いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

23話

「どうだった?俺にはいい動きに見えたけど」
機士を軽く稼働させたアインは、乗り込む時と反対に年相応の少女の顔をしていた。
「悪くなかったわ。気のせいか、前よりもスムーズに動けてる気がする。淀みが無いみたいな」
地面に降り立った彼女の声は心なしか弾んでいるようにさえ聞こえた。
「良かった、色々無駄を省いたから魔力伝達がスムーズになったんだね」
「へぇ、そうなの」
「うん。形が悪くて術式が途切れていたクズテツとか、配置したクズテツ同士がぶつかって削れたり」
彼女は黙って俺の言うことに耳を傾けている。
しかし彼女のその沈黙は決して不快なものではなく、なんとなく俺の仕事ぶりを認めていて黙って聞いているように感じた。
「あとはステルス機能を解除する時の炎とか全部取り除いたから」
だがそれは俺の勘違いかもしれない。
なぜなら
「…」
彼女の無言の圧力が復活したから。
「ねえ」
「なに?」
「炎は元に戻して」
「でも性能に差は出ないはずだし別にいらないんじゃ…」
「依頼主に逆らうつもり?」
「えぇ…」
「さぁ、戻すの?戻さないの?」
何も間違ったことはしていないはず。
それなのにまるで俺が悪いかのよう。
そう感じている俺を見て笑顔を浮かべる彼女を、ただただ不気味に感じた。
「…戻すよ」
「ええ、早くして」


「一応配置を覚えておいてよかった。ほんとに」
もし元に戻せなかったらアインに何されてたか分からないな。
「ねえ」
「なに?」
「なんだか騒がしくない?」
「そうかな…」
時刻は18時。
みんな仕事を終えて帰宅し始め、商店街が賑わう時間。
「いつもこんな感じだよ」
あの演出の炎を元に戻すため、わざわざもう一度外した外装を再び取り付け始める。
「それにしては緊張感がある気がするけど…」
「え」
作業していた手を止めて耳に届く喧騒に意識を持っていく。
すると確かに、いつもとは違う悲鳴のような声がかすかに聞こえてくる。
空気も、肌のピリつく様な雰囲気を纏っている。
「ほんとだ」
「でしょ?」
ふと、8年前のあの日のことを思い出し、嫌な感覚に襲われる。
「…。とりあえず作業を終わらせよう」
止めていた手を動かし始め、流石に慣れた外装の取り付けのスピードを上げる。
「何かあったの?」
「まだわからな━━━━━」
「きゃっ!?」
石畳の広場に金属音が響いた。
「ちょっと!なんのつもり?!」
機士の肩の外装を取り落としたままの姿勢で固まる俺に、彼女は怒りをあらわにした顔を向けてくる。
当然だ、もし当たれば怪我では済まないのだから。
「ごめん、手が…滑った」
「手が滑ったって…」
正直、自分でも驚いている。
俺が今この場から動けないのはそのせいだ。
まさか俺がこんなミスをするなんて。
「ちょっと」
動こうとしない俺を不審に思ったのか彼女が俺の落とした外装を持って機士をよじ登ってきた。
「ほんとにごめん。怪我はない?」
「ええ、そんなことより」
「良かった。大丈夫…すぐ終わらせるから」
「ちょっと…」
「ああ、わざわざ持ってきてくれてありがとう。もうあんなことは起きない…絶対に」
「ねえ!!」
彼女の手から外装を受け取ろうと伸ばした右手を強引に掴まれる。
「落ち着いて」
初めて聞いた。
こんなに優しいアインの声。
俺の右手を包むように握っている。
視界に入る俺の右手はかすかに震えていて、気がつけば反対の手も両足も同様だった。
「え…?」
「焦らなくていい。ゆっくりで、私も手伝うから」
俺がミスをしたことにも、俺の体が震えていることにも、彼女が俺に優しく接していることにも驚いた。
そのせいか、俺は言葉を発することが出来ず黙って頷きを返していた。


「よっ…と、これで終わり」
彼女が機士の頭に外装を取り付けるのを、俺は下から見上げている。
仕上げは私がやるから降りてと言われ、言われるがままに譲ってしまっていた。
「落ち着いた?」
「うん。手伝わせちゃって、ごめん」
そのまま俺の目の前まで歩いてきて立ち止まると、いつもの雰囲気をまといつつ腕組みし
「それは別にいい。問題はあの時の君の異変、あれは何?」
「…」
あの時、自分の中で得体の知れない感情が咄嗟に溢れ出した。
今まで感じたことの無い、でも決していいものでは無いと断言出来る何かが。
「聞いてる?」
「…正直、俺にもよくわからない」
「わからないって、今までにさっきみたいなことは」
「無かった」
「…そう」
しばしの沈黙。
自分に起こったことを解明しようと、考えれば考えるほど分からなくなる。
しばらくそうして考え込んでいると、彼女の足音が聞こえてきた。
そちらに視線を送ると、どうやら機士に向かっているようで、ステルス機能を使い始めていた。
次第に見えなくなっていく機士に感心していると、再び耳に届く足音が二つ。
こちらに向かっているようで。
「むぐ!?」
咄嗟に彼女の口を抑えて近くの廃墟まで引きずっていく。
「し…機士はステルスのおかげで見えないから、今は置いておこう」
彼女はしばらくじたばたしていたが、足音に気がつくと状況を把握したらしく大人しくなった。
足音の主はすぐに現れた。
「おいおいおい!!なんだかたのしくなったなぁ、おい!?魔獣の群れだってぇ!?」
背の低い、赤いくせ毛の快活そうでスレンダーな女性と
「そうらしい。西も北も南も、東まで大量らしいな」
長身細身で紺の長髪ストレートで胸板の暑い男性の二人組だった。
「うひょぉ!!楽しみじゃねぇか!早く来いよ根暗ぁ!」
「うるさいぞ馬鹿、四肢をもがれて死ね」
「あぁん!?俺が死ぬかよ!!だいたいお前は━━━━ん〜?なんだぁ?なんの気配だ?」
「…構ってる暇はない。いまは放っておけ、馬鹿」
「こらぁ!!うるせえぞ根暗ぁ!!」
「ふん…」
足音は西の大扉に向かっているようだ。
しばらくして音が聞こえなくなったあと、頭だけ持ち上げて周囲を確認する。
「もういいかな」
アインも立ち上がり、その目で周りを確認した。
そして
「今回は許してあげる、次は無いから」
鋭い視線をぶつけてきた。
「うん」
「とりあえず、この騒ぎの原因はどうやら」
「魔獣の大量発生…」
「に決まりね」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品