いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

21話

「大丈夫?」
「…えっ?なに?」
「着いたよ」
「ああ…そう」
考え事に集中していたらしいアインは心ここにあらずといった感じでぼーっとしていた。
「ぼーっとしてたら監視にならないよ?」
「うるさい」
「ん、戻ったね」
俺を見る目に鋭さが戻った。
彼女は俺を一瞥した後、全体的にこじんまりとした、煙突から煙が立ち上る建物に視線を向けた。
「で、ここで何買うの?」
「機士のラインに使う鉱石を゛っ!」
扉に手をかけようとした瞬間、勢い良く扉が開かれ吹き飛ばされた。
そして開かれた入口には立派なヒゲを生やした小柄で筋骨隆々のドワーフ男が立ち
「うっっるさいんじゃい!人の店の前で!用がないならとっとと失せろ!」
と怒鳴った。
「騒がしくしてごめんなさい。いちおう、そこに倒れてる人と買い物に来たんですけど…」
いっ…たいなぁ…。
それで、アインは少しスッキリしたざまあみろって顔やめてくれ。
「ほう、ちゃんと謝れるとは感心じゃな。えーとそれでぇ…?おお!なんじゃタリオじゃないか!」
「うぅ…相変わらずの馬鹿力だね、ジャグ」
「ふん!お前は相変わらず寝ぼけてんのか起きてんのかわからん目をしとるなぁ?それで、何を買いに来たんじゃ?」
「うん、『クズテツ』あるかな?」
「ほぉ、また何か作るのか?まあとりあえず二人とも入りな」
そう言って店の中に戻っていく彼の後を、アインはついて行ってしまった。
「二人とも俺を起こしてはくれないんだね…」
地面から起き上がり、遅れて二人について行った。


「それで、クズテツじゃったか。今は機士開発も落ち着いとるから、流通しとる品の質も量も申し分ないの」
「それなら質を最高レベルで、量は…100あれば足りるかな」
「お前がクズテツを100ねぇ…普通で言うと800ってとこか、今度は何を作るんじゃ?」
「前作の強化版かな」
「今履いとるやつか?ほほぅ、それは楽しみじゃな」
「ねえ」
「なに?」
「屑鉄なんてなんのつもり?変なもの買わないで」
不信感丸出しの目でアインが俺を睨んでくる。
「なんじゃい娘っ子、クズテツを知らんのか?」
「この鉄鋼屋の床に落ちてる鉄の切りくずでしょ」
「それはそのまんまの屑鉄じゃな。わしらの言うクズテツってのはこれじゃよ、ほれっ」
ジャグはカウンターの下の引き出しから手のひらサイズの鉱石を取り出し、それをアインに向かって投げ渡す。
「ちょっ…そんな渡し方して、壊れても私のせいじゃないから」
慌てて受け取る彼女を見たジャグは豪快に笑った後
「平気じゃよ、そいつは落としたぐらいじゃ傷一つつかんから」
と言い放った。
「そうなの?」
「うん、その鉱石は同じ鉱石同士でしか干渉できないんだ」
「そんな加工もしにくい不便な鉱石、屑鉄じゃろ?今は機士に欠かせないパーツになっとるけど、皮肉を込めてクズテツと呼んどるのさ」
「…紛らわしい」
眉間にシワを寄せる彼女を見て、ジャグが再び笑い出す。
その笑い声がおさまるまで彼女は暗い紫色をしたクズテツをじっと見つめていた。


「それで、このクズテツで何が作れるの?」
「色々じゃな。まあそれはわしよりタリオに聞いた方がええじゃろ」
三人で丸テーブルの席に着き、ジャグが淹れてくれた濃い紅茶を飲みながら一息ついていて、そんな話題になった。
「ん、いろいろだね」
「それを説明して」
「…例えばこの靴」
靴が見えやすいように椅子を引いて脚を持ち上げる。
「俺が作った靴でアンフォールって呼んでる」
「落ちないってこと?」
「そう。アングラーターから文字ってるけど、それと違って空中にとどまることは出来ない。機能は落下速度を抑えたり、あとは少しだけ空中に立てる」
「すごいじゃろ?」
「なんでジャグが自慢げなの」
気にするなと言ってまた笑い出す。
「すごいのは分かるけど…違いが分からない」
「そっか、アングラーターの仕組みは?」
「知らない」
「あれは別に、本当に重力を反転させてるわけじゃない。魔法で重力にあらがってるだけ」
重力は魔力では操ることが出来ない。
この世の理に直接触れる為には魔力の上位の存在である神力を操ることが必要だとされているが、操るどころかその存在も証明できていない。
そんな訳で反重力アンチグラビティとは名ばかりの、魔法の力で空に留まっているのだ。
魔法の仕組み自体は簡単で、搭乗者+スクーターの重さと釣り合うような大規模な風魔法を発生させているのだ。
上昇するなら総重量より規模の大きい風を、下降ならその逆を発生させて高度を調整する。
もちろん限界があるけれど。
しかし、それでは魔力量の少ない人は風を発生させられないし、そもそも適性がなければ風魔法は使えない。
そのため、スクーターの内部に加工したクズテツを配置し、搭乗者の魔力を増幅しつつ魔法発生にかかる魔力を最大限抑えつつ変換させているため、一般的になったわけである。
「俺のアンフォールにもクズテツが入ってるけど、配置するスペースが少ないから空中にとどまれる威力が出ないんだ。しかも、これらの性能はクズテツのほんの一面」
説明を終えて脚を降ろし、残っていた紅茶を飲み干す。
「クズテツって、なんなの?」
この鉱石の利便性を理解したアインは同時に、未だ謎の多いクズテツに少しの警戒心を持っているようだ。
「ん〜…魔力貯蔵庫であり、魔力増幅器であり、魔力回路であり、魔力変換器であり…とても万能」
「さすがに死者を生き返らせたりはできんと思うがな。当てはまる言葉を言うならば、おとぎ話に出てくる」
「「『賢者の石』かな」じゃの」

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