このゲームのススメ方
ベンガルガ
物凄くやり辛いが、やるしかない。
今やらなくて先延ばししても何の得にもならない。寧ろ状況の悪化になってしまう。
「すぃません!」
腰を直角にして、腹から声を出して謝った。
「……はい?」
彼女の抜けた声が聞こえた。
罪悪感に顔を顰める。目を瞑っているから表情は伺えない。
でも、彼女のポカーンとした顔は容易に想像がつく。
たった数日の付き合いだが、彼女の気の弱さは十分知っているつもりだ。
「期待に応えなくて本当すぃません!でも、やっぱ駄目でした。すぃません!」
頭を更に深く下ろす。
何度謝り続けても足りない気がする。
今はこうするしかない。
今はこうするしか……。
「どうして……です、か?」
枯れた声だ。涙ぐんでいて、震えてる。
きっと俺の突然の謝罪に動揺しているだろう。彼女もまた、これが何の謝罪か感づいているからこその反応だ。
それでも訊き返すしか出来ない。
彼女にとっては。
「さっきまで良い感じだったのに、いきなりそん、な……」
クスン!と、鼻を啜る。
「私、が可愛くない、から……?背が低い……から?それとも……ピーマンが食べない、から?」
それは違う。可愛くない訳がない。寧ろ可愛すぎるぐらいだ。背が低いのも含めて。ピーマンが食べないのは……まぁ、ほっとこう。
こんなこと言っても今は何の役にもならないから。
ただ正直に伝えるしかない。
「それは違います」
「じゃ……どう、して……?」
すぅはぁ。
深呼吸して腹を括る。
「どう見ても子供にしか見えない貴女に恋愛感情なんて持てないからです、愛華さん!」
「うわああああぁん!やっぱりそれですかあああっ!」
泣き喚いて遠ざかる愛華さん。
ちっちゃいのに物凄く足が速い。
止めようとした時には既に手の届かない所まで離れていて、俺はそんな彼女の後姿をぼーっと眺めるしか出来なかった。
「……ふう」
肺に溜まった息を吐き出す。それと共に肩の力が抜けて指先がただぶら下がるような感じがした。
案外緊張していたようだ。
先日、お見合いで出会った漆原愛華さん。俺と同じく学校の先生をしていて、色々共感出来る所があると言われたから、友達の紹介で会ってみることになった。
正直に言って、愛華さんはめちゃくちゃ可愛い。何もかも小さくて、そのつぶらな目を見ると、まるで子犬か子猫を見るような愛くるしさを感じさせた。
でも、だからこそ俺は彼女とは恋仲になれなかった。
普通の大人の女性が好きな俺には愛華さんが小学生の子供にしか覚えなかったのだ。そこに愛が生まれたとしても、それは決して恋なんかじゃなく、親心みたいな物だ。
俺が彼女に恋愛感情を持つなんて金輪際ないだろう。
同じ仕事をしてるから良い友達にはなれるかも知れないが、それももうムリな話だな。
「帰ろうか」
俺は踵を返して家の方向にブラブラと足を進めた。
◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、これからどうする」「カフェ行こう、カフェ」「わたし、バイトあるからムリ」「この前の番組見た?」「あのモデル出身が出たの?」「いや、また出なかったよ」「メッチャイケメンだったのに」
廊下を歩いていると生徒達のじゃれ合いが煩く聞こえた。下校チャイムが鳴って、皆興奮している様子だ。
若い子達のテンションに付いていけなくて、さっさと廊下をすり抜け、階段に向かう。
頭の中が昨日のことでいっぱいで、今日は一日中、全く集中出来なかった。
早くタバコでも一服吸って、このモヤモヤした気持ちを払いたい。だが、タバコの補充を買い忘れて今は手ぶらな状態だ。他の先生達は最近禁煙が流行ってるのか、皆持っていない。だから持っていそうな奴を探して屋上に上がって来た。
ギギッ。
老朽化した蝶番から不愉快な音を出た。
降り注ぐ陽光が眩し過ぎて目がチクチクする。空に手を翳しても地面から反射して来て大した効果はない。
俺はうんざりした気持ちのまま影の所に急いだ。
そこには予想通り先客がいた。
「ゲッ、高橋!」
「高橋先生だ、小森。従兄妹だからって学校では呼び捨てにすんな」
小森月子は俺を見た途端、しけた顔になった。
「それと、先生に向けてゲッはなんだ、ゲッは?」
「う、うっさい!アタシの勝手だろう!?」
何か手を後ろに回してモソモソしている。
……あれで隠すつもりか。
ったく。
やっぱコイツは不良には向いてねぇな。
「お前、タバコ吸ってたんだろう?」
「ゲッ!」
またゲッてる。
「そそ、そんなわけねーだろう!」
「お前、嘘下手くそだな」
「う、うううるせー!何の用だよ!?ねーならさっさと帰れ、このハゲ!」
「ハゲてねぇよ!」
失礼な、俺はまだ三十になったばかりだ!
オールバックだから額が広く見えるだけだ!
決してハゲてないわい!
「ハァ、それで、タバコ吸ってたんだろう?」
ため息を吐いて、また同じことを訊く。
月子は目をあっちこっちに回して、極力視線を逸らそうとしていた。
「す、吸ってねーよ」
「いや、吸ったんだろう?」
「吸ってねーつったんだろう!」
「後ろで煙上がってるぞ」
「な、ウソ!?」
慌ただしく後ろを振り向く月子。だが、そこにはもう火を消したタバコの残り滓しか残っていなかった。
「上がってねーじゃん!」
「嘘だからな」
「クッ……」
「で?タバコ吸ったんだよな?」
「……あぁ、吸ってたよ!何か文句あんのかよ!」
結構認めてしまった月子は開き直って俺に向かってつばを飛ばす勢いで怒鳴ってきた。
「そうムキになるな。別に何もしないから」
「何もしないって……はっ!まさか、テメー!」
その時、月子は何かに思いついたように驚愕する。
眉を吊り上げて、大きく開いた目で俺を睨んできた。リンゴのように赤く紅潮した頬から羞耻心も伺える。
「アタシを脅迫する気か!?何もしない代わりにアタシの身体を……」
「んなわけねぇだろう!何考えてんだ、このクソガキが!」
自分の身体を抱きしめて引いてる月子に叱咤を飛ばした。
きっとコイツは巫山戯てるのではなく本気でそう思ってる。
そんな馬鹿な月子に俺は手を挙げて思いっきり振るう。
パン!
掌が小森の頭を捉えた時、とても良い音を出した。
ゲームだったらクリティカルヒットだったろう。
「いっっってー!」
頭を抱えて蹲る月子。
語尾が二オクターブ上がって高音になる。
相当痛そうだ。
「何もしねぇよ。だから、俺にも一服吸わせろ」
十分後。
俺は月子からタバコを一本かっさらって口に咥えた。
火を点けて早速思いっきり息を吸う。
すうううぅ。
口と喉を擦る煙の辛味が身に沁みる。肺に溜まると胸辺りが自然と熱ってきた。
それを生の空気も吸い込んで、腹の中に圧縮するのをイメージする。
心臓の脈拍が速くなるのが分かってきた。体中の血液が隅々まで走り回るのを意識すると、腹の奥底から指の先まで熱を帯びてるように感じた。
筋肉が適当に柔軟して、とてもリラックスするような気持ちになる。
疲れきった心も安定していく。
これは……俺がいつも吸っているのと同じタバコだな。
「いいもん吸ってるな」
「……」
素直にタバコの味を褒める。
先生としてあまり良くないないのは承知の上だが、今の感動はそんな常識も吹き飛ばす程甘美なものだ。
しかし、月子は返事もくれず隣で体躯座りのままそっぽを向いていた。
涙ぐんだ目と尖らせた唇がまるで拗ねた子供のようだ。
「何拗ねてんだよ、お前?」
「……拗ねてねーし」
その姿が可笑しくてつい口に出したが、月子の反応は冴えない様子だ。
「悪かったってば」
「全然心が籠もってねーし」
「いや、本当さ。謝るよ。すまんかった」
「……どうせまた頭叩くに決まってるし」
ヤバい。
かなり意気消沈してる。
ちょっとやり過ぎたかも。
「本当にすまん」
「……すんげー痛かったし」
「何でもするから許してくれよ」
俺がそう言うと、ゆっくりこっちを向いてくれた。
眉を寄せて睨んでくる月子。
少し充血したけど、その藍色の瞳は全然薄れていない。
筋が通っている鼻と整った顎のラインが良く見えた。
金色に染めた巻き髪はとても自然な感じで出来上がっていて、地味でもなく派手でもない、丁度良い個性を作り出している。
こうして改めて見ると、やはりコイツは不良には向いていないと思った。
「じゃ、何があったのか教えろ」
少しの間睨んでいた月子がぽつりと呟いた。
「……何がって?」
「何かあったんだろう?そうでないとこんならしくもねーことしねーだろうが」
そう言って、月子は俺が吸ってるタバコを指した。
タバコを吸うコイツを懲らしめたことはあったけど、こんな風に叱りもせず、かっさらって自分で吸うのはやったことがない。
月子は多分、それを指摘しているのだろう。
「別に何もねぇよ」
「ねーわけがねーだろ」
「ねぇったらねぇよ」
「いや、絶対何かあった」
まるでさっきの正反対の構図になった。
「何でもって言ってたし……」
「……本当に何もねぇよ」
ふう、と空を向けて煙を吐いた。
「ちょっと気が合いそうな人と会って、でも全然上手く行ける気がしなくて、それで終わった。終わらせた。それだけだよ」
また一服吸って、今度はゆっくり吐いた。
煙がゆらゆらと立ち上って、儚く散っていく。
それを眺めていると、俺はふと思った。
何で俺はコイツにこんなこと話してるんだろう?と。
月子はまだ赤ん坊だった頃から知ってる。
おばさんが忙しい時には俺が面倒を見てあげたこともある程、家族の間が親しかった。
そんな関係を教員免許を取って、親から独立するまで続けた。
そして二年前、この学校に就職時に月子とまた出会った……けど。
髪を金髪にしていて、タバコまで吸って、口も悪くなっていた。
でも、少し見てたら、昔と同じくどこか抜けていて、ポンコツなところがそのままだった。
その結果、コイツは中途半端な不良女子になっていた。それでも偏差値の高いこの私立高校ではそれなりに不良としての立場を保っていた。
つまり、かなり浮いている奴になったわけだ。
それを切っ掛けに月子も話す機会も増えて、俺はまるでまだガキだった頃に戻ったような気持ちを時々感じた。
多分、そのせいだ。
お互い良いところ悪いところ全部晒して育ったんだから、気安く打ち解けられるのだろう。
「ほら。何もねぇだろう?」
「全くだ!」
暫く黙って聞いていた月子は突然吐き捨てるように叫んだ。
「どうせアンタなんかと付き合える人なんてねーのに、自分から振るなんて、バッカじゃないの!?頭可笑しいじゃん!」
「とんでもねぇな、おい」
「うっさい!うるさいうるさいうるさいっ!」
まるで地団駄でも踏むようだ。
何かを激しく拒否するように、何度も頭を横に振るう。
月子は勢い良く立ち上がって上から俺を強く睨んできた。
今にも泣き出すような顔だ。
「何もないって?あぁ、そうよ。アンタには何もなかったよ。これっぽっちもな!そしてこれからも何もねーよ!一生!決して!絶対に!」
悲鳴を上げるように叫んだ月子は扉の所に向かって走り出した。
あっという間に俺から遠ざかって、ガン!と強く扉を閉める。
暫く扉の方をぼーっと眺めた俺は残りのタバコを一気に吸って火を消した。
顎をあげて視線を空に向く。
今日は雲一つない青天だ。
晴れやか青空も、涼しく吹く秋の風も。
本当、クソみたいにいい天気だ。
「上手く行かねぇな……ゲームみたいにはよ」
独り言を呟いて、俺は教務室に戻って仕事でも続けることにした。
また吸いたくなる気持ちは必死に抑えて置いた。
◆◇◆◇◆◇
《おう、分かった。行く時は一人適当に連れて行くぜ》
〔レフィン様にメッセージを送信しました〕
メッセージがちゃんと行ったのを確認した後、フレンドリストを閉じた。
薄緑のウィンドウが消えて周りに目の焦点が合う。
パーティメンバー達は周りで俺がメッセージするのを律儀に待っていてくれた。
『ルガさん、終わったんすか?』
用事が済んだことに気づいたウィザードのアカサタが眼鏡を掛け直しながら訊いてきた。
わざわざそんなことしなくても眼鏡がズレる訳がないのに。
コイツもモーション作成に精を出し始めてからはこんなモーションを一々付けるようになった。
これもまたあの生意気なダークエルフの影響だろう。
『オメェらも暇だな。わざわざ待たなくてもいいのによ』
音声入力は使わずチャットで返事をする。
まだキーボードとマウスがメインだった時代に育った俺としては声でチャットを送るのにどうしても抵抗感を感じてしまう。それでも戦闘時みたいにコントロールに忙しい時には使うけど、それ以外はなるべく控えている。
そんなことしなくても視線認識機能でのタイピングはかなり有用だから問題無い。キーボードの速度には劣るが、パッドから手を離さずチャットが出来るから、ゲームをする時は中々便利なもんだ。
『そんなことするわけないじゃん。ルガさんつれないな〜』
『いや、あれはきっとツンデレだwwww』
『カワイくない!』
プリストのモンブラン、ナイトのペロン、そしてアサシンのツキニャンが冗談さながらのフキダシを流す。
『オメェらなぁ』
『まぁ、そう気にしないでくださいっす』
呆れている俺を宥めるアカサタ。
ただ巫山戯てるだけなのは分かっているのに。
『それで、レフィンからメッセージを貰ったんだけど、今週末にダンジョンに潜るそうだ。一人連れて来いって言われたが、誰か一緒に行く奴いるか?』
『あ、オレは今度はパ〜ス』
『自分も週末にはちょっと用事があるっす』
『プリキOア見るからムリwww』
『キモいからイヤ!』
おい、ペロンさんよ。
そこはプOキュアより友情だろうが。
それとツキニャンはいつにも増してキツイ。
結局俺達はそのまま別れることにした。
四人かそれぞれログアウトして行くのを見届けた後、俺は一人でフレンドリストをチェックした。
誰か一緒に行けそうな奴いねぇのか……。
そんな時、俺はあるプレイヤーの名前に目が止まった。
「そういえば最後にコイツと連絡取ったのが結構前だったな」
―――ふむ……。
今やらなくて先延ばししても何の得にもならない。寧ろ状況の悪化になってしまう。
「すぃません!」
腰を直角にして、腹から声を出して謝った。
「……はい?」
彼女の抜けた声が聞こえた。
罪悪感に顔を顰める。目を瞑っているから表情は伺えない。
でも、彼女のポカーンとした顔は容易に想像がつく。
たった数日の付き合いだが、彼女の気の弱さは十分知っているつもりだ。
「期待に応えなくて本当すぃません!でも、やっぱ駄目でした。すぃません!」
頭を更に深く下ろす。
何度謝り続けても足りない気がする。
今はこうするしかない。
今はこうするしか……。
「どうして……です、か?」
枯れた声だ。涙ぐんでいて、震えてる。
きっと俺の突然の謝罪に動揺しているだろう。彼女もまた、これが何の謝罪か感づいているからこその反応だ。
それでも訊き返すしか出来ない。
彼女にとっては。
「さっきまで良い感じだったのに、いきなりそん、な……」
クスン!と、鼻を啜る。
「私、が可愛くない、から……?背が低い……から?それとも……ピーマンが食べない、から?」
それは違う。可愛くない訳がない。寧ろ可愛すぎるぐらいだ。背が低いのも含めて。ピーマンが食べないのは……まぁ、ほっとこう。
こんなこと言っても今は何の役にもならないから。
ただ正直に伝えるしかない。
「それは違います」
「じゃ……どう、して……?」
すぅはぁ。
深呼吸して腹を括る。
「どう見ても子供にしか見えない貴女に恋愛感情なんて持てないからです、愛華さん!」
「うわああああぁん!やっぱりそれですかあああっ!」
泣き喚いて遠ざかる愛華さん。
ちっちゃいのに物凄く足が速い。
止めようとした時には既に手の届かない所まで離れていて、俺はそんな彼女の後姿をぼーっと眺めるしか出来なかった。
「……ふう」
肺に溜まった息を吐き出す。それと共に肩の力が抜けて指先がただぶら下がるような感じがした。
案外緊張していたようだ。
先日、お見合いで出会った漆原愛華さん。俺と同じく学校の先生をしていて、色々共感出来る所があると言われたから、友達の紹介で会ってみることになった。
正直に言って、愛華さんはめちゃくちゃ可愛い。何もかも小さくて、そのつぶらな目を見ると、まるで子犬か子猫を見るような愛くるしさを感じさせた。
でも、だからこそ俺は彼女とは恋仲になれなかった。
普通の大人の女性が好きな俺には愛華さんが小学生の子供にしか覚えなかったのだ。そこに愛が生まれたとしても、それは決して恋なんかじゃなく、親心みたいな物だ。
俺が彼女に恋愛感情を持つなんて金輪際ないだろう。
同じ仕事をしてるから良い友達にはなれるかも知れないが、それももうムリな話だな。
「帰ろうか」
俺は踵を返して家の方向にブラブラと足を進めた。
◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、これからどうする」「カフェ行こう、カフェ」「わたし、バイトあるからムリ」「この前の番組見た?」「あのモデル出身が出たの?」「いや、また出なかったよ」「メッチャイケメンだったのに」
廊下を歩いていると生徒達のじゃれ合いが煩く聞こえた。下校チャイムが鳴って、皆興奮している様子だ。
若い子達のテンションに付いていけなくて、さっさと廊下をすり抜け、階段に向かう。
頭の中が昨日のことでいっぱいで、今日は一日中、全く集中出来なかった。
早くタバコでも一服吸って、このモヤモヤした気持ちを払いたい。だが、タバコの補充を買い忘れて今は手ぶらな状態だ。他の先生達は最近禁煙が流行ってるのか、皆持っていない。だから持っていそうな奴を探して屋上に上がって来た。
ギギッ。
老朽化した蝶番から不愉快な音を出た。
降り注ぐ陽光が眩し過ぎて目がチクチクする。空に手を翳しても地面から反射して来て大した効果はない。
俺はうんざりした気持ちのまま影の所に急いだ。
そこには予想通り先客がいた。
「ゲッ、高橋!」
「高橋先生だ、小森。従兄妹だからって学校では呼び捨てにすんな」
小森月子は俺を見た途端、しけた顔になった。
「それと、先生に向けてゲッはなんだ、ゲッは?」
「う、うっさい!アタシの勝手だろう!?」
何か手を後ろに回してモソモソしている。
……あれで隠すつもりか。
ったく。
やっぱコイツは不良には向いてねぇな。
「お前、タバコ吸ってたんだろう?」
「ゲッ!」
またゲッてる。
「そそ、そんなわけねーだろう!」
「お前、嘘下手くそだな」
「う、うううるせー!何の用だよ!?ねーならさっさと帰れ、このハゲ!」
「ハゲてねぇよ!」
失礼な、俺はまだ三十になったばかりだ!
オールバックだから額が広く見えるだけだ!
決してハゲてないわい!
「ハァ、それで、タバコ吸ってたんだろう?」
ため息を吐いて、また同じことを訊く。
月子は目をあっちこっちに回して、極力視線を逸らそうとしていた。
「す、吸ってねーよ」
「いや、吸ったんだろう?」
「吸ってねーつったんだろう!」
「後ろで煙上がってるぞ」
「な、ウソ!?」
慌ただしく後ろを振り向く月子。だが、そこにはもう火を消したタバコの残り滓しか残っていなかった。
「上がってねーじゃん!」
「嘘だからな」
「クッ……」
「で?タバコ吸ったんだよな?」
「……あぁ、吸ってたよ!何か文句あんのかよ!」
結構認めてしまった月子は開き直って俺に向かってつばを飛ばす勢いで怒鳴ってきた。
「そうムキになるな。別に何もしないから」
「何もしないって……はっ!まさか、テメー!」
その時、月子は何かに思いついたように驚愕する。
眉を吊り上げて、大きく開いた目で俺を睨んできた。リンゴのように赤く紅潮した頬から羞耻心も伺える。
「アタシを脅迫する気か!?何もしない代わりにアタシの身体を……」
「んなわけねぇだろう!何考えてんだ、このクソガキが!」
自分の身体を抱きしめて引いてる月子に叱咤を飛ばした。
きっとコイツは巫山戯てるのではなく本気でそう思ってる。
そんな馬鹿な月子に俺は手を挙げて思いっきり振るう。
パン!
掌が小森の頭を捉えた時、とても良い音を出した。
ゲームだったらクリティカルヒットだったろう。
「いっっってー!」
頭を抱えて蹲る月子。
語尾が二オクターブ上がって高音になる。
相当痛そうだ。
「何もしねぇよ。だから、俺にも一服吸わせろ」
十分後。
俺は月子からタバコを一本かっさらって口に咥えた。
火を点けて早速思いっきり息を吸う。
すうううぅ。
口と喉を擦る煙の辛味が身に沁みる。肺に溜まると胸辺りが自然と熱ってきた。
それを生の空気も吸い込んで、腹の中に圧縮するのをイメージする。
心臓の脈拍が速くなるのが分かってきた。体中の血液が隅々まで走り回るのを意識すると、腹の奥底から指の先まで熱を帯びてるように感じた。
筋肉が適当に柔軟して、とてもリラックスするような気持ちになる。
疲れきった心も安定していく。
これは……俺がいつも吸っているのと同じタバコだな。
「いいもん吸ってるな」
「……」
素直にタバコの味を褒める。
先生としてあまり良くないないのは承知の上だが、今の感動はそんな常識も吹き飛ばす程甘美なものだ。
しかし、月子は返事もくれず隣で体躯座りのままそっぽを向いていた。
涙ぐんだ目と尖らせた唇がまるで拗ねた子供のようだ。
「何拗ねてんだよ、お前?」
「……拗ねてねーし」
その姿が可笑しくてつい口に出したが、月子の反応は冴えない様子だ。
「悪かったってば」
「全然心が籠もってねーし」
「いや、本当さ。謝るよ。すまんかった」
「……どうせまた頭叩くに決まってるし」
ヤバい。
かなり意気消沈してる。
ちょっとやり過ぎたかも。
「本当にすまん」
「……すんげー痛かったし」
「何でもするから許してくれよ」
俺がそう言うと、ゆっくりこっちを向いてくれた。
眉を寄せて睨んでくる月子。
少し充血したけど、その藍色の瞳は全然薄れていない。
筋が通っている鼻と整った顎のラインが良く見えた。
金色に染めた巻き髪はとても自然な感じで出来上がっていて、地味でもなく派手でもない、丁度良い個性を作り出している。
こうして改めて見ると、やはりコイツは不良には向いていないと思った。
「じゃ、何があったのか教えろ」
少しの間睨んでいた月子がぽつりと呟いた。
「……何がって?」
「何かあったんだろう?そうでないとこんならしくもねーことしねーだろうが」
そう言って、月子は俺が吸ってるタバコを指した。
タバコを吸うコイツを懲らしめたことはあったけど、こんな風に叱りもせず、かっさらって自分で吸うのはやったことがない。
月子は多分、それを指摘しているのだろう。
「別に何もねぇよ」
「ねーわけがねーだろ」
「ねぇったらねぇよ」
「いや、絶対何かあった」
まるでさっきの正反対の構図になった。
「何でもって言ってたし……」
「……本当に何もねぇよ」
ふう、と空を向けて煙を吐いた。
「ちょっと気が合いそうな人と会って、でも全然上手く行ける気がしなくて、それで終わった。終わらせた。それだけだよ」
また一服吸って、今度はゆっくり吐いた。
煙がゆらゆらと立ち上って、儚く散っていく。
それを眺めていると、俺はふと思った。
何で俺はコイツにこんなこと話してるんだろう?と。
月子はまだ赤ん坊だった頃から知ってる。
おばさんが忙しい時には俺が面倒を見てあげたこともある程、家族の間が親しかった。
そんな関係を教員免許を取って、親から独立するまで続けた。
そして二年前、この学校に就職時に月子とまた出会った……けど。
髪を金髪にしていて、タバコまで吸って、口も悪くなっていた。
でも、少し見てたら、昔と同じくどこか抜けていて、ポンコツなところがそのままだった。
その結果、コイツは中途半端な不良女子になっていた。それでも偏差値の高いこの私立高校ではそれなりに不良としての立場を保っていた。
つまり、かなり浮いている奴になったわけだ。
それを切っ掛けに月子も話す機会も増えて、俺はまるでまだガキだった頃に戻ったような気持ちを時々感じた。
多分、そのせいだ。
お互い良いところ悪いところ全部晒して育ったんだから、気安く打ち解けられるのだろう。
「ほら。何もねぇだろう?」
「全くだ!」
暫く黙って聞いていた月子は突然吐き捨てるように叫んだ。
「どうせアンタなんかと付き合える人なんてねーのに、自分から振るなんて、バッカじゃないの!?頭可笑しいじゃん!」
「とんでもねぇな、おい」
「うっさい!うるさいうるさいうるさいっ!」
まるで地団駄でも踏むようだ。
何かを激しく拒否するように、何度も頭を横に振るう。
月子は勢い良く立ち上がって上から俺を強く睨んできた。
今にも泣き出すような顔だ。
「何もないって?あぁ、そうよ。アンタには何もなかったよ。これっぽっちもな!そしてこれからも何もねーよ!一生!決して!絶対に!」
悲鳴を上げるように叫んだ月子は扉の所に向かって走り出した。
あっという間に俺から遠ざかって、ガン!と強く扉を閉める。
暫く扉の方をぼーっと眺めた俺は残りのタバコを一気に吸って火を消した。
顎をあげて視線を空に向く。
今日は雲一つない青天だ。
晴れやか青空も、涼しく吹く秋の風も。
本当、クソみたいにいい天気だ。
「上手く行かねぇな……ゲームみたいにはよ」
独り言を呟いて、俺は教務室に戻って仕事でも続けることにした。
また吸いたくなる気持ちは必死に抑えて置いた。
◆◇◆◇◆◇
《おう、分かった。行く時は一人適当に連れて行くぜ》
〔レフィン様にメッセージを送信しました〕
メッセージがちゃんと行ったのを確認した後、フレンドリストを閉じた。
薄緑のウィンドウが消えて周りに目の焦点が合う。
パーティメンバー達は周りで俺がメッセージするのを律儀に待っていてくれた。
『ルガさん、終わったんすか?』
用事が済んだことに気づいたウィザードのアカサタが眼鏡を掛け直しながら訊いてきた。
わざわざそんなことしなくても眼鏡がズレる訳がないのに。
コイツもモーション作成に精を出し始めてからはこんなモーションを一々付けるようになった。
これもまたあの生意気なダークエルフの影響だろう。
『オメェらも暇だな。わざわざ待たなくてもいいのによ』
音声入力は使わずチャットで返事をする。
まだキーボードとマウスがメインだった時代に育った俺としては声でチャットを送るのにどうしても抵抗感を感じてしまう。それでも戦闘時みたいにコントロールに忙しい時には使うけど、それ以外はなるべく控えている。
そんなことしなくても視線認識機能でのタイピングはかなり有用だから問題無い。キーボードの速度には劣るが、パッドから手を離さずチャットが出来るから、ゲームをする時は中々便利なもんだ。
『そんなことするわけないじゃん。ルガさんつれないな〜』
『いや、あれはきっとツンデレだwwww』
『カワイくない!』
プリストのモンブラン、ナイトのペロン、そしてアサシンのツキニャンが冗談さながらのフキダシを流す。
『オメェらなぁ』
『まぁ、そう気にしないでくださいっす』
呆れている俺を宥めるアカサタ。
ただ巫山戯てるだけなのは分かっているのに。
『それで、レフィンからメッセージを貰ったんだけど、今週末にダンジョンに潜るそうだ。一人連れて来いって言われたが、誰か一緒に行く奴いるか?』
『あ、オレは今度はパ〜ス』
『自分も週末にはちょっと用事があるっす』
『プリキOア見るからムリwww』
『キモいからイヤ!』
おい、ペロンさんよ。
そこはプOキュアより友情だろうが。
それとツキニャンはいつにも増してキツイ。
結局俺達はそのまま別れることにした。
四人かそれぞれログアウトして行くのを見届けた後、俺は一人でフレンドリストをチェックした。
誰か一緒に行けそうな奴いねぇのか……。
そんな時、俺はあるプレイヤーの名前に目が止まった。
「そういえば最後にコイツと連絡取ったのが結構前だったな」
―――ふむ……。
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