少女と害虫

プロローグ

母は殺された。

夜。けたたましい叫び声で目が覚めた。
隣りの寝室から、母の声が聞こえてくる。
「かーさん?」
オレは布団を出てドアの前に立って呼びかける。
しかし聞こえてくるのは母の呻き声だけ。
「…かーさん?開けるよ?」
オレは少しだけドアを開く。
途端に甘く、生々しい臭いがムワッと広がる。
…嫌な臭いだ。
オレは顔をしかめつつも、好奇心には抗えず少しだけ覗く。

頭が真っ白になった。

父が母に馬乗りになって包丁を突き立てている。
母は刺される度に痙攣し、体液を撒き散らす。
時折何か呟いているが、もうほとんど聞き取れない。
オレはその場でへなへなと座り込む。
__逃げろ。誰か助けを呼ぶんだ。
頭ではそう思っているのに、身体がいうことをきいてくれない。
オレはただ見ているだけだった。
母が殺さる姿を。
父が殺す姿を。

ふと、父がこちらを見る。
「…なんだ。居たのか」
父は小さく呟くと、こちらに歩いてくる。
逃げようとするが、どうも腰が抜けたらしく動けない。
虚ろな目でオレを見下す。
「とーさん…」
オレは口を開く…が、言葉は空気となって漏れる。
「大丈夫だ。安心しろ」
優しく頭を撫でられて、視線を上げる。
「すぐ楽になるさ」
左腕が熱くなる。
…いや、熱く感じる。
「うあ、あ、あ!」
鋭い痛みと共に溢れる熱は、留まる事を知らない。

熱い。痛い。紅い。紅い。熱い。痛い。熱い。痛い。紅い。熱い。痛い。痛い!痛い!!

それしか考えられない。
父は無言で包丁を再度振り上げる。

ふと、冷たいモノが指の先に触れ、そちらを見る。
…鉄パイプ?
先程までは無かったはずだ。
何故ここにある?

全ては無意識だった。
何も考えていなかった。

気付けばオレは、父より早く鉄パイプを振り下ろしていた。

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