このゲームのススメ方

ノベルバユーザー174145

メアリー1

『シャァァァッ!』
『シャァッ!』

 ヘッドギアのスクリーンに映る、視野を埋め尽くすような無数の蛇が絶え間なく襲い掛かってくる。私を貪ろうとするように大きく口を開いて、毒か何かの危なさそうな液体を牙から垂らしている。

 とても気持ち悪い。
 夢に出ちゃうかも。

「どうしよう……」

 私はとても困っていた。
 それはもう猫の手でも借りたいくらいに。

 こんな沢山の蛇に襲われて困っていない人なんていないと思うけど、それでも何の力も無い私はただ呟く事しかできない。
 私は今、とても困っている、だと。

 しかし、多分だけど、第三者が今の私を見たらそう思えられないかも知れない。
 自分でも分かるくらい、私はとても落ち着いた心境でこの状況を見ているから。

 勿論、私のようなか弱い女の子がこんな大量の蛇に襲われたらパニックを乗り越してショックで死んじゃうレベルの事態なのは確かだ。ゲームの中だとしてもそれは違わないだろう。
 普通の女子中学生である私がこのような事態に出くわしたり、経験するなんてある筈も無いし、例えあったとしても、それに慣れる事は絶対無いだろう。それよりも、私がこんな事態で生き残るイメージが全く浮かない。自分の弱さは自分が一番知っているから。
 だけど私は気絶するどころか泣け叫んだりもしていない。私の歳と性格を考えると、それはとても有り得ない事だ。本当、思い返す度に不思議に思っちゃう。

 幼馴染のコウちゃんがこの状況を見たらきっと驚くだろうね。目も口も大きく開けて、ポカンとした顔で。
 何時もからかわれる側だから、コウちゃんにそんな顔をさせる事が出来るかもと思うと、なんだかとっても楽しくなる。
 そんなどうでも良い事を考えると、こんな状況にも関わらず、自然と笑みが溢れてしまう。ウフフ、と。

 ……。

 はい、ただの現実逃避です。
 すみません。

 私がこの状況で冷静にいられるのには別に大したことじゃない。ただ単に、私が既に泣け叫んだ後で、気絶もして、シクシクと涙もいっぱい流して、この状態になってからもう三時間も経ってるからだ。
 冷静ではなく、死んだ魚の目であるだけ。

 蛇って魚も食うのかな?
 川か海にも泳ぐ蛇も在ると聞いた事があるけど、魚を捕食する蛇については全然分からない。テレビに出る蛇もカエルか鳥を食べてることしか見て無いから。
 そう思うと、今みたいに死んだ魚の目の私には興味が無いかも知れない。きっとこんな私の目を見てすぐ食べ物じゃないと分かってくれるかも知れない。こんな魚、しかもこんな不味そうな目の魚なんて食べてもお腹を壊すだけだと思うかも知れない。

 はい、蛇の皆さん、私はとても不味いですよ〜。
 食べても何の得にもなりませんよ〜。
 だから食べないで下さい〜。
 仲良くしましょう、ウフフ。

 って、私が無理でした。
 蛇さん、怖いですから。
 ごめんなさいね、ウフフ。

「はぁ……。本当、どうしよう……」

 いい加減、馬鹿な考えはやめよう。
 そんな事したって状況がよくなる訳ないから。

 私はダメ元でまたログアウトを試みてみる。

〔戦闘中にはログアウトできません。〕

 そんな無慈悲なシステムメッセージに私は絶句しちまう。

 それならこの場から逃げてみよう。

 私はゲームパッドを操作してアバターを移動させてみた。

 左に押す。
 アバターがビクビクする。
 右に押す。
 アバターがビクビクする。

 アバターの頭上には何らかのスキルらしきアイコンが浮かんだまま。

 体の所々から力が抜け落ちるような脱力感に襲われる。

 戻したい。
 昨日の私を止めて戻したい。

 実は私、昨日シールダーと言うクラスに就いた。こう見えて実はレアクラスである。その分、場合によってはかなり強力なクラスである。
 しかしそれは言葉通り"場合によって"だ。逆に言えば、場が合わないとかなり非力とも言える。
 今の状況が正にそうだ。

 シールダーには〈不動要塞〉と言うクラススキルがある。名前通り動かぬまま防御に専念するスキルだ。
 説明文によると、このスキルを使うと物理、魔法防御力の三倍上昇に、あらゆる状態異常と属性攻撃に耐性がつくらしい。それに加え、周りの敵愾心を煽り易くする。その代わり、このスキルの発動中には全く動けないし、敵のヘイト値が完全に消された状況、つまり、敵か使用者かどっちらが死ななきゃ解除出来ない。

 だったら、と、私は蛇に攻撃を仕掛けた。

 スキルを混ぜながらえいっ、えいっ、と、平打で敵を叩く。何度も攻撃を当てた後漸く一匹を倒す事に成功した私は周りを見渡した。

 また増えている……。

 もうヤダ……。

 私は床に四つん這いになって絶望を味わった。

 ならいっその事、自殺するのはどうかな?そしたら最後の街で復活出来るから、解決策としては悪くない。絶対やりたくないけど、背に腹は変えられないから。

 そんな考えをしたのが約一時間前の事で、私はそれからずっとこのままであった。
 動かぬまま、攻め続けて来る蛇達の怖顔を眺めながら、どんどん目が死にかけて、心も疲弊してきて、何もかもどうでも良くなって……。

 視線を左上に向かわすと、このアバターのHPゲージが見える。蛇に攻撃される中、ゲージは少しずつ減っている。だけど、数秒後は失った分が赤く染まって、時間を巻き戻すようにまた満タンになってしまった。
 さっきからずっとこんな感じで、私のアバターは全く死なない。
 〈バトル ・ヒーリング〉スキルの効果、凄すぎるわ。

 あはは。
 もう、笑いしか出ない……。

 大体、私がシールダーになった理由はアバターを絶対死なせたくないからだ。このアバターは、この"メアリー"は私がそれなりに念を入れて創った娘だ。物凄く長い時間をかけて考え、何度も直して、理想の自分を思い描いて漸く創った大切なアバターだ。私の娘とでも言える。
 そんな私がシールダークラスに就くのは当然の流れとも言える。シールダーは今まで露になったLOGのクラスの中で一番飛び抜けた防御力を誇るクラスだから。
 でも、今になってシールダーにこのようなオチがあるとは。

 こんなの、ひどいよ……。
 あんまりだよ……。

 それからどれだけ時間が経ったのか分からない。
 一時間?二時間?もしかしたら既に一日が過ぎたかも知れない。

 それは考え過ぎかな?

 だったら何?

 もう、どうでもいい。
 何も考えたくない。

 あら?
 幻覚まで見え始めてきた。

 妖精さんかな?
 金髪で、ツインテール?みたいな髪型で、ひらひらな黄色いドレスを着ていて、とてもふわふわな感じ。
 あ、もしかしたら天使さんかも。
 顔がほぼ無表情だし。

 こんにちは、天使さん。
 もしかして、私、死にましたか?
 余りにも過酷な状況で結局身も心も逝ってしまったのですか?
 いいですよ。
 連れててください。

 ウフフ、それにしても、やはり天使さんはとても可愛いですね〜。
 いや、可愛いと言うより綺麗?美しい?
 とても現実離れた美貌ですね。
 ちっちゃくてとても可愛いのに、美し過ぎて、まるで光ってるように見えますね。

 あらあら。
 そっちに行っちゃ駄目ですよ。
 あそこは怖い怖い蛇さん達が待ち構えていますから―――。

 そう念じたが、もう遅かったらしく、天使さんは蛇に襲われてしまった。
 天使さんは漸くその事に気づいたのか、一瞬ビクッと震えて、剣を取り出して反撃する。

 しかし、戦いに不慣れなのか、攻撃が殆ど当たらないし、当たっても大したダメージは通らない。
 何だかとても焦ってるように見える。

 もう、私の幻覚なんだからわざわざこんなに弱くなくてもいいのに。

 剣の攻撃を辞めて今度は魔法使うつもりらしい。
 両手を前に出して少しの間の後、魔法が放たれた。

 まるで爆発するような勢いで天使さんの周りが氷漬けになる。
 術者である本人は大丈夫だったけど、魔法を浴びてしまった蛇達は完全に凍ってしまった。

 今がチャンス!

 さっきより長い時間をかけて、もっと強い魔法が天使さんの小さな掌から放たれた。

 何故か後ろの方向に。

 ……。

 自分も馬鹿をやっちまったと思ったらしく、途方に暮れているように見える。
 その間に蛇達がまた動き出てしまった。

 ……って、あれ、幻覚じゃなくてプレイヤーじゃない!

 ひょっとしたら助かるかも知れない。
 このチャンスを逃さなきゃ。

 私は直ちに天使さんに音声入力で話しかけた。

 えぇと、名前は……リルゥちゃん、か。

「あの!そこの、リルゥ……さん?」

 つい、ちゃん付けて呼ぶ所だった。
 幾ら可愛いからといって初対面のプレイヤーにちゃんは駄目よね。
 中の人も女の子じゃないかも知れないし。

 でも、どうやらリルゥちゃんは全然チャットウィンドウを見ていないらしい。フキダシも届かなかったようで、私の事は全く気づいていない。さっきから蛇達から忙しく逃げ回っているだけだ。

 マップから出れば良いのに何故か同じ場所をクルクル回るだけ。
 それがまた物凄く可愛いけど。

 あ、よく見ると足が地面から少し浮いてる。

 もしかしねラグってるかな?

 しょうがない。
 一度リルゥちゃんを追いかけてる蛇達をこっちに引いてみよう。

 私はリルゥちゃんが丁度近くを通り過ぎた時、蛇達に向かって〈プロヴォーク〉スキルをかけた。
 リルゥちゃんを追っていた蛇達はその途端、直角に方向回転して私を目かけて迫ってきた。

 これで大丈夫だろう。

 またリルゥちゃんに視線を向けると、まだバタバタ走り回っていた。
 周りが全く見えてないみたい。
 アバターだから表情が変わる筈もないのに、何故かその顔はとても汗だいているように見えた。

 とりあえずパーティー申請してみよう。

〔パーティー申請を送りました〕

 漸く走り回るのを止めたリルゥちゃんは周りをキョロキョロした。
 視野の端に彼女の名前と状態が私のすぐ下に羅列される。
 確認してから受諾したのではなく、ついやってしまったようなタイミングであった。

「こっちです〜」

 声を上げてまた話しかけてみた。
 このくらい大声ならきっとリルゥちゃんにもフキダシが届くはず。

 そして漸くこっちを向いてくれたリルゥちゃん。

 私を見た途端、またビクッとして全然動かなくなった。まるで小動物が肉食獣に出くわしたような反応だ。

 ああ、そうだった。
 今の私の状態を見たら、まぁ、誰でもそうなるよね。
 何せ、蛇だらけたから。
 それも周りの地面を埋め尽くす程の数だから。

 でも、ごめんなさい。
 今はそんな配慮もできないぐらい、私も積んでるから。
 早速頼んじゃおうと。

「ちょっと助けてくれませんか?遠距離でも良いですから、周りのモンスターを倒して下さい」

 だけど、リルゥちゃんは全く無反応。
 余りの恐怖に見動きできなくなっちゃった?

「大丈夫ですから。敵は全部私が引き付けますから。絶対そっちには向かわせませんから」

 それでもリルゥちゃんはフリーズしたままだった。
 少し焦ってきた私は更に声を上げて叫んだ。

「あの―――!」
『魔法でいい?』

 フキダシがほぼ同時に出た。

 よかった、ただラグっただけだったみたい。

「はい、それでいいです。兎に角攻撃して下さい」
『あんまり効いてなかったけど……』
「時間をかけてもいいですから、お願いします!」
『凄く長くなるぞ?』
「大丈夫です!問題ありません」
『……本当にいい?』
「だ・い・じょ・う・ぶ・です!」

 ちょっとイラッときて、思わず大声で叫んでしまった。

 リルゥちゃんはまだ納得してないみたいだけど、少し逡巡した後、攻撃を開始した。

 剣から杖に交換して魔法を撃ち始める。
 リルゥちゃんはノビスらしく、ベイシッククラスの魔術士とアコライトの魔法を使えるみたいだ。
 さっきみたいにキャストタイムの長い火の魔法とか、今撃っている光の魔法とか、初心者が使う所を私はよく見かけたから、すぐ分かった。
 だけど、やっぱりノビスだからか、威力が焼け石に水程度で、敵を倒す速度がとても遅かった。それでも無いよりはマシだから、私も攻撃に加えて状況の解決に専念した。

 そしておよそ四十分後、最後の蛇が倒され、私はついにこの絶望的な状況から脱出するのに成功しのだ。

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