幼馴染は黒魔法を使いたい

まさかミケ猫

幼馴染はツンツンする

 風呂上がり。
 全裸の文子が部屋にいた。

 一瞬頭が混乱するが、彼女の存在に気づかないふりをしなければならない。俺はパンツ一枚のまま、扇風機の前に立って体を拭き始めた。


 透明化の魔法『インビジブル』。
 対象からのみ姿が見えなくなる。
 魔力300以上で、一日一回に限り使用可能。
 一度の使用で魔力値を250消費する。
 対象は一定以上気を許した異性のみ。

 使用手順は以下の通りだ。

 まず、対象に対して何度か目隠しをする。
 その日の朝起きてから魔法を使うまでの間に、目隠しをする回数が多いほど魔法の成功確率が上がる。これはどんな形の目隠しでも構わない。

 そして、その日の間であれば魔法を使用できる。
 使用できるのは二人きりの状態でのみ。
 対象の耳元で、インビジブル、と唱えること。

 約10分後から、対象は発動者を認識できなくなる。
 そして、対象以外の者に姿を見られた瞬間、透明化の効果は終了する。
 その間はやりたい放題だ。


 今日は二人で水族館にデートに行った。
 弁当を作ってきたから忘却の魔法も使えるし、手を握っていたから質問の魔法も使える。何度も目隠しをされたから透明化の魔法も使える状態だ。

 デートのあとは俺の家で勉強をしていた。
 そして、どの魔法が来るかと思っていたところで、風呂に入る前に耳元で「インビジブル」と呟かれたのだ。
 文子が部屋の中を漁ったりしているのは覚悟の上で、俺は風呂から上がり戻ってきた。

 ただ、発動条件に「全裸」はない。
 まさか、服は見られてしまうと解釈したのだろうか。

「文子……はいないのか。帰ったかな」

 俺がそうつぶやくと、文子はニヤニヤと笑う。
 気づかないふりをして、俺はタンスを開けてパジャマを取ろうとする。

 ドサリ。
 文子が俺のベッドの下からエロ本を取り出し、床に投げた。ちなみにエロ本のありかは、先日質問の魔法で聞き出されてしまっていた。

 ベッドのそばに転がるエロ本。
 文子は何を伝えたいのだろう。

 タンスの方に戻ろうとすると、文子は再度エロ本を持ち上げて落とす。俺は首を傾げながら、文子の意図を類推する。ひとまず服を着るのは意図と違うのだろう。

 エロ本に近づく。
 転がっているのは主に幼馴染系で、女の人の胸があまり大きくないものばかりだ。

「何かの拍子に崩れたかな……文子に見られなくてよかった」

 白々しいセリフを吐く。
 エロ本を床から拾い上げる。
 文子はワクワクした目で俺を見ていた。
 ま、まさか。

 俺がベッドの下に本を戻そうとすると、文子がこっそりシーツを下げて邪魔をする。つまり、これを使用しろということだろう。文子の見ている目の前で。マジか。

 俺はエロ本を睨んで少し考える。
 本などなくても、目の前に全裸の文子がいればおかずとしては十分だ。

 恥ずかしいが、それが文子のモチベーションにつながるのなら……やるか。そう、あくまで文子の勉強のモチベーション作りのためにだ。
 他に意図はない。ないったらない。


 俺はおもむろにパンツを下げる。
 文子は指の間から俺の股間を凝視する。

 俺はゆっくりとベッドに横たわると、ティッシュとエロ本をいい感じに配置して準備を整えた。
 文子はそのシステマティックな準備動作に熟練の技を感じたようで、うんうんと頷いて感心している。

 文子はベッド横で至近距離から凝視する。
 俺は右手を下の方に伸ばして──。


 ガチャリ。
 部屋の扉が開かれた。

「秀幸、文子ちゃんは今日夕飯食べて──あ、ごめんね」

 パタン。
 母さんが去っていった。

 文子と目が合う。
 あ、そうだ、他人に見られたら透明化の魔法の効果は切れるんだった。

「ふ、文子、お前何やって──」

 俺は文子に初めて気づいたような演技をする。
 文子は俺に目線を合わせたまま手を掴んだ。

「ふ、フォルゲトミヌーテ、それから、ぁ、アインクエリ」

 えっと……忘却した上で、五分間トランスすればいいんだな。
 俺はぼんやりと天井を見上げながら、文子が服を着る衣擦れの音を聞く。股間の息子はそれだけではちきれんばかりだけれど、しばらくの間は身動きをとってはならない。
 ご、拷問だ。

「うわぁ……ヒデ兄のこんななんだ」

 服を着終わった残りの時間、文子は人差し指でツンツンして過ごした。何を突いていたとは言わないが、俺はそのもどかしさに発狂しそうだった。
 文子が部屋を出ていったあと、俺が何をしていたのかは永遠の秘密だ。



 そんな事件もありつつ、夏休みはせわしなく過ぎていく。

 その日は花火大会があるからと、文子は気合の入った浴衣を着てうちにやってきた。
 なぜだかうちの母さんも俺の浴衣を準備してくれていて、二人でフル装備の状態で家を出ることになった。

「わ……我は着たくて着ているわけではなくて、お母さんがこれ着てけって言うから」
「あはは、大丈夫。可愛いよ、文子」
「わ、我は文子では……文子でいいけど」

 顔を真っ赤にした文子と手をつなぎながら、川沿いの土手に向かって歩いていく。

 このあたりは見晴らしはいいんだけど、会場からは少し遠いからなかなかの穴場スポットなんだ。
 俺たちは空いている場所に腰を下ろす。

「ヒデ兄、あれって……」
「川辺と森田か。あいつら仲いいよな」

 ずいぶんと二人の距離が近い。
 夏休みの間に何かしら進展があったのだろう。

 俺たちは二人に声をかけずに見守った。

「ねぇ、ヒデ兄」
「ん?」
「私ってズルい子なの」

 空でパッと花火が咲く。
 遅れて、ドン、という音が腹に響いた。
 会場で歓声があがる。

「ズルい?」
「うん……やっぱり、ヒデ兄はズルい子って嫌いだよね」

 ドン、ドン。
 立て続けに咲いた花火が、文子の顔を赤と緑に照らした。
 その目には涙が溜まっている。

「あ……」

 文子の声の先。
 川辺と森田が唇を重ねていた。

 ドン、パラパラパラ。
 金色の花火が、俺の中で弾けた。

「好きだよ」
「え?」
「俺は文子のことが、好きだ」

 ドン、ドン、ドン。
 大量の花火が上がる音がする。

 まぶたの裏にその光を感じながら、俺は柔らかい唇の感触をしっかりと記憶した。
 ゆっくり離れ、呼吸の仕方を思い出す。

「フォルゲトミヌーテ」
「なんだよそれ」
「あ……つい癖で」

 ドン。
 ひときわ大きいしだれ柳が、文子の顔を明るく照らした。

 泣きながら笑っている忙しい顔は、これまでのどの表情よりも可愛く見えた。

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