幼馴染は黒魔法を使いたい

まさかミケ猫

番外編:同級生は幼馴染に触りたい

 僕の名前は森田信太。
 パソコン部に所属する一年生だ。

 体がひょろ長くて猫背なのがコンプレックスだけど、僕にはひとつだけ自慢がある。それは、可愛い幼馴染の存在だ。

「しんくん、先に部室に行ってて下さい」

 彼女は川辺彩芽。
 僕とは逆に背が低くて、全体的にこじんまりしている。ただ、着痩せするけど実は結構胸が大きいことに僕は気づいている。悶々としながらつい目で追ってしまうことが多くて、最近は彼女にジト目で見られることも度々あった。
 まずいよなぁ。


 部室に行くと、すでに鍵が開いていた。
 坂本先輩が来てるのかと思い、扉を開く。

「ぬわっはっは……なんだ、森田か」

 なんだとは失礼な。

 目の前にいるのは山下文子。
 一年生の間でも名のしれた中二病患者だ。中間テストのあとくらいに現れて、部員でもないのに部室でずっと勉強をしている。
 どういう立ち位置で接するのがいいか、僕としては掴みかねていた。

 まぁ、僕だって割とオタクだから趣味は否定しないけど、もう少し周りに合わせて振る舞ったほうが何かと面倒がないんじゃないかな、とは思う。

「坂本先輩は?」
「ヒデ兄は少し遅くなるそうだ」
「ふーん……」

 会話が終わる。
 空気が息苦しい。

 山下もこじんまりとしてるけど、彩芽の方が何万倍も可愛い。こんな風に会話に詰まることもないし。まぁ、それは山下にとっても同じなんだろうけど。

 僕はパソコンを起動しながら、何気なく山下に問いかける。

「坂本先輩とはいつから付き合ってるの?」

 気になっていたんだ。
 坂本先輩は淡々としているから、これまではあまり彼女がいるようには見えていなかった。ただ、最近はこうして彼女を部室に連れ込むあたり、もしかしたら結構やり手なのかもしれない。

「我は、ヒデ兄とは別に付き合ってない」

 え、マジで。
 この前は駅で手を繋いでいるのも見たし、昼休みには二人で弁当を食べているのも知っている。てっきり彼氏彼女の関係なのだとばかり思っていたけれど。

「付き合ってないけど、いろいろしてるの?」
「いろいろ……ば、バカ者。そんなこと大きい声で言うのではない。闇の世界に葬るぞ」

 山下は顔を真っ赤にした。
 マジか。この様子だと、手を繋いだり弁当食べたりだけじゃなくて、もっと大人な──。

 卑猥だ。
 じゃあ先輩は、山下が彼女でもないのに部室であんなことやこんなことをしているのだろうか……なんて卑猥なんだ。うらやま──けしからん。
 あとでコツを聞いてみよう。

「でも、いろいろしてるなら付き合っちゃえばいいのに」
「我もその辺は失敗したなーと思ってるのだ……」

 落ち込む山下。
 先輩はどうやって恋人でもない女の子とニャンニャンしたんだ。気になる。激しく気になる。
 僕も彩芽の胸を揉みたい。

「森田よ。我はな……ズルをしたんだ」
「ズル?」

 そう言うと、山下は僕の顔をまっすぐ見た。

「うむ。森田は間違えるなよ。ちゃんと正々堂々、ズルをせずに真正面から行ったほうがいいぞ。我はズルをしたから……もう怖くて、ヒデ兄の気持ちを確かめることもできない。ヒデ兄が我のことなど好きではないなんて知ってしまったら、我は今までの所業に耐えられそうにないのだ」

 どういうことだ。全く理解できない。
 ただ、坂本先輩と山下の関係は思っていたより複雑なものなのかもしれない。

「それから、我と川辺の胸を比べるのはやめよ」
「うえっ!?」

 そんな話をしているうちに、彩芽が来て、顧問の竹之内先生が来て、少し遅れて坂本先輩がやってきた。

 坂本先輩に尊敬の念を送る。
 まさか、パソコン関係や勉強だけじゃなくて、男としても先輩だったとはなぁ。
 夏休みの予定をひと通り確認すると、先輩は山下と一緒に帰っていった。



 夏休みは、毎日のように彩芽と会っていた。
 彩芽の家には自由にできるパソコンがないから、うちにある少し古い型のものを貸してあげて、僕の家で雑談をしながら作業を進めていた。

 扇風機に揺られ、風鈴がなる。
 彩芽の胸元に汗の粒が浮かんでいる。

「しんくん……」
「……あ、な、なにかな?」
「少し疲れてしまいました。仮眠したいので、ベッドをお借りしてもいいですか」

 そういえばぶっ通しで作業してたもんな。
 てっきり胸を凝視していたことを怒られるのかと思った。


 彩芽は無防備にベッドに転がる。
 しばらくして、すぐに寝息を立て始めた。

「彩芽……寝てるよね」

 ベッドに近づく。
 大きくはだけた胸元を見る。
 近くで見ると、結構なボリュームだな。

「……し、失礼します」

 人差し指をピンと伸ばす。

 一回だけだ。
 一回だけ、ポヨンと触るだけ。

 ゴクリ。
 僕は息を飲む。

 指先が触れるまで、あと1センチ。


『森田は間違えるなよ。ちゃんと正々堂々、ズルをせずに真正面から行ったほうがいいぞ』

 そんな声が聞こえた気がした。
 僕はふぅと息を吐くと、指を引っ込めた。

「……はぁ。またとないチャンスなのになぁ」

 僕はボヤきながら彩芽の顔を見た。
 確かに、ここで僕が胸をつついて、それはそれで満足するだろうけど。それで彩芽に嫌な思いをさせてしまうのは嫌だな。

「ちゃんと好きだって言ってからにしよう」

 彩芽の頭にポンと触れると、僕は彼女に背を向けて床に座り込んだ。さっそく後悔しているけど、今さらだ。

「……み、見るだけならいいかな」

 僕が振り返ろうとすると、彩芽はモゾモゾと体勢をかえて向こうを向いてしまった。
 うわぁ、完全にチャンスを逃した。

 部屋が暑いのか、彩芽は耳を真っ赤にしたまま寝息を立てている。僕は彩芽のお腹にタオルをかけると、彼女の体が冷えすぎないよう扇風機の首振りの角度を調節した。
 風鈴の音がチリンと鳴った。



 今日は花火大会だ。
 彩芽は可愛らしい水色の浴衣を着ていて、涼し気なうなじをさらけ出していた。僕はドキドキしながら彼女を見た。

「しんくん。もっとゆっくり歩いてください」
「ご、ごめん」
「……はぐれそうなので、手をつなぎましょう」

 彩芽の歩調に合わせ、ゆっくり歩く。
 会話は少ないけど、心がふわふわして気にもならない。

 遠くの方に坂本先輩と山下が歩いているのが見えた。ずいぶんと仲の良い様子で歩いているけど、あれで付き合っていないというのだから世の中わからないものだ。
 彩芽も二人を見つけたようで、柔らかく微笑んでいた。

「しんくんは……文子ちゃんのこと、どんな娘だと思いますか」
「んー、そうだなぁ」

 黒魔法趣味。痛々しい言動をしている不治の中二病患者で、クラスでもずっとひとりぼっち。派手な女子グループからはあからさまにからかいの対象にされているけど、優しい同級生からの同情の手もはねのけて孤立している。
 かと思えば、付き合ってもいない坂本先輩といいことをしている大人な面もあって、僕に対して『ズルをするな』なんて忌々しい呪いを残していった。

「山下って……すごく、普通だよな」

 趣味が特殊なこと意外、普通だ。
 そう回答すると、彩芽はクスクスと笑って僕の手をギュッと握った。

「しんくんのそういう所。好きですよ」
「へ?」

 僕たちはお互いに顔を赤くしたまま、土手にビニールシートを敷いて腰掛けた。


 しばらくして、大きな花火が空に打ち上がった。
 ドン、という音が腹に響いた。

 僕は彩芽を見つめる。
 彩芽も僕を見返した。

 だんだんと顔が近づいていって──。

 ドン。
 大きな音とともに、僕たちの唇が重なった。

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