ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

【スピンオフ・修善寺の過去】幼児編「彼の名前を知った日」

 珍しい出来事が相次いだ日の翌日。

 いつも園庭の外から私に知らない知識を教えてくれた彼はこの日も姿を現さなかった。

 それから次の日もその次の日も私は鉄格子の柵の前に行ったけど彼は会いに来てくれない。



 一週間が経った。

 この時の私はある疑念を抱いていた。
 それは家に居る時。観たい番組が特にある訳でも無いが、なんとなく両親と一緒にテレビを見ている時がある。
 その際、ドラマやバラエティであれば構わないのだがニュース番組が始まると何故か途端に父がチャンネルを切り替えたり私に執拗に話し掛けてきたりするのだ。
 まるで私にニュースを見せてくれないかのような素振りでそれは母に対しても同じだった。

 何故ニュース番組に父が反応するのかは分からないが、見るなと言われれば見たくなるのが人間という生き物。所謂『カリギュラ効果』が働き、私はある行動に出た。

 休日の昼間。父と母が私から離れたタイミングを見計らってリビングへと向かう。
 そしてテレビの電源を入れてバレないように音量を抑えながらニュース番組を探した。
 いくつかチャンネルを切り替えると男性アナウンサーと大きなテロップが目に飛び込んできた。よし、内容はよく分からないと思うけれど見てみよう。
 私はその程度の軽い冒険心でこの場に来ていた。それがまさか衝撃の事実を知る事になるとは思うはずが無く……。

「先日、横須賀市の県道で発生したひき逃げ事件の被害者の身元が判明しました。被害者は同市内に住む――」

 淡々と文章を読み上げるアナウンサー。理解できない言葉が多かったが不幸なニュースである事は雰囲気で分かった。
 そんな第三者の目線で見ていたが、次に映し出された画面に私は釘付けになってしまう。

 私より三つくらい年上に見える少年が無邪気に笑う写真とその下に表示される無慈悲なテロップ。

『【死亡】姫塚ひめづか蒼琉あいるくん(9)』

「なんで……?」

 なんで、がテレビに映ってるの?
 今までは鉄格子の柵の向こう側に居たのに、なんで画面の向こう側に居るの?

 私は理解できなかった。しかし非情にもアナウンサーは感情を押し殺したような声でニュースを読み上げていく。

「――また、現在も容疑者の特定には至っておらず、警察は近隣住民にチラシを配り情報提供を呼び掛けております」

 だが音声は私の耳には入らなかった。画面に映るいつもの彼が衝撃的で……。五歳児の頭脳では到底処理できる内容では無い。「何故?」という疑問が山ほど浮かんで容量オーバーとなってしまう。

「あいる、くん……」

 私は彼の名前を初めて呼ぶ。返事はもちろん無い。

「やだ……」

 淡々としたアナウンサーの声。現場と思われる路面の映像とその脇に置かれた花束の数々。
 漢字すら読めない私だったが、これらの要素を汲み上げる事で新たな疑念が頭をよぎる。

 ――彼には二度と会えないんじゃないか?

 人はいつか死ぬ。そして死んだ肉体は二度と機能することは無い……。このくらいの常識なら私も知っていた。だけど彼が死ぬという事故が私の頭の中では非現実的過ぎて想像すら出来なかった。なんとなく分かってるつもりでも事実を受け入れられない自分がいたのだ。

「雫…………?」

 背後から声が聞こえた。振り向くと濃いめのメイクをした母が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「あいるくんに……また会えると思う……?」
「あいる君……?」

 気付けば私は口を開いていた。彼との関係は私以外誰も知らないのに、さも知ってるようなていで母に聞いてしまった。
 きっと私は焦っていたのだろう。溢れ出る疑問を解決したくて藁にもすがる思いで聞いたのだと思う。

「この子、私のお友達なの。幼稚園から帰る時にいつも話してた。……でもなんでテレビに出てるの? あいるくん、有名人じゃないはずなのに……」

 必死になって話した。母ならきっと答えてくれる。難しい言葉も分かるから、彼が何故テレビに映っているかも分かるはずだ。そして私の嫌な予感を払拭してくれるような一言を……出してくれるはず。

 じっと母の瞳を見つめる。しかし母は私の顔を見つめたまま口を開かない。おまけに眉を八の字にして悩んでいるような表情まで見せている。なんで……。なんで、何も言ってくれないの?

 それから暫く沈黙が続き、ようやく母が言葉を発したのだが……。

「お父さんはこの事知ってるのかな?」

 私の質問に答えてくれないどころか、予想外の返事だった。それでも私は律儀に答える。

「知らないと思う……。私だけの秘密だったから……」
「そっか……」

 母はどこか寂しげな笑顔を浮かべながらゆっくりと頷いた。
 そして一歩二歩と私の目の前まで近付いて目線の高さを合わせる。

「お母さん……?」
「雫、よく聞いてね」

 すると母は私の体を包み込むように抱き締めた。

「これから雫が辛い思いや苦しくなったりする事があるかもしれないけれど、お母さんはずっと雫の味方だからね。お母さんが絶対に……絶対に雫を守ってあげるから……」
「え……?」

 言いながら母は涙をこぼしていた。せっかく整えたメイク顔もぐちゃぐちゃになってしまっている。そして嗚咽混じりの声になりながら更に言葉を紡いでいく。

「……お友達にバイバイしよっか。もう二度と……会えないかもしれないからね……」

 二度と会えない。母は確かにそう言った。やっぱり彼ともうお話できないんだ。最後の希望が閉ざされ、私の涙腺は崩壊する。

「あいるくん……あいるくん…………あいるくん!」

 私は彼の名前を呼び続けた。



 でも――――返事は無かった。


 ◆


 悲劇は終わらなかった。
 この頃から父の様子が段々と変化していたのだ。

 社長という立場にありながら家に居る時間が多かった父だったが、彼――蒼琉あいる君と会わなくなって以降、家にほとんど顔を見せなくなったのだ。朝方にベロベロに酔っ払って帰ってきて寝て起きてまた出掛けてしまう……。
 そんな父と言葉を交わすことは一切無くなり、まるで赤の他人のような関係になっていた。

「いただきます」

 食事も母と二人だけで済ます日々が続いた。ダイニングテーブルに並ぶ料理は変わらず豪華だけど何故か美味しく感じられなかった。


 憧れの友達を失って、大切な家族に亀裂が入って……。幼児には深すぎる傷を負いながら私の幼稚園生活は刻々と過ぎていった。

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