ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか
【番外】平凡男子でもチョコレートは貰えるのか 後編
体育館裏から教室へ戻る途中、背後から声がした。
「ちょっとそこの宮島くーん!」
俺の名前じゃないけど俺を呼んでいる声がする。もうこれだけで誰なのか分かるけど。
「誰が広島の世界遺産じゃい!」
挨拶代わりのツッコミを交えつつ振り返ると、そこにはパチパチと拍手をする愛川理沙がいた。
「おぉ、完璧な返しだね~。私感動しちゃったよ」
「お陰様で無駄な反射神経が鍛えられちまってるけどな」
愛川さんはその美貌や人当たりの良さ(但し表面上に限る)から男子の人気が非常に高く雲の上の存在のような女子だ。
しかし堂庭との対立があって以降、俺は彼女と気さくに話せる関係になっており会話の始まりは必ず俺の苗字をボケるという定番ネタまで染み付いた次第である。
「宮ヶ谷君ってさ、もうチョコ貰ってたりするの?」
「まあな、ざっと六個くらいかな」
「え、六個!? モテモテじゃん!」
「お前に言われたくはねぇよ」
百人以上の男子を虜にしている奴に言われるとなんだか虚しくなってくるな。せっかく気分が良かったというのに。
「いやいや、私なんて容姿にしか興味がない雄豚が金魚の糞みたいにくっ付いているだけで全然モテないよ?」
「はぁ……相変わらず容赦ないな」
「えっへん! なんだって私は腹黒な女だからね!」
それ自分で言っていいのかよ。まあ俺は分かりきってるけど。
「そうか……。でもお前は今日誰かにチョコを渡したりとかしないのか? その……気になる人とかに……」
「うん、一人だけ渡したいと思ってる人がいるよ」
「へぇー。誰なんだろ」
「それはね…………はい、どーぞ!」
愛川さんの両手には赤色の包装紙に包まれた小箱が乗っている。これ、まさか俺に……!?
「本命だよ? 私ずっと宮ヶ谷君のことが……」
「は、はぁ!?」
おいおい嘘だろマジかよ。渡したい相手が俺だけでしかも本命ってことは……。
待ってくれ、頭の整理が追いつかん。愛川さんからアプローチされるなんて完全に想定外だったしどう反応すればいいんだよ。
「愛川さん……ちょっと時間をくれないか……?」
「え、なんで? 冗談に決まってるじゃん! そんな顔真っ赤にしちゃって~。宮ノ下君はまだまだ恋愛対象じゃありませんよ~」
「誰だよそいつは。ったく、俺の苗字は宮ヶ谷だっての」
ああもう淡い期待をして損した。いや、期待しては駄目なんだけど……。結局愛川さんはいつも俺をからかってくるだけなんだよな。
「えへへ、宮ヶ谷君って案外可愛いね」
「だからそういう反応に困る発言はやめてくれ……」
「はいはーい。あと今回のチョコは私を助けてくれたお返しだからね」
「お返し……。俺なにかしたっけ?」
日頃から軽い雑談程度ならする仲になったが、それ以外で彼女に関わった覚えは無いと思うのだが……。
一方、愛川さんは悩んでいる俺の顔を見てくすくすと笑いながら答える。
「ほらファミレスで堂庭さんとタイマンを張った時のことだよ。あそこに宮ヶ谷君がいなかったらきっと丸く収まってなかったと思うからさ」
「あの時のか……。別に俺は大したことはしてないし気にしなくていいのに」
堂庭との対立が続く中、愛川さんが全てを打ち解けて話してくれたあの日。確かに俺はその場に同席していたが、お手柄は堂庭だと思っている。俺はあくまで堂庭の隣にいただけなのだから。
「そんなことないよ。私は宮ヶ谷君に感謝してるから。貴方達がゴキ○リのようにしぶとく私に迫ってきてくれたお陰で私は自分を改めることができたのだし」
「言い方、な」
学園のアイドルが放つ言葉とはとても思えないが、それこそ愛川さんらしい姿なのだと思う。
周りに気を遣って作り笑いを浮かべる彼女よりも毒舌や愚痴を吐きまくる方が似合っているし生き生きしている。
「あ、そろそろ昼休み終わっちゃうね。私次の授業体育だからそろそろお暇するね。じゃあまた!」
「あぁ、またな。それとチョコサンキュー」
「はーい! お返しは百倍で待ってるよー!」
「うげぇ……」
こちらに手を振りながら軽やかに廊下を駆けていく愛川さん。
やれやれ……。これで今日貰ったチョコ何個目だっけ?
それよりもこれで愛川さんが平沼にチョコをあげる可能性はゼロになってしまった訳だが、それを教えたらどんな反応をするだろうな。きっと校内中逃げ回ることになるから教えるのはやめておこう。
◆
ホームルームが終わり放課後になった。いつもなら俺が堂庭に声を掛けて一緒に帰る流れになるのだが、今日はそれが難しい。
もちろんバレンタインというこの日に彼女からまだチョコを貰っていないからという理由もあるが、それよりも大きな訳がある。
今日はまだ堂庭と一言も言葉を交わしていないのだ。
普段の堂庭なら休み時間になる度に俺の席へやってきて「今朝見つけた幼女の話」や「一般人におけるロリコンの見方について」等を熱く語るのだが今日はそれが一切無い。
喧嘩をした直後等であれば十分有り得る状況なのだが、最近は言い争いなんてしていないし思い当たる節も全く無いから困ったものである。
しかしながらここで話し掛けて一緒に家まで帰らなければ堂庭からチョコを貰うチャンスは無くなってしまう。そもそも貰えるかどうかも怪しいが希望は最後まで持っておきたい。
俺は思い切って席を立ち、丁度帰り支度を済ませたであろう堂庭に声を掛けた。
「堂庭……。帰るぞ」
「うん……」
彼女は特段嫌な顔をする訳でもなく俺の意見に同調してくれたが反応がやけに他人行儀だった。
それから帰り道を二人並んで歩くものの、やはり堂庭の様子はおかしい。
「今日は寒かったよなー」
「……そうだね」
「そういえば小町通りに新しいケーキ屋ができたらしいんだけど知ってるか?」
「知らない」
「それでそこのシフォンケーキが美味しいらしくて昨日も行列ができててさー」
「ふーん……」
なんだろうこれ……。
堂庭の奴、すっごく無愛想なんですけど!
せっかく俺が話題を作っても面倒臭そうに相槌を打つだけだし、こっちに顔すらも向けてくれないなんて。俺は知らない間に堂庭を怒らせてしまったのだろうか……。
チョコを貰えるかどうかよりも彼女の機嫌が気になる中、とうとう堂庭の家の前まで来てしまった。
「じゃあ……また明日な」
結局今日は堂庭と会話という会話をせず、最も期待していたチョコすらもらえずに眠りにつくのか……。
重い足取りで一歩踏み出す。すると背中が反対側に引っ張られる感覚がした。
「え……?」
振り向くとそこには俺のブレザーの裾を握る堂庭の姿。顔は俯いてしまっているため表情を伺うことはできない。
「どうしたんだ……?」
「許して、くれる……?」
堂庭の声は若干震えているようだった。許してって何をだ? 全く見当がつかないのだが……。
「一体どういう意味……」
「チョコ、作ってきたんだけど」
鞄から小箱を取り出した堂庭。なんだ、今年もやっぱ作ってくれたんじゃないか。でもどうして俯いているのだろう……。
「ありがとな。いつも俺なんかに――」
「怒らない?」
「え、なんで……」
「このチョコあげても、晴流怒らない?」
何故チョコをもらって怒らなくちゃいけないのだ。寧ろ感謝で一杯だというのに。
「怒るわけないだろ。お前が作ったチョコなんだもん」
「本当?」
ばっと顔を上げる堂庭。
彼女は寂しそうな表情をしていた。目元には薄っすらと涙も見える。何故だろう。こんなチョコの渡され方をしたのは初めてだ。
「開けて……いいのか?」
「…………うん」
まさかこれはドッキリで箱の中身はチョコではなくびっくり箱なのでは……? と一瞬思ったが堂庭に限ってそんな事はしないだろう。
受け取った小箱を恐る恐る開ける。すると中には俺の予想通りのモノが入っていた。なのだが――
「あぁ……」
中身を見た瞬間、俺は堂庭が悲しんでいる理由が分かった。
堂庭が差し出したのは確かにチョコレートだったのだが、無残にもそれはぼろぼろに砕けていたのだ。
「ごめんね。晴流には特別に生チョコケーキを作ったんだけど、箱に詰めた後に落としちゃって……。箱は取り替えたんだけど中身がもう……」
彼女が言い終わる頃にはもう涙が溢れており、やがて目元だけでは溜めきれなくなって零れるように流れ始めた。
きっと一生懸命作ったのだろう。なのにそれを自分の不手際で台無しにしたら悲しくなるよな。でも……俺に謝る必要は無いのに。
「食べてもいいか? というか食べるぞ」
「え、でもそんな見た目じゃ……」
「お前が作ってくれたチョコなんだろ? なら俺は食べる」
「無理しなくていいんだよ? ぼろぼろだし……」
「見た目は関係無いだろ。問題は中身だ。もし仮に見た目だけで判断してたらお前を好きになってなかっただろうしな」
「晴流……」
おっと調子に乗って我ながら恥ずかしい事を言ってしまったな……。
でも確かに俺は外見だけで判断はしない。堂庭が悲しんでいる気持ちも痛いくらい分かるが、それを汲んだ上で俺は彼女の手作りチョコを食べたいと思う。
砕けたケーキの欠片を摘んで口の中へ運ぶ。柔らかな食感と共にほのかな甘みが広がった。
「これってお前……」
味は確かに美味しい。それは間違いないのだが今まで贈ってくれたものと比べるとパターンが違うというか、味付けが異なっている気がしたのだ。
「今年はメアリーさんに手伝ってもらわなかったのか?」
「え、そうだけど……。どうして分かったの?」
「まあ普段と違うからな。お前らしさが出ているというか……俺が好きな味だ」
「ふーん、そっか。…………えへへ」
幼馴染みの縁もあり俺は堂庭の手作り料理の毒見をしたことが度々ある。そのため堂庭の料理の仕方や味付けの癖などは概ね理解しているつもりだ。
これはとても声に出して言えないが、堂庭の手料理を食べると……彼女のエプロン姿が目に浮かんで暖かな気持ちになるのだ。そして今回も同じ気持ちになった訳だ。
一口、また一口と欠片を口へ放り込んでいたらいつの間にか無くなってしまった。ご馳走様でした。
「美味かったよ。ありがとう」
堂庭の小さな頭の上に手を乗せてゆっくりと撫でる。嬉しかった俺の気持ちが少しでも彼女に伝わるといいな。
「……どういたしまして」
堂庭の照れ臭そうな返事を聞いて俺は更に髪を撫で続けた。
幾分の時が経ち、やがて別れる流れになった頃。
「じゃあ、またな」
「待って!」
歩き出そうとしたところを再び呼び止められる。
「まだ用があるのか?」
「その……着替えたらさ、あたしの部屋に来てくれない……?」
「あぁ、別に構わないが」
一緒に宿題でもしたいのだろうか。それともロリグッズの自慢大会を開催するつもりか……?
「今日は夜まで桜もメアちゃんも家に居ないんだよね。だから楽しいコト、いっぱいしよ?」
なっ、それって……。
上目遣いでそんな事言われたら勘違いしてしまうじゃないか。くそぅ、可愛すぎるぞ……。
「よし待ってろ。三分で戻ってきてやる」
言い終わるのと同時に足を踏み出す。
俺のバレンタインはまだこれからだ……なんつって。
==============
愛川さんの言葉のチョイスには少々ミソがありまして続編に続く伏線だったり、しなかったり……?
※次話は修善寺の過去編をお送りします。恐らく最終話になると思います。
「ちょっとそこの宮島くーん!」
俺の名前じゃないけど俺を呼んでいる声がする。もうこれだけで誰なのか分かるけど。
「誰が広島の世界遺産じゃい!」
挨拶代わりのツッコミを交えつつ振り返ると、そこにはパチパチと拍手をする愛川理沙がいた。
「おぉ、完璧な返しだね~。私感動しちゃったよ」
「お陰様で無駄な反射神経が鍛えられちまってるけどな」
愛川さんはその美貌や人当たりの良さ(但し表面上に限る)から男子の人気が非常に高く雲の上の存在のような女子だ。
しかし堂庭との対立があって以降、俺は彼女と気さくに話せる関係になっており会話の始まりは必ず俺の苗字をボケるという定番ネタまで染み付いた次第である。
「宮ヶ谷君ってさ、もうチョコ貰ってたりするの?」
「まあな、ざっと六個くらいかな」
「え、六個!? モテモテじゃん!」
「お前に言われたくはねぇよ」
百人以上の男子を虜にしている奴に言われるとなんだか虚しくなってくるな。せっかく気分が良かったというのに。
「いやいや、私なんて容姿にしか興味がない雄豚が金魚の糞みたいにくっ付いているだけで全然モテないよ?」
「はぁ……相変わらず容赦ないな」
「えっへん! なんだって私は腹黒な女だからね!」
それ自分で言っていいのかよ。まあ俺は分かりきってるけど。
「そうか……。でもお前は今日誰かにチョコを渡したりとかしないのか? その……気になる人とかに……」
「うん、一人だけ渡したいと思ってる人がいるよ」
「へぇー。誰なんだろ」
「それはね…………はい、どーぞ!」
愛川さんの両手には赤色の包装紙に包まれた小箱が乗っている。これ、まさか俺に……!?
「本命だよ? 私ずっと宮ヶ谷君のことが……」
「は、はぁ!?」
おいおい嘘だろマジかよ。渡したい相手が俺だけでしかも本命ってことは……。
待ってくれ、頭の整理が追いつかん。愛川さんからアプローチされるなんて完全に想定外だったしどう反応すればいいんだよ。
「愛川さん……ちょっと時間をくれないか……?」
「え、なんで? 冗談に決まってるじゃん! そんな顔真っ赤にしちゃって~。宮ノ下君はまだまだ恋愛対象じゃありませんよ~」
「誰だよそいつは。ったく、俺の苗字は宮ヶ谷だっての」
ああもう淡い期待をして損した。いや、期待しては駄目なんだけど……。結局愛川さんはいつも俺をからかってくるだけなんだよな。
「えへへ、宮ヶ谷君って案外可愛いね」
「だからそういう反応に困る発言はやめてくれ……」
「はいはーい。あと今回のチョコは私を助けてくれたお返しだからね」
「お返し……。俺なにかしたっけ?」
日頃から軽い雑談程度ならする仲になったが、それ以外で彼女に関わった覚えは無いと思うのだが……。
一方、愛川さんは悩んでいる俺の顔を見てくすくすと笑いながら答える。
「ほらファミレスで堂庭さんとタイマンを張った時のことだよ。あそこに宮ヶ谷君がいなかったらきっと丸く収まってなかったと思うからさ」
「あの時のか……。別に俺は大したことはしてないし気にしなくていいのに」
堂庭との対立が続く中、愛川さんが全てを打ち解けて話してくれたあの日。確かに俺はその場に同席していたが、お手柄は堂庭だと思っている。俺はあくまで堂庭の隣にいただけなのだから。
「そんなことないよ。私は宮ヶ谷君に感謝してるから。貴方達がゴキ○リのようにしぶとく私に迫ってきてくれたお陰で私は自分を改めることができたのだし」
「言い方、な」
学園のアイドルが放つ言葉とはとても思えないが、それこそ愛川さんらしい姿なのだと思う。
周りに気を遣って作り笑いを浮かべる彼女よりも毒舌や愚痴を吐きまくる方が似合っているし生き生きしている。
「あ、そろそろ昼休み終わっちゃうね。私次の授業体育だからそろそろお暇するね。じゃあまた!」
「あぁ、またな。それとチョコサンキュー」
「はーい! お返しは百倍で待ってるよー!」
「うげぇ……」
こちらに手を振りながら軽やかに廊下を駆けていく愛川さん。
やれやれ……。これで今日貰ったチョコ何個目だっけ?
それよりもこれで愛川さんが平沼にチョコをあげる可能性はゼロになってしまった訳だが、それを教えたらどんな反応をするだろうな。きっと校内中逃げ回ることになるから教えるのはやめておこう。
◆
ホームルームが終わり放課後になった。いつもなら俺が堂庭に声を掛けて一緒に帰る流れになるのだが、今日はそれが難しい。
もちろんバレンタインというこの日に彼女からまだチョコを貰っていないからという理由もあるが、それよりも大きな訳がある。
今日はまだ堂庭と一言も言葉を交わしていないのだ。
普段の堂庭なら休み時間になる度に俺の席へやってきて「今朝見つけた幼女の話」や「一般人におけるロリコンの見方について」等を熱く語るのだが今日はそれが一切無い。
喧嘩をした直後等であれば十分有り得る状況なのだが、最近は言い争いなんてしていないし思い当たる節も全く無いから困ったものである。
しかしながらここで話し掛けて一緒に家まで帰らなければ堂庭からチョコを貰うチャンスは無くなってしまう。そもそも貰えるかどうかも怪しいが希望は最後まで持っておきたい。
俺は思い切って席を立ち、丁度帰り支度を済ませたであろう堂庭に声を掛けた。
「堂庭……。帰るぞ」
「うん……」
彼女は特段嫌な顔をする訳でもなく俺の意見に同調してくれたが反応がやけに他人行儀だった。
それから帰り道を二人並んで歩くものの、やはり堂庭の様子はおかしい。
「今日は寒かったよなー」
「……そうだね」
「そういえば小町通りに新しいケーキ屋ができたらしいんだけど知ってるか?」
「知らない」
「それでそこのシフォンケーキが美味しいらしくて昨日も行列ができててさー」
「ふーん……」
なんだろうこれ……。
堂庭の奴、すっごく無愛想なんですけど!
せっかく俺が話題を作っても面倒臭そうに相槌を打つだけだし、こっちに顔すらも向けてくれないなんて。俺は知らない間に堂庭を怒らせてしまったのだろうか……。
チョコを貰えるかどうかよりも彼女の機嫌が気になる中、とうとう堂庭の家の前まで来てしまった。
「じゃあ……また明日な」
結局今日は堂庭と会話という会話をせず、最も期待していたチョコすらもらえずに眠りにつくのか……。
重い足取りで一歩踏み出す。すると背中が反対側に引っ張られる感覚がした。
「え……?」
振り向くとそこには俺のブレザーの裾を握る堂庭の姿。顔は俯いてしまっているため表情を伺うことはできない。
「どうしたんだ……?」
「許して、くれる……?」
堂庭の声は若干震えているようだった。許してって何をだ? 全く見当がつかないのだが……。
「一体どういう意味……」
「チョコ、作ってきたんだけど」
鞄から小箱を取り出した堂庭。なんだ、今年もやっぱ作ってくれたんじゃないか。でもどうして俯いているのだろう……。
「ありがとな。いつも俺なんかに――」
「怒らない?」
「え、なんで……」
「このチョコあげても、晴流怒らない?」
何故チョコをもらって怒らなくちゃいけないのだ。寧ろ感謝で一杯だというのに。
「怒るわけないだろ。お前が作ったチョコなんだもん」
「本当?」
ばっと顔を上げる堂庭。
彼女は寂しそうな表情をしていた。目元には薄っすらと涙も見える。何故だろう。こんなチョコの渡され方をしたのは初めてだ。
「開けて……いいのか?」
「…………うん」
まさかこれはドッキリで箱の中身はチョコではなくびっくり箱なのでは……? と一瞬思ったが堂庭に限ってそんな事はしないだろう。
受け取った小箱を恐る恐る開ける。すると中には俺の予想通りのモノが入っていた。なのだが――
「あぁ……」
中身を見た瞬間、俺は堂庭が悲しんでいる理由が分かった。
堂庭が差し出したのは確かにチョコレートだったのだが、無残にもそれはぼろぼろに砕けていたのだ。
「ごめんね。晴流には特別に生チョコケーキを作ったんだけど、箱に詰めた後に落としちゃって……。箱は取り替えたんだけど中身がもう……」
彼女が言い終わる頃にはもう涙が溢れており、やがて目元だけでは溜めきれなくなって零れるように流れ始めた。
きっと一生懸命作ったのだろう。なのにそれを自分の不手際で台無しにしたら悲しくなるよな。でも……俺に謝る必要は無いのに。
「食べてもいいか? というか食べるぞ」
「え、でもそんな見た目じゃ……」
「お前が作ってくれたチョコなんだろ? なら俺は食べる」
「無理しなくていいんだよ? ぼろぼろだし……」
「見た目は関係無いだろ。問題は中身だ。もし仮に見た目だけで判断してたらお前を好きになってなかっただろうしな」
「晴流……」
おっと調子に乗って我ながら恥ずかしい事を言ってしまったな……。
でも確かに俺は外見だけで判断はしない。堂庭が悲しんでいる気持ちも痛いくらい分かるが、それを汲んだ上で俺は彼女の手作りチョコを食べたいと思う。
砕けたケーキの欠片を摘んで口の中へ運ぶ。柔らかな食感と共にほのかな甘みが広がった。
「これってお前……」
味は確かに美味しい。それは間違いないのだが今まで贈ってくれたものと比べるとパターンが違うというか、味付けが異なっている気がしたのだ。
「今年はメアリーさんに手伝ってもらわなかったのか?」
「え、そうだけど……。どうして分かったの?」
「まあ普段と違うからな。お前らしさが出ているというか……俺が好きな味だ」
「ふーん、そっか。…………えへへ」
幼馴染みの縁もあり俺は堂庭の手作り料理の毒見をしたことが度々ある。そのため堂庭の料理の仕方や味付けの癖などは概ね理解しているつもりだ。
これはとても声に出して言えないが、堂庭の手料理を食べると……彼女のエプロン姿が目に浮かんで暖かな気持ちになるのだ。そして今回も同じ気持ちになった訳だ。
一口、また一口と欠片を口へ放り込んでいたらいつの間にか無くなってしまった。ご馳走様でした。
「美味かったよ。ありがとう」
堂庭の小さな頭の上に手を乗せてゆっくりと撫でる。嬉しかった俺の気持ちが少しでも彼女に伝わるといいな。
「……どういたしまして」
堂庭の照れ臭そうな返事を聞いて俺は更に髪を撫で続けた。
幾分の時が経ち、やがて別れる流れになった頃。
「じゃあ、またな」
「待って!」
歩き出そうとしたところを再び呼び止められる。
「まだ用があるのか?」
「その……着替えたらさ、あたしの部屋に来てくれない……?」
「あぁ、別に構わないが」
一緒に宿題でもしたいのだろうか。それともロリグッズの自慢大会を開催するつもりか……?
「今日は夜まで桜もメアちゃんも家に居ないんだよね。だから楽しいコト、いっぱいしよ?」
なっ、それって……。
上目遣いでそんな事言われたら勘違いしてしまうじゃないか。くそぅ、可愛すぎるぞ……。
「よし待ってろ。三分で戻ってきてやる」
言い終わるのと同時に足を踏み出す。
俺のバレンタインはまだこれからだ……なんつって。
==============
愛川さんの言葉のチョイスには少々ミソがありまして続編に続く伏線だったり、しなかったり……?
※次話は修善寺の過去編をお送りします。恐らく最終話になると思います。
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