ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

7-8 「こうなるって最初から分かってたのに」

 二階の自室へ桜ちゃんを案内させ、俺は最低限のもてなしをする為にキッチンへ向かう。
 水出しの緑茶をグラスに注ぎ、プレートに菓子とグラスを並べて自室へと戻る。
 扉を開けて中に入ると、桜ちゃんはカーペットの上に行儀良く正座していた。

「すみません、わざわざ茶菓子まで用意してもらって」
「いや、全然気にしなくていいよ。これくらい普通だと思ってるし」

 客人が来たら飲み物ぐらいは出してあげないとこちらの気が済まないからな。……相手にもよるけど。

「それにしても……お兄さんのお部屋っていつも綺麗に整ってますよね」
「そんなことないよ。普通に脱ぎ散らかしてる服とかあるし……」
「でも男の人なら綺麗な方だと思いますよ。……他を見てないのであくまで想像ですけど」

 お世辞かもしれないけど、褒められるのも悪い気はしないな。次からはしっかりと部屋を掃除してから人を招き入れることにしよう。

「まあ散らかった部屋を見るのは好きじゃないし、誰かさんみたいに大量のグッズを抱え込むような趣味も持ち合わせていないからな」
「ふふ、小さい女の子のフィギュアやゲームを集めすぎて収拾つかなくなる子とか……いるかもしれませんね」

 桜ちゃんは分かりきった笑顔。しかしながら、堂庭あいつの部屋は意外にも整っているんだよな。決して粗末にすることなく、一つ一つのロリに愛情を注いでいるからこそ成せる業なのだろう。幼女愛、恐るべし。

「さて……そんな誰かさんの為にも、そろそろ腹を割って話しますね」
「おぅ……」

 いよいよか……。姿勢を正した桜ちゃんを俺は固唾を呑んで見守った。

「昨日、修善寺先輩から聞きました。少しびっくりしましたが、納得もしてます。多分こうしてお兄さんと二人きりで話す機会は二度と無くなると思うので、後悔しないように本当のことを全部話しますね。だから……お兄さんは私の言葉を信じてくれると嬉しいです。全部、本当なので……」

 桜ちゃんは真っ直ぐな目でこちらを見つめていた。信じてほしいという想いが言葉に出さずとも伝わってくる。

「分かった。信じるよ。そもそも桜ちゃんは真面目で嘘なんてつかないと思うし今まで疑ったことも無いよ」
「ありがとうございます。お兄さんならそう言ってくださると思ってました。ではいきますよ……」

 目を閉じて大きく深呼吸する桜ちゃん。だが息は震えており、かなり緊張している様子だった。
 空気を吸って、吐き出して……。一頻りの間を置いて彼女は口を開いた。



「私……お兄さんのお嫁さんになりたいです」



 自分の思考が停止したのだろうか。一瞬だけ時が止まったような感覚に陥った。
 覚悟を決めた様子だったから、相応の衝撃発言があると思った。でも修善寺さんの時と違って身構える余裕もあったからそこまで驚かないと思っていた。
 だが……。想像を遥かに越えていた、というか斜め上をぶち抜いていた。聞き間違いじゃないよな……?

「お兄さんのことは初めて出逢った時からずっと好きです。優しくて、笑顔も素敵で、ピンチの時はすぐに駆けつけてくれて、それなのに謙虚だし……正義のヒーローって本当にいるんだなって思ってました」

 桜ちゃんは柔らかな笑顔で、両手を合わせながら続ける。

「憧れだったんです。そしてそれ以上に恋をしてて……。お兄さんはいつでも優しいから、もしかしたら私に気があるんじゃないかって勘違いしてた時もありました。もし告白されたらどうしよう、それで仮に付き合えたとしたらどこへデートしに行こうとか、密かに考えたりもしてて……。そんな事、絶対に有り得ないのに……私って馬鹿ですよね」

 自嘲の笑いを浮かべる桜ちゃん。なんということだ……。まさか彼女が俺を恋愛対象の目として見ていたなんて……。全然気付かなかったよ。

「でも妄想だけで終わらせたら駄目だと思うし、想いはやっぱり言葉や形にして伝えないと意味が無いと思うんです。だからここではっきり伝えますね。最初で最後のお願いです……」

 桜ちゃんは再び姿勢を正し、深呼吸をする。
 そして張り詰めた空気の中、ゆっくりと口を開いた……。



「お兄さんの事がずっと好きでした。私と付き合ってください」



 彼女が言い終えると同時に沈黙が訪れる。
 ボールはこちらに渡された。次は俺が答える番だ。

 桜ちゃんは本心を伝えてくれた。包み隠さず話してくれた。
 だから俺も本音で答えるべきだ。そうじゃないと後悔するってもう分かってるから……。

「ごめん、気持ちは凄く嬉しいけど付き合うことはできない。俺は…………俺は瑛美が好きで瑛美と付き合いたいって思ってるから……」

 堂庭と呼ぶのは相応しくないと思い、言い方を変えたみたが、これはこれで恥ずかしい。
 でもこれが俺の本音なんだ。一人しか選べないと言われれば俺は迷わず堂庭を選ぶ。どんなに可憐で魅力的な女性が来ようとも俺の気持ちは揺るがない。

「ですよねー。そう言ってくれないと私が困っちゃいますよ」

 残念な結果を受け取ったにも関わらず、桜ちゃんはけらけらと笑いながら返事をした。
 しかしそれは明らかに無理をしている表情で、押し寄せる何かを必死に食い止めるような素振りだった。
 直後――

「桜ちゃん! 涙が……」

 その無理した笑顔に一粒、二粒と涙が零れ始めていた。

「え!? あ、本当だ……。何でだろう……私笑ってたのに、何で泣いてるのかな……」

 目元を手で拭う桜ちゃんはまだ耐えるべきだと自分に言い訳をしているのだろう。
 しかし彼女の表情は段々と崩れていく。

「やだ……私まだ泣かないって決めてたのに。伝えなくちゃいけない事、まだ沢山あるのに。……こうなるって最初から分かってたのに。なんで、こんなに悲しいの……」

 ぐすんと嗚咽が混じり始め、やがて声を上げて泣き始めてしまった。

「ずっとお兄さんと一緒にいたかった。でも……私はお姉ちゃんの妹で、お姉ちゃんが先にお兄さんを好きになったから、私は後ろで眺めることしかできなかった……」

 彼女の口から、聞かされることのなかった事実が次々とこぼれていく。

「妹だからとか気にせずにアタックしちゃえばお兄さんと付き合えたかもしれない。でも、私はお姉ちゃんも大好きだから……。お姉ちゃんが悲しむことなんて絶対にできなかったの……」

 顔をくしゃくしゃにしながらも必死に言葉を紡いでいく桜ちゃん。好きな人のために他の人を犠牲にしたくない。彼女の優しさと真面目さが自分を追い詰めてしまう原因となったのだろうか。

「ごめん……俺、全然気付けなくて……」
「お兄さんが謝らないでくださいよ。悪いのは全部私なんです。勝手に好きになって、無理と分かったら諦めればいいのに諦めきれない私がいて……。だから苦しいのも罰というか……自業自得なんです」

 本当に桜ちゃんの自業自得なのだろうか。でも、言い返す言葉は見つからなかった。

「それと……私が男性恐怖症というのは知っていると思うんですけど……。そうなった原因って実はお兄さんにあるんですよ」
「え……。俺!?」

 気付かぬうちに桜ちゃんを傷つけたり、トラウマにさせてしまったりしたことがあったのだろうか。だとしたら取り返しの付かないことをしでかしてるぞ……。

「はい、小学生になって間もない頃の話ですが……。お兄さんのことが好きで、どうしたら良いか修善寺先輩に相談したことがあったんです。先輩とはお姉ちゃんの繋がりで昔から仲が良かったから気軽に聞けたんですよね」

 気が付けば桜ちゃんはかなり落ち着きを取り戻していた。過去を思い出すように、目を閉じて頷きながら話を続ける。

「先輩は「好きな人がいるならその人の事だけを考えるんだ」と答えてくれました。それからの私はお兄さんだけを想い続け、他の男の人とはできるだけ関わらないようにしていました。ただでさえ女子校で男の子と会話する機会が少ないのに、それすら避けてきたので……。いつの間にか恐怖を感じるようになったんですよね」
「そっか……。じゃあ俺が桜ちゃんに嫌な思いをさせたとか、そういう事は無かったんだよね?」
「当たり前じゃないですか! 寧ろ良い思いをし過ぎて一途になっちゃったんですよ」

 良かった……。でも結果的に男が苦手になってしまったのだから良くないよな……。

「私はもうお兄さんしか愛せない体になったんです。一途過ぎて笑えてきちゃいますが、多分私は一生恋人を作ることができないと思います。……お兄さんの気持ちが変われば話は別ですけどね?」

 涙が溜まったままの瞳で顔を覗き込まれる。多くを犠牲にして俺なんかを想い続けてくれた桜ちゃんを断るのは本当に辛い。まるで胸が締め付けられるような感覚だ。でも……断らなくてはいけない。

「ごめんな……。だけど、俺は桜ちゃんが嫌いって訳じゃないから。素直で可愛いと思うし、これからも仲良くしたいって思ってるよ」
「……ふふ、お兄さんってどこまでも優しくて残酷なんですね。――また涙が出ちゃうじゃないですか」
「ごめん……」
「だから謝らないでくださいって。そういう所も全部好きなんですから」

 もはや何を言っても照れるような返答をされてしまう。お世辞じゃないって分かってるから余計に恥ずかしい。

「そういえば、お姉ちゃんが自分の体型を自慢してきたり、ロリコンになった理由をまだ言ってませんでしたね。私も昨日先輩から聞いたんですが……薄々気付いてはいましたが、驚いちゃいました」

 堂庭は何故幼女にこだわり、そして愛し続けているのか。俺があいつに抱いていた最大の疑問がいよいよ明かされるようだ……。
 息を呑む俺に対し、桜ちゃんは目線を下にずらしてから話し始めた。

「昔のお姉ちゃんは自分の体型が小柄であることに不満を持っていました。私の方が背も高かったのでよく羨ましがられていたんです。……でもある日、お姉ちゃんは気付いたそうなんです。大好きなお兄さんに振り向いてもらうには今自分が持っている要素を活かせばいいのだと。そして……幼い見た目にも需要はあるということを」
「つまり――俺が堂庭を好きになってもらうために、あいつは小学生みたいな服を着たり、子供のような態度をとったりするのか」
「そうですね。そしてお兄さんはお姉ちゃんを好きになったので、まんまと策略に引っかかっちゃった訳です」
「なんか悔しいというか腑に落ちない感じだな……。いや、待て。ってことは俺はまさかロリコン……?」

 有り得ない。幼女のフィギュアを舐め回す(物理)ような変態と人畜無害な俺を一緒の扱いにされてたまるか。

「今更何を言ってるんですかお兄さん。お姉ちゃんが可愛いと思うならロリコン確定ですよ?」
「でも……可愛いとは思うけど、それは体型じゃないというか、関係ないというか……」
「じゃあ今のお姉ちゃんと私より背が高いお姉ちゃんだったらどちらを選びますか?」
「それは……」

 大人な風貌の堂庭も悪くないかもしれない。でも俺はあいつの無邪気な笑顔や子供みたいに駆け回る姿が好きなのだ。
 …………あれ? じゃあ俺って……。

「ふふ、答えは顔に出てますね。まあ私も今のお姉ちゃんが大好きなので安心してください。ほんっとに可愛いですし。見てるだけで癒やされますよね。妹だったら抱き締めまくってると思います」

 何故かうっとり顔の桜ちゃん。様子がおかしい気がするぞ……?

「いやぁ、本当は姉妹という垣根を越えてお姉ちゃんを愛でたいですけどね。でも威厳なのか分からないんですが、お姉ちゃんは私を全然頼ってくれなくて……。もし泣きながら飛びつかれたら私、喜んで抱き締めますし膝枕もしてあげるのに……」
「流石に堂庭にも姉としてのプライドぐらいあるでしょ……。というか桜ちゃんも自分をロリコンって認めたことにならない?」
「いやいや、私はロリコンじゃないですよ。お姉ちゃんが好きなのでシスコンなんです!」

 テーブルを両手で叩きながら語気を強める桜ちゃん。そんな堂々とシスコン宣言されても困るんだが……。

「あ、それとお姉ちゃんがロリコンになった理由は、ロリコンの気持ちを考えようと幼女と触れ合った結果、見事沼にハマったそうです」
「単純というか、仕方ないというか、だな……」
「ですがあそこまで幼女に熱中してるのは、それだけお兄さんのことが大好きって事なんですけどね……」

 桜ちゃんは寂しそうにぼそっと呟いた。
 堂庭がロリコンになったのは俺が好きだったから――考えるだけで顔が熱くなってしまうな。

「私はお姉ちゃんに負けたんです。好きという気持ちは一緒でも行動の差でボロ負けしました。正直悔しいです。過去に戻ってやり直したいくらいです。……でも、大好きなお兄さんとお姉ちゃんが幸せになれるのなら私は嬉しいです。そうすれば……誰も傷付かなくて済むじゃないですか。だから、お兄さんは必ずお姉ちゃんに告白してくださいね? 約束ですよ……!」
「…………分かった。約束する」

 俺はゆっくり首を縦に振った。

 誰も傷付かないって? いいや、そんなの嘘だ。全員が幸せになる方法はもう無くなってしまったんだ。
 俺がこの先どんな行動を取っても、多かれ少なかれ誰かが犠牲となり、そして悲しさに溺れるのだろう。だが、その中での最適解は恐らく俺と堂庭が恋人になること。桜ちゃんは自分の気持ちを押し殺して俺達を祝ってくれると言っている。見た目だけは全員幸せになれる唯一の選択肢だ……。

「ありがとうございます。カッコいいお兄さんの姿をお姉ちゃんに見せてあげてくださいね」

 にこやかな表情で答える桜ちゃん。せっかく笑顔で送り出そうとしてくれているんだ。約束したからには全力を尽くさなきゃいけないよな。

「それと最後に……。これは私のワガママなんですけど、聞いてもらっていいですか……?」

 桜ちゃんは急に頬を染め上げて、もじもじし始めた。

「えっと……なに、かな?」
「その……お兄さんの呼び方、今だけ変えさせてください。昔言いましたよね? 初めてお兄さんと呼ぶ時に段階的に変えていくって……」

 あぁ……。桜ちゃんが俺達の学校に転校してきた時、確かにそんな事を言っていたなぁ。小さい頃は「晴流にぃ」って呼んでたけど高校生でその呼び方は恥ずかしいから変えたんだよな。

「実は私がお兄さんともっと仲良くなれたら変えようと思ってた呼び方があるんです。でももうお兄さんとは恋人にもなれないから、今だけ……呼ばせてください」
「うん……。俺は全然、構わないよ」

「じゃあお言葉に甘えて……。大好きです、晴流くん」

 脈打つ鼓動が高鳴る。名前で呼ばれるだけでも違和感でびっくりするのに、赤面で上目遣いとか反則級でしょ……。

「照れるな、これは……」
「ふふ、慣れない呼び方だと恥ずかしいですね……」

 お互いに目を合わしづらい羞恥に満ち溢れた空気。初々しいカップルの初デートはきっとこんな気分になるのだろう。

「お兄……じゃなくて晴流くん。もう一個だけ……お願いをしていいですか?」
「うん……。いいよ」
「ありがとうございます。じゃあ……私の頭を撫でてください」

 予想外のセリフを口にした桜ちゃん。無理なお願いではないが……いくらなんでも恥ずかし過ぎるだろ。

「駄目……ですか?」
「いや、全然大丈夫……」

 だからその上目遣いは反則なんだよ。断りたくても断れないじゃないか。

 仕方なく……でも無いが、俺は桜ちゃんの隣に移動してお互いの体を向き合わせた。

「優しく……してくださいね?」
「ちょ、照れながら言うのはやめてくれ」

 俺は頭を撫でるだけだからな! 勘違いするなよ!

 緊張と動揺で鼓動がおかしくなっているが、なんとか彼女の頭に手を運ぶ。

「ひゃっ……あっ!」

 さらさらとした髪に触れた瞬間、桜ちゃんはつやめいた声を上げた。

「ごめんなさい……。変な声出ちゃいました……」
「うん。だ、大丈夫だよ、全然……」

 大事なことなので改めて言おう。俺は頭を撫でているだけだ! 勘違いするんじゃないぞ!

「ふふ、それにしてもなんだか子供に戻った気分がします。晴流くんの手……凄く暖かいですね」
「そ、そっか……」

 多分手が暖かいのは緊張しまくってるせいだと思う。汗をかいたらアウトだなこれは。


 それからの数分間、俺は桜ちゃんの頭を撫で続けた。その間はお互いに無言という謎の空気に包まれていたのだが、やがて沈黙は破られて――

「ひっぐ……ぐすん」
「……桜ちゃん!?」

 彼女は再び涙を流していた。今度こそ俺は失態を犯してしまったのか……?

「ごめんなさい。もうこれで最後だと思うと辛くて……」

 桜ちゃんはもう二度と起こらないと思われる今の状況を惜しんでいるようだった。いくら俺達の恋路を応援すると言っても、心の奥底に眠る悔しさは決して消えないのだろう。

「私だって晴流くんの一番になりたい。こんなに大好きなのに、そばに居たいって思ってるのにぃ……。それなのに、付き合えないなんて……辛過ぎるよぉ」

 嘆く桜ちゃんに対して俺はただただ頭を撫で続けた。
 言葉で支えることが出来ないから、彼女が泣き止むまでただひたすら頭を撫で続けていた。


 ◆


「今日は本当にありがとうございました」

 玄関前。外靴に履き替えた桜ちゃんがぺこりとお辞儀をした。

「こっちこそありがとう。お陰で気持ちの整理ができたよ」

 桜ちゃんが俺をこんなにも大切に想っていたことに驚いたけど、堂庭に告白する前に聞けて良かった。これで思い残す事はもう無くなったのだ。

「それなら私も安心です。お姉ちゃんへの告白が成功するように祈ってますから、頑張ってくださいね!」
「おぅ、言われなくても頑張るさ」
「ふふ、やっぱり頼もしいですね。益々好きになっちゃいそうですよ」

 桜ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。その表情に無理は見受けられず、彼女の本心そのものに思えた。

 そして最後に再び一礼した後、彼女は玄関の扉を開けて、振り向きざまにこう言い放った。


「さようなら、お兄さん」


 かくして、一途な少女の片想いは幕を閉じたのだった……。

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