このゲームのススメ方

ノベルバユーザー174145

カナタ

試練トライアルからの逃避は認められません〕

 ……あぁ、そういえば画面の横に表示されてたんだ。
 このわけの分からないイベントの詳細が。

「……クソ」

 俺は五番の数字キーを連打する。

 リルゥは手と杖を前方に伸ばし、光の玉を打ち始めた。

「クソ……クソクソ!」

 口から悪態を漏らしながら、まるで子供が地団駄を踏むようにキーボードを叩き続ける。

 リルゥはそれに従って何度も光の玉を撃ちまくった。
 それが土壁にぶつかる度に同じメッセージが浮かび上がる。

 何の意味も無い、ただの腹癒せはらいせに過ぎない行為。

「巫山戯るな!このクソがぁ!」

 らしくもない悪口を叩くが、それで状況が改善する訳もなく。
 俺はリルゥのMPゲージがゼロになるまで同じ行動を繰り返した。

「クソ……」

 そして―――

 パキン!

 ついに奴が光の鎖を解いた。

 リルゥを振り向く奴の目が爛々と赤く光っている。

 いや、まだだ!
 まだチャンスはある!

 もう一度、奴をここに誘導して、土壁にぶつからせば……!

 そこで俺はまた驚愕した。
 ドレイクマギトシュは俺が全く予想だにしなかった行動を取ったからだ。

 奴は突進技を使わず、突然その場からジャンプした。

 空高く飛翔する奴の巨体。
 そして、リルゥを中心に赤い円が描かれた。
 デジタル画面のように煌めく足元が、本当鬱陶しく思えた。

 今になって攻撃パターンを変えやがるなんて!

 間髪入れずリルゥを走らせる。

 幸い、あのジャンプ攻撃の範囲はそう広くない。
 余裕に、とは言い難いが何とかこの攻撃範囲から逃れる。

 数秒も経たず、奴が地に落下した。

 ドカン!!!

 土煙を撒き散らしながら、世界をも揺るがすような振動を起こす。
 ギリギリで攻撃範囲の外に出ていた筈のリルゥはまたあのバグめいたダメージを負って地面を転ぶ。

 リルゥが体制を直して立ち上がると、突然の如く奴が目の前まで迫って来ていた。

「なっ!」

 高く持ち上げた腕を大きく振り下ろす。

 反射的に動いた指が一番数字キーを押した。

 それによってリルゥもまた奴を目掛けて杖を大きく振るった。

 杖と巨腕がぶつかる。

 ぶつかった場所に閃光が放たれ、奴とリルゥが同時に仰け反った。

 な、何とか相殺出来た!

 これなら何とかなる!
 相殺なんて、そんなプロ技、そう簡単に使える訳ないけど。
 でも、これなら!

 そう意気込んでいた俺を嘲笑うように、ドレイクマギトシュの姿がブレた。

 画面が一瞬暗くなったと思ったら、リルゥは既に宙を飛んでいた。

「あ……」

 暫く地面と水平に飛んだリルゥはそなまま重力に従って地に落ちる。

 でも、リルゥはまだ止まらない。

「あぁぁ……」

 何度も地面の上をバウンドする。
 その度にリルゥはくるくると回って力無く転がる。
 何度も、何度も、何度も。

 その表情は酷い苦悶に染まっていた。

「あぁぁぁぁ……」

 最後に土壁にぶつかって、リルゥはそこで漸く止まった。

 画面の周りに血のような赤い染みが付く。
 そしてリルゥの体力が瞬く間に消えて―――ゼロとなった。

 同時に俺の全身からも力が抜け落ちた。
 自然と腕がテーブルから落ちて、こうべを垂れる。
 物凄い脱力感と絶望感が体中に染み渡るのを感じた。

 遠く離れた場所には、尻尾を後に戻しているドレイクマギトシュの姿が見えた。

 あの尻尾に叩かれたのか。

 あの質量と威力だ。
 それは、まぁ、リルゥのような子供なら当然のように吹き飛ばされるだろう。

 でも、もうそんな事はどうでも良い。

 もう……終った。
 終ったんだ。

 リルゥが弾き飛ばされ、命が完全に無くなるのを見たその瞬間、俺の中からも何かが折れた気がした。
 それがとてつもなく辛くて、もう何も出来ない無力感に襲われた。
 全てが燃え尽き、指にすら力が入らなくなって、俺はどうしようもなく立ち止まってしまうだけだった。

 そんな俺の心境とは全く関係ないように。
 ドレイクマギトシュが再び動き出した。

 俺はただ遠い目のまま画面に向いて、それを眺めるだけだった。

 その時、リルゥの上にとあるアイコンが浮かび上がる。

 そのアイコンに突然罅が入って、パキン!と砕け散った。
 黄金色に輝く無数の粒子となったそれはどんどんリルゥの身体に吸収されていく。

 すると、HP、MPゲージが満タンになって、リルゥが蘇った。

 今のはスキルアイコン?

 絵柄から見て確か〈ビギナーズ・ラック〉とか言うスキルだった。

 確か効果は、

【あらゆる事態に対して幸運が上がる】

 そして、

【一日一回だけ直死性攻撃を防ぎ、HP、MPを全回復する】

 だった。

 これはノビスのクラススキルだ。
 俺がこのゲームを始めて最初に見たスキルだから、名前と効果までちゃんと覚えていた。
 他のスキルは殆ど名前すらうろ覚えけど。

 でも、それがどうだってんだ?

 リルゥが再び立ち上がっていく。
 しかし、俺は腕を動く事もなく、ただ画面を凝視した。

 どうせアイツには勝てない。
 攻撃も届かない、回避も無理難題。

 頑張る必要が何処にあるってんだ?

 ドン、ドン、と重い足音を響かせながら奴が近づいて来る。

 リルゥは杖を出して奴に向ける。
 何時でも攻撃出来るような構えだ。

 まぁ、俺が操作しない限り、このまま奴にまた殺されるだけだけど。

 いいんだ、もう。
 どうせゲームだし。
 死んでもまた街に戻って、やり直せる。
 それだけの話だ。

 ……やり直せるよね?

 近づいて来る奴の動きがやたらと遅く感じる。

 時間が延々と伸びてく感覚を味わいながら、俺はリルゥの顔をを見つめた。

 ぼーっとして眺める視線の先。
 リルゥは何時ものように愛らしくて、時には力強く、そして優しく微笑んでいた。
 そしてその目からは光のような物を感じさせた。

 これは嘘でも何でもない、本当の事だ。
 俺がそう創ったんだから。

 人の表情ってのはとても変異的で、顔筋を少し弄っただけで全く違う印象を受ける物だ。

 人はよく目を見るとその人の感情が分かると言う。
 それは正しい。間違いない。
 しかし、目だけではない。

 顔の全体的印象と、その目が合わさって漸く言葉無き感情を他者に感じさせるのだ。

 目だけでも伝わる物は確かにあるが、リルゥの表情はそれで納まるような代物じゃない。

 目の周りの眼輪筋と、それを下から引っ張ったり押したりする頬筋、そして上で眉周りを動かせる前頭筋。

 俺はリルゥを創る時、なるべくそれらを意識して創った。

 ただ可愛さを求めて……って言うのも違わないけと、それだけじゃない。

 俺がこの娘を大切に思う理由はそれだけじゃないんだ。

 リルゥの表情がどう見えるのか、見る人によってどう感じ取れるのか、他人からどんな感情を呼び寄せるのか。
 それを集中的に意識していた。
 共感し、理解し、自然と見出だせるように。

 じゃあ、その表情が示す感情は?
 俺はこの娘から何を求めて、何を探していたんだろう?

 そんな事、俺は当然……知っている。

 それはとても大切で、俺が何時も思ってる、何時も俺を動かす感情。

 俺を―――諦めず前に勧めススメる感情!

 再び力が入った腕を上げて、掌で自分の両頬を叩く。

 パンッ!と、随分大きい音が響いた。

 イッテェエエ!

 痺れるような感覚に思わず顔を顰める。

 でも、今の俺にはちょうど良い刺激だ。
 気合が入って来るのが肌で分かる。

 キーボードとマウスに手を乗せて、すぅはぁ、と深呼吸する。

 よし、やってやる。

 もう馬鹿な考えは辞めて、何としてもこの状況を打破するんだ。

 攻撃されても、全て躱してやる。
 攻撃が通らないなら、通るまで撃ってやる。
 躱せないなら……相殺してやる。

 やってみせるのだ!

 諦めて貯まるもんかぁあ!

 俺は強く決意して、指に力を入れる。
 徐々にキーボードを押して、リルゥをまた走らせる―――そんな時だった。

 ドッカーン!!!

 リルゥのすぐ横の土壁が砕けて、外側から内側に向かって爆散した。

「え?」

 思わず口からそんなボケた声が漏れた。

【現在挑戦者数:2】
【平均レベル:88】

 画面の横に表示されてるイベントの情報が更新される。

 ドレイクマギトシュは攻撃範囲のすぐそこまで辿り着いていたが。

 ズバッ!

 壁を打ち破り、外から飛んで来た"何か"に腹を深く斬られた。

 青紫色に包まれた"それ"はまるで流星の如く長い尾を引いて、そのままドレイクマギトシュを通り過ぎて行った。

 夜空のように煌めいていて、とても綺麗な色だ。

 頭の上に上がってくるダメージ表示に乱入者の事を気づいたドレイクマギトシュが、身体を回してその者に向かう。

 しかし、その場には既に誰も居なかった。

 その代わりに、ドレイクマギトシュのすぐ前に青紫の影が迫っていた。

 ズバッ!

 奴がまた斬られる。

 乱入者は奴を通り越して、背後を走り回る。

 それでもまだ止まらない。

 奴は何回か乱入者を捉えたように腕と尻尾を振るうが、彼、或いは彼女は既に動いた後であった。

 絶えなく聴こえる刀で物を斬る音。
 その度に奴の上にダメージレポートが流れるように現れて、また消えるのを繰り返す。
 奴のHPゲージが見る度にどんどん減っていく。

 凄い。
 早すぎて全く見えないが、とんでもないスピードで動いているという事実だけは分かった。

 そして何よりも―――強い。

 奴の体力がもう半分となった。

 その時、奴の目がまた輝き出す。

 足元からその先に超が付く程広い範囲が赤く染まる。
 前方約百二十、いや、百四十度くらいの範囲か。
 出鱈目を超えて、これは最早チートにしか思えない物だ。
 それをほぼノーモーションで遣りのけた奴は、間髪入れず胸が膨らむ程息を吸い込む。そして口を大きく開き、猛烈な炎を吐き出した。

 攻撃範囲表示から実際の攻撃までの時間はほぼ一瞬。
 もうその範囲表示に意味があるのか訊きたいくらい、馬鹿げた攻撃速度だった。

 リルゥがいるところまでは届かないとは言え、それを目にすると背中がぞっとしてしまう。

 大地を隈なく覆う炎の中、俺がまた乱入者の姿を見失ってからコンマ数秒。

 ズッバッ!

 更に重く、更に鋭い斬撃の音が鳴り響いた。

 目を向くと、ドレイクマギトシュの足元から空を向かって一閃が描かれていた。
 乱入者はその上の空中にゆっくりと動きを止めた。

 光が差し出す青空の下。
 彼女は優雅に宙を漂った。

 太陽光を反射する、銀色に輝く短髪。
 モデルのような完璧な"美"を表すその身体は青と紫を基礎としたカウボーイスタイルの衣装を纏っていた。
 帽子から突き出てる二本の木の枝のような角と茶色の肌が野生感みたいな物を感じさせる。

 頭の上にキャラ名が見えた。
 名前は……カナタ、か?
 何故かその名前は普通の名前と違って赤かった。

 そして重力が漸く働き始めたかのように、彼女が落ちて来る。

 空中で身を捻らせ、駒のように回りはじめた。
 開いた両腕の先にはそれぞれに刃を握っている。

 風を切り裂くような音を響かせながら、その刃でドレイクマギトシュの背中を斬る。

 無数のダメージが同時に通るような音が轟く。

 彼女はそんな奴の背後に重さを全く感じさせない動きで着地した。

 強力な連続攻撃を受けたドレイクマギトシュは火炎ブレスを中断せざるを得なくなり、前のめりに倒れる。

 凄まじい攻撃力。

 当の本人はその場に立ち止まってごくごくとポーションを飲み始めた。
 彼女もまたあの炎からは完全に逃れる事は無理だったらしく、体力が大量に減っている。

 ドレイクマギトシュは後ろに回って彼女を睨み付けた。

 もうすぐ攻撃に入るだろう。

 だけど、カウボーイ衣装のカナタはそれをまるで気にもせぬように、また別のポーションを取り出して飲み始めた。

 ドレイクマギトシュはそんなカナタに近づき、身を低く屈めて、腰を絞るように撚る。

 また見た事のない攻撃が来る。

 捻った腰に合わせて腕と尻尾も回せる。
 じっくりと力を込めるように、まるで限界まで伸ばせた撥条を思わせる姿勢だ。
 あまりの力に奴の身体がぷるぷると震える。

 その攻撃が示す攻撃範囲は、とてつもなく広い。

 ただ身体を回すだけの物とはとても思えない程広範囲に渡る攻撃だ。

 さっきみたいに高速で動けば、あのカナタならきっと余裕に避けられるだろう。
 しかし、彼女は未だに動き出さず、ポーションを飲み干したまま、立ち止まっていた。

 一秒も経たず、ドレイクマギトシュが貯められた力を一気に開放し、竜巻のような爆風を起こしながら、身体を回し始めた。
 ほぼ同じタイミングにカナタの体から紫色のオーラが迸った。
 恐らく何らかのスキルを発動したんだろう。

 そして奴の攻撃がオーラを纏ったカナタの刃とぶつかった。

 強制な閃光が放たれ、一瞬の静寂が周りを支配する。
 全てが色を失ったかのように止まり、奴が放った竜巻ですら威勢が止まったと思う程、何もかもが停止した。

 次の瞬間、ドレイクマギトシュからダメージを食らったイフェクトが現れる。

 一つではない。
 何度も、幾重にも重なった音が一瞬の内に聴こえてくる。
 突然の豪雨が地を打つような連続音。
 奴のHPが水が漏れるような勢いでなくなり、音が止むと同時に奴が砕け散った。

 ガラスが割れる音と共に消滅し、周りが光に満ちていく。

試練トライアル終了コンプリート!〕

 そんなメッセージが画面の中央に大きく表示された。

 数秒も経たずメッセージが消えて、周りを囲んでいた土壁が轟音と共に崩れ落ちる。

 収得アイテムのリストが表示される中。
 リルゥは、俺はただ立ち止まったまま、呆然とその成り行きを見つめるだけだった。

 その時、カナタがこっちを振り向いた。

 まるで自分が彼女と目が合ったかのような感覚に教われて、思わずビクッとする。
 マウスに乗せていた手も動き、リルゥもまた俺と同じくビクッてしまった。

 静かにリルゥを凝視していたカナタは挨拶するように首を軽く頷いた後、踵を返して遠ざかった。

 彼女が森の中に消え行く姿を目にして、俺は漸く気を取り戻した。

「助かった……のか?」

 まるで白日夢でも見たような気分の俺は、誰にも聞こえない呟きを漏らすだけだった。

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