幼馴染は黒魔法を使いたい
幼馴染は黒魔法を使いたい
終礼のチャイム。
ざわつく教室をチラッとだけ眺めたあと、俺は荷物を手早くまとめて席を立った。
「秀幸、じゃーな!」
「あ、坂本くんバイバーイ」
クラスメイトの声に適当に手を振った。
パソコン部の部室は美術室のすぐ隣だ。今月から部長になった俺は、カバンから部室の鍵を取り出して足早に廊下を歩いていく。
「今年の活動、どうするかなぁ」
つい思考が口から出てしまった。
高校二年になり、これまで部を牽引してきた三年がゴソッと抜けた。俺が新部長になったのはいいとしても、もう一人の同級生は幽霊部員だし、一年生の二人はまだそれほどパソコンに詳しくない。
去年みたいに分担してゲーム作りをしようにも、圧倒的に戦力不足だ。
6月のカラッとした暑さに、制服が少し汗ばむ。
一階の端にあるパソコン部の部室。
俺は鍵を挿そうとして手を止める。
扉には一枚の貼り紙があった。
『黒魔法部』
丸っこい文字でデカデカと書かれている。
はぁ、あいつか。
俺はため息を漏らしながら部室の扉を開いた。
「ぬわっはっは、今日からここは──」
ピシャリ。
部室の扉を閉じた。
俺は頭痛のするこめかみを押さえ、どうしたもんかと考える。
幼馴染の山下文子。
一つ年下の高校一年生で、今年から同じ高校に通い始めた。
顔もまあ可愛いし、悪いやつではないんだけど。
ただ、少々趣味が特殊なのだ。
俺は部室の扉をあける。
「……あ……ぬ、ぬわっはっは!ここは今日から──」
ピシャリ。
部室の扉を閉めた。
んー、どう声をかけたもんかな。
去年俺が家庭教師をしている間は、受験に影響するからと一切の黒魔法趣味を封印していた。でもその反動からか、高校に受かってからと言うもののタガが外れたように黒魔法グッズが増えていき、以前より症状が悪化した。
結局高校でもクラスで浮いてるっぽい。
昔から友達いないしな。
ちょっとくらいかまってやるか。
俺は部室の扉を開ける。
「ひっぐ、ひっぐ……ん? あ! ぬ、ぬわっはっは、今日からここは黒魔法部の部室になったのだ」
文子は目元を拭い、薄い胸を張る。
ポニーテールがピョコピョコと揺れる。
黒いコートを羽織って変なステッキを手に持ってるけど、そんなグッズを持ち歩いてるからカバンがいつもパンパンなんだと思う。
俺は脱力しながら文子に近づく。
「はいはい。っていうか文子、どうやって部室に入ったんだよ」
「ヒデ兄、違うって言ってるじゃん。我は文子ではない。宵闇の魔法使いミラ・ローリングスターなのだ!」
「ミラノ風パスタ? 美味そうな名前だな」
文子は膝から崩れ落ちた。
いや、いい名前だと思うぞ。
ミラノ風パスタ。
サイなんとかって店にも売ってるし。
「ほら、落ち込むなよ文子」
「えぇい、文子なんてダサちんな名前、我の名ではないわ!」
「そうか? 俺は文子好きだけど」
文子はボンと顔を赤くする。
面白い顔するなぁ。
あたふたしている文子をしばらく眺めていると、彼女はポケットに手を突っ込んだ。スマホを取り出し、何やらポチポチとアプリを起動する。
「ヒデ兄。いまのセリフ、もう一回言って?」
ボイスレコーダーアプリ。
向けられた画面は録音モードになっていた。
文子は赤い顔をしている。
そんなにさっきのセリフが気に入ったのかな。
俺はスマホに向かってゆっくりハッキリと言葉を発する。
「美 味 そ う な 名 前 だ な」
文子は膝から崩れ落ちた。
いったいどうしたと言うのだろう。
そうだ、思いついた。
今年のパソコン部の活動は、それぞれ好きなWebサイトを作ろう。それなら一年生二人もいい勉強になるし、パソコン部の活動としても面目が立つ。
俺は備品棚から自分のパソコンを取り出し、電源ボタンを押す。
「文子、いつまで崩れてるんだ」
「ヒデ兄……我を怒らせたな」
文子はゆらりと立ち上がると、パソコンを起動している俺の横に立った。
「くくく……後悔しても、もう遅いからな。謝るなら今のうちなのだぞ」
文子は怪しげな呪文を唱え始めた。
それを片耳に聞きつつ、俺はどんな環境でWebサイトを構築しようかと頭を悩ませる。一年生の勉強のためには、クラウド上に仮想サーバを立てるところから一緒にやったほうがいいかな。最低ランクのを3台立てるだけなら、たぶん活動費で賄えると思うし。あとで顧問に相談してみよう。
「えぇい、聞けぇヒデ兄。これから我は禁断の魔法をかけてやるぞ」
そう言うと、文子は俺の両肩をガシッと掴んだ。
俺の目を覗き込み、怪しげな呪文を唱える。
こいつ、可愛い唇してるよな。
「ヒデ兄は魅了の魔法にかかった。これでもう、ヒデ兄は我の言いなりなのだ」
「ふーん。で、俺は何すればいいの?」
「くくく……我への忠誠を態度で示せ。そうだな……まず手始めに、我を抱きしめてみよ」
仕方ないなぁ。
俺は両手を広げて文子に覆いかぶさろうとする。
すると、文子は慌てたように俺の手を避けた。
「ま、ままま待ってよヒデ兄……」
「え?」
「そ、そこ、そこは恥ずかしがって、顔を赤くして、私にからかわれるところまでが流れでしょ。私──わ、我をからかった罪、万死に値するわ!」
えー、そんな流れ分かるはずないだろう。
俺は両手を広げて文子を追いかける。文子は顔を真っ赤に染め上げると、転びそうになりながらドタドタと逃げてゆく。
「ばーかばーか、ヒデ兄のばーか!」
ピシャリ。
部室の扉が閉められて、文子の走る足音だけが廊下から聞こえてきた。
あー、面白かった。
文子はホントいい反応をするから、一緒にいて飽きないよな。
だいたい、魅了の魔法なんてさ。
そんなもん、今さら効くわけないのにな。
だってもうとっくに──。
ガラガラ。部室の扉が開く。
入ってきたのは男女の二人組。パソコン部の一年生だ。
「坂本先輩、おつかれっす」
「先輩。あの扉の貼り紙なんですか?」
俺は苦笑いをしながら貼り紙を剥がしに行く。
二人に軽く挨拶をして、今年のパソコン部の活動について話し合った。それぞれが思い思いのWebサイトを立ち上げる、という方向で概ね異論はないようだ。
俺が作るWebサイトはもう決まっていた。
ざわつく教室をチラッとだけ眺めたあと、俺は荷物を手早くまとめて席を立った。
「秀幸、じゃーな!」
「あ、坂本くんバイバーイ」
クラスメイトの声に適当に手を振った。
パソコン部の部室は美術室のすぐ隣だ。今月から部長になった俺は、カバンから部室の鍵を取り出して足早に廊下を歩いていく。
「今年の活動、どうするかなぁ」
つい思考が口から出てしまった。
高校二年になり、これまで部を牽引してきた三年がゴソッと抜けた。俺が新部長になったのはいいとしても、もう一人の同級生は幽霊部員だし、一年生の二人はまだそれほどパソコンに詳しくない。
去年みたいに分担してゲーム作りをしようにも、圧倒的に戦力不足だ。
6月のカラッとした暑さに、制服が少し汗ばむ。
一階の端にあるパソコン部の部室。
俺は鍵を挿そうとして手を止める。
扉には一枚の貼り紙があった。
『黒魔法部』
丸っこい文字でデカデカと書かれている。
はぁ、あいつか。
俺はため息を漏らしながら部室の扉を開いた。
「ぬわっはっは、今日からここは──」
ピシャリ。
部室の扉を閉じた。
俺は頭痛のするこめかみを押さえ、どうしたもんかと考える。
幼馴染の山下文子。
一つ年下の高校一年生で、今年から同じ高校に通い始めた。
顔もまあ可愛いし、悪いやつではないんだけど。
ただ、少々趣味が特殊なのだ。
俺は部室の扉をあける。
「……あ……ぬ、ぬわっはっは!ここは今日から──」
ピシャリ。
部室の扉を閉めた。
んー、どう声をかけたもんかな。
去年俺が家庭教師をしている間は、受験に影響するからと一切の黒魔法趣味を封印していた。でもその反動からか、高校に受かってからと言うもののタガが外れたように黒魔法グッズが増えていき、以前より症状が悪化した。
結局高校でもクラスで浮いてるっぽい。
昔から友達いないしな。
ちょっとくらいかまってやるか。
俺は部室の扉を開ける。
「ひっぐ、ひっぐ……ん? あ! ぬ、ぬわっはっは、今日からここは黒魔法部の部室になったのだ」
文子は目元を拭い、薄い胸を張る。
ポニーテールがピョコピョコと揺れる。
黒いコートを羽織って変なステッキを手に持ってるけど、そんなグッズを持ち歩いてるからカバンがいつもパンパンなんだと思う。
俺は脱力しながら文子に近づく。
「はいはい。っていうか文子、どうやって部室に入ったんだよ」
「ヒデ兄、違うって言ってるじゃん。我は文子ではない。宵闇の魔法使いミラ・ローリングスターなのだ!」
「ミラノ風パスタ? 美味そうな名前だな」
文子は膝から崩れ落ちた。
いや、いい名前だと思うぞ。
ミラノ風パスタ。
サイなんとかって店にも売ってるし。
「ほら、落ち込むなよ文子」
「えぇい、文子なんてダサちんな名前、我の名ではないわ!」
「そうか? 俺は文子好きだけど」
文子はボンと顔を赤くする。
面白い顔するなぁ。
あたふたしている文子をしばらく眺めていると、彼女はポケットに手を突っ込んだ。スマホを取り出し、何やらポチポチとアプリを起動する。
「ヒデ兄。いまのセリフ、もう一回言って?」
ボイスレコーダーアプリ。
向けられた画面は録音モードになっていた。
文子は赤い顔をしている。
そんなにさっきのセリフが気に入ったのかな。
俺はスマホに向かってゆっくりハッキリと言葉を発する。
「美 味 そ う な 名 前 だ な」
文子は膝から崩れ落ちた。
いったいどうしたと言うのだろう。
そうだ、思いついた。
今年のパソコン部の活動は、それぞれ好きなWebサイトを作ろう。それなら一年生二人もいい勉強になるし、パソコン部の活動としても面目が立つ。
俺は備品棚から自分のパソコンを取り出し、電源ボタンを押す。
「文子、いつまで崩れてるんだ」
「ヒデ兄……我を怒らせたな」
文子はゆらりと立ち上がると、パソコンを起動している俺の横に立った。
「くくく……後悔しても、もう遅いからな。謝るなら今のうちなのだぞ」
文子は怪しげな呪文を唱え始めた。
それを片耳に聞きつつ、俺はどんな環境でWebサイトを構築しようかと頭を悩ませる。一年生の勉強のためには、クラウド上に仮想サーバを立てるところから一緒にやったほうがいいかな。最低ランクのを3台立てるだけなら、たぶん活動費で賄えると思うし。あとで顧問に相談してみよう。
「えぇい、聞けぇヒデ兄。これから我は禁断の魔法をかけてやるぞ」
そう言うと、文子は俺の両肩をガシッと掴んだ。
俺の目を覗き込み、怪しげな呪文を唱える。
こいつ、可愛い唇してるよな。
「ヒデ兄は魅了の魔法にかかった。これでもう、ヒデ兄は我の言いなりなのだ」
「ふーん。で、俺は何すればいいの?」
「くくく……我への忠誠を態度で示せ。そうだな……まず手始めに、我を抱きしめてみよ」
仕方ないなぁ。
俺は両手を広げて文子に覆いかぶさろうとする。
すると、文子は慌てたように俺の手を避けた。
「ま、ままま待ってよヒデ兄……」
「え?」
「そ、そこ、そこは恥ずかしがって、顔を赤くして、私にからかわれるところまでが流れでしょ。私──わ、我をからかった罪、万死に値するわ!」
えー、そんな流れ分かるはずないだろう。
俺は両手を広げて文子を追いかける。文子は顔を真っ赤に染め上げると、転びそうになりながらドタドタと逃げてゆく。
「ばーかばーか、ヒデ兄のばーか!」
ピシャリ。
部室の扉が閉められて、文子の走る足音だけが廊下から聞こえてきた。
あー、面白かった。
文子はホントいい反応をするから、一緒にいて飽きないよな。
だいたい、魅了の魔法なんてさ。
そんなもん、今さら効くわけないのにな。
だってもうとっくに──。
ガラガラ。部室の扉が開く。
入ってきたのは男女の二人組。パソコン部の一年生だ。
「坂本先輩、おつかれっす」
「先輩。あの扉の貼り紙なんですか?」
俺は苦笑いをしながら貼り紙を剥がしに行く。
二人に軽く挨拶をして、今年のパソコン部の活動について話し合った。それぞれが思い思いのWebサイトを立ち上げる、という方向で概ね異論はないようだ。
俺が作るWebサイトはもう決まっていた。
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