幼馴染は黒魔法を使いたい

まさかミケ猫

幼馴染の魔法にかかりたい

 文子の処女をもらった日。
 彼女はベッドの上でわんわんと泣いた。

「ごめん、痛かった?」
「ひっぐ、ひっぐ、違うの……」

 焦る俺に、文子はゆっくり説明した。
 貞操を失ったら、今後一切の魔法を使えなくなる。つまり、彼女はもう魔法使いではなくなってしまったのだと。

 彼女の中にそんな設定があったのは初耳だったが、いい機会だったので黒魔法のWebサイトは閉じることにした。隙を見て彼女のスマホのブックマークと閲覧履歴を消去したから、後始末は完璧だったと思う。

「勉強は続けような」
「……うん」

 一定以上の学力がついてくれば、勉強そのものに面白みを感じることもできるようになる。
 幸いなことに、文子は魔法を失ったあとも勉強を続けてくれて、一年遅れで俺と同じ大学にも入学した。

 黒魔法グッズの収集は相変わらずだけれど、痛々しい言動はすっかりなりを潜め、少しずつ友人もできるようになった。パソコン部の川辺・森田とはいい関係を築いているようだ。

 ちなみに、たまに俺がお願いすると、夜だけあのキャラが復活することは二人だけの秘密だ。




 それから10年。
 文子は専業主婦になり、娘の珠子は五歳になった。

 ある日俺が仕事から帰ってくると、珠子はひっくひっくとしゃくりあげて泣いていた。
 何かあったのだろうか。

「幼稚園でね、お友達に“珠子”なんてダサいって言われたんだって」
「ひっく、ひっく、あたしのお名前、ウケグチノホソミオナガノオキナハギとかがよかった」
「魚の名前か。よく知ってたな」

 珠子は文子の胸に顔を埋めて泣く。
 俺は頭をかいて、どうしたもんかと悩む。
 文子はにっこり笑い、珠子の目を見た。

「わかるよ、お母さんも昔、自分の名前が嫌だった」
「……なんで?」
「ふふふ、もっとかっこいい名前がよかったのかな」

 あとで知ったんだけど、文子の父親はかつて不倫をして家を出ていったのだそうだ。そんな父親につけられた名前を文子は嫌っていて、執拗に違う名前を名乗りたがっていたらしい。

「あるときね、お母さんの名前を大好きだよって言ってくれた人がいたんだ」
「……お父さん?」
「正解!」

 珠子は泣き止んで俺の顔を見る。
 その面影は、かつての文子によく似ていた。
 俺は珠子の頭を撫でて微笑んだ。

「珠子の珠っていう字は、宝物の意味なんだ。お父さんとお母さんの大事な宝物だから、珠子って名前にしたんだよ」
「そっかぁ……じゃあ変えるのやめる」

 珠子はケロッと機嫌をなおしたようで、そのあとはケラケラと笑いながらいつもの調子で過ごしていた。
 俺はそんな珠子に問いかける。

「珠子、今日の晩御飯は何かな」
「うん、白身魚の水死体風と、焦熱地獄スープ」
「お、やった! あれ美味いよな」
「ね。お母さんの料理って魔法みたいだよね」

 楽しそうな珠子の声を聞きながら食卓につく。
 三人揃って、いただきます、と言った。


 珠子は無邪気な声で文子に問いかける。

「お母さんって魔法使える?」

 文子は少し考える。
 俺をチラリと見て、楽しそうな顔を浮かべた。
 珠子の目を見てゆっくり告げる。

「昔は使えたんだけどね。今は使えなくなっちゃった」
「えー、なんでー?」
「うんと幸せになっちゃったからかな。お父さんがいて、珠子がいて……だから魔法なんていらないの」

 文子は珠子の頭を撫でる。
 珠子は気持ち良さそうに目をつむった。

「そういえば、お父さんも昔魔法を使えたのよ」
「え、お父さんも!?」
「そうそう。気づいたのは、しばらく後になってからだったんだけどね……」

 そう言うと、文子は珠子を膝に乗せる。

 俺が魔法?
 そんなもの、使った覚えはないけど。

 珠子は文子の顔を見上げた。

「お父さんはどんな魔法を使うの」
「ふふ……あのね」

 文子は意味深な笑みを俺に向けた。

「お母さんをダメにしない魔法、だよ」

 なにそれー、と言う珠子の声に、文子は可笑しそうに肩を揺らした。
 俺は苦笑いをしながら、今夜は久々に文子の魔法にかかってやってもいいか、なんてことを考えていた。

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