幼馴染は黒魔法を使いたい
幼馴染は意外と……
6月も半ばの昼休み。
涼しいパソコン室で、俺は文子の弁当を前に少し躊躇していた。
「くくく……ヒデ兄、どうしたのだ」
「いや、ありがとな。手作り弁当、嬉しいよ」
文子の頭を撫でる。彼女は目をつむり、顔を赤くする。こういう仕草はたまらなく可愛いんだけどなぁ。
俺は恐る恐る弁当をオープンする。
「ぅおっ!?」
「ぬわっはっは、今日の生贄は活きが良いなぁ」
弁当箱の中には、人の手が入っていた。
紫色の肌。擦り剥けた部分には乾いた血。三本の指は爪が剥がれて痛々しい。手首の切断部分からは赤黒い血が流れていて、完全に死んでいるようにも見えるし、今にも襲いかかって来そうにも見える。
文子はお箸で親指部分を持ち上げた。
「はい、あーん」
「……あ、あーん」
俺の口に親指が入る。
モグモグと咀嚼する。
これはウマい。
硬めのご飯をチーズと豚肉で巻いてあって、醤油ベースの少し甘いソースがそれに絡みついている。肉も固くなっていないし、冷めていても美味しい。なんとも俺好みの味付けだ。
料理の見た目はともかく、文子はけっこう家庭科スキル高めなんだよな。
「それで、文子。この前も今日も、弁当なんてどういう風の吹き回しなんだ?」
「……いつも勉強でお世話になってるから、そのお礼だよ。本当だよ。他意はないのである……くくく、ぬわっはっは」
一応、知らない風を装って聞いたけど、そこは笑いを漏らしちゃダメなパターンだろう。
文子のスマホに仕込んだ『黒魔法サイト』。
彼女は現在それにどっぷりとハマっていて、アクセス履歴を見ると休み時間のたびに見ているようだ。
アクセス時刻を見るだけでクラスでの孤立具合が手に取るように分かる。涙が出るな。
一応、コンテンツは豊富に用意した。
まず魔法についての参考知識系。
様々なWebサイトからかき集めた魔法知識を、これでもかと転載しているだけのページだ。いろいろと矛盾もあるけど文子自身はあまり気にしていないようである。
次に、魔力の修行方法のページ。
今現在は集中力を高めるトレーニングしか掲載していないが、文子の様子に合わせて順次追加していく予定である。短時間瞑想なんかは魔法と関係なく頭を休めるのに便利だから、ぜひとも修行に取り入れてほしい。
そして、魔力測定ページ。
このページを開いてスマホに魔力を込めると、現在の保有魔力値が表示されるページだ。
『現在のあなたの魔力は30です』
こんな具合に表示される。
この数値部分は時々刻々と変わるのだが、裏では色々と計算をして表示している。
例えば、授業中の時間帯に黒魔法サイトにアクセスがあるとシステムが自動でマイナス1にする。部活動や家庭教師の時間帯にアクセスがあるとマイナス5。計測後のメッセージにも『集中力が足りません』と出る。
それから、深夜0時を過ぎてからのアクセスも減点対象になっていて、計測後に『生活リズムが乱れています』と表示される仕掛けにしていた。
この数字は、俺だけがアクセスできる管理ページから直接操作することも可能だ。だから、集中して勉強ができたときには俺が手動で大きく加点している。
「くくく、集中力と生活リズムが大事なのだ」
数日経ってその法則に気がついたのか、そこからはパッタリと勉強中のアクセスが途絶えた。あわせて、演習をこなせる量も日増しに増えていっているのだから、俺の作戦は一定の成功を収めていると言っていいだろう。
さて、魔力を高めると何ができるのか。
当然、文子は『黒魔法』を使いたいのだ。
だから、それを用意した。
『現在のあなたの魔力は30です。使える魔法は以下の通り』
魔力量に応じて使える魔法は増えていく。
今使える魔法は一つだけだ。
忘却の魔法『フォルゲトミヌーテ』。
対象の記憶を一分間だけ巻き戻すことができる。
魔力30以上で、一日一回に限り使用可能。
一度の使用で魔力値を20消費する。
対象は一定以上気を許した異性のみ。
文子の家は母子家庭だから、一定以上親しい異性といえば俺くらいしかいない。他の人に魔法を使われても困るからな。
魔法の使用手順は以下の通りだ。
まず、魔力を込めた料理を用意する。
この時、チーズを使うと効果が高まる。また、ピーマンを使ってはならない。このあたりは俺の好みである。
次に、対象にそれを食べさせる。
可能であれば対象の口に手ずから運んで食べさせる(あーんする)と魔法の成功率が上がる。
食べさせてから、2時間後〜8時間後の間。
それが魔法の使用可能時間である。
使用できるのは二人きりの状態でのみ。
対象の目を覗き込み、フォルゲトミヌーテ、と唱えること。
数日前に一度、文子はこの魔法を使っている。
あれはたしか、文子の部屋で演習問題を解いた後だったな。
『お疲れ。頑張ったな、文子』
『ぬわっはっは、我は文子ではない。邪水の魔法使いウンディネス・コリンである』
『へぇ、略してウンコか……』
『フォルゲトミヌーテ!』
突然の事に戸惑ったが、とっさに頭を抱えた。
痛ぇ、と言いながらキョロキョロとあたりを見る。
もちろんこのあたりは演技だ。
『あれ、俺は……おぉ、演習終わったのか』
『う、うん』
『お疲れ。頑張ったな、文子』
『ぬ……ぬわっはっは、我は文子ではない。邪水の魔法使いウンディネス・コリンである』
『へぇ、略してウンコか……』
『!!!』
いつもなら俺の返答に沈み込むところで、文子はニマニマと口元を緩めた。そりゃあ、憧れていた魔法に初めて成功したんだからな。
その日の文子は終始ご機嫌で、怖いくらい集中して勉強に励んでいた。
文子の学力はメキメキと伸びた。
魔力もどんどん溜まってゆく。
騙していることに決まりの悪さは感じるけど、俺の演技と罪悪感程度のことで文子の勉強が捗るのなら、それはそれで良しとしよう。
それから数日。
魔力が再度30まで溜まると、文子は意気揚々と弁当を作って持ってきたのだった。
再び忘却の魔法を使うつもりなのだろう。
文子の部屋は異様な空気に包まれていた。
そわそわしている文子。ここ最近の集中度合いと比べると、全く勉強に身が入っていない。
「どうした、今日は変だぞ」
「そ、そうかな。なんでもないのだ……ぬふふ」
今日は俺の記憶を一分巻き戻せるからな。
いったい何を企んでいるのやら。
でもまぁ、数日に一度だからな。
多少変なことはされるだろうが、少しくらいは大目に見てやるつもりだ。それに、魔法の成功率は100%じゃない設定だから、あんまり酷いイタズラだったら魔法が失敗したことにして叱ればいい。
これで勉強のモチベーションを保てるのなら、安いものだ。
そんなことを考えながら、指導を続けていく。
ふと、文子が俺の方を見る。
「ねぇ、ヒデ兄……」
「ん?」
「ちょっと教科書のココが分からないんだけど、教えてくれない?」
「あぁ、ちょっと待ってな……」
俺が文子に歩み寄り、机に顔を寄せたときだった。
文子の手が伸びてくる。
両手でガシッと俺の首をつかむ。
そのまま顔が近づく。
カツン。
唇が触れ合うと同時に、前歯が当たった。
不器用なキス……。
頭の中が真っ白になる。頬が熱い。
顔を真っ赤にした文子が俺を見つめていた。
「ふ……文子?」
「ごめんね……忘却の魔法、フォルゲトミヌーテ」
ここで来るかぁ。
俺は急いで頭痛の演技をする。
心臓がバクバク脈打っていて、つい息が荒くなってしまう。顔が火照ってどうにも文子を直視出来そうにない。
しばらく頭を抱えていると、文子が焦ったように俺を覗き込んできた。
「だ、だだだ大丈夫?」
「ん? 俺は……何してたんだっけ。あ、演習は終わったのか?」
なんとか演技を再開すると、文子は安心したように息を吐いた。
その日は俺も文子もフワフワした感じのまま、あまり集中できずに家庭教師の時間を終えた。
涼しいパソコン室で、俺は文子の弁当を前に少し躊躇していた。
「くくく……ヒデ兄、どうしたのだ」
「いや、ありがとな。手作り弁当、嬉しいよ」
文子の頭を撫でる。彼女は目をつむり、顔を赤くする。こういう仕草はたまらなく可愛いんだけどなぁ。
俺は恐る恐る弁当をオープンする。
「ぅおっ!?」
「ぬわっはっは、今日の生贄は活きが良いなぁ」
弁当箱の中には、人の手が入っていた。
紫色の肌。擦り剥けた部分には乾いた血。三本の指は爪が剥がれて痛々しい。手首の切断部分からは赤黒い血が流れていて、完全に死んでいるようにも見えるし、今にも襲いかかって来そうにも見える。
文子はお箸で親指部分を持ち上げた。
「はい、あーん」
「……あ、あーん」
俺の口に親指が入る。
モグモグと咀嚼する。
これはウマい。
硬めのご飯をチーズと豚肉で巻いてあって、醤油ベースの少し甘いソースがそれに絡みついている。肉も固くなっていないし、冷めていても美味しい。なんとも俺好みの味付けだ。
料理の見た目はともかく、文子はけっこう家庭科スキル高めなんだよな。
「それで、文子。この前も今日も、弁当なんてどういう風の吹き回しなんだ?」
「……いつも勉強でお世話になってるから、そのお礼だよ。本当だよ。他意はないのである……くくく、ぬわっはっは」
一応、知らない風を装って聞いたけど、そこは笑いを漏らしちゃダメなパターンだろう。
文子のスマホに仕込んだ『黒魔法サイト』。
彼女は現在それにどっぷりとハマっていて、アクセス履歴を見ると休み時間のたびに見ているようだ。
アクセス時刻を見るだけでクラスでの孤立具合が手に取るように分かる。涙が出るな。
一応、コンテンツは豊富に用意した。
まず魔法についての参考知識系。
様々なWebサイトからかき集めた魔法知識を、これでもかと転載しているだけのページだ。いろいろと矛盾もあるけど文子自身はあまり気にしていないようである。
次に、魔力の修行方法のページ。
今現在は集中力を高めるトレーニングしか掲載していないが、文子の様子に合わせて順次追加していく予定である。短時間瞑想なんかは魔法と関係なく頭を休めるのに便利だから、ぜひとも修行に取り入れてほしい。
そして、魔力測定ページ。
このページを開いてスマホに魔力を込めると、現在の保有魔力値が表示されるページだ。
『現在のあなたの魔力は30です』
こんな具合に表示される。
この数値部分は時々刻々と変わるのだが、裏では色々と計算をして表示している。
例えば、授業中の時間帯に黒魔法サイトにアクセスがあるとシステムが自動でマイナス1にする。部活動や家庭教師の時間帯にアクセスがあるとマイナス5。計測後のメッセージにも『集中力が足りません』と出る。
それから、深夜0時を過ぎてからのアクセスも減点対象になっていて、計測後に『生活リズムが乱れています』と表示される仕掛けにしていた。
この数字は、俺だけがアクセスできる管理ページから直接操作することも可能だ。だから、集中して勉強ができたときには俺が手動で大きく加点している。
「くくく、集中力と生活リズムが大事なのだ」
数日経ってその法則に気がついたのか、そこからはパッタリと勉強中のアクセスが途絶えた。あわせて、演習をこなせる量も日増しに増えていっているのだから、俺の作戦は一定の成功を収めていると言っていいだろう。
さて、魔力を高めると何ができるのか。
当然、文子は『黒魔法』を使いたいのだ。
だから、それを用意した。
『現在のあなたの魔力は30です。使える魔法は以下の通り』
魔力量に応じて使える魔法は増えていく。
今使える魔法は一つだけだ。
忘却の魔法『フォルゲトミヌーテ』。
対象の記憶を一分間だけ巻き戻すことができる。
魔力30以上で、一日一回に限り使用可能。
一度の使用で魔力値を20消費する。
対象は一定以上気を許した異性のみ。
文子の家は母子家庭だから、一定以上親しい異性といえば俺くらいしかいない。他の人に魔法を使われても困るからな。
魔法の使用手順は以下の通りだ。
まず、魔力を込めた料理を用意する。
この時、チーズを使うと効果が高まる。また、ピーマンを使ってはならない。このあたりは俺の好みである。
次に、対象にそれを食べさせる。
可能であれば対象の口に手ずから運んで食べさせる(あーんする)と魔法の成功率が上がる。
食べさせてから、2時間後〜8時間後の間。
それが魔法の使用可能時間である。
使用できるのは二人きりの状態でのみ。
対象の目を覗き込み、フォルゲトミヌーテ、と唱えること。
数日前に一度、文子はこの魔法を使っている。
あれはたしか、文子の部屋で演習問題を解いた後だったな。
『お疲れ。頑張ったな、文子』
『ぬわっはっは、我は文子ではない。邪水の魔法使いウンディネス・コリンである』
『へぇ、略してウンコか……』
『フォルゲトミヌーテ!』
突然の事に戸惑ったが、とっさに頭を抱えた。
痛ぇ、と言いながらキョロキョロとあたりを見る。
もちろんこのあたりは演技だ。
『あれ、俺は……おぉ、演習終わったのか』
『う、うん』
『お疲れ。頑張ったな、文子』
『ぬ……ぬわっはっは、我は文子ではない。邪水の魔法使いウンディネス・コリンである』
『へぇ、略してウンコか……』
『!!!』
いつもなら俺の返答に沈み込むところで、文子はニマニマと口元を緩めた。そりゃあ、憧れていた魔法に初めて成功したんだからな。
その日の文子は終始ご機嫌で、怖いくらい集中して勉強に励んでいた。
文子の学力はメキメキと伸びた。
魔力もどんどん溜まってゆく。
騙していることに決まりの悪さは感じるけど、俺の演技と罪悪感程度のことで文子の勉強が捗るのなら、それはそれで良しとしよう。
それから数日。
魔力が再度30まで溜まると、文子は意気揚々と弁当を作って持ってきたのだった。
再び忘却の魔法を使うつもりなのだろう。
文子の部屋は異様な空気に包まれていた。
そわそわしている文子。ここ最近の集中度合いと比べると、全く勉強に身が入っていない。
「どうした、今日は変だぞ」
「そ、そうかな。なんでもないのだ……ぬふふ」
今日は俺の記憶を一分巻き戻せるからな。
いったい何を企んでいるのやら。
でもまぁ、数日に一度だからな。
多少変なことはされるだろうが、少しくらいは大目に見てやるつもりだ。それに、魔法の成功率は100%じゃない設定だから、あんまり酷いイタズラだったら魔法が失敗したことにして叱ればいい。
これで勉強のモチベーションを保てるのなら、安いものだ。
そんなことを考えながら、指導を続けていく。
ふと、文子が俺の方を見る。
「ねぇ、ヒデ兄……」
「ん?」
「ちょっと教科書のココが分からないんだけど、教えてくれない?」
「あぁ、ちょっと待ってな……」
俺が文子に歩み寄り、机に顔を寄せたときだった。
文子の手が伸びてくる。
両手でガシッと俺の首をつかむ。
そのまま顔が近づく。
カツン。
唇が触れ合うと同時に、前歯が当たった。
不器用なキス……。
頭の中が真っ白になる。頬が熱い。
顔を真っ赤にした文子が俺を見つめていた。
「ふ……文子?」
「ごめんね……忘却の魔法、フォルゲトミヌーテ」
ここで来るかぁ。
俺は急いで頭痛の演技をする。
心臓がバクバク脈打っていて、つい息が荒くなってしまう。顔が火照ってどうにも文子を直視出来そうにない。
しばらく頭を抱えていると、文子が焦ったように俺を覗き込んできた。
「だ、だだだ大丈夫?」
「ん? 俺は……何してたんだっけ。あ、演習は終わったのか?」
なんとか演技を再開すると、文子は安心したように息を吐いた。
その日は俺も文子もフワフワした感じのまま、あまり集中できずに家庭教師の時間を終えた。
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