このゲームのススメ方

ノベルバユーザー174145

幕間

『まだ始めたばかりなのに、もうそんなに色々と経験しましたね。運が悪いのか、ただのバカなのか。まぁ、普通にバカだと思いますけど。それは兎も角、これだけは言わせて下さい。良く、死ななかったんですね、リルゥ』

 バソコンのファンが作る騒音にうんざりとしながら、俺は画面越しでレフィンと向き合った。

 場所は例の飲食店。座ってる席も同じで、レフィンは片手でスパークリングワインを傾いていた。
 脚を組んで軽く握った拳に頬を預けた姿がやけに様になっている。これもコイツが作成したモーションなんだろう。もうツッコまないぞ。
 リルゥは前と同じくハチミツジュース。
 両手でカップを挟んでコクコクと飲む仕草がとても愛くるしくて、ワザとこの大杯で出るジュースを頼んだ。
 これを見るだけで、昨日の出来事やレフィンのあの馬鹿にするような言葉付がどうでも良いくらい、心が癒される。

『そうだろ?俺もそう思うよ、本当』
『バカってところが?』
『違うわ!』

 レフィンは手で口を防ぎながらクックックッ、と慎ましく笑い出した。
 それから脚の組を反対に変えて、またこっちを向いた。

 レフィンは俺の方からここに呼び出した。

 理由は―――よく分からない。
 自分でこう言うのも変だけど、本当に分からないんだ。

 俺はただ、昨日の出来事を思い返していると、レフィンに相談したいと強く思ってしまって、気がつけば既にレフィンにメッセージを送った後であった。
 何を相談したいか分からないのに、また手が勝手に……。

 この変な癖を知っている我が親友はそんな事情を察したのか、相談事にはまだ触れずに接してくれた。

『でも、本当に奇跡みたいな物ですよ、それ。まだそんな低レベルなのにその状況からゲームオーバーされずに済んだのは』
『まだからかうつもりなら俺は帰るぞ?』
『まぁ、そう言わないで下さいよ。奇跡って言うのは本気ですから』
『あ、そうですか』

 適当に言い返しながら、俺は昨日の戦いを振り返ってみた。

 確かにあれは奇跡って言っても良いくらい、無謀で出鱈目な戦いだった。

 レフィン曰く、あの鰐に似たドラコン、ドレイクマギトシュはヒーローイベントと言う上級者向けのイベントモンスターらしい。
 このゲームのモットーだが何だかの分からない信条で、どんなハードなイベントでも誰もがクリア出来るように創ったと言うから、例え俺みたいな初心者でも実力次第では倒せない敵ではない、と言う。
 だから偶にああいう激的に強いモンスターが初心者エリアでもあると、レフィンが教えてくれた。

『設定によると、あのドレイクマギトシュってモンスターは大賢者、クリシュミルが創った魔導兵器の失敗作で、その人物がそこに廃棄したと云います』
『何だ、その不法投棄者?近所迷惑にも程がある。早く警察に捕まれば良いのに』
『ここは警察も警邏も居ませんから』
『あ、じゃあ、あれも失敗作設定なのかな?』

 俺はドレイクマギトシュのあのバグみたいな攻撃を思い出した。
 攻撃範囲の外に居てもダメージが通るあの巫山戯た出来事。
 あれは本当酷かった。

『それは違います』

 その事についてレフィンに話すとあっさり否定されちまった。

『あれも一応このゲームの設定通りですよ。風圧効果と言う物です』
『……あの範囲無視の攻撃が?』

 目の周りに力が入るのを感じる。
 心境的には苦虫を噛み潰したような最悪の気持ちだ。

『正確には、彼我の攻撃力と質量差が大き過ぎる場合生じる追加ダメージ効果です。攻撃範囲の外に居ても敵が攻撃で起こす風によってノックバックされて、それに巻き込まれてダメージを負う、という設定ですよ』
『お前、さっきこう言わなかったか?このゲームはどんなハードなイベントでも誰もがクリア出来るように創られた、と。あれの何処がそうなんだよ?』
『いや、確かに最初は慣れないから難しいかも知りませんけど、的確に回避スキルを使うとちゃんと躱せますよ?まぁ、その分、敵のモンスターはまた別の攻撃パターンに移りますけど』

「回避……スキル?」

 チャットには書けずに、俺は独り言のように呟いた。

 確かに、ノビスが学べる基礎クラススキルの中にそれらしいスキルは見た事がある……と思う。
 あんまり覚えてないから確信はないけど。

 俺が返事に迷っていると、レフィンがジト目になっていた。

『……その様子だと、やっぱり習得して居ませんよね?』

 ギクッ!

 たったコンマ数秒返事が遅れたのに、何で分かるんだよ!?

 レフィンの追及に驚いてしまって、つい手が震えたしまった。
 それに連動するようにリルゥも一瞬ビクッとする。
 手に持っていたジュースを少し零してしまった。

『……習得スキルリストを教えろ。今すぐ』

 普段の言葉遣いに戻ってしまった。
 レフィンの上に出たフキダシから強い癇癪かんしゃくを感じる。

 俺はガタガタ震える手を抑えながら、今リルゥが持ってるスキルリストをチャットで送った。

 リストはそう長くないのに、レフィンは数秒後、漸く返事をくれた。

『アホですね』

 短くて重い一言を食らった。

『いや、リルゥをアホと呼ぶのはアホ達に失礼ですね。さっさと誤りなさい。全国のアホ達に』

 そこまで言うのかよ!?
 それに謝れって、しかもレフィンじゃなくてアホ達に!?

『どうせ新しい服とかアクセサリーとかに有り金全部使ったんでしょうね。確かにそれがリルゥが目標としたススメ方なのは知ってますけど、限度って言うのを考えて下さいよ』

 俺は何にも言い返せなかった。
 レフィンが言っている事は全て事実だから。

 レフィンはリルゥの額に向けて人差し指を伸ばし、ツンツンと突き始めた。
 リルゥは眉を釣り上げて睨むが、何も出来ないままだった。

 俺はまだモーション作成をしてないけど、この前レフィンが何かを弄ったら何だかよく分からない知らせが現れた。
 それにイェスをクリックすると、今みたいにレフィンのモーションにリルゥが勝手に反応するようになった。
 以前使った、"手を繋ぐ"と言うモーションも今は知らせ無しで行われる。

『……まぁ、言葉責めはここまでにしましょうか。ちゃんと反省してるみたいですし』
『ん、俺、してる、反省』
『うむ、宜しい』

 両拳を腰に当ててドヤ顔を作るレフィン。
 また妙にリアルっぽいモーション……ってこれはもういいや。

 ……ん?
 ちょっと待て。

 俺はついさっきの話で違和感を覚えながらレフィンに訊いてみた。

『なぁ、レフィン。お前の言う通りなら、俺が実力さえあればあよドレイクマギトシュを倒せたって事だろう?』
『はい、それが何か?』
『じゃ、それの何処が奇跡なんだ?別にそこまで大袈裟な事じゃないような感じだけど?』
『あぁ、すみません。ちょっと説明不足でした。奇跡って言うのはドレイクマギトシュから生き延びた事じゃなくて、その乱入者から、と言う意味ですよ』

「はぁ……?」

 それこそ訳の分からない事だけど。

 あのプレイヤー、カナタはリルゥを救ってくれた恩人だ。
 寧ろその後、御礼を言うのを忘れた事を酷く後悔する程俺はカナタに恩を感じているくらいだ。

 そんな考えを頭の中で繰り広げていたら、レフィンは俺が逡巡するのを察したのか、また先に教えてくれた。

『カナタはLOGの中でかなり有名なPKプレイヤーですよ。初心者か熟練者か関係無く襲い掛かってその誰もを殺す残酷無情なプレイヤーとして超ヤバイ人です』
『でも、リルゥはこうしてちゃんと生きてるし、ただの噂じゃないのか?』
『本当の事ですよ。僕も一度殺られたんですから』

「じゃ、何で……」

 俺は何とかカナタの事を弁護しようと手を動かしたが、何も言えなかった。
 いや、彼女の事をちゃんと話したい、と言う気持ちに嘘は無い。

 しかし、俺は突然疑問がしたのだ。

 何で俺はそこまでして彼女を庇うのだろう?

 確かに、カナタにはリルゥを救ってくれた恩がある。
 それについては本当に感謝してるし、何があっても恩返しはするつもりだった。

 でも、俺がカナタを知ったのはすぐこの前だった。
 それも対話どころか挨拶も首を頷けるだけ。
 俺は彼女について何にも分かっていない。

 では、何故俺はここまで彼女を思うんだろうか?

 レフィンは俺が考え込んでいる事に気づいたのか、邪魔をせずに別の飲み物を買って飲み始めた。

 そんな親友の気遣いに甘えて、カナタの事をもっと思い返してみる。

 俺が彼女を思う所。
 それは、昨日の戦闘時だ。

 あの躊躇無くドレイクマギトシュに立ち向かう姿。
 的確な回避運動と流星の如く綺麗で優雅な動き。
 そして何よりもそのスピードと強さ。

 あれは本当に凄かった。
 心底からそう思う。

 俺はそんな彼女の強さに―――憧れを抱いてしまった。

 ……そうだ。
 憧れ。
 それだ。間違いない。
 俺が彼女を、カナタをこんなにも思う理由は。

 そして、レフィンを呼び出した理由も。

『なぁ、レフィン、相談があるんだけど』
『やっとですか』

 まるで待っていたかのように返事するレフィン。

『どんな相談ですか?僕が出来る事なら何でもしますよ』

 少し迷いを感じさせる動きで、指を動かし、キーボードを叩いた。

『強くなりたい』
『おや?リルゥは着飾りが目標じゃないんですか?』
『それもある。でも、このままじゃまた同じ目に合うかも知れない。その時また今度みたいな助けが来るとは限らない。せめて俺が強くなって、リルゥをちゃんとコントロールして危機から逃れるようにはなりたいんだ』

 俺の返答にレフィンは優しく微笑んだ。

『分かりました。では、そんなリルゥにピッタリな訓練場所を紹介しましょうか』
『……随分と早い返事だな』
『まぁ、早かれ遅かれ、リルゥがそんな事を言い出すのは時間の問題だと思ってましたから』

 俺はレフィンの掌の上だったって訳か。

『折角だし、パーティを組んで行きましょう。六人フルパーティで』
『おいちょっと待った。俺にそんな大人数の人達と会えって言うのかよ?』
『たった四人なのに大袈裟な……だったら一人はリルゥが誘って下さいよ。ほら、この前話してくれたあの女の子プレイヤーとか居るんじゃないですか』

 ……メアリーの事か。
 確かに、彼女ならそんなにビビる事もないけど。

『……じゃ、そのピッタリな訓練場所って言うのは何処だ?』

 俺の問いにレフィンは獰猛な笑みを浮かべながらこう答えた。

『勿論、ダンジョンですよ』

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