ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

4-6 「……されたのじゃ」

「違うってばお兄ちゃん! そこ左! ほーらまた死んじゃったぁ」
「うっせーな。下手なんだから仕方ないだろ」

 平日昼間のリビング。
 俺はゲームキューブのコントローラーを握りしめ、タンクトップ姿で横に座る舞奈海の指示をやんわりと聞いていた。
 夏休み等の長期休暇は大体いつもこんな感じである。

「そのピンクの箱っぽいのがHP多くて性能も良いからそれでやってみて!」
「あーワゴンスターね、はいはい……。つか舞奈海も一瞬にやろうぜ。コントローラーもあるんだしさ」
「えぇー、だって二人だと画面半分になって見辛いじゃん!」
「でも見てるだけってのも詰まらないだろ」

 舞奈海はよく俺に向かって楽しそうにあれこれ指示を出すのだが、果たしてそれで面白いのだろうか。
 いや……俺の下手くそな操作を見て馬鹿にしているだけなのかもしれないが……。

「お兄ちゃんそこ! スパーク取って!」
「えっとどこだ? あ、ちがっ……逆行っちゃった」

 悪戦苦闘。ほぼ毎日一時間以上プレイしてこの有り様なのだから、多分俺はゲームをしちゃいけない人間なのだろう。


 ブルルルルル。


 ズボンのポケットから振動が伝わってくる。電話のようだ。
 テレビから目をそらしスマホを取り出す。
 電話は既に切れてしまったが、代わりにLINEの通知音がピコーンと鳴った。
 相手は……修善寺さんか。
 名前を確認し、続いて内容を見てみる。


『会いたいです』


 なんだ……これは!?
 気持ち悪い冷や汗が背中を伝った。悪い予感がする。
 修善寺さんとは二ヶ月くらい前のデート以来、LINEでやり取りする事があった。
 たがそれはどれも修善寺さんのキャラに合った文面であり、今回のようなシンプル過ぎるメッセージは今まで無かったのだ。

 つまりこれは異常事態……。

「舞奈海悪い、ちょっとお兄ちゃん出掛けてくる」

 スマホをポケットに突っ込んで立ち上がる。

「えぇ!? まだ途中じゃん! これ終わってからじゃ駄目なの?」
「それどころじゃないんだ。続きはお前がやってくれ」
「ちょっとお兄ちゃん!」

 呼び止める舞奈海を無視して部屋から飛び出した。


 ◆


『まもなく横須賀~、横須賀です』

 居場所も聞かないで電車に飛び乗ったのは我ながら馬鹿だったと思う。
 だが修善寺さんは俺の直感通り、学園から程近い横須賀駅にいるとのことだった。
 彼女の行動範囲が狭いことに今は感謝したい。

 涼しい車内から降り、暑さでむさ苦しい駅構内を歩いていく。

 修善寺さんはどこにいるだろう……?
 駅舎を出たところで辺りを見回す。
 すると柱に背中を預け、途方に暮れた顔つきをした制服姿の女の子がいた。
 その子は間違いなく修善寺さんだったが、まるで別人のような表情をしており少々声を掛けづらい。

 やはり何かあったんだ。ゆっくりと近付いて恐る恐る話し掛ける。

「お、お待たせ、修善寺さん」
「…………おぉ、来てくれたのか」

 ぼそっと小さく呟いた修善寺さんは体勢を整えて俺の方に体を向けた。

「それで……何かあったの?」
「まあ色々とあってじゃな……」

 それから修善寺さんはゴホンと咳払いをして本題を切り出そうとした。
 だがここでは……暑いし別の場所へ移動したいな。

「取り敢えずどっか店でも入らない? ここじゃ暑いしさ」
「確かにそうじゃが、わしは今手持ちが無くてのう。……だからここで良い」
「いやいや金ぐらい俺が出すからさ。喫茶店とか行こう」

 気を使われたのか分からないが今の修善寺さんは何かが違う。
 落ち着いて事情を聞き、できる事なら俺も協力したい。その為にもこの場所では手狭だし不十分である。

 スマホで地図アプリを開き、手頃な店を探す。
 駅から少し歩いた所に某コーヒーチェーン店があったので、軽食も兼ねてそこへ行くことにした。


「童と同じ制服を着た人間がいたら言っておくれ」

 店の入口まで来たときに修善寺さんはそんな事を俺に言った。
 どうやら知人と会いたくないらしい。
 まあ名高いお嬢様学校の生徒が見知らぬ男と二人で行動しているのだから、関係者に見られると色々ヤバいのだろう。

 周りをキョロキョロ見回す修善寺さんを連れて店内に入り、案内されたテーブル席に着く。
 俺も確認したが、他の客はお年寄りやサラリーマンばかりで修善寺さんの知り合いはいなさそうだった。

 お互いメニューを広げ適当な物を注文する。
 やがて一段落ついたところで修善寺さんが話を切り出した。

「ナンパ…………されたのじゃ。学校を出てすぐの所で……」
「ちょっ、マジかよ!?」
「三人の男に囲まれた。不良では無かったけど……凄く怖かった」

 口を震わせながら話す修善寺さん。
 何かあったのだろうと思っていたが、まさかナンパに遭っていたなんて……。
 俺が一緒にいたら連中を殴り飛ばしてやったのに。……多分跳ね返されるだろうけど。

「怪我は無いよね? あと金を取られたりとかは……」
「断ったら素直に引いてくれたから大丈夫じゃ。あと金目は最初から持ち合わせてないから問題なし。ほっほっほ、逆に安心じゃのう」

 冗談めいた事を言って笑う修善寺さんだが、調子はいつもと違い余裕が見られない。

「しかし制服着てる子にナンパするとかどういう神経してんだよって話だよな」
「いや制服を着てたからこそ奴等は話し掛けたはずじゃぞ。それも鶴岡学園限定、でじゃ」

 学校を絞ってナンパか……。
 確かに鶴岡学園の生徒は気品が高くて毎朝「ごきげんよう」とか言ってそうなイメージがあるしな。……そういえば堂庭も元学園の生徒だけどアイツにお嬢様は似合わないな。まあ例外も有るわけか。

「修善寺さんは見た目は凄い可憐だけど、今まで同じような事はされなかったの?」
「見た目はってなんじゃ、中身も可憐じゃぞ! ……わしは初めてじゃったが、周りでは結構声を掛けられているみたいじゃ」

 少しだけ声が強くなった修善寺さんに安心する。
 しかし的を絞って獲物を狙う連中が一定数いるのか……。なんか無性に腹が立ってきたな。

「実際ナンパされて思ったのじゃが、やはり奴等は見た目にそこまで興味を示しておらん。結局地位や金。金が欲しいだけなのじゃ」

 呆れたように吐き捨てる修善寺さん。

「うーん、なんかイライラするなー。連中を擁護する訳じゃないけど、なんていうかこう……正々堂々とできないもんかねー」

 金が欲しけりゃ素直に働け。人が欲しけりゃ中身で選べ、と思う。

「宮ヶ谷殿。お主はやはり毒されてないのう」
「え……!?」

 突然の言葉に驚く。

「そのままの自分を大切にするのじゃ。高望みやズルをすると痛い目に遭うぞえ」

 ニンマリと笑いながら喋る修善寺さん。
 度々思うが彼女は現実的というかシビアな発言もする。そして自分は既に経験したかのような言い草をするけど、過去に何かあったのだろうか……。

「よし、童はスッキリしたぞ。宮ヶ谷殿には感謝しきれないのじゃ」
「いやいや、お金持ちのお嬢様が俺みたいな庶民に感謝されても逆に困るって」
「ほほう……ならお主が困ることの無い様にしてあげるのはどうじゃ?」
「えっと……どういう事?」
「一ヵ月後のお楽しみじゃ。そこで真実の尻尾が明らかになるからのう」

 ご満悦に笑う修善寺さんだったが俺にはその意味が全く理解できなかった。
 でも声のトーンとか喋りも普段と変わらなくなったし、これで良かったのかな。

 俺は軽い溜め息をつき、運ばれてきたミルクたっぷりのコーヒーを口に含みながら窓越しの景色に目線をそらす。
 堂庭主催の謎キャンプ当日まであと一週間を切っていた。

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