ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

【スピンオフ・修善寺の過去】小学生編「お嬢様かぶれな可愛い子」

 ――六歳。私立鶴岡学園初等部入学。

 エスカレーター方式で悠々と私立小学校に進学した私は何一つ不自由の無い生活を送っていた。…………少なくともこの時までは。

 幼稚園の時に一緒だった子は半分くらい公立の学校へ行ってしまった。その代わりにを勝ち抜いた精鋭が混ざったので環境的には大きく変わった事になる。私の友達も大半はお別れとなってしまった為、新たなスタートといった気分だ。
 とはいえ、ガキのようにはしゃぐのは格好悪い。いや十分過ぎるくらいガキなのだが、蒼琉君が事故に巻き込まれて以降の私はニュース番組を注視していたせいで大人ぶる事に憧れを抱いていたのだ。まあ要するに『可愛くないマセガキ』なのだが。

「起立、礼!」
「「ありがとうございました!」」

 日直の掛け声の後に響き渡る児童の声。
 入学から一週間。慣れない生活の中、ようやく下校時刻となった頃……。

「待ちなさい、修善寺雫!」

 教室の出口に向かっていた私の背中に誰かが声を掛けてきた。

「お主は……」

 振り向いた先にいたのは一人の少女。仁王立ちになって膨れっ面をしながら私を指差している。よくあるライバル登場シーンに酷似した姿だ。本人に自覚は無いのだろうけど。

「あなたにずっと言い……も、申したい事があったの……ですわっ!」

 たどたどしい口調で話す彼女は同じクラスの子。幼稚園の時には見なかったのでお受験に勝ち上がった子なのだろう。目つきも鋭いしこの場にいるのも納得できる。更にぷっくりと膨らんだ頬や整った顔、赤いリボンで結ったツインテールも絶妙に似合っていて……。お嬢様学校という肩書きに相応しい可憐な女の子、というのが私の第一印象だ。

「はて……お主は誰だったかのう」
「はぁ!? あたしは堂庭瑛美よ、ど・う・に・わ・え・み! あ、じゃなくて堂庭瑛美、ですわっ!」

 言い直した。興奮して荒くなった声を無理矢理落ち着かせたぞ、この子。

「ほっほっほ。名前くらい知っておるぞ」
「えぇ!? いやだって知らないって……」
「わしは別に名前を知らないとは一言も言ってないのじゃが」
「なっ…………!」

 みるみるうちに顔が赤くなっていく女の子、瑛美。反応が実にわかりやすい子である。

「自己紹介が済んだのならわしは帰るぞ。ピアノの習い事が待ってるからのう」
「ちょっと勝手に行かないでよ! あたしの話を聞きなさい、ですわ!」

 再び出口へ向かおうとしたものの呼び止められる。まあこれで終わるとは思ってなかったけど。

「……用があるなら早く済ませておくれ」
「そうね。じゃあ一言で言う……言わせてもらうわ!」

 調子の狂う口調と裏腹にびしっと人差し指を私に向けながら続ける。

「あなたのその「のじゃ」とか言うやつ、なんかムカつくから止めた方がいいわよ」
「………………はぁ」

 何を言い出すのかと思えば……まさか私の口癖についてだったとは。私は呆れて溜め息しか出なかった。何故なら――

「ねぇ聞いてるの? あたしの話、聞こえない?」
「わしの言葉遣いをお主に指摘されるなんて最大の屈辱じゃのう」

 ほとんど会話した事の無い相手だがこれだけは言える。「お前には言われたくない」と。

「くつ……じょく?」
「ほっほっほ。少々難しい言葉を使ってしまったかの。これは申し訳無い」
「なんで笑いながら謝るのよ。馬鹿にしてる訳?」
「いやいや、お主のレベルに合わせなかったわしが悪いのじゃ」
「あんた、やっぱり――」

 怒りをあらわにして詰め寄ってくる瑛美。一方私は澄ました顔をしながら冷静に対処する。

「お主、言葉遣いが乱れておるぞ」
「え…………?」
「「ですわ」か「この野郎」かどちらかに合わせないと聞いていて気持ち悪いのじゃが」
「むぅ…………。ええ、あたしは「ですわ」で話します、ですわっ!」

 わざわざ宣言しなくても良かったのだが。

「ほほう。そこまでして丁寧な話し方をしたいのじゃな?」
「もちろんよ。だってあたしはお金持ちのお嬢様だもん!」
「…………本物のお嬢様は威張ったりしないぞ」
「あぁん? うるさいわね!」
「ほら、そういう所じゃぞ。すぐに怒らないでもっとおしとやかにするのじゃ」
「ぐぬぬぅ……」

 唇を噛み締めながらこちらを睨み付ける瑛美。まるで精一杯威嚇している子犬のようである。怖くは無いがお嬢様の欠片も無い。

「第一、言葉遣いもなっておらん。語尾に「ですわ」を付ければ良いってもんじゃないぞ。それに一つ一つの単語も大人っぽく無いし、内容も幼稚じゃ」
「ぐっ、幼稚じゃ……ないもん。あたしは立派なレディーだもん!」
「その見た目でレディーとは笑わせてくれるのう。まずは髪を一つに結んで派手なリボンも取ってから出直して来ると良い。それと国語の勉強をして話し方の基本も覚えるのじゃ。それから――」

 次から次へと反撃を仕掛ける私だったが、ふと瑛美の顔を見ると彼女は目に涙を溜めていた。マズい、オーバーキルだったか……?

「ぐすっ……。もう、バカ! バカバカバカァ!」

 年相応に怒りをぶちまけた彼女は私の体にグーパンチをかましてきた。思ったより痛い。意外と力はあるようだ。

「ご、ごめん。言い過ぎたのじゃ……」

 マセガキだが、この頃の私は子供らしい良心も持ち合わせていたので罪悪感があった。
 咄嗟に私が謝ると、瑛美は両手で涙を拭きながら――

「話を続けるわ。あんたの話し方腹立つからやめなさい、ですわ!」
「ほほう、じゃあわしはその言葉をそのままお主に返してあげよう」
「えっ…………」

 またもや目をうるうるさせる瑛美。気付いたらダメージを与えている私の話し方は止めておいた方が良いかもしれない。

「わしは好きでこの言い方をしてる訳じゃない。ちゃんと目的があるのじゃ」
「もくてき……?」
「左様。大好きな人を喜ばせる為じゃ。まあ今は遠くに行ってしまったのじゃがのう」
「そっか……」

 この世を去ってしまった彼だけど、もしかしたら何処かで私を見守ってくれているかもしれない。だから私は彼から授かったこの口調を大切に使い続けていくのだ。

「お主のように能天気にやってるわけじゃない。理由があるのじゃから、ここはひとつ引き下がってくれないかのう」
「そうね…………でも!」

 穏便に済ませてとっとと帰ってやろうと思ったが、そう上手くはいかないらしい。私を引き止めるように瑛美が続ける。

「あたしだって適当に言ってる訳じゃないわ! 多分理由はあんたと同じよ。でも……喜んでくれるかは分からないの……」
「ほほう。お主にも好きな人がおるのか。へぇー」
「ちがっ……くもないけど、それはどうでも良いのよ!」

 顔を真っ赤にして話を逸らそうとするが……本当に素直な奴である。いや、小学一年生だから普通の反応か? ……と考える同い年の私。

「あんたのその言葉遣いは見逃してあげるわ。ただその代わり! あたしがもっとレディーになれるように協力しなさい、ですわ!」
「えぇぇー、面倒じゃのう」
「ふっふ。もちろんタダとは言わないわよ。もし協力してくれたらご褒美としてあたしのお友達にしてあげるわ!」
「えぇぇー」

 これでもかと言うほど嫌な顔をしてみる。実際はそこまで嫌では無かったが面白そうなので少し演技を混ぜてみたのだ。

「なによ。あたしとお友達になれるのよ。嬉しく無いわけ?」
「うん」
「えっ……。でもあたしとお友達になれば――」
「やだ。お主と友達なんてまっぴらごめんなのじゃ」
「そんな……」

 今にも泣きそうな顔で落ち込む瑛美。あらら、また言い過ぎてしまったな。それよりも本当にこの子は――――

「おっほっほっほ」
「何? 急に笑い出して」
「いや、お主は本当に面白い奴じゃのう」
「はぁ!? あたし別に面白い事なんてしてないけど!」
「……お主とお友達になってあげても良いぞ。特別にな」
「え、本当に!?」

 瑛美は急にテンションを上げて喜んだ。私はかなり上から目線で言ったのだが、そこは気にしていないらしい。

「じゃあまた明日。わしはもう帰るぞ」
「ちょっと待ってよ。一緒に帰ろうよ」
「ほっほ。なんじゃ? お主は一人で家にも帰られない小心者か?」
「違うわよ! 友達ならこれくらい当然でしょ!」
「まあまあ落ち着くが良い。わしと友達になれた事を喜ぶのは構わないが一度冷静なって――」
「なによその言い方。それじゃまるであたしが馬鹿みたいじゃない」
「違うのかえ?」

 瑛美と話していると何故か無意識に煽ってしまう。ほぼ初対面の相手なのに気兼ねなく話せるというか、そんな気がする。

「ち、違うわよ! あたしは世界一レディーなお嬢様なんだからっ!」
「ほっほっほ。馬鹿なのじゃ。やっぱりお主は馬鹿なのじゃ」
「なんですってえぇぇぇぇ!」

 それから不毛な言い争いを続ける事数分間。喧嘩腰になりながらも肩を並べて歩く私達。

 ワガママで凶暴だけど、喋らなければ誰が見ても納得するお嬢様で可憐で素直でクラスで一番可愛い…………私の大切なはこうしてできたのだった。

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