ、不思議だね」
「だろ? ……知ってる。あぁ、ちなみに前は見えてるよ」
「へぇ……」
「ついでに、この際だからもうひとつ」
「ん?」
「俺さ、生まれたときの記憶から、親に育てられて成長したって記憶までないんだ」
 記憶がない……。その言葉が私の心に重く響きました。
「嘘!? え、じゃあ何でここにいるの!?」
「あの家だけは記憶にあってさ。それでしばらくあの家に住んでたら、この学校の校長が、家に来たんだよ」
「そ、そうなんだ……」
 触れてはいけないところに結構踏み込んだ気がします。
「まぁ、それで今の学校にいる」
「あああ、あの、ご、ごめんね? なんか色々聞いちゃって」
「別にいいよ。いつか話そうと思ってたから。むしろ感謝する」
「そ、そっかそっか…………」
「? どうした?」
 私が黙って誠君の顔を見ていると、髪の毛から手を離し誠君は首を傾げました。
「真君は優しいよね。面識もなかったのにいろいろなこと気にかけてくれるし」
「いや、そうでもない。ただ、親友にさ、人には優しくしなきゃ駄目だってよく言われていたからさ」
「へぇ……。親友かぁ……私もいたなぁ。親友」
「キララじゃなくて?」
「と、もう一人いたんだよ」
 いつの間にか外は真っ暗になっていました。

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