静寂の中で

静寂

 まるで、地獄絵図だった。真っ二つになった鉄橋が川を流れていく。崩壊した道路が道を塞ぐ。住宅街はもうどこにあったかわからず、汚れた水がすべてを呑み込んでいた。悲鳴なのか幻聴なのか、夢なのか現実なのか、もうわからなかった。非日常を初めて目の当たりにした私は、その時、脳がすべての音を無視し、静寂の中にいた。たったひとりで。

 小学校6年生の、3月11日。幼い私には、失うものが多すぎた。

 二つ年上の姉は、震災から一週間後に変わり果てた姿で見つかった。母は四年経った今も見つかっておらず、私は父と二人、生まれた土地から少し離れた町に暮らしている。父は癇癪が激しい。すぐに酒に頼る。震災直後の一、二年は特にひどかった。何度いわれのないことで怒られ謝っただろう。それでもたった一人の血の繋がった家族だ。嫌いになるとか、そういう感覚は無かった。ただ、私の心を徐々に蝕んでいったのは事実で、それは震災後に始まったことではなかったわけだが、当たる相手が一人になったのだ、被害は甚大である。嫌いにはならないが、心の傷になったことは間違いない、俗に言うトラウマである。父と会うのが、話すのが、目を見るのが、怖い。だんだん私は家に行き場をなくしていった。
 居場所がなかったのは、家だけではなかった。震災直後に引っ越したので、誰一人知らない中学校。私は積極的なタイプではなく、特に仲の良い友人はいなかった。誰とも話せない訳では無い、むしろ誰とだって話せる。ただ、居場所がないのだ。毎日がつまらなくて、早く死にたいと、何度思ったことだろう。私の居場所は、いつだって、このウォークマンだった。死んだ姉のウォークマン。お姉ちゃんはこんなの聴いてたんだ。死んでから知った。たくさん曲が入っている中で、私は一つのバンドに惹かれた。the GazettEというヴィジュアル系のバンド。重たいサウンドに、歌詞も重たくて、狂っていて、綺麗で、私はこの人達がブスでも、この人たちを好きになった自信がある。結局のところ、人を救うのなんて人以外なく、その全ての根源は愛だと思う。音楽という媒介を通して、私は愛を受け取った。親も、友人も、世界にも捨てられた私を救ってくれたヒーロー。この人はどうやって生きてきたんだろう。こんなに悲しくて、苦しくて、孤独で、優しい歌を書くこの人は、どんな風に生きてきたんだろう。
 私はカミソリで足を切ることが、いつの間にか癖になっていた。手首はすぐにバレるし、アピールがしたかったわけではないから足にした。痛くなれば許される気がした。どうしようもない絶望も、弱さも、卑屈さも、全部許される気がした。許してくれるのはthe GazettEの言葉と、物理的なこの痛みだけだった。許して欲しかった。この頃の私は、ひたすらに弱虫だった。でも、弱虫だから、弱虫の気持ちがわかると思った。私がthe GazettEに救われているように。私もそっち側の人間になれる。本当に音楽が必要な人のために歌を歌える。

 だから、高校に入ったら、軽音部に入ろうと、決めた。

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